碧天フォレストノベルコンテスト 一次審査通過作品
Original Story
『ずっとそばに…』
by Sin


第7章 『俺のそばに…』

 集中治療室で眠り続ける友輝。
 千佳はその手をじっと握り締めて、祈り、励まし続けていた。
 純也や真須美、俊和達。それに夏樹や友輝の両親も別室で眠れぬ夜を過ごしている。
 夏樹の提案で、友輝の側には千佳だけが残っていた。人工呼吸器と心電図の音だけが集中治療室内に響く。
「友輝…このまま目を覚まさないなんて嫌だよ…」
 しっかりと友輝の手を握り締めて、千佳は何度も語りかける。
「私…まだ何も答えてないんだよ…何も返事してないんだよ……」
 呟く千佳の瞳から溢れた涙が頬を伝って零れ落ちていく。
「…起きてよ、友輝…何か…返事してよ…」
 ポツポツとシーツに滴り落ちた涙が染み込んで小さな痕を作った。
「友輝…お願い……」
 泣きながら、言葉と共に紡がれる想い。
 そして――。

 その想いは……届いた。

「――っ!?」
 思わず息を呑む千佳。
 しっかりと握り締めていた友輝の手が、微かに握り返してきたのだから。
 もう一度、おそるおそる握ってみると、確かに微かではあるが握り返してくる。
「友…輝……?」
 戸惑いながら呼びかけると、応えるようにゆっくりと友輝の瞼が開かれた。
「友輝……?」
 呼びかけると、友輝の視線が千佳を捕らえる。
「私が……分かる?」
「……千佳…俺、いったい……」
 まだ意識がはっきりしない様子で辺りを見回していた友輝だったが、零れ落ちる千佳の涙に気づいてそっと指で拭おうとするが思うようにいかず、手を下ろそうとしたその時……。
「友輝――――――――――っ!」
 歓喜の叫びが、病院内に響き渡った――。

 あの後しばらくして、医師にもう大丈夫だと太鼓判を押された友輝は、一般病棟へと移った。硬膜下血腫はどうやら脳に一切ダメージを与えずに済んだらしい。
 とはいえ、やはり場所が場所だけにこれからもしばらくの間は入院し続けなくてはならなかったが、それでも命に係わる事にならなかった事に、みんな胸をなでおろしていた。
 そして、千佳は……。
「友輝……私……私の所為で……」
 涙をぽろぽろとこぼす千佳に、友輝は苦笑すると……。
「別に千佳の所為じゃないって。そんなに気にするなよ。ほら、もう泣くなって」
「だって……だって…」
「千佳……」
「……友輝…私、友輝が退院するまでずっとここにいる! 何でもお世話するから、どんな事でも言って!!」
「い、いや、それはまずいって。大体、千佳は出席日数ぎりぎりだろ? これ以上休んだら留年決定だぞ?」
 そう言ってはいたが、実際は万が一にも千佳に下の世話などをされるわけにはいかないと思ったからの言葉だった。だが……。
「そんなの……かまわない……」
「俺が構うんだっての。……んじゃあ、1つ頼みごと頼まれてくれるか?」
 しばらく考えて友輝がそう言うと、千佳は、
「う、うん、なんでも言って!」
「俺が休んでる間の、授業のノート頼むよ。俺あんまり頭よくないから、しばらく授業休んじまったら絶対ついていけなくなるから。どうだ? 頼めるか?」
「……ほんとに、それだけでいいの?」
 不安げに聞く千佳。
「つーか、俺にとっての死活問題なんだよ、それは。卒業どころか進級がかかってる訳。わかる?」
「あ、う、うん」
「平均点60点以下のあんたがしばらく勉強抜けたら終わりだもんね〜」
「姉ちゃんは黙ってろっ!」
「はいはい」
 茶化すように言った夏樹の言葉に噛み付く友輝だったが、軽くすかされてしまった。
「ったく……あ、そういや千佳って成績良かったよな?」
「え? えっと……平均点85点くらいだけど……いいの?」
「…いいのって、それは俺に対する嫌味かよ、おい」
「あ、ごめんなさい……そう言うつもりじゃ……」
「まあいいけど。んじゃあ、ノートと一緒にここに来て勉強教えてもらえると助かるな。正直、英語と数学はいくら授業聞いても分からんし」
「う、うんっ、それで友輝の役に立てるなら……」
「じゃあ、決まりだ。明日からそれで頼むよ、千佳先生っ」
 そう言って笑う友輝に、千佳も涙に濡れた瞳で笑った。

 あれから数日後。
 友輝の傍らには千佳の姿があった。
 学校が終わるといつもすぐに駆けつけて、面会時間ぎりぎりまでこうしてそばにいる。
 学校を休まざるをえない友輝の為に、千佳は友輝の分まで取っておいたノートを渡し、その日にあった勉強を教えたりしていた。

「あら、千佳ちゃん。今日も来てくれたの?」
「あっ、夏樹さん。お邪魔してます」
「ありがとうね。あなたのお陰で何とか友輝も勉強で遅れずに済みそうよ」
「いえ…私にできることなんてこの位しかないですから……せめてものお礼です」
 そう言って目を伏せる千佳に夏樹は少し困ったような笑顔を浮かべていたが、やがて軽く溜息をついて微笑んだ。
「ずいぶんと高いお礼を貰っちゃったわね、友輝。これじゃあ千佳ちゃんの家の方向に足向けて眠れないわ〜」
「そ、そんな事……」
 夏樹の言葉に恥ずかしそうに頬を染める千佳。
「姉ちゃんの言う事は大げさすぎるけど、ほんとに助かるよ、千佳。それに…」
「えっ?」
「お前が俺のそばに付きっ切りでいてくれるのが、正直嬉しいんだ」
「――っ!? バ、バカ、何言ってるのよ」
「へへ……」
 顔を真っ赤に染めて怒って見せる千佳に、友輝は少し赤くなりながら苦笑する。
「あらあら、これは私の方がお邪魔だったかしら? ふふっ」
「夏樹さん――っ!!」
 悪戯っぽく笑う夏樹に、真っ赤になった千佳の叫びが病室に響いた――。
 
 あれから数時間。
 2人っきりの病室で、一通りの勉強を終えた千佳と友輝は、なんとなく照れくさくて妙な沈黙が続いていた。
「……。なあ、千佳」
「え……っ?」
 不意に声をかけられて戸惑う千佳。
 そんな彼女に友輝は真剣な表情で言葉を続ける。
「…俺、お前がそばにいてくれて嬉しいって言うのは、本気だぞ」
「友輝……?」
 不思議そうな千佳に、友輝は一度大きく深呼吸すると、はっきりと口にした。
「千佳、ずっとそばにいてくれないか?」
 その言葉に千佳は一瞬、心臓が凍りつくかのようなショックを受けた。
 
「どうして……」
「えっ?」
「どうしてその言葉を言うの……」
「何が……?」
「私が、お兄ちゃんにそう言われていたこと……知ってるはずじゃない……なのに…」
 涙を溢れさせながら、その場を逃げ出そうとする千佳。だが――。
「俺が目一杯の度胸を振り絞って告白してるのに、聞き間違えるなよ!!」
 友輝のその言葉に、思わず足を止める。
「聞き間違い……?」
「千佳が純也さんから言われていたのは、『ずっとそばにいるよ』って事だろ
う! 俺は、お前にずっとそばにいて欲しいって言ったんだ!!」
 しばらくの間、千佳は呆然とその言葉を聞いていたが、やがて……。
「『そばにいるよ』じゃなくて…『いてほしい』? 私が…友輝のそばに……?」
「ああ! そばにいて欲しいんだよ、俺が、お前に!!」
 友輝の言葉が千佳の心にじわじわと染み込んでいき、その奥底で凍り付いていた何かを溶かしていく。
 言葉の意味をはっきりと理解した千佳の頬がゆっくりと赤く染まって――。
「――っ!?」
 耳まで真っ赤になった千佳は、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「お、おい、千佳?」
 あまりにもショックを受けている様子に不安になった友輝が呼びかけたその時だった。
「……いいの?」
「へ?」
 突然の千佳の言葉に戸惑う友輝。
「そばにいても…いいの?」
「ど、どういう意味だよ?」
「私なんかが…友輝のそばにいていいの?」
「……あのなぁ、いいのって…いいに決まってるだろ? 俺がそばにいて欲しいって言ってるんだからさ」
「ずっと…だよ? 友輝が迷惑だって思っても、ずっと……だよ?」
 不安げに訊く千佳に、友輝は力強く頷く。
「ああ、ずっとだ。迷惑だなんて思わないけどな。自信を持って言えるぞ。俺は、千佳の事が誰よりも好きなんだから」
 その言葉に、千佳は両手で顔を覆うと、ポツリと呟いた。
「……そばにいて……いいんだ……」
「えっ?」
「…友輝……」
「な、なんだ?」
「ありがとう…友輝のその言葉……すっごく、嬉しい……」
「じゃ、じゃあ……」
 期待に満ちた視線を向けてくる友輝。
 だが、千佳はゆっくりと首を横に振る。
「…ごめん……私、まだお兄ちゃんの事、諦めきれていないの……」
「千佳…」
 落胆する友輝。しかし、千佳の言葉はまだ終わっていなかった。
「だから……だからね……こんなのずるいかもしれないけど…私がお兄ちゃんの事を完全に諦められたら……その時もう一度、今の言葉を聞かせて…」
 手を握り、潤んだ瞳で見つめる千佳に友輝の胸は爆発しそうなほどに高鳴っている。
「駄目……?」
 不安げな千佳。
 その姿が友輝に最高の力を与える。
「駄目なもんか! 待つよ、それまで」
「嬉しい…友輝……」
「千佳……」
 じっと見つめ合う2人。
 重ねられた手の指が無意識に絡まって――。
「いい雰囲気ね〜2人とも」
「「――――――っ!?」」
 突然入ってきた夏樹の声に、2人は大慌てで離れると真っ赤になって何かを言おうとするが、焦り過ぎて言葉にならない。
「ふふっ、2人とも真っ赤になっちゃって。それにしても本当にいい雰囲気だったわね〜私、邪魔しちゃったかしら?」
「「そそっ、そんなことはっ!!」」
 2人同時にそんな事を言うものだから、夏樹は思わず吹き出した。
 真っ赤に染まった顔を見合わせていた千佳と友輝だったが、やがてそろって笑い出してしまう。
 病室の中に3人の笑い声が長い間響き渡っていた――。


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