碧天フォレストノベルコンテスト 一次審査通過作品
Original Story
『ずっとそばに…』
by Sin


第6章 『お前を守りたくて』

 あの場から逃げ出してどこをどう走ってきたのか…ふと気が付くと、千佳は河川敷を歩いていた。
 辺りはすでに暗く、人通りもない。
「お兄ちゃん……」
 泣きながら呟くと脳裏に浮かんでくるのは唇を交わしていた2人の姿ばかり…
「お兄ちゃん…っ…ぐすっ…」
 しばらく当て所も無く彷徨っていた千佳だったが、やがて崩れるようにその場に座り込んで泣き出してしまった。

 どれだけの間、そうしていただろうか。
 ふと、誰かの足音に気づいて千佳が顔を上げると…

「――っ!?」

 目の前の光景に息を呑む千佳。
 いつの間に集まっていたのだろうか…気付くと千佳は数人の男達に取り囲まれていた。
「へへ……こんな時間に何してんの?」
「大方、男にでも振られた後って所だろ?」
「結構可愛いじゃねぇの。どうせ一人で寂しい夜を過ごすんなら…俺達が相手をしてやるよ…くくっ…」
「い、嫌! 近寄らないで!!」
 怯えながらも必死に逃げようとする千佳。
 だが、すでに周りを取り囲まれていて、逃げ場などない。
 もはや絶体絶命。大した抵抗すらできずに千佳が押し倒されたその時だった。

「やめろっ!!」

 突然の声に全員が振り返る。
 泣きながら必死に逃れようとしていた千佳が、その声の主を見つけて叫んだ。
「友輝!? 助けて友輝―――――っ!!」
「千佳!? 貴様らぁぁぁぁっ!!」
 男達へと殴りかかる友輝。
 多勢に無勢ではあったが日頃から鍛えていたのが功を奏したのか次第に男達は怯み、形勢は友輝へと傾いていく。
 そして…
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 敵わないと見たのか気絶している数人を置いたまま男達がほうほうのていで逃げ出していくと、拘束から逃れた千佳はまっすぐに友輝の胸に飛び込んだ。
「友輝…友輝―――っ!!」
「千佳…無事だったか?」
 優しい笑顔を浮かべてそう訊ねてくる友輝。
 だが、その全身は傷だらけで、満身創痍といった様子になっていた。

「ごめん…ごめんね……私の所為でこんなに……」
 泣きじゃくりながら友輝に縋りつく。
 その千佳の肩を友輝はそっと抱きしめ――。
「―――千佳!!」
 気絶していたはずの男が一人、木刀を振りかざして襲ってきたのに気付いた友輝は、とっさに千佳の体を引き剥がすと自らの身体を盾にした。
 だが、その為に友輝は自分の身を守ることもできず、頭を木刀で強打されてしまう。
 思わず膝をついてくずおれる友輝。
 その額を鮮血が流れ落ちていく。
「――友輝っ!?」
「………の野郎っ!!」
 悲鳴をあげて駆け寄ろうとした千佳を制して、友輝は襲ってきた男へと拳を叩きつける。
その一撃で男は完全に失神し、もはや襲ってくる様子はなかった。
 
「……どうやら、もう大丈夫みたいだな…痛っ!?」
「友輝!? 友輝、大丈夫!?」
 再び頭を抑えてしゃがみこんでしまう友輝。
 本当はかなり目の前がフラフラしていたが、泣きながら心配してくる千佳にこれ以上の心配をかけまいとかなりの無理を推して立ち上がった。
「あ、ああ……とにかくこの場を離れよう。さっきの奴等が仲間を連れてきたら厄介だし、またこいつらが意識を取り戻してもまずいからさ」
「う、うん……」
「……家に帰りづらいなら…とりあえず俺の家に来いよ。あ、し、心配すんなよ? べ、別に俺の部屋に連れ込もうとかそう言うことじゃなくて…って、何言ってんだ、俺は…」
 うまく自分の伝えたい事を伝えられず焦りばかりが募る友輝。
「え、えっと、そういうことじゃなくって、その…家の親もいる…あ、今日は出かけてたか…ね、姉ちゃんも夕方頃には帰ってきてるはずだから…」
 友輝の言葉に一瞬赤らいだ千佳の表情に慌てて付け足した友輝だったが、千佳はクスクスと笑って頷いた。
「ん、友輝の事…信じてるから……それに友輝の怪我の手当てもしなくちゃいけないし……」
「そ、そうか? へへ…なんだかそう言われると照れるな」
「ふふっ……友輝…」
「ん?」
「……助けてくれて…ありがとう…」
 涙に潤んだ瞳でそう言う千佳に、友輝は照れくさそうに苦笑すると、そっと千佳の頬に残った涙の跡を拭った――。

 あれからしばらくして友輝の家に辿り着いた千佳達だったが、出迎えた友輝の姉、夏樹の驚き様に苦笑するしかなく――。
「さて、これでよし…と。それにしても友輝、あんたあんまり無茶するもんじゃないわ。頭を木刀で殴られるなんて、下手したら死んでたわよ?」
 救急箱を片付けながらの夏樹の言葉に千佳はその状況を思い浮かべてしまったのか、青くなった顔で友輝を見つめる。
 そんな様子に友輝はそっと千佳の頭を撫でて微笑んだ。
 それだけで不安に溢れかけていた千佳の心はすぅっと落ち着いていく。
「あんまり言うなって。千佳にはあまり思い出したくない状況なんだしさ。それに仕方ねぇだろ? 場合が場合なんだし」
「それはそうだけど……あ、千佳ちゃんは怪我なかった?」
「はい。友輝が…助けてくれたから…」
「まあ、男の子が女の子を守るって言うのはいい事だと思うけど…友輝、明日ちゃんと病院に行きなさいよ? 頭の怪我って怖いんだから…」
「ああ、わかった」
「絶対よ? じゃあ、私は部屋に戻るわ」
「ん、手当てサンキュな、姉ちゃん」
「あんまり心配させないでよね、友輝。あ、千佳ちゃん」
「は、はい」
「詳しい事情は知らないけど、大体の所は友輝に聞いてるわ。自分の家だと思って好きなだけゆっくりしていってね」
「ありがとうございます、夏樹さん」
 千佳の答えに微笑むと、夏樹は部屋を出て行った。

「夏樹さんって、素敵な人ね」
「どうだか……まあ、少なくとも尊敬はできるんじゃないかな?」
「友輝が尊敬?」
「昔から色々と助けられてきたからなぁ…お陰でいまだに頭が上がらないよ」
「ふふっ、友輝らしいかも」
「どういう意味だよ、それは……ったく…」
 ふてくされたように言う友輝にクスクスと笑いをこぼす千佳。
「そう言えば、友輝のお父さん達は?」
「今日は2人の結婚記念日らしいから、二人っきりで飯食ってくるってさ。あの夫婦、相変わらず新婚気分が抜けないんだから参るよ。所構わず熱々べったりだしな」
「でも、そう言うのってちょっと羨ましいかも…」
「そうかぁ? 見せられるこっちの身にもなってくれよ。毎晩毎晩、いくらなんでもくっつきすぎだろって感じだからな……」
「へぇ〜っ、一度見てみたいなぁ……」
「いつでも来いよ。きっと姉ちゃんも大歓迎だから」
「友輝は?」
「当然、俺が一番大歓迎」
「やっぱり。ふふっ」
 そう言って笑いあう2人。
 しばらくの間止め処もない話を続けていたが、やがて話すネタも無くなってくると、2人だけで残された千佳と友輝はなんとなく照れくさくて沈黙が部屋の中に満ちる。
「あの」「あのさ」
 何とか開いた言葉も2人同時では意味がない。いや、むしろ今まで以上に照れくささが増していく。
「友輝から…」「千佳から…」
 また同時。
 照れくささはさらに増し、もはや暴発寸前といった感じになっている。
「あ、そう言えば……」
「えっ?」
「千佳、お前俺の事、『友輝』って…」
「え? あ……」
 完全に無意識にやっていたことを指摘されて真っ赤になった千佳に、友輝もなんとなく恥ずかしくなって赤くなった。
「なあ、千佳……」
「なぁに?」
「……前にも言ったけど、その……」
「ずるい…友輝……」
「え?」
 千佳の言葉に戸惑う友輝。
「……今の私にそれ言うのって……フェアじゃないよ…あんな事の後に優しくされたら…私…」
 そう言って俯く千佳。
 襲われかけた事を思い出したのか、その肩が震えている。
「あ、そ、そうだよな……ご、ごめん……」
「……だから…今はまだ答えられない…」
「ああ、分かってる」
「このまま答えを出してしまったらきっと、あんな事があったからそう言う気持ちになったんだ…って……ずっと思うことになっちゃうから…」
「じゃあ…待つよ」
「えっ?」
友輝の言葉に戸惑った様子を見せる千佳。
 そんな様子に苦笑しながら、友輝は続けた。
「千佳が答えてもいいって思えるようになるまで待ってるよ。俺が千佳を好きな気持ちは…ずっと変わらないから」
「友輝…」
「だから………だかっ……ら………ぅぁ?」
「……友輝?」
 様子のおかしい友輝に慌てて駆け寄る千佳。
「…千…佳……」
 呟いた瞬間、フラフラと揺れていた身体が一気に傾く。
「友輝!?」
 突然倒れる身体をとっさに支えた千佳だが、友輝は完全に意識を失っていた。
「友輝!! しっかりして友輝っ!!」
 叫ぶように呼びかけながら何度も頬を叩く千佳。だが、意識を取り戻す様子はない。
 その時、騒ぎを聞きつけて夏樹が部屋に戻ってきた。
「どうしたの? やけに騒がしいけど……」
「夏樹さんっ! 友輝が…友輝が!!」
「――っ! 友輝!?」
「急に…倒れて……私……私どうしたら……っ……」
「友輝! しっかりしなさい!」
 夏樹も何度か友輝の頬を叩いてみたが、やはり一向に目覚める様子はない。
 あまりに急な出来事に千佳はパニックを起こして泣き出してしまう。
「完全に意識を失ってる…まさか…頭の怪我が原因……?」
 叩いても揺さぶっても呼びかけても全く反応のない友輝の様子に、夏樹は1つの可能性を思いついて顔を青ざめさせた。
「友輝! 友輝ぃぃっ!」
 泣きながら友輝の身体にすがりつく千佳の頬に響く激しい音。
「夏樹…さん…?」
「泣いてる場合じゃないわよ、千佳ちゃん。友輝のこの状態、もしかすると一刻を争うかもしれない」
「…えっ?」
「急ぎなさい。遅くなれば…命にかかわるかもしれないのよ!」
 夏樹の言葉に息を呑む千佳。
「救急車を呼ぶから友輝の事、お願い!!」
「は、はい!」
 そう言って友輝の身体を抱き寄せると、千佳は何度も何度も友輝に呼びかけ続ける。
「友輝! 友輝、目を開けて! 友輝! 友輝――――――っ!!」
 静まり返る夜の闇の中、千佳の叫びが辺りに響き渡る。
やがて、通報を済ませた夏樹が戻ってくると、千佳はすがるような視線で彼女を見つめた。
「救急車は呼んだから、今の内にできる事だけはしておきましょう! 何か吐いたものとか詰まらせてない?」
「だ、大丈夫です! でも、なんだかちょっと震えてるみたいで……」
「体温が下がっているのかしら…毛布を持ってくるから、巻いてあげて!」
「は、はい!」
 夏樹の指示により、手際よく応急処置を施す千佳。
 やがて救急車がやってくると、夏樹は素早く両親に連絡を取り、救急車に乗り込んだ。

 救急車で病院へと搬送される友輝。
 その側に付き添う千佳は、突然の事にパニックになりかけるのを必死に耐えながら、友輝の手を握って呼びかけ続ける。
「友輝! しっかりして! お願いだから目を開けて!!」
「…駄目ね……いったい何が起こったって言うのよ…友輝…」
 けたたましいサイレンの音を響かせながら走る救急車の中で、2人は不安に押し潰されそうになるのを、必死に耐えなくてはならなかった――。

「硬膜下…血腫…?」
 病院で告げられたその言葉に千佳は首をかしげ、夏樹は顔を青ざめさせた。
「早急に手術が必要です。彼のお姉さんでしたね? 手術許可を頂けますか?」
「お願いします。先生、どうか弟を助けて下さい!!」
「全力を尽くします」
 医師が出て行くと夏樹は身体を震わせてその場に座り込んでしまう。
「夏樹…さん?」
「…硬膜下血腫ってね…脳の外側を包んでる硬膜って膜の内側に、血の塊ができてしまってる状態なの…」
「脳の…って、そんなことになったら…友輝は……友輝はどうなるの?」
「――っ」
「夏樹さんっ!!」
「……うまくいけば助かるけど…最悪の場合もあるらしいわ…」
「最悪の……って…まさか…嘘、でしょ?」
「……。嘘なら…どれほど良かったか…」
 そう呟いて、とうとう泣き出してしまう夏樹。ずっと堪えていた物が切れてしまったかのように、涙は止め処なく溢れてくる。
「そんな……」
 崩れ落ちるようにへたり込む千佳。
 その脳裏に、千佳を守って木刀を受けてしまった友輝の姿が何度も蘇り――。
「私の所為だ…私の所為で友輝が……友輝が……っ」
 そう言って千佳は泣き崩れる。
「ごめんなさい! ごめんなさいっ!!」
「千佳ちゃんの所為じゃない! 千佳ちゃんは何も悪くない、悪くないの!!」
 泣きながら謝罪を繰り返す千佳を夏樹は強く抱きしめる。
 互いの不安を、少しでも和らげようとするかのように――。

 手術中のランプが点ってすでに3時間。
 連絡を受けて駆けつけてきた友輝の両親や純也達、そして俊和達も彼の無事を祈り続けるしかなく、辺りには重い空気が漂っていた。
 泣きじゃくる千佳を夏樹と純也が慰めているが、千佳は自分を責め続けながら泣き止む気配すら見せない。
 真須美もこの場に来ていたが、千佳への気まずさから少し離れた所でこの様子を見守っていた。
 そして更に1時間が過ぎた時だった――。
「あっ、ランプが……」
 夏樹の言葉に一斉に全員が見ると、さっきまで点いていた手術中のランプが消えている。
 息を呑んで扉を見つめる千佳達の目の前で、ゆっくりと扉が開かれた。
 一斉に駆け寄る面々。
「先生、友輝は!? 弟は無事なんですか!?」
「手術は、成功しました。脳への損傷も無かったようです」
「あ、ありがとうございま――」
「……ただし」
「えっ……?」
「この後、麻酔が切れた後に昏睡状態から目覚めない場合……」
「……どう…なるんですか?」
「…最悪、このまま目覚めない可能性も…あります。それだけは覚悟しておいて下さい」
「そ、そんな!? それじゃあ、友輝はもう二度と目を覚まさないかもしれないって…」
「血腫によって、脳がどの程度のダメージを受けたかによります。全ては…彼の生命力と…運次第です…」
 医師がそう告げた時だった。
 今まで泣きじゃくっていた千佳がゆらりと立ち上がると、そのまま床にへたり込んでしまう。
「千佳?」
「………友輝が…友輝が……私の所為で……わた…し…もう、死んでしまいたい――」
 呟くように言った千佳の言葉に純也達は呆然としていたが、ただ一人、真須美だけがその間に飛び込む様にして千佳の頬を叩いた。
「何を言っているのっ!!」
「真須美…先輩……」
「お願いだから、死にたいだなんてそんな悲しい事言わないで!!」
「……だって…私の所為で友輝がこんな事になっちゃって……真須美先輩にだって私、酷い事言っちゃったし…」
「だったら…私はもっと酷い事を貴方にしてしまったわ……」
「――?」
「……私、貴方が純也の事好きだって…気づいてた……」
 真須美の告白に息を呑む純也。
「でも私、どうしても純也の事を諦められなくて…告白を受け入れてもらってからは本当に幸せで…嬉しくて……」
「真須美先輩……」
「ごめんなさい……貴方が悲しい思いをしているのに気づいていたのに、私……ほんとに酷い女よね……」
 そう言うと、真須美は俯いて涙をこぼす。
「それなら俺も同罪だ」
「純也…」
「お兄ちゃん……」
「俺は、千佳を守りたかった。死んじまった父さんや母さんの分まで、俺が千佳を…でも、そう言ったら友輝に怒られたよ」
「えっ?」
「……千佳が、俺の前で笑顔でいる為に、どれだけ辛い思いを堪えているのか分かりもしないで、守ってるなんて言うなってね」
「友輝が……そんな事を?」
「……ほんとに…友輝の言う通りだよ」
 そう言って目を伏せる純也。
 握り締めた拳がギシッと音を立てる。
「俺を安心させる為に、これまでお前がどんなに辛い思いを耐えてきてくれたのか…それすらも分からなかった俺は、本当に…兄失格だな…」
「お兄ちゃん…」
「ごめん…千佳……」
「お兄ちゃんっ!!」
 泣きながら純也の胸に飛び込む千佳。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「ごめんな…千佳…」
「千佳ちゃん…ごめんね……」
 謝り合う3人。
 その様子を夏樹は微笑ましそうに見つめていたが、やがて――。
「千佳ちゃん達は、ようやく仲直りできたよ…友輝も早く目を覚まして……」
 集中治療室へと運ばれていく友輝を見つめながら、夏樹はそっと呟いた――。



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