碧天フォレストノベルコンテスト 一次審査通過作品
Original Story
『ずっとそばに…』
by Sin


第4章 『少しずつ近くへ…』

 純也に友輝と恋人のようだと言われて以来、千佳はあれだけ楽しんでいたスキンシップもすっかり止めてしまい、それどころか彼と出かけようとすらしなくなってしまった。
 最近では、純也と真須美の間にあった硬さが取れてきた所為か、二人の距離がより一層近づいているのを敏感に察して、機嫌は益々悪くなる一方。
 このままでは以前の二の舞になると考えた千鶴子は、千佳を連れて2人で出かけるようにしたが結果はあまり望ましいものではなく、悩んだ末に、俊和に相談してみると……。
「そうだな……千佳は少し度が過ぎるほどのお兄ちゃん子だから、もう少し他の事にも目を向けられるようにしたほうがいいのかもしれない。他の男の子と遊びまわれたら違うんだろうが…」
 その言葉に千鶴子も頷く。
「そうね……友輝くんと一緒に遊んでいた頃は、あんなに楽しそうだったんですもの…」
「……純也は気が利いているようで間が抜けている所があるからなぁ……。聞いた話じゃ、今回の事も純也の一言が原因らしいし…」
「友輝くんに聞いたんだけど、元々千佳が純也にあそこまでのめりこんでしまったのは、義兄さん達が亡くなった後、純也が『ずっとそばにいるよ』って言ってしまったのが元らしいし……」
「全ての鍵は、純也って事か……?」
 俊和の言葉に少し考える様子を見せた千鶴子は、やがてそっと首を横に振った。
「……私はむしろ、友輝くんの方が一番大切な鍵になる気がするわ。千佳にとって……本当に誰よりも大切な人になれる可能性が彼にはあると思うの」
「ふむ……」
「私は、彼に賭けてみようと思うわ。彼の情熱と千佳への思いやりがあの子を変えてくれると信じてる」
「……少し、彼と相談してみようか。何とかして、千佳を救ってやりたい」
「ええ、そうね。私の方からも、色々アプローチしてみるわ」
「ああ、頼むよ」

 両親がそんな相談をしているとは露知らず、千佳は相変わらず部屋に閉じこもってしまっていた。
 せっかく入学した高校もこのままでは出席日数が足りなくなってしまう可能性すらある。
 僅かでも純也に嫌われる事をしたくない。
 その思いが千佳を酷く臆病にしていた。
「千佳、入るわよ」
 千鶴子が部屋に入ってくる音にすらビクつく日々。もはや、千佳の精神疲労はピークに達しようとしていた。
「少し買い物に付き合って欲しいんだけど……どう?」
「……やめとく…外に出たって、何が変わるわけでもないし……偶然トモくんに会ったりした所をお兄ちゃんに見られたら、また誤解されちゃうし……」
 予想通りの答えに、千鶴子は酷く残念そうに溜息をついて呟く。
「そう? 残念。純也の為の買い物なんだけどなぁ……」
「えっ?」
「ほら、純也って来月誕生日でしょう? 私じゃ純也の好みなんて分からないし、お父さんに聞いたって時代が違いすぎるから……どうせなら純也が欲しそうなものを買ってあげたいのよ」
 そんな風に言われて、千佳の瞳に迷いの色が浮かぶ。もちろん、これは千鶴子の作戦だ。こうして外出する事への抵抗を少しでも少なくして千佳を連れ出す為の。
 どうやらその作戦は効果があったらしく、千佳は躊躇いながらも身支度を始めた。
 街中へと繰り出してきた千佳と千鶴子。だが、どこへ買い物に行けばいいのかなかなか定まらない。
「ねぇ、千佳。純也って何が好きなの?」
「う――ん…お兄ちゃんって、変なのが好きだから……」
「変なの?」
「うん。鉄砲型のライターとか、キャラクターの顔のライトとか、踊る花とか……」
「…確かに、ちょっと変わってるわね……」
「あは、そうだね」
 答える千佳の表情に、少しだけ笑顔が。
 どうやらこの作戦はかなり効果を挙げているようだ。
「それで……最近欲しがってるものって……分かる?」
「え? えっと……お兄ちゃんが今欲しがってるものって言えば……車と……バイクと……」
「ちょっとそれは高すぎるわね――」
 そう言って苦笑する千鶴子に、千佳はしばらく考えていたが、どうやら結論が出なかったらしく、誰かに電話し始めた。
「千佳、誰に電話してるの?」
「ん? トモくん」
 これには千鶴子もさすがに驚いた。あれほどまでに接触を避けようとしていた友輝に、こうも簡単に電話をかけるとは思いもしなかったから――。

「あ、トモくん? えっ…あ、うん……ごめん……えっと、ちょっとだけ教えて欲しい事があるんだけど……うん、そう」
 こうしてそばで見ていると、やはり千佳は友輝と話している時が一番生き生きしていると、千鶴子は思う。
 この関係をうまく深めてあげたいのだけれど……。そんな事を考えていると、どうやら電話が終わったらしく千佳がさっきまでとは打って変わった笑顔で、
「お母さん、この先にお兄ちゃんが欲しがりそうなグッズを売ってる店があるんだって。行ってみよっ」
「それは友輝くん情報?」
「うん。トモくんってこういう情報、通だから」
「へぇ……それは結構意外ね」
「あはっ、だよね。えっと……模型店の横を曲がって、赤い看板のビルの方へ……と、それで……ポストのところを左へ……あ、あの向こうみたい」
 そう言って千佳が指し示す場所へ行くと、そこにはなにやらどくろの形をした玩具や、カエルの形のライターなど、奇妙なものがずらりと店頭から並んでいた。
「うわぁ……これは凄いわねぇ……」
「確かにお兄ちゃんが喜びそうかも…あ、あれなんか面白い!」
 周囲を見回してみると、確かに様々なものがある。中にはいったい何に使うのかすら分からないような代物も。
「お母さん、これなんてどうかな〜」
 そう言って、千佳が見せてきたものに千鶴子は思わず腰が抜けそうになった。
「な、な、ななっ!?」
 なにしろ、千佳が持ってきたものは……巨大な目玉型のライトだったからだ。
 あまりにグロテスクなその様子に、言葉も出ない千鶴子。
「あはは、ちょっとお母さんには刺激が強すぎた?」
「ちょ、ちょっとじゃないかもしれないわね……純也はそう言うのが好きなの?」
「目玉の指輪とかネックレスとか、結構持ってるよ。ネックレスには磁石が入ってるみたいで、歩いてるときょろきょろしてて面白いんだから」
「そ、そう……?」
「う〜ん、じゃあこれなんかどう? 超リアル孫の手!」
 あまりにも造詣が見事で、本物としか思えないようなその孫の手に千鶴子は逃げ出したくなるのを必死で堪える。
「な、なんだか勝手に動き出しそうで怖いわね、それ」
「え〜っ、これも駄目ぇ? じゃあ…人体模型型テーブルライトは?」
 さらに差し出された内臓がぼんやりと光る人体模型……。グロテスクなもののオンパレードに、千鶴子はKO寸前だった。
「それなにに使うつもりよ…」
「う〜っ、じゃあ…これは?」
 そう言って差し出されたのは、模様こそ不思議な形はしているものの、一見する限りは普通の……。
「これって……鍋敷き?」
「うん。これならいいでしょ?」
「そ、そうね。でも……今までのと違ってずいぶんと普通な……」
「ああ、これね、鍋を置くと『ぎゃ―――――――――っ!!』って叫ぶんだって。前に雑誌に載ってたの読んで、お兄ちゃん面白がってたよ」
 笑いながらやってみせる千佳に、千鶴子はさすがに冷や汗。だが、もうこれ以上にまともなものは出てきそうにないので、このあたりで折り合いをつけることにした。
「……さ、さすがに凄いわね……で、でも、まあ見た目はこれが一番マシだから、これにしておきましょう。お勘定済ませてくるからちょっと待っててね」
「うん、わかった」
 そう言って辺りの商品を見て回る千佳は本当に楽しそうで、千鶴子は胸をなでおろしながら勘定を済ませた。

 店から出てきた頃には、だいぶ日も落ちて薄暗くなっていた。
「お兄ちゃん、喜んでくれるといいね」
「そうね。あ、そう言えば千佳は何かプレゼントしないの?」
「う〜ん、まだもうちょっと先だし、色々考えてみる」
「そう。まあ、悩んだときにはまた友輝くんに聞いてみるのもいいかもしれないわね」
「うん。そうだね」
 千佳はすっかり元気を取り戻しているように見える。
 このまま元気な状態が続いてくれるといいのだけど……そんな事を思いながら、千鶴子は千佳と共に家路を急ぐのだった……。

 それから数日後。
 以前よりはだいぶ家の中で話すようになった千佳だったが、相変わらずなかなか外には出かけようとしないでいた。
「この前はいい感じだったと思ったんだけど……なかなかうまくはいかないものね」
 そう言って溜息をつく千鶴子。
 だが、少しずつ変化は訪れていた。
 何気なく千佳の部屋の前を通った千鶴子は、中から電話をしているらしい千佳の声を聞いて耳をそばだてた。
『うん、そう。だからお兄ちゃんの誕生日プレゼントを買いに行きたいから……変な期待しないでよ? 私は……お兄ちゃんの為に……』

 それを聞いてほくそえむ千鶴子。
 どうやらあの作戦は満更失敗ではなかったらしい。
 おそらくあの電話の相手は友輝だろう。
 今はまだ会えなくても、あれほどに中のよかった二人がいつまでも声だけで我慢していられるとは思えない。
 そして、その予感は見事に的中した。
「お母さん、ちょっと出かけてくるね」
 いつもよりちょっとおしゃれな格好でリビングに入ってきた千佳は、妙にうきうきした様子でそう言ってきた。
「えっ、どこに?」
「……ちょっとだけ…トモくんの所…」
「ええっ?」
「なんとなく…会いたくなっちゃって……えへへ…じゃ、いってきま〜す!」
 少し照れた様子でそう言って駆け出していった千佳に呆然としていた千鶴子だったが、やがてくすっと笑って呟いた。
「いってらっしゃい、頑張ってね」



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