碧天フォレストノベルコンテスト 一次審査通過作品
Original Story
『ずっとそばに…』
by Sin


第2章 『好きなのに…』

 友輝の言葉に思わず息を呑む千佳。
「な、何言ってるの? こんな…突然…」
 訳が分からず、混乱する千佳。
「ずっと考えてた。このまま友達同士のままでいて、それで本当に良いのかって…」
「そ、そんな事、急に言われても困るよ…」
 じっと見つめられて、千佳は思わず目を伏せる。胸は高鳴り、頭の中が真っ白になってしまっていた。
 それでも彼の様子が気になって視線を上げると、また目が合ってしまい、真っ赤になって再び俯いた。
 何を言っていいか分からずうろたえる千佳を真剣な表情で見つめながら、そっと口を開く友輝。
「俺も今すぐに返事を貰おうなんて思ってないよ」
「えっ?」
「千佳が純也さんの事を好きなのは俺だって知ってるし、俺じゃ、まだまだ敵わないってことも分かってる。たださ……」
 顔を赤くして頬を掻きながら、友輝は照れくさそうに言う。
「俺の気持ち、知っていて欲しかったんだ。他の誰でもない、千佳が好きなんだって」
「トモくん……」
 戸惑いを隠せない千佳だったが、やがて……。
「ごめんね…トモくん……私、トモくんの事は嫌いじゃないけど…やっぱりお兄ちゃんの方が好きなの…だから…ごめんなさいっ!」
「あ、千佳!」
 俯いたままその場を駆け出す千佳。
 呼び止めようとした友輝だったが千佳はそのまま立ち去ってしまった。
 
「…やっぱり、駄目か…まあ、結果は分かってたことだけど……な……」
 呟くとその場に座り込んでしまう友輝。
「純也さんの方が……か。いいさ、それなら俺が純也さん以上の男になれるように、頑張って千佳を振り向かせればいいんだからな。よしっ、頑張るぞ!!」
 完璧に振られたにも拘らず、めげない性格の友輝だった――。


「ただいま〜あれ? お兄ちゃん、まだ帰ってないの……?」
 家へと帰ってきた千佳は、真っ先に純也の姿を探すが、どこにも見当たらない。
「お帰り、千佳。ずいぶん遅かったわね」
「うん、ちょっと……ねえ、お母さん。お兄ちゃんは?」
「まだ帰ってないわよ。お父さんはもう帰ってきてるから、とっくに式は終わってるはずなんだけどね」
「……私、ちょっと探してくる!」
 そう言うと、千佳はカバンを放り出して飛び出していく。
「探してくるって……ちょっと、千佳!?」
 慌てて止めようとした千鶴子だったが、すでに千佳の姿はなかった。
「もう、しょうがない子ねぇ。純也の事になると目の色が変わるんだから……」
「ん? 千佳、帰ったのか?」
「ええ。またすぐに出て行っちゃったけど」
「なんだ、そうなのか?」
「お兄ちゃんがいない〜って。探しに行っちゃったわ」
「あの子は本当にお兄ちゃんっ子だからなぁ…」
「そうね…時々、心配になるわ…」
「妹はいつか兄から巣立っていかなくてはならない時がくるものだからね。その時に、あまり傷つかなければいいんだが…」
「ええ……」
 心配げに千佳の出て行った扉を見つめる千鶴子達。
 その頃千佳は――。

「お兄ちゃん、どこで道草してるんだろう…早く帰って来てって言ったのに……」
 高校への通学路を、あちこち探し回る千佳。
 と、その時……。
 
「嬉しいです……先輩」

 聞こえてきた声に思わず足を止める。
「今のって、真須美先輩?」
 足音を立てないように気をつけながら声の方へと近づいていく。そこで千佳が見たものは……。

「お、お兄ちゃん!?」
 それは、純也の胸に抱きついて微笑む真須美の姿だった。
 溢れそうになる声を必死に堪えて千佳は様子を伺う。
「どうして……どうしてお兄ちゃんが……」
 混乱して、立ち尽くす千佳の目の前で2人は楽しげに話している。
「私、先輩の事がずっと好きだったんです。でも、千佳ちゃんもいるし先輩は女の子に人気だから、きっと彼女いると思って……」
「まさか。今まで彼女なんてできたことないよ」
 そう言って苦笑する純也に、真須美も微笑んでさらにしっかりと抱きついている。
「ほんとに…信じられなかった……まさか先輩が、私と付き合ってくれるなんて……」
 その瞬間、千佳は心の中で何かが音を立てて壊れたような気がした。

「家まで送るよ。それと……名前で呼んでもいいかな?」
「は、はいっ!」
「じゃあ…真須美。帰ろうか」
「はい……えっと…私も……」
「純也でいいよ。もちろん呼び捨てで」
「じゃ、じゃあ……純也……」
「真須美…」
 真っ赤になってお互い呼び合った後、顔を見合わせて吹き出した。
「じゃあ帰ろうか」
「はいっ」
 2人が楽しく肩を並べて公園を出て行くのを、ただ黙って見送る千佳。
呼び止めたかった。純也の気持ちを問いただしたかった。だけど、いくらそう思っても千佳の身体は全く動かず、声を出す事もできなくて……
 どれだけの間立ち尽くしていただろう。
 一歩踏み出そうとした千佳は……そのままよろめいて転んでしまう。
 起き上がろうともせず、じっと俯いていた千佳だったが、やがて…小さな呟きが漏れた。
「どうして……」
 呟く千佳の瞳が潤んでくる。
「どうして……」
 溢れた涙が頬を伝って…。
「お兄ちゃん……」
 葉っぱの上に滴り落ちた――。

 家路を歩く千佳の足取りは重い。
 帰れば純也と顔を合わせずにはいられない。そうなった時、もしも真須美の事を言われたら…そんな不安に押し潰されそうになる度に、千佳の頬を涙が伝う。

「私…どうしたらいいんだろう……」
 純也が真須美と付き合うことを選んだ。
 それが分かっても、千佳には純也への気持ちを否定することなどできない。
「お兄ちゃんが真須美先輩の事を好きでも……嫌いになんて…なれない……なれるわけ…ないよ……」
 足が止まる。
 もう、これ以上一歩も先へ進めそうにない。
 不安と悲しみと寂しさに押し潰されそうな千佳。
 と、その背後から突然声がかけられる。
 それは、先ほど告白を断ったばかりの友輝だった。
「お前…泣いてるのか?」
 心配げな友輝の言葉に、必死に堪えていた涙が一気に溢れ出してしまう。
「トモくん……う……ぅぁ……ひっく……ぐすっ……わぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「お、おい、千佳!?」
 突然泣きついてきた千佳を、慌てて抱きとめる友輝。
 その腕の中で、千佳は延々と泣き続けた……。

 あれから1時間。
 ようやく泣きやんだ千佳と共に、あの公園へとやってきた友輝は、理由を聞くと同時に飲んでいたジュースの缶を握りつぶした。
「それじゃあ、なにか? 純也さんはお前の事、気にもしないで河野先輩と付き合うことにしたって事か?」
「……うん…」
「ふざけてる…あいつが言ったんだろ? ずっとそばにいるって!」
「……ぐすっ、お兄ちゃん……」
 またぽろぽろと涙をこぼす千佳に、友輝はそっとハンカチで涙を拭ってやった。
「そんなことになっても、千佳は……」
「…うぁ……ひっく……お兄ちゃん……」
「それでも好きな訳だ。千佳にとって純也さんってとんでもなく大きな存在なんだな…」
 また泣き出してしまった千佳の肩をそっと抱きしめる友輝。
「とりあえず、今は俺がついててやるから、好きなだけ泣いたらいい。悔しいけど、今の俺じゃ純也さん以上に千佳の気持ちを振り向かせることはできないから…」
「トモくん……ぐすっ……ありがとう……」
 そう言うと千佳は友輝の胸でそれから数時間もの間、泣き続けた――。
 
 辺りはすっかり暗くなり、人影もない。
 友輝は泣き疲れて眠ってしまった千佳に肩を貸したまま、苛立ちに身体を震わせていた。
 どうして自分では駄目なのか。
 そんな思いが渦巻いて、このまま眠っている千佳を力ずくで自分のものにしてしまえば…なんて事まで考えてしまう。
 だが、千佳の頬を濡らす涙がそんな気持ちをきっぱりと拒絶して、友輝は大きな溜息をついた。
 と、その時だ。
「千佳!?」
 その声に視線を上げると、慌てきった様子の純也が、学生服のままで公園の入り口に立っていた。
「と、友輝!? 千佳は!?」
「……泣きつかれて、眠ってるだけだ。で、何しに来たんだ?」
「何しにって、千佳を探しに……」

 全くいつもと変わらない。その事が友輝の心を酷く苛立たせる。
 友輝にとって今の純也の態度は絶対に許せるものではなかったから。
 千佳をあれ程にまで悲しませておきながら、いつもと変わらない純也。
 それはつまり、彼にとって千佳はその程度の存在でしかない。
 千佳が悲しんでいても、いつもと変わらずにいられる程度の存在でしかない。
 その事が友輝にはどうしても許せなかった。
 だから……

「……千佳は目が覚めたら俺が送っていくよ。純也さんは帰ってくれ」
「と、友輝?」
「河野先輩と付き合うことになったらしいな。一応、おめでとうと言っとく」
「えっ、それ誰に……」
「だから、とっとと帰れ。今、千佳はあんたに合いたくないはずだからな」
「友輝……」
 その怒りの矛先が自分に向けられている理由が分からない純也に、もはや友輝の我慢は限界だった。
 このまま目の前にいたなら、確実に殴り倒してしまう。
「帰れと言っている!!」
「わ、分かった……千佳の事、頼むよ」
「……あんたに頼まれなくたって、千佳は俺が守る……なにがあってもな!」
 殺気すら感じられる友輝の言葉に、戸惑いながら純也は公園を出て行く。
 それから少しして……完全に純也が去った事を確認した友輝はそっと千佳に呼びかける。
「千佳、起きてただろ?」
 その言葉に千佳がゆっくりと瞼を開いた。
「バレてた……?」
「バレバレだ」
「……ごめん…今、お兄ちゃんの顔見たら、きっと私……」
「分かってる。とりあえず少しは落ち着いたみたいだな。そろそろ帰るか?」
「もう少しだけ……このままここに…」
「いいのか? 家で心配するんじゃ……」
「……あ、トモくんが迷惑なら……」
「まさか。迷惑なんかじゃないさ。それよりもお前の方が心配だ」
「優しいね……トモくんは……」
「お前だけにな」
「ふふっ……ありがと」
 そう言って微笑む千佳に、友輝は照れて頬を掻く。
 結局それからさらに時間は過ぎて、千佳が家に帰ったのはもう、真夜中近かった。
 両親に徹底的に怒られたのは言うまでもないが、兄の顔を見ようとしない千佳の様子に、皆、不安の色を隠せないまま、その日の夜は過ぎていった……

 翌日。
 高校入学までのんびりと過ごす予定の千佳だったが、昨日の出来事の所為で何もする気が起きなくなっていた。
 純也の顔を見るたびに湧き上がってくる悲しみ。
「嘘つき……」
 呟いて、兄と一緒に撮った写真を伏せた千佳は、誰に告げることもなく家を出た。

 どこに行く当てがある訳でもなかった千佳は、昨日の公園に立ち寄ってみる。
 不思議な事に、思い出されるのは兄の事ではなく、ずっとそばにいてくれた友輝の事ばかり――。
 千佳にはそれがなんとなく嬉しくて、不思議な気分だった。
「トモくん……かぁ……」
 昨日、友輝から告白された事を思い出す千佳。あの時は純也の事ばかり考えていたからすんなり断れたが、今、もしも同じように告白されてしまったらどうだろう。
 そんな思いが千佳の脳裏を過ぎる。
 その時だった。
「あらっ、千佳ちゃん!」
 背後からかけられた声に振り返って、千佳はそれを思いっきり悔やんだ。
 満面の笑顔で千佳の方へと歩いてくるのは、今までなら一番|憧れた先輩でしかなかった真須美だったのだから……。
「真須美……先輩…」
「ちょうどよかったわ。あなたに話しておきたい事があったの」
 いつも以上の明るさで接してくる真須美のその笑顔が今の千佳には痛すぎる。
「…お兄ちゃんの……事ですか……?」
「えっ、あ、もう知ってたの?」
「……見てました。昨日……ここで」
「え、ええっ、や、やだ、見られてたの?」
 そう言って頬を赤らめる真須美を感情の見えない表情で見つめていた千佳は、やがて……。
「話ってそれだけですか? じゃあ、失礼します」
「えっ、ちょっと…」
 戸惑う真須美を残して、さっさと公園を出て行ってしまう。
 呆然とその様子を見送った真須美だったが、1つの事に思いついて愕然とした。
「まさか…千佳ちゃん、純也さんのこと本気で……? だとしたら、私…なんて酷いことしちゃったんだろう……」
 呟く真須美の声は、誰にも届かずに消えていった――。



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