碧天フォレストノベルコンテスト 一次審査通過作品
Original Story
『ずっとそばに…』
by Sin


第1章 『告白』

 まだ少し肌寒い3月の街並み。
 そんな中、真部家では最早恒例行事となった千佳による、純也叩き起こし大作戦が決行されようとしていた。
「今日くらいはすぐに起きてくれるといいんだけど……やっぱり無理だよね……はぁ……」
 そう言って溜息をつく千佳の、腰まで伸びた髪がふわりと揺れる。
 15歳になった千佳は周囲からも美少女として名高い。
 美人というよりは可愛いといった感じの面立ちに、程よく成長したスタイル。
 身長だけはあまり伸びず、148cmにしかならなかったが、それもまた彼女の可愛らしさに色を添えている。
 超絶、とまでは言わないものの、かなりレベルの高い美少女妹を持つ純也を羨ましがる男達は数知れず。
 ラブレターの数は毎日30通を下回った事がない、学校のアイドル的存在になっていた。

 そして純也もまた、180cmを超える身長と引き締まったスタイル。
 スポーツ万能で、成績も中の上。
 強く、優しく、それなりに勉強もできて二枚目とあれば女性達が放っておく訳もなく、こちらも毎日20通以上のラブレターは確約状態になっていた。

「お兄ちゃん、そろそろ起きないと遅刻するよ〜」
 そう言って純也をゆさゆさと揺さぶる千佳。
「ん〜後5分〜」
 眠そうな声で答えて布団の中に潜り込む純也に千佳はいたずらを思いついた子供のような表情でゆっくりと後ずさると……。
「えいっ!」
 思いっきり助走をつけて、千佳はダイビングプレスを敢行した。

「ぐえっ!?」
 まるでカエルが潰れたような声を上げる純也。伸ばされた両手両足がヒクヒクと震えて、ゆっくりと落ちる。
「起きた?」
 満面の笑顔で訊く千佳に、純也は…。
「く…ぅぅぅっ…ち、千ぃぃ佳ぁぁぁぁっ!」
「ひゃうっ!?」
 一気に立ち上がった純也の勢いに負けてひっくり返った千佳は、捲れ上がったスカートを慌てて押さえた。恨めしげに純也を見つめるその頬が赤い。
「お、お兄ちゃんのえっち〜」
「自業自得だろ?」
「うぅ〜っ、お兄ちゃんのいじわるぅ…」

 そう言って頬を膨らませる千佳だったが、純也が軽く頭を撫でてやるとすぐに機嫌を直して微笑んだ。
 
「あ、もうこんな時間。お兄ちゃん、急がないと朝ご飯食べられなくなっちゃうよ?」
「ん、すぐ行くから」
「じゃあ、用意して待ってるね」
「ああ、頼むよ」
「早くね〜」
 純也の返事に頷くと、千佳はそう言って部屋を出て行った。

 あの痛ましい事故からもう、8年が過ぎようとしていた。
 両親を亡くした千佳達だったが、叔父の俊和が自分の子供として育てると名乗りをあげてくれたお陰で施設に入ることも無く、兄妹一緒にこれまで何不自由なく生活することができていた。
 今では俊和とその妻である千鶴子を親として2人とも慕っている。
 あの頃はまだまだ幼かった二人だが、8年の歳月を経て、それぞれ高校と中学を卒業するまでに成長していた。

「お母さん、お兄ちゃんもうすぐ来るって」
「そう? じゃあもう少しだけ待っていましょうか」
 そう言いながら食器を並べていく千鶴子。
その時、千鶴子の手が俊和が広げている新聞に当たった。
「……あなた。お食事の時に新聞を読むのは止めて下さいと何度も言っているでしょう?」
「まだいいじゃないか」
 苦笑しながら言う俊和だったが――。
「いけません。あなたがそんな事をしてるから、純也にまで同じ癖がついてしまったじゃないですか」
 腰に手を当てて睨むように言ってくる千鶴子に首をすくめる俊和。
「う…あれは俺の所為か?」
「あなたの所為です」
「……千佳…何とかフォロー」
 きっぱりと言い切られ、千佳に助けを求める。しかし……。
「あはっ、お父さんの負け〜」
 笑いながら答えた千佳にガックリと項垂れる俊和。そんな様子に、リビングに入ってきた純也が吹き出した。
「あはは、朝っぱらからよくやるよ」
「お兄ちゃん、遅い〜」
「悪い悪い。お、美味そう! いっただきま〜す!」
「あ、お兄ちゃんずるい! 私も、いただきま〜す!」
 純也に続くように慌てて食べ始める千佳。 そんな様子を笑いながら俊和達は見つめていた。

「あ、そう言えば…今日の俺達の卒業式って、母さん達どうするんだ?」
 ふと、思い出したように口を開いた純也に、
「時間被っちゃってるもんね。私もお兄ちゃんの卒業式見たかったんだけどなぁ……」
 そう言って千佳は溜息をつく。
「そんなにがっかりしないの。千佳だって、大切な晴れ舞台じゃない。トモくんから聞いたわよ。卒業生代表の挨拶、するらしいじゃない」
「えっ、本当か? それは是非とも見たいなぁ。よし、千佳の方には父さんが行こう」
「ダーメ。千佳の所には私が行くんだから」
「そりゃ無いだろ、千鶴子……」
「決定事項です。ね、千佳」
「うん。お母さんが来てくれる約束だもんねっ」
 千佳と千鶴子が視線を交わして笑うと、俊和は酷く残念そうに溜息をついた。
「……はぁ、分かったよ。じゃあ父さんは純也の卒業式に行くよ」
「千佳、人気者だな」
「う、うん、えへへ……でも…ほんとは一番来て欲しいのは、お兄ちゃんなんだけどな……」
 小声でポツリと呟く千佳の声は、誰の耳にも届かず虚空に消える。
「それにしても、どちらにも自分が行きたいと言われない俺の立場って……」
 ぼやく純也だったが、そのままスルーされてしまった。
 そうこうしている内に、時間はあっという間に過ぎ…。
「2人とも、時間!!」
 千鶴子の声に時計を見た2人は大慌てで食事を掻き込み身支度を整えると、
 
「「いってきま〜す」」

 2人同時に家を飛び出して行った。

 少し急ぎ足で歩く純也に、千佳は置いていかれまいと必死に後を追う。身長が150弱の小柄な千佳では、180を超える純也の歩幅に追いつくのは至難の技だ。
 ましてや早足で歩かれては、走らないことには追いつけない。
「千佳、大丈夫か?」
 息の上がっている千佳を心配する純也。
 答えられるほどの余裕はすでに無かったが、頷く事で何とか返事を返した。
 さすがにこの様子を見てはこれ以上走らせるのは無理と判断した純也は、時間を確認してなんとか間に合うと見ると、ふらふらになっている千佳の足を止めさせた。
「ここまで来れば、後は普通に歩いて行っても大丈夫だな…千佳、少し休もうか?」
 純也の言葉に千佳はふるふると首を横に振ると、足を進めようとして……。
「あ……っ…」
よろめいた。
「千佳!?」
 慌てて支えようとする純也だったが間に合わない。
 そのとき、倒れかける千佳にスッと手が差し伸べられた。
「――っと。大丈夫か、千佳?」
「あ、ありがと…」
 礼を言いつつ、声の主を確かめようと振り返った千佳の目に写ったのは、千佳達兄妹の幼馴染、長谷部友輝の笑いをかみ殺したような表情だった。

「トモくん! 助けてくれたの、トモくんだったんだ――って、何笑ってるのー」
「笑ってない笑ってない」
「笑ってるよっ!」
 そう言って膨れる千佳の様子に、純也と友輝は顔を見合わせて爆笑する。
「お兄ちゃんもトモくんもいじわる〜!! もう、先に行くからねっ!」
 ぷんぷんと文字でも浮かびそうな様子で足早に歩き出す千佳。
 そんな姿に笑いながら、純也達も千佳の後を追った。

 やがて、高校と中学それぞれへの分岐路にさしかかろうとしたとき――。
「真部先輩、おはようございます」
 背後から声をかけられて純也が振り返ると、そこにいたのは後輩の河野真須美だった。
「え? ああ、河野さん。おはよう」
 どことなく嬉しそうに挨拶を返す純也。彼女は純也の一年後輩で、2年前までは千佳や友輝と同じ中学に通っていた。美人で気立てもいいので男子生徒からの人気は昔から凄いものがある。千佳の憧れの先輩だ。
「真須美先輩、おはようございま〜す」
「ちぃす、河野先輩」
「千佳ちゃん、長谷部くん、おはよう。なんだか朝から楽しそうだったわね」
「あ、えへへ……」
「ふふっ、そうやって照れた顔してると、ほんとに可愛いんだから。長谷部君もそう思うでしょう?」
「え? あ、え、えっと……ま、まぁ……」
「あらあら、照れちゃって。お顔が真っ赤よ?」
 その言葉に言葉を詰まらせる友輝。
「――――っ!?」
 耳まで真っ赤になった彼の様子に真須美はくすくすと笑いをこぼす。
「ちょっとからかいすぎちゃったかしら。ふふっ」
 そう真須美に言われて、友輝ばかりではなく、千佳も顔を赤く染めた。
 ――と、その時。
 何気なく純也の腕時計を見た真須美は、慌てて自分の時計で時間を確かめると――。
「あ、いけない。真部先輩、急がないと遅刻ですよ!」
「え!? あ、やばっ! 千佳、友輝、お前達も急がないと遅れるぞ!」
「ええっ、ひゃぁっ、遅れちゃうぅっ!」
 純也の言葉に千佳も時計を見て思わず飛び上がる。
「やばい! 千佳、急ごう!!」
「う、うんっ!」
 友輝に急かされるままに走り出す千佳。
「事故に気をつけろよ、千佳!」
「お兄ちゃんもね!!」
 互いに振り返り、そんな事を言っていると……。
「先輩、急いで!!」
「あ、ああ、分かってる!」
「千佳、何やってるんだよ! 早くしないとマジで卒業式遅刻するぞっ!!」
「や、や〜ん、待ってよトモくん〜っ!!」
 こうして、千佳達はそれぞれ高校、中学へと走っていく。結局、ぎりぎりにはなったが、必死に走ったお陰で何とか遅刻は免れた4人だった。

 朝からなんだかんだとバタバタしていた千佳達だったが、卒業式は大きなトラブルも無いまま進んでいく。
 高校では真須美が在校生代表として送辞を卒業生に送り、その内容に感動した卒業生達全員が一斉に大きな拍手を送る。
 驚いた様子でそれを見ていた真須美だったが、卒業生の中に純也の姿を見つけた途端に溢れてきた涙をぐっと堪えて一礼すると席に戻っていった。
 
 一方、中学校の方では千佳の答辞も何とか無事に終え、卒業証書を授与された千佳は必死に涙を堪えていたが、とうとう我慢できずにぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
 やがて式も終わり保護者達も帰り始めると、千鶴子も千佳の所へやってきて、先に帰ることを告げて帰っていく。
 これで会えなくなる友達も多い千佳は、名残惜しくてしばらくの間、同じクラスの女子達と思い出話をしていた。
 だが、いつまでもそうしているわけにもいかず、帰ろうとしたその時。
「千佳!」
 突然呼び止められて振り返ると、そこには友輝の姿が。
「トモくん? どうしたの?」
「……時間、少しいいか?」
「う、うん…いいけど…」

 千佳が躊躇いがちに答えていた丁度その頃、高校の方でも――。
「真部先輩」
「ん? ああ河野さん。どうかしたのか?」
「卒業、おめでとうございます」
 笑顔でそう言ってくる真須美に、純也は苦笑する。
「ありがとう。ひょっとしてそれを言う為に残ってくれていた訳?」
「半分、正解です」
「――じゃあ、もう半分は?」
 そう訊いた純也に、真須美は一度大きく深呼吸してから再び口を開く。
「先輩、一緒に来てくれませんか?」
 頬を真っ赤に染めたその言葉に頷く純也。
 辺りからの冷やかしの言葉に軽く返しながら純也は真須美と共に学校を出た。
 よく2人で歩いた通学路を肩を並べて歩く。
「こうして…先輩と一緒に通学できるのも、これが最後ですね…」
「そうだな……」
「学校、楽しかったですか?」
「どうだろう…楽しかった…けど、テストはやっぱりきつかったなぁ…」
 感慨深げに語る純也に、真須美は真部先輩らしいですねと言いながらくすくす笑っていた。

 躊躇いながらも、友輝に導かれるままに校舎の屋上へと連れてこられた千佳。
「え、えっと……トモくん?」
 屋上の冷たい風が首筋やスカートの中に吹き込み、千佳は身を縮こまらせる。
「ここ、結構寒いね……」
「……千佳…」
「えっ?」
「――俺…」
「トモくん?」
 いつもと様子の違う友輝に戸惑う千佳。

 そしてそれとほぼ同じ頃――。

 通学路の途中にある公園。
 そこのブランコに純也と真須美は腰掛けていた。キコキコときしむ音だけが辺りに響いている。
「河野さん?」
「……先輩、私…」

 中学校の屋上と公園のブランコ……。
 全く異なるこの二ヵ所で――。

「私、あなたの事が…好きです!」
「俺は、お前の事が…好きだ!」

今、4人の運命が交錯する――。



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