Original Story
『獣神変幻ビーストブラッド〜獣の魂〜』
by Sin


第2話 追われる少女

 あれから3年の月日が流れた。
 各地を放浪しながら、自分と同じ境遇の者…すなわちビーストブラッドを探して彷徨うユウマだったが、今日に到るまで、全く出会う事が出来ぬままに無為な時を過ごしている。

「探しに探し回って…今日で、もう…3年……か。伝承には残されている所が沢山あるというのに、誰一人として会った事がないとは思わなかったな……」

 暗闇の中、薪を足しながら呟くユウマ。
 辺りは夜の闇に包まれ、静寂の中に薪の爆ぜる音だけが響く。

「化け物として恐れている所だけじゃないって判っただけでも…収穫と思わないと…な」

 呟きながらも、流石に溢れてくるのは溜息ばかり。
「それにしても…目撃者が一人もいないって言うのに、なんでこんなにも恐れられたり敬われたりしてるんだ……? 見た事すらないものを、どうして……いや…見たことが無いから……か」
 呟いた瞬間、自分の中で1つの結論に辿り着いてしまい、ユウマは大きな溜息を付いた。
「遥かに昔には居たのかも知れないけど…居なくなっちまったから、良くも悪くも言い伝えられてしまっている……って訳か……つまりは…もう、ビーストブラッドは存在しない……」
 俯き、肩を震わせる。
「俺だけが…神様か何かの悪戯で、この時代に生まれてしまったんだ……」
 思い返す日々。
 初めて自分がビーストブラッドだと知ったあの日……。
 恐ろしかった。
 自分が人間じゃないって思い知らされてしまったから。
 彼の住んでいた村では、ビーストブラッドは災厄の象徴として恐れられていた。
 幼い頃から、もしもビーストブラッドと出会ってしまったら、その者は永遠に不幸に見舞われる……。
 不幸から逃れるためには、ビーストブラッドを殺すか、二度と近寄らないように追い払わなくてはならない。
 そう教えられてきた彼にとって、自分自身がそのビーストブラッドだったと知った時の恐怖は計り知れなかった。

「……ビーストブラッド…って……一体、何なんだ……」

 信仰の象徴、神の化身、悪魔の使い、災厄の象徴……。
 どれをとっても、普通の生き物に与えられるような代名詞じゃない。
 そして……ビーストブラッドであることを知った人々の反応は往々にして……。

「化け物!?」

 殆ど、その言葉を口にする。
 信仰の象徴だと言っていた所ですら、実物を見たことはなかったから……。
 本物のビーストブラッドを目の当たりにした途端、出てきたのはその言葉だった。

 襲ってくる人々。
 傷つけたくはない。そう思っても自分の命を危険に晒してまで傷つけずにいる事はできず、結局、幾人も傷つけてしまった。
 じっと自分の手を見つめるユウマ。
 この手が変じたあの爪で、どれほどの血を流してきただろう。
 最近、血の臭いが消えなくなってきた気がする。
 今までは幸いと言って良いものかはわからないが、誰も殺さずに来れた。
 だが、今後もそうしていけるとは限らない。
 何かの拍子に人の命を奪ってしまったら……。
 獣化したユウマの姿に怯え、泣き叫ぶ人々の姿と悲鳴が今でも脳裏から離れない。

「……もう、無駄なんだろうか……」
 3年の間…ずっと自分に問いかけ続けてきた。
 心まで疲れきっていたユウマにとって、その答えを出すのは死刑宣告に等しいもの。
 大きな溜息をついて木の幹に背中を預けたユウマは、そのままゆっくりと眠りに落ちていった……。


「はぁっ、はぁっ、な、何、何なの!? なんで追っかけてくるのよぉっ!!」
 夜の闇に包まれた森の中を何かから必死に逃げ回る少女。
「ギ、ギギッ」
 追跡者のその姿はまるで虫のようで、不気味な事この上ない。
 しかもそれは単体ではなく、まるで蟻のように大群で押し寄せてくる。
 その内の一匹が加えているのは
「やだ……やだっ……助けて……誰か助けてっ!!」
 鬱蒼とした木々に囲まれた深い森の奥。
 少女の悲鳴など、誰に届くはずも無い……はずだった。

 だが……。


 眠りに落ちようとしていたユウマは、ふと、何かの声に気づいて目を覚ました。
「何……だ?」
 辺りの様子を伺う。
 聞こえてくるのは葉擦れの音と、風の音。そして……。

「足音? それも一人じゃない……それに…悲鳴!? あっちか!!」
 飛び起きたユウマは、全力で悲鳴の聞こえた方へと走る。
 そして数分ほど走っただろうか。

「助けて!! 誰か、助けてぇっ!!」
「居たっ!!」
 決して普通の人間には見通せないような暗闇の中、ユウマは無数の影に囲まれる少女の姿を見つけた。
「やめろぉぉぉぉっ!!」
 少女に襲いかかろうとしたその影に、体当たりを食らわすユウマ。
「ギギギッ!?」
 奇声を上げて突き飛ばされたその影は数メートルも弾き飛ばされて木の幹に叩きつけられる。
 その時、ユウマは始めて相手の姿に気が付いた。
 まるで虫のようなその異形。
 それも十数匹。
 完全に周囲を囲まれていた。
「なっ、何なんだ、お前らはっ!?」
「ギギィッ!!」
 奇声を上げて、いきなり襲い掛かってくるその虫人間達。

「問答無用かっ!?」
 虫人間の手はまるで鎌のようになっていて、それで斬りつけてくる。
 更に頭は蟻のようで、その口には恐ろしいほどに鋭い牙のようなものが二本突き出てガチャガチャと鳴らしていた。
「あ、あ、貴方……は?」
「悲鳴が聞こえてきてみれば…何なんだこいつらはっ!? なんで追われてた!?」
 怯えたような少女の声に周囲へ警戒しながら答える。
「わかんないよっ! 私だっていきなり襲われたんだもん!!」
「ちぃっ、このぉぉぉっ!!」
 襲ってくる虫人間にユウマの拳が突き刺さる。
「ギィッ!?」
「お前ら一体何なんだ! どうしてこの子を襲う!!」
 ユウマの問いに全く答える様子は無い。
 次々と襲ってくるそいつらを、ユウマは全て叩きのめす。
「す、凄い……」
「ギビィィッ!?」
 奇声を上げて最後の一匹が倒されると、虫人間達はじわじわと包囲を広げ始め、やがて闇の中に消えていった。

「……行った……か?」
 しばらくの間、辺りを警戒していたユウマだったが、虫人間達が戻ってくる様子の無い事を確認して、ようやく緊張を解いた。
「なんとかなったな……あ、おい、大丈夫か?」
 そう言ってユウマは少女の側に屈み込む。
 不安げな瞳で見つめてくるその様子に苦笑すると、ユウマはそっと手を差し出す。
「立てるか? 向こうに火を焚いている。そこまで行こう」
「……う…うん……」
 怯えながらも、彼女はそう言ってユウマの手を取った。


 焚き火の所までやってきたユウマと少女。
 不安げな様子を見せながらも、少女は促されるままに焚き火の側に座った。

「怪我は無いか?」
「う、うん。ありがとう……助けてくれて」
「そうか。よかった」
 そう言ってユウマが笑うと、ようやく少し安心したのか少女の口元にも微笑が。
「それにしても、なんでこんな所に? この辺りには集落や村は無かったはずだが……」
「……ちょっと…ね」
 呟くように言って表情を暗くする少女に、ユウマはおおよその理由を悟った。
「わけありの旅の途中って事か……理由はどうあれ、俺と同じだな……」
「えっ?」
 ユウマの呟きに戸惑った様子を見せる少女。
 そんな表情に苦笑すると、ユウマは少女に飲み物を差し出した。
「飲めよ。身体が温まる」
「えっ……あ、う、うん……ありがと……」
 しばらくの静寂。
 辺りから聞こえてくるのは木擦れの音だけ。
 と、その時。薪が爆ぜる音に少女の身体がびくっと震え、その拍子に持っていたカップを落としてしまった。
「あっ…!」
 地面に転がり、中の飲み物も零れてしまう。
 慌てて拾い上げようとした少女だったが、そっと立ち上がったユウマの様子に怒られるとでも思ったのか後ずさり、不安げな瞳で見つめている。

「大丈夫か?」
「……ふぇっ?」
 あまりに予想外だったのだろう。
 思わず奇声を上げる少女に苦笑するユウマ。
「火傷、しなかったか?」
「あ、う、うん」
「怒られるとでも思ったのか?」
 笑いながらそう聞くユウマに、少女は恐る恐る頷いた。
「こんな事で怒りやしないよ。それよりも君に怪我が無くて良かった」
「……………っ」
 優しくそう言われ、そっと頭を撫でられた瞬間。少女の頬を伝う涙。
「あ…そんなに怖かったか……? ごめん、怖がらせるつもりは無かったんだけど…」
 ユウマのその言葉に少女はぶんぶんと首を横に振る。
「ちがっ……違う……」
「え?」
 戸惑うユウマをじっと見つめる少女。
 その瞳にはゆっくりと涙が浮かび、そして……。
「ぐすっ……ひっく…わぁぁぁぁぁぁぁん!!」
 大声で泣きながら抱きついた。

 思わぬ行動に慌てるユウマ。
 だが、少女はしっかりと抱きついて離れない。
「参ったな……」
 呟いて頬を掻いたが、泣きじゃくる少女の様子に溜息をつくとそのまましっかりと抱きしめた。
 驚いたのか、一瞬少女の泣き声が止まる。
 見ると、目を丸くしてユウマを見つめていた。
「……泣きたいなら、泣いていい。しばらくこうしてるから」
「―――――っ……っく、ひっく……」
 ユウマの言葉にようやく安心したのだろう。
 少女は今度こそユウマの胸に顔を埋めて泣きじゃくった。

 全ての不安を拭い去ろうとするかのように……。

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