オリジナルショートストーリー
『桜咲く』

by 蒼獅郎


 2月14日。それは、女性がその秘めたる想いを言葉ではなくチョコに託す日。
そう、女性にとって人生最大のイベントといっても過言ではない。
んでもって、そんな人生最大の日に、カレンダーにて日付を再確認しては、にへら〜と、頬を緩ませきっているのは、このあたし― 涼宮 咲(19)―。
「咲さん、すみません。もう少しで終わりますんで」と、奥のキッチンから想い人の声がした。
……フフフ。そう、あたしが今いるこの場所は彼氏ん家のリビングだったりする。
付き合い始めてそろそろ一年。つまり! 二人で初めて迎えるバレンタイン! くぅ〜〜、これが頬を緩ませずにいられますかっての。キャ〜♪
何かの作業中らしく彼は今、席を外している。
っと、用意するなら今のうち、早くしなくっちゃ。
ハンドバックを手元に引き寄せ、探る。
ウフフフフ、このあたしもイベント参加者、用意してないわけないじゃないですか〜♪
料理下手なあたしが失敗に失敗を重ね、遂に完成させた努力の結晶が今ここに――。
がさがさ。
「?」
 今ここに――。
がさごそ、がさごそ。
「………」
 ・・・・・・今ここに!
がっさ、ごっそ。
「…」
 今・・・ここに―――。
――ない。
「・・・ぅそ」
……うそ…うそ、うそうそうそ。そんな筈無い、今朝ちゃんとここに――。
「……あ」
あたしはここに来る途中、自転車にぶつかりそうになってコケた事を思い出した。
まさか、まさかあの時……そんな。
「あ…ああ……うそ…そんな――」
「さ〜きさん♪」
「%#$%&*=#%#@!! 」
 バッと、振り返ると、そこには――。
「わっ、ご、ごめんなさい。驚かすつもりじゃ」と、あたふたしているエプロン姿の少年がひとり。
 柔らかそうな栗色の髪、細身の体、女の子のような童顔、つまりは愛らしい少年が。
「さ、桜くん」
 ― 春日井 桜(17)―、あたしの彼氏である。
「え〜と、用事はもう終わったの?」
「はい。待たせてすみません」
シュンと、すまなそうな顔をする。って、ああ! そんな顔されると、何でも許してあげたくなるじゃない!!
「だ、大丈夫、気にしないで。それよりも、一体何してたの?」
 さっさと話題を逸らす為、聞いてみる。
「え! え、えっと、その…」
「?」
「あ、あの、今日2月14日、バレンタインですよね?」
「っ! そ、そうね」
 チョコの事を再び思い出し、焦るあたし。
ど、どうしようマジで。
「だ、だから、あの……はい」
そう言って、差し出された桜くんの手。
そして、その手の上に乗っているモノ。
それは――。
「へ?」
 我ながら、かなり間抜けな声だったけど、しょうがないじゃない!
 目の前にはあきらかにソレとしか言い様の無い、キレイにラッピングされた小箱が。
「あの〜、これって、やっぱり……」
「はい♪ バレンタインチョコです」
まず、頭に浮かんだのは疑問。
…え〜と、なんで?
バレンタインって、女が男に…よね?
え、じゃなんで? なんでチョコ? 男の子の桜くんが?
・・・・・・・・・。
まさか、桜くん! じつは女の子!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・んな訳ないか。
でもやっぱり、目の前にあるのはチョコなわけで…。
あれ? あれ?
『あれ』ってラ行五段活用?
あら・あり・あり・ある・あれ・あれ? ・・・・・・あれ?
 ってな感じに、思考はそのまま混乱に移行。
「さ、桜くん、な――」
なんで?という問いは発せられる事はなかった。
「はい♪」
 と聞き返す、彼の満面の笑みによって。
「っ!」
はうっ! か、可愛い! 可愛すぎる! そんなのって反則よ!
そんなじゃれつく子犬なされたら――。あたし…! あたし…!!
「咲さん?」
はっ! あ、あたしは、今何をしようと…!
「どうかしました?」
「だ、大丈夫! 何でもないわ!」
 そうですか、と桜くん。 あ、危なかった。
「どうぞ」 
「う、うん。ありがと」
と差し出されたチョコをおずおずと受け取る。内心ドキドキである。
 それは、チョコと同じブラウンの包装紙とリボンによって、かわいくラッピングされていた。
「開けてみて……いい?」
「ええ」
 にこっ、と笑む。 
「……うわぁ」
 中には一口サイズの球体が3,4個。ココアパウダーをまぶした『トリフ』である。
 “食べてみていい?”と視線を送ると、“どうぞ”と笑みが返ってきた。
そっと一個つまんで、口に含む。
それは、ほろ苦く……とても甘かった。
 うん、ココアパウダーのほろ苦さがいいアクセントになってる。
なんだ、桜くん料理上手いじゃない。
あ〜あ、あたしも見習わなくっちゃな。
……そう、あたしも見習わなきゃ。
 桜くんを……。
 あたしも……、あたしも………。
あ…あた……し…も………。
「っ」
「咲さん?」
 なんでだろ、あ〜〜何だか無性に泣けてきた。
「っ、……ぅ」
 なんでだろ……。
 なん……で………、
「…ぅ…うぅ…」
 なんで……くないのに、泣き…たく…ないのに。
 なんで涙が出るの…。
 桜くんがいるのに。桜くんが見てるのに。……見られたく…ないのに。
 桜くんがあたしの顔を覗き込み、息をのむが分かる。
 あたしは今、どんなをしてるんだろうか?
 桜くんは、それをどんなで見てるのだろうか?
 ・・・・・・想像したくないな。
 ふと、周りの空気がやわらかく動いた。
 反射的に顔を上げようとしたが――。
「・・・ゃ」
 ――できなかった。頭を包み込むように抱き寄せた細身の腕によって。
「……どう…しましたか?」
「………」
「……おいしくなかったですか? …チョコ」
ふるふると左右に首を振る

 チョコのほろ苦さが歯痒さと共に口の中に広がる。 
 チョコの甘さが、桜くんの想いが胸の奥に染み渡ってゆく。

相手の想いが伝わってくる。

痛いくらいに・・・。

自分が情けない。

想いに応えられない。

「・・・がう、違うの、ヒッ、そうじゃ・・・ヒクッ・・・ないのぉ・・・」
 心地の良い温もりのなか、言葉にならないこの想いを紡ぐ。
「ないのぉ、・・・ょこ・・・チョコ、わたっ、渡す・・・はずだった・・・チョコがぁ・・・チョコがないのぉ」
チョコを作りながら、想い描いてたもの。
笑顔。はにかんだ笑顔。やさしい笑顔。大好きな笑顔。

大好きな、桜くんの笑顔。

今日のあたしはどうかしてる。これくらいの事で泣くなんて。でも止まらないのだ。

溢れてゆく、とめどなく、終わり無く。
涙が。言葉が。想いが。

「・・・・・・」
今まで無言だった桜くんだが、その腕に軽く力が込められる。
桜くんの肺に空気が送られ、深呼吸として吐き出せれる。
まるで何かを決めかねてるように。何度も、何度も・・・。

しばらくして、私の肩に手を添えて軽く身を離す。
視界に映り込んだ桜くんは涙のせいか歪んでいた。
「咲さん」
あまりにも真摯なその声に、ほとんど反射で返事をしてしまう。
「っ!はい!」
そして――。
「―――」
次の瞬間、あたしの唇はぷにっとした感触と共に温もりを得ていた。
………へ?
あたしの唇に桜くんの唇が接触ing(現在進行形)?
「 !? 〜〜〜っ」
なっなっ!なっななななな!!なに!? 何が!? なんですど〜〜!!
「んっ……んんっ……んクッ…」
何か柔らかいものが歯を優しくなぞる。
柔らかいものって何!? した。シタ。下。舌?……舌ぁぁぁぁぁ!? 
ディ!ディディディディディ、ディープ!?
「ふぁっ…んンっ…」
そんなパニクッた思考とは裏腹に、無意識の内に首に手を回してキスを求める。
舌と舌が、互いの存在を確かめ合うように絡み合う。
「…んぁっ」
 ふぁ、と吐息が漏れ、名残惜しそうに互いの唇が離れる。
『・・・・・・』
 ぽぉ〜と見詰め合っているものの互いに焦点は定まっておらず、その瞳は熱病に冒されたかのように潤んでいた。
はっ! と一足先に桜くんが正気と取り戻す。
今だ溶けかけのあたしに気付くと同時、ぼん!と真っ赤になる。
「あっあの!これはその、えとあの、その、えーとあーと、うーんとその。えあうー」
・・・・・・正気には程遠かった。
「だから、あのその、こっこれは、ですね、で、ですからあの――」
何とか説明しようと必死なのだろう桜くん。顔を真っ赤にして両の手をジタバタさせる様が、可愛らしい。
「さ、桜くん、落ち着いて・・・」
さすがのあたしも桜くんの可愛い暴走?を前に、正気を取り戻していた。
「――あ、・・・・・・あの・・・その・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すみません」
 再び正気に戻ったのか、バタつかせていた腕を止めシュンとうなだれる。
「・・・・・・すみません、咲さん。いきなり、あ、あんな・・・こと、して。・・・・・・本当に、ごめんなさい」
あぅ、あぅあぅぁぅと、叱られた仔犬のように小さくなる。
「〜〜〜」
“あんなこと”を思い出し、此方も真っ赤になる。
 そんな中、今にも消え入りそうな声が聞こえた。
「でも・・・・・・ちゃんと・・・ちゃんと貰いましたから・・・・・・・・・チョコ」
そういうと、チロッと形の良い小さな舌を出す。
綺麗な桜色をしているはずのソレは、ほんのりチョコ色に染まっていた。
「――あ」
 その瞬間、分かったような気がした。桜くんがしたかったこと――。
それが分かった途端、更に鼓動が早まり体温が上昇していく。
だがそれは緊張や照れといったものではない。

それは・・・・・・とても暖かく、そして満たされるものだった。

自然と顔が綻ぶ。

それはとても嬉しく、とても心地よい。


桜くん、と呼びかけるため手を伸ばし――。

・・・・・・あ、

――止めた。


桜くんは、真っ赤になりながら、小さくなりながら、あはは・・・と笑いながら、震えていた。
手も。肩も。足も。小さく、小刻みに。


何で気付かなかったんだろう・・・・・・。
簡単な・・・簡単なことなのに。


そう、私たちは付き合い始めて一年程度。手を繋ぐだけでも真っ赤になってしまう。
キスだってそうだ。したことが無い訳ではないが、それでもばむような軽いモノだ。ましてや、ディ、ディディディディープだなんて・・・。


・・・・・・・・・・・・勇気がいった筈だ。恐かった筈だ。それでも、それでもしてくれたのだ。この恥かしがり屋の少年は。あたしのために。


そんな少年の、可愛らしい少年の姿を改めて確認する。未だにうなだれて、あぅあぅ言ってる。


あたしは クスッと笑うと、トリフをもう一つ口に含む。


もう一度、桜くんにチョコをあげる為に。



そう、今度はあたしから――。



Fin



後日談、問題のチョコはテーブルの下から発見されたそうな・・・。
・・・・・・あ、あは、あはははは(泣)。



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