機神咆吼デモンベインSS
『貧乏の所以(ゆえん)』

by 梁 明


 その日の俺は浮かれていた。なぜなら、
「給料日♪ 待ちに待ってた初月給♪ 今日だけは贅沢できる収入日♪ 定期収入万歳〜〜♪♪」
「やめろ、九郎。一緒にいる妾の方が恥ずかしい」
 ご機嫌にスキップしながら覇道邸を行く俺に、アルは冷たく言い放つ。
「ふ〜ん、それならアルは、パフェ、無しな」
「なっ、何だと! それはずるいぞ九郎! 汝と妾は一心同体だ!」
 俺の一言に、アルはてきめんに狼狽えた。そこへすかさず畳みかける。
「そう、俺達は一心同体だ。嬉しいこと、悲しいこと、辛いこと、それらを分かち合い、感じることができる。俺はな、アル、お前にもこの嬉しさを感じて欲しいんだよ」
「汝……」
故に! アルも俺と一緒にスキップ……」
「できるか! うつけええぇぇっ!!」

 アルの魔術が俺を廊下の端まで吹き飛ばした。


「瑠璃お嬢様、大十字様とアル・アジフ様をお連れしました」
「入って下さい」
「失礼いたします」
 俺達は執事の開いたドアをくぐった。そこは覇道の姫さんの執務室だ。ここに来るたびに、俺はいつも考える。
(くっそ〜〜、あの応接セットを売ったら、何年遊んで暮らせるんだ?)
「九郎、そろそろそう言う馬鹿な考えはやめられぬか?」
「なっ、何を言い出すんだ、アル」
「いや、声に出していたぞ、汝」
 大十字九郎、一生の不覚!
「汝はここに来る度に毎回しているぞ、一生の不覚とやらを」
 アルと姫さんと執事の視線が痛い。皆ビンボが悪いんや。
 俺は咳払いをし、改めて姫さんに向かう。
「今日は約束の給料日ですね。貴方の分を用意するのにちょっと手間取りましたが」
 妙な物言いにちょっと首をかしげながら、姫さんの差し出す分厚い封筒を両手で恭しくいただいた。
 ほくほく顔で袋を開けて確認する。確か一万ドルくらいあるはずだ。俺は魔導士としていくつかの怪異事件を解決してきた。故にそれくらいの給与はあるはずだと踏んでいる。
「あれ?」
「どうした?」
 俺の素っ頓狂な声に、アルが顔を寄せてきた。袋には百ドル紙幣が二枚と、何かが書かれた紙が何枚も重ねた上に四つ折りになって入っているだけ。俺は四つ折りの紙を広げ、驚愕の声を上げた。
「な、なんだこりゃあ!」
「見ての通り、領収書と給与明細書ですわ」
 明細書にはこうある。支給額は十七万ドル余り。成る程、俺が思っていた以上に覇道は俺のしたことを評価していたわけだ。こうなると悪い気分じゃあない。だが、
「差引額が十七万ドル余り?! 差額は二百ドルだとっ! 一体、どういうことだぁっ?!!」
 差引額の明細が下に続いていた。それはまるで、食べ物のレポートのようだ。最後の辺りに、電気、ガス、水道、電話、家賃、新聞購読料、税金、各種保険に年金までがありやがる。しかも、今まで延滞していた分までがその金額に上乗せされていた。
「大十字さんが今まで溜め込んでいた生活必需項目を最優先に支払いを済ませ、さらにここで飲み食いした分を合わせて天引きしましたの。だって、そのままのお金を持たせたりしたら、あっという間に別のことに使ってしまって何も残らないでしょうから」
 あうっ……、天国のお父さん、お母さん、定期収入ができたと喜んだのは、アレは幻だったのでしょうか。誰にも後ろ指を指されることなく三度三度の食事にありつけるという生活は、砂上の楼閣だったのでしょうか。
 ふと、覇道邸で食べていたもののリストと価格を見、俺は姫さんに抗議を試みることにする。
「ちょっと待った。この食べ物の値段だが、いくら何でも高すぎじゃありませんですか」
「恐れながら大十字様、この覇道邸で用いられる食材は全て覇道家の所有する農場・牧場等にて栽培・育成されてきたものを更に厳選した素材であります。それらの素材を産地直送で送らせ、更に、当家の抱える超一流シェフ・パティシェの手によって作られる料理や菓子の数々、とてもその値段で味わえるものではございません」
「うっ、言われてみれば確かに……」
「それに、シェフやパティシェ達の腕は正当に評価しませんと。無論、大十字様にも、破格の評価を与えております。故に支給額もまた、その評価に相応しい額になっているはずです」
 こうまで言われてしまっては、俺には返す言葉がない。
「そうそう、大十字さん。そのリストはあなた達が無断で飲み食いしたものですからね。私から勧めたものは入っておりません。それに……」
「それに?」
 嫌な予感が背中をはい上がってくる。
「それは先々月までのものですわ。先月から現在、そう、今この時までのは入っておりません」
 姫さんの視線を辿ると、いつの間にやらアルがテーブルに置かれていたケーキやお菓子を食い散らかしていた。
「あるうぅぅぅっ!!」
「うにゅ?」
 口いっぱいにイチゴのショートケーキをほおばり、口の周りだけでなくほっぺたや鼻・おでこにまで生クリームをつけたアルが、その場の流れを全く気にせずに振り向く。
「なんむぁ、なんもんぁぇんぁいんんぁ」
「食うかしゃべるかどっちかにしやがれ」
 アルは一つ頷くと、ただひたすら食べることに集中した。ヒトの叫びを無視しやがりますか、この古本は。今一瞬、アルを見る目に殺意が籠もっていたと思う。しかし、この状況を打開する術が見つからないことが確認できると、何というか、涙がこみ上げてきた。
「うっ……ううっ……」
「どうしたんですの、大十字さん?」
「姫さん、あんた、食べる物がなくなるという生命の根元に関わる究極的危機的状況に陥ったことがあるか? エンゲル係数が100から0になったことはあるか? 一週間も塩と水だけで過ごしたことがあるか?」
「いいえ、全く。ですが、エンゲル係数は限りなく0に近いですね」
「え?」
「だって、私一人が食べる量なんてたかが知れてますし、それに対して覇道財閥の収入はとてつもないほどの物です。分子が少々一般人に比べて多くても、分母が桁外れに大きいのですから、その割合は小さくなるのが道理でしょう?」
 涙が流れた。滝のように。打ちのめされた。完膚無きまでに。俺は力無く立ち上がり、アルの首根っこを捕まえると、ドアをぶち破るように開けて走り出した。
「うあああああぁぁあああぁぁぁぁっっ!!」
「な、何だ、汝?! 何を泣いているんだ?!」
「金持ちなんて大っ嫌いだああぁっ!! みんなビンボが悪いんやああぁぁぁ!!」



「お嬢様、少々虐めすぎではないでしょうか」
「あれくらいやらなければ、覇道財閥の飼い犬ということが判らないでしょう。それに、有能な貧乏人は生かさず殺さずの方が扱いやすいものですわ」
 ちょっと瑠璃の暗黒面に触れたウィンフィールドは、内心冷や汗をかきながら、その実それを気取られることなく口を開く。
「それはそうと、例の教会へ毎月三千ドルが届くように手配済みです」
「ありがとう。あそこは大十字さんが頭の上がらないところですからね。徹底して自分が社会に寄生するダニのような存在であるという自覚を促してもらいましょう」
 デモンベインの主導権を奪われ、誇りまでも踏みにじられた瑠璃は、九郎に対する妬みや嫉みに囚われていた。



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