−30000HIT記念 斬魔大聖デモンベイン Short story−
失いゆく平和のために……
by 梁 明

 酷く苦しい闘いが続く。
 終わりなど見えない狂宴……光眩しい肢体……腕の中に見える双丘……そして昏く虚ろなる会話……幾度と無くこの場を抜けようと試み、挫けてきた。
 果てなく続くかと思われた悪夢的状況から、奈落へと突き落とすセリフが紡がれる。

「大十字さんって、よく見ると綺麗な顔をしておいでね……」
 跪きで動けないオレをイス代わりにしていやがるのは、オレの財布を保証してくれる財閥のご令嬢、覇道瑠璃だ。あろうことか泥酔して恥じらいもクソもなくなり、オレの膝に横座りをして晩酌をさせているのだ。はだけた胸(無論、先っちょまで見えてる)を見下ろす形となっているオレには役得と言える視界があるのだが、そのおかげで先程からアルとライカの視線が繊細なハートをグリグリと抉るようにイタイ……
「本当に可愛い……」
 それなのに、オレに向かって言うセリフがそれか?
「だ〜〜〜〜っ!! 男に向かっておっしゃるセリフではなさげでしょっ、姫さんっ!!
 っていうか、なんでそげに瞳をウルウルさせてやがりますですかっ!!
 それに周りの方達もなにげに昏きオーラとか纏っていらっしゃるのはどういうこってすかっ?!!」

「マコト」
「……すでに用意整いましてございます」
 傍らには様々な「高級化粧品」が所狭しと畳三畳分、並んでいた。ツーカーだった。
「よろしい。
 ではチアキ、ソーニャ」
「はっ!」


「さあ、大十字様をどんな社交場に出しても恥ずかしくないような、立派な淑女に仕立て上げなさい」


 苛酷を通り越して無惨な命令が下る。

「のおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 オレは絶叫し、傍らにいたアルの襟首をむんずと掴む。
「うにゅっ?」
「おりゃああああぁっ!!」
「にょえええぇぇえぇっ?!!」
 アルをマコトの方へと放り投げた。

 ドカッ!!

「ああっ、アルたん……」
「こらあああっ! 放せえええぇっ!!」
「ああっ、アルたん!!」
「うにょわああぁぁっ!!」
 顔を真っ赤にし、完全にアッチの世界の人となったマコトがアルをその巨乳に抱きしめる。
「ああああぁぁああぁぁあぁぁぁっ!!」
 アルを抱きしめたマコトがびくびくと痙攣する。ただそれだけで果ててしまったらしい。アルがじたばた暴れているようだが、マコトの腕からは逃れられないようだ。目論み通り!
 その間にもオレは姫さんをわきに抱え、奥の襖を目指す。

 ぞくり

 背中に悪寒が走る。オレはすぐさま姫さんを横方向へと放る、ほどいた帯の端を掴んだまま。

 くるくるくるくるくる……

「きゃああああぁぁああぁっ!!
 何て事をするんですかっ?!!」
 巻かれた紐のおかげで回る独楽の如く、姫さんは空中百回ひねりの要領で回転した。ついでに浴衣が舞い、形良い乳房が晒される。その様子はまるで、「良いではないか、良いではないか」「あ〜〜れ〜〜、お代官様、ご無体な〜〜」でお馴染みの女独楽だった。そして黒のレース編みパンツ一丁の姿で壁に突っ込みそうになった姫さんを救うべく、背中に感じた悪寒が消える。

 どさっ!!

 険しい目つきでオレを睨むモノ、執事・ウィンフィールド!!
 オレは最大の障害をその場にとどめるために、あえて姫さんを利用したのだ。
 更に立ちふさがるソーニャを足払いで転がせ、片手でチアキの胸を鷲掴みにし、「何すんのやっ?! 乙女の胸をなんだと思っちょるんじゃあっ!! 金払わんかいっ!!」などと喚くのをムシして太腿をもう片方で掴んでひっくり返す。
 二人を無様に転がせば、追っ手の追撃がやりにくくなるはずだ。

 バン!!

 何とか宴会場を脱出し、廊下をひた走る。途中の襖をわずかずつ開け、そこに入ったように見せかけるのも忘れない。
 最後の部屋に行き着く前に、オレは一つの部屋に入り、さらにそこを通り抜けて別の廊下へと出た。目の前の部屋が、先程の宴会場の二つ隣の部屋のはず。あえてヤツらの目をくらますために、オレはそこを選んで飛び込んだ。


「おや? 君も来てたんだ」
「え? あ?! ナイアさん?」
 飛び込んだ部屋で聞く、意外な人物の声。部屋の中央には一畳程度のテーブルがあり、刺身の盛り合わせと焼き魚とご飯に味噌汁が並んでいた。もちろん、お銚子は十数本、すでに空になって転がっている。大分酔っているはずなのに少し顔を赤らめている程度の酒豪らしい。浴衣の前が合わせ切れず、普段の服と同じように帯の当たりまでが大胆に開いており、溢れんばかりの色気がありながらも一筋の風情があるの所はさすがに大人の女性だ。
「奇遇ですね」
 オレはナイアさんの柔らかそうな爆乳の谷間に顔を埋め、両脇からパフパフとやりたい衝動に耐えながら、きりりと顔を引き締めつつ爽やかな笑顔を向けた。
「どうしたのかな? 鼻の下が伸びてるぞ」
「いや、これは、何でもないです」
  見抜かれてるじゃん、オレ。
「まあ、君もやらないかい?」
「イヤ、今はそれどころじゃなくて……」
 ご機嫌な笑顔でお銚子を振ってくれるが、確かにオレにはそんな余裕はない。
「そう? それじゃあ、お風呂に行こう」
「イヤ、それこそそんな余裕は……」
「ここの露天風呂は混浴なんだけどなぁ」
「行きましょう!」(0.00731秒)


 ぴちょん……

 はぁ〜〜〜〜……良い湯だ……
 身体だけでなく、心まで癒されていく。

 オレはナイアさんに連れられ、あちこちの部屋を通り、廊下を行きつ戻りつ、時にはトイレに隠れたり、或いは押し入れに突っ込まれたりしながらも、三十分ほどで何とか露天風呂へとたどり着いた。
 ここまでの過程ですっかり疲れ果てていたオレは、無造作に浴衣を脱ぎ捨て、すぐさま湯に浸かった。

 じわじわと身体中の暖められた血液が、細胞の中にある乳酸を運び出しているのが判るほどに疲れが取れていく。筋肉痛も、たった今、ちぎれた筋肉が修復されていくような、そんな感じだ。錯覚かも知れないが、今のオレにはそう思えた。
「楽しんでいるね」

 ぼたぼたぼたぼたぼた……

 白い裸体が目に入った。バスタオルなどという無粋なモノを巻かず、惜しげもなくその全てを晒していたのだ。刺激的すぎる光景に、オレは鼻をつまんで上を向く。

 トントントントン……

 首の後ろを叩く間に、ナイアさんが俺の前までやってきた。たぷんその時、オレは間抜けな顔をしてたに違いない。
 覗きをしてたイタズラ小僧を面白そうに見咎めるような、そんな表情でオレを見下ろしている。
「いいねいいねいいねぇ。可愛いよ、キミ」
 そう言いながら、ナイアさんは胡座をかいてるオレにまたがってきた。
「悲惨な目に遭いそうになってた君を助けてあげたんだ。今度はボクを楽しませてくれよ」
 ぎゅっと抱きしめられ、や〜らか〜な感触と甘い囁きに、頭の中が痺れてしまったオレは、何も考えられなくなっていった。



「うっううん〜〜」
 寝返りを打ったオレは、寝ぼけ眼で目の前をぼんやりと見る。そこには、美しい女性が横たわっていた。向こうも呆けた表情で、何か瞳を潤ませながらこちらを見ている。白いウェディングドレスを着た彼女は美しく、俺は思わず顔を赤らめた。

「………………ぽっ」

「…………くっくっくっくっ……」
「ぷはっ、くすくすくすくすくす……」
「わははははははははは!!」

 変な笑い声がするので、オレは上半身を起こす。そこには、宴会場にいたみんなが揃っていた。
「何笑ってンですか?」
「あ〜〜〜〜ん! 九郎ちゃん九郎ちゃん九郎ちゃんってば! 素敵素敵素敵素敵! 何って素敵なのおぉ〜〜!!」
「いやあ〜〜、ここまで嵌るとはシャレになりまへんで〜、大十字はん」
「お兄ちゃん、綺麗〜〜」
 何だか慣れない反応に、オレは周囲を見渡す。そして、目覚めた時に見た美女を映す鏡を見つけた。


 へ? かがみ…………


「のおおおおぉぉぉおぉぉぉっ!!」
 オレは……、オレって奴は……
「いやあ、ここまで見事に完璧に化けるとは、想像しとらんかったわ」
「大十字さん、これで貴女も立派に社交界にデビューできますわね」
 そんな言葉を背に、オレは壁に幾度と無く頭を打ち付けた。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「最後の一線を必死になって守ろうとしてるのだろう。すでに遅いがな……」
 背後でこんな会話が聞こえた時、オレの中の何かが切れた。
「ちくしょう! こんな服、脱いでやる! パンツ一丁の方が男である分まだましだ!」
 そう言って襟に指をかけたその時、
「お待ちなさい! 大十字様!」
 場を一気に引き締める声が響く。声の主は……
「執事〜〜! なぜ止めるんだ?!」
「貴女は判っておられない。今ここに完成された美というモノを壊すことが、どれだけ罪深いかを!」
 何でそこまで力説する?! っていうか、何で頬を染めてやがりますか?!
「そうよそうよそうなのよ、九郎ちゃん! 今貴女は美の化身なのよ! あああああっ、素敵! 素敵素敵素敵素敵!
 九郎ちゃんってば、あんまり素敵すぎて、あたしコワれちゃうううぅぅぅっ!!」
「勝手に壊れてやがれ……」
 俺の心はやさぐれていた。



 結局、オレはこの狂宴が終わるまで、そのままでいるしかなかった……





 海での騒動が終わり、アーカムシティに帰ってしばらくして覇道の姫さんに呼ばれた。アルも当然の顔をして付いてきていたが、屋敷の入り口で物欲しそうな顔をしていたメイドに向かって放り投げてきたから、今、この場にはいない。

 カッカッ

「失礼いたします。大十字様をお連れいたしました」
「どうぞ」

 ガチャ……

「まったく……今度は何の用っすか〜」
 オレの気分はあの時からやさぐれたままだった。
「ようこそいらっしゃいました、大十字さん。今日はあなたに、これを見て頂きたくてお呼びしたんですの」
 そう言って指し示したその先には………


「のおおおおおおぉぉおぉおぉぉっ!!!」


 オレは頭を抱えた。
 そこには、あの狂宴の時の姿写真が、縦4m横3mサイズで飾られていたのだ。
「私はこの写真に、『眠れる森の美女』というタイトルを付けさせて頂きました。
 お嬢様も、ライカ様も、ことのほかお喜びでした」
「ちょっと待て! 何で本人に断りもなくこんな写真をこんなサイズまで引き伸ばしやがりますかっていうか、何でライカがこの写真を喜ぶってどういうこってすかっ?!」
「すでに同じモノを、サイズは1mですが、送らせて頂きました」
「こらあああぁぁっっ! そういうのって人権侵害じゃないんですか?! っていうか、オレに人権はないんですか?!」
「「ありません」」
「だああぁぁぁっ!! 二人してハモるんじゃねぇええぇええぇっ!!」
 オレは血の涙を流しながら訴えた。
「大十字様、これもお嬢様のためを思えばこそなのです。お嬢様に喜んでいただけたというだけでも、あなたは良い仕事をなさいましたと思います」
 頬を赤らめながら言うセリフぢゃねえだろ……
「その仕事ぶりに報いるため」
「報いるな」
「覇道財閥の総力を持って」
「ムダに力を振り回すな」
「これを覇道の化粧品部門の正式宣伝用ポスターに採用し、アーカムシティーのみならず、世界中に配布することとします」
「人の話を聞け!! っていうか、全然聞いてないし!」
「ポスターには無論、モデルである大十字様の名前が入っており、連絡先として探偵事務所の住所、電話番号までが記載されています。事務所のせめてもの宣伝になるかと」


 オレは多分、真っ白に燃え尽きていたんだと思う。
 この直後に真っ赤になったアルが服の乱れも気にせずに突っ込んできて、オレにコークスクリューを見舞ったのだが、オレ自身は何とも感じなかった。

 そして、新たなるポスター写真が撮影されていたらしい。




 ジリリリリーン ジリリリリーン ジリリリリーン

 最近は朝っぱらからやかましい。
 誰かさんが手配したポスターのおかげで、事務所の電話は一日中鳴りっぱなしだ。
 おかげでオレとアルは、毎日が寝不足だった。恐らく、三日と持たずにオレは壊れるだろう。
 街に出れば女装探偵という視線が絶えず、教会に行けばライカがやかましくて仕方がない。覇道の屋敷に行けば、まず間違いなく新たな写真が撮られるだろう。
 外への行き場がないため、結局は事務所にこもらざるをえなかった。


「貧しくても良い。平和な日常を返せ……」
「汝には無理だ」


 ちーん

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