光輝様HP『PEACEKEEPER』復活記念(苦笑) 斬魔大聖デモンベインSS
『小さな変の歌』

by 光輝

 目の前を通り過ぎた鉤爪の一撃に大十字九朗は頬を裂かれる鋭い痛みを覚える。

 いつもならば余裕で交わせる一撃だが今日はいつもと勝手が違う。体は無性に重くイメージどおりに動きやしない。
 理由は解っている。マギウス・スタイルではないからだ。

 魔力による身体向上能力は働かなく、翼もない。九朗にとっては元々これが普通なのだがいままでの戦いをマギウス・スタイルで乗り切ってきたことを考えれば、いきなり重いハンデを背負わされたようなものだ。
 こうなれば初期に相手にしたナイトゴーントですら強敵に変化する羽目になってしまった。

「腰が引けておるぞ! 逃げてばかりで相手を倒せると思うな!」
 と、その成り行きを見守っていた。アルが叱咤の声を投げつけた。

「んなこと言ったって――のわぁぁぁ!! 避けるので精一杯だってーの」
 そう、つまりマギウス・スタイル抜きでわざわざ闘っているのは新たな訓練の一環なのである。

「泣き言を言うな! いいか、元々マギウス・スタイルとは術者の能力を強化させる為のもの、つまり貴様の基本能力が高ければ高いほど効果が上がるのだ。そうでなくても戦いというのはどんな状況で起こるかわからん。大丈夫だ、妾の創りだしたナイトゴーント相手なら死ぬ心配はない。好きなだけ窮地に追い込まれろ

「無茶言うなー!! 痛いもんは痛いんだぞ」

 そうは言うものの、九朗はナイトゴーントの攻撃を全て紙一重でかわし続けている。
 これもあるいはいままでの戦いの賜物だろう。九朗は確かに強くなっている。
「よいか、ここで大切なのは魔力の流れを見ることだ。体力ならば筋トレで十分。戦いの中で絶えず流動する魔力の流れをつかみ取り、それを支配するのだ。貴様がいつもの戦いでしていることだ」

「んなもっともな事言われても……ぶっつけ本番で出来るかよ」
 しかし、いかんせん基本能力がついていけてない。大きくバックステップで間合いを離そうとする九朗だが、追撃してきたナイトゴーントの一撃にシャツと共に肌を薄く傷つけられる。

「んなろ!!」
 その攻撃に九朗の頭に血が上る。しかし瞳は冷静に、戦況をじっと見守っている。
 いい兆候だ。九朗の魔力が爆発的に高まる状況である。
「いつまでも調子に乗ってんじゃねーぞ! 影絵野郎!
 宙に掲げられた九朗の右手に魔力が集中し、魔術を形作り始める。

「バルザイの偃月刀!!」
 何も無い空間から、一瞬のうちにしてバルザイの偃月刀が顕現した。
 アルの目が見開かれる。マギウスであるときならば当然の行動だが、まさかいきなり魔術を行使できるとは思わなかった。なるほどこれは予想以上かも知れぬ。
 浮き上がってくる微笑を唇に乗せ、アルは再び戦況そのものに視線を移す。
 そこで、異変が起こった。
 偃月刀を構えた九朗だが、その顔から一気に血の気が引いたかと思うと、そのまま前のめりに受身も取らずに倒れ伏してしまったのだ。
 そのままピクリとも動かなくなる九朗。呆けるアルに対峙するナイトゴーントも困ったように自分の主を仰ぎ見るのであった。



「偃月刀を召喚したまではよかったが、そこで魔力が尽きるとはな……それでは、まったく役にたたんではないか」
 言うなればガス欠である。やはり通常時に召喚などと高度な呪文を行使するものではない。
 アルの視線の先では意識を取り戻したものの、指先一つ満足に動かせない九朗が青い顔のまま仰向けに寝転がっていた。
「んなこと言ったって……自分の魔力総量なんていちいち把握してるかよ……」
 紡がれる言葉も弱々しい。そこでようやく九朗の傷の治療を終えたアルは、仰々しく溜息をついた。
「まったく……体力の前に思慮を付けねばならんな。まあいい、これで自分がどれだけ脆弱か理解しただろう」
「うるせー。しかしどうにかなんないのかこれ……このまま夜になったら死ぬぞ、俺」
 ちなみにいま九朗たちが居るのはいつもの修行場所。時計塔の屋上である。夜になれば随分と冷え込むことだろう。
「しかたがない、妾の魔力を少し分け与えてやろう。マギウス・スタイルになっても魔力がゼロでは意味が無いからな」
 言いつつ、九朗の傍に膝をつくアル。しかしそこで自分が何をするか思い至ったアルの動きが止まった。

 まるでビデオの静止画像のように。完全に停止してしまったアル。それを九朗は訝しみながら声を掛ける。
「おーい、どうしたんだアル? なるべく速くしてくれねーと、この状態なかなかキツイんだけど」
 九朗にとっては何気なく声を掛けたつもりだったが、アルの反応は過敏に過ぎるものだった。
 自分の顔を腕で覆い隠すと、倒れるのではないかという程の勢いで後退する。
 首を動かすのにも億劫な九朗はその表情を見ることは出来なかったが、アルのその表情はリンゴのように真っ赤に染まってしまっている。

「あの……アルさん?」
 急に自分の視界から消えてしまったアルに声を掛けるが、返事は無い。
 アルはそれどころではなかった。
「わ、わ、妾は何を考えておるのだ!! な、何のことは無い、契約の時もやったではないか……あんなこと、あんなこと……あ、あんなこと!?
 アルの呟きは小さく、九朗の耳までは届かなかった。

 そんなアルの脳裏に浮かんでいたのは……自分と九朗が唇を重ね合わせているシーンであった。
 確かに魔力をリンクさせるのに一番簡単な手順は身体を触れ合わせること、それも外皮ではないことが望ましい。
 それはアルにとってただの手段でしかなかった。証拠にいままでのどの術者とも、九朗と契約の時も特別な感慨など無かった。

 だがいまは、それを思い浮かべるだけで、なぜか動悸が治まらなかった。
「いや、違う。なにを動揺しているアル=アジフ。そんなことはなんでもないことだぞ」
 小さく自分に語りかけ、落ち着こうとするアル。しかしそれは突然の九朗の言葉にあっさりと砕かれた。
「あのー、ぶつぶつ言ってるところ悪いんだけど……速くしてくれない?」
 ボン、とアルの頭上で動機が爆発した。

「こ、こ、この戯けー!! デリカシーの欠片も無い愚か者が、そのまま死んでしまえ!!」
 やり場の無い怒りが吹き上がり、アルは九朗の顔面目掛けて踵落しを御見舞いすると、そのまま時計塔の屋上から逃げるように飛び去っていってしまった。
「な……なんで……
 後に残された九朗は、わけもわからないままその場で昏倒してしまった。



 ●
 


「妾は……妾はどうしてしまったのだろうか? いままでこんな気持ちになったことはない、なにかが変なんだ」
「そんなことはどうでもいいんですが、なんで貴方はここで堂々と御茶を飲んでいるんですか? 古本娘

 場所は変わって覇道邸、九朗から逃げてきたアルはその応接室にて、覇道瑠璃相手に自分の事を話していた。
 しかし来訪が突然ならば、聞いてみれば瑠璃にとってあまりにも面白くない話である。カップを持つ手にも力が篭められているし、額には解りやすく青筋が浮かび上がっていた。

「九朗が何時帰ってくるかもわからないのに事務所や教会に行けるわけが無いだろう! 少しは考えよ!」
「だからってここは貴方の避難場所ではないんですよ?」
 必要以上に力が篭められている為に、カップと受け皿がカチャカチャと不快な音を響かせる。
 もう一押しで爆発するであろうと推測した万能執事ウィンフィールドは、まぁまぁと穏やかな声で瑠璃を落ち着かせるながらアルのほうに視線を向けた。

「つまりアル様は海に行ってからというもの必要以上に九朗様の事を気に掛け始めているとそういうことでございますか?」
「そ、そうだ、確かに海に行ってからというものなんというか……おかしいんだ、最近はそんなこともなかったんだが、さっきからまた……」
 そういって顔を赤らめるアル。そんなアルの状態を見ていた瑠璃の表情はどこか不機嫌そうである。ウィンフィールドはそんな主をちらりと横目で確認すると、心の中でこれはチャンスかもしれませんねと呟く。
「アル様……それは一般的に恋と呼ばれる状態であるかと思われます」

「こ、コイ!?」
 ウィンフィールドの言葉に素っ頓狂でどこか音程の外れた返事を返すアル。ウィンフィールドは自分の隣で瑠璃が驚いたような顔をしている事を横目で確認すると大仰に手振りを加えつつ言葉を連ねる。

「そうです。アル様は大十字様のことがお好きなのではありませんか?」
「え、うう、確かに嫌いではないが……それはなんとゆーか愛情とかといったものとは違う、私と九朗はマスターと魔道書……いや戦友のような間柄なのだ」

「それが問題なのです。いえ、確かに九朗様とアル様の間柄は戦友と言えなくもないでしょう。それは素晴らしいことです。しかし! だからといってそこに恋愛感情が在ってはならないということではないのです!! むしろ戦友という事を前提に置き、何も進まないことのほうが愚策でありましょう
「そ、そういうものなのか!?」
「そうです。証拠に貴方は不安に思っているのではありませんか? 自分が九朗様にどう思われているかと言う事を」

「な、何故そんなことまで!?」
 まるで見てきたかのような物言いにアルは驚愕の表情を浮かべる。しかし、よく考えれば執事の言葉は結構強引な部分もあり、倫理が通っているわけではない。あくまで憶測だ。
 しかし、ものの見事にズバリ言い当てられたアルはそんな事疑いもせずに、執事に思いのたけをぶつける。

「確かに……九朗の何気ない一言が最近気になる。アイツはなんというか鈍感だし、私をどう思っているかがわからないんだ……どうすればいいのだろうか?」
「そんな時は、女を磨くのです!」
「お、女を磨くぅ?」
 途端に胡散臭げになるアルに、ウィンフィールドは畳み掛けるように言葉を続ける。

「その通りです。九朗様も男というカテゴリー。気になるあの娘が美しくなれば何らかの反応をするでしょう、そうすれば九朗様がアル様をどう思っているのかが手に取るように解るはずです」
「そ、そうなのか? でも一体どうすれば?」
「そこはこの不肖ウィンフィールド。微力ながら助太刀できるかと」
「ホ、ホントか?」
「勿論ですとも。アル様は九朗様と共にブラックロッジと闘う我等の仲間。それを助けるのは当然でありましょう。そうと決まれば話は早い。アル様、こちらは少々準備に取り掛かりますので先に司令室のほうにご足労願ってよろしいでしょうか」
「う、うむ。そなたの助力嬉しく思う。それでは先に向かっているぞ」
 アルは言うやいなや、紅茶を飲み干し風のように応接室から出て行ってしまった。

 それを軽く手を振りながら見送ったウィンフィールド。そのとき、かちゃんとカップが受け皿に置かれる音が響いた。
 そちらに視線を移せば、アルと執事の問答の間、ずっと沈黙を保ち続けていた何処か不機嫌そうな瑠璃の姿が。
「ウィンフィールド、あなた一体どういうつもりなの?」
「は? どういうつもりかと仰られますと?」
「何故、あの古本娘を助けるのか、と聞いているのです」
 きっ、とウィンフィールドを睨みつける瑠璃。しかし執事はその視線を軽く受け流す。

「それは先程も申し上げたとおり。我等の仲間であるアル様の助けに少しでもなれればと思ってのことですが。アル様と九朗様の間が不仲なままでは何かと問題もありますでしょう?」
うっ……それはまぁ、そのとおりですけど……」
 納得いかないといった様子のまま言い淀む瑠璃。そんな彼女の様子を内心で微笑みながらもウィンフィールドは表情を崩さぬまま宙を仰ぐ。
「しかし、話を聞く限り、アル様と九朗様の仲はまだそれほど進んでいないようですな」
 誰に話しかけているわけでもなく、独り言のように呟く執事。それに瑠璃がピクリと反応した。
 ウィンフィールドは続ける。

「いや、もしかしたら九朗様は特別な感情を持っていない……という可能性も捨て切れませんね。そうなるとまだチャンスはあると言うことに」
「チャ、チャンスって何ですか! チャンスって!?」

「いえ、別に、独り言ですので」
 いけしゃあしゃあと返事を返してくる執事を睨みつけながらも、瑠璃は黙り込む。
「しかしアル様が特訓をするのもまた事実。これでアル様が美しくなられたら、九朗様の見方も変わりましょう。そうなると……うかうかしているワケにも参りませんね」
「だから……何の話を……。そ、それに第一アレは魔術書なのですよ!? そんな色恋だなんて」
「瑠璃様。恋愛にそのような瑣末なことは関係ありません。例えば……相手が年上だとか、身分が違っているとか」
 それはピンポイントで瑠璃と九朗の関係を指し示していたが、瑠璃からの反論は上がらない。
 ちらりとそちらを見ると、何かを考えあぐねている表情で黙り込んでいた。
 もういいですかね。と内心で手ごたえを感じながら、ひとまわり大きな声で『独り言』を呟く。

「さて、それではアル様のところへ行きましょうか――」
「ウィンフィールド」
 威厳のある言葉だった。嬉しそうにウィンフィールドは瑠璃のほうに向き直ると恭しく頭を垂れる。
「如何なされましたか?」
「私もその特訓とやらを受けたいと思います。あ、いえ、そ、その覇道家のものとなれば美しさも長けていなければなりませんからね」
「承りました。では瑠璃様も司令室のほうへ」
「わかりました。貴方も早く来るように」
「意のままに」
 呟いて頭を上げると、もうそこに瑠璃の姿は無かった。
 そこへティーカップを下げに来たメイドの稲田が、呆れたように呟く。
「楽しんでませんか、ウィンフィールド様?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。全ては覇道家のためです」
 慇懃無礼に呟くウィンフィールドはとてもとても楽しそうであった。



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