−30000HIT記念 Original Short story−
last boll
  Kai Writting Staff Presents

勇壮な応援の吹奏楽。
叩き続けられる大太鼓。
叩きつけられるメガホンの音と、声を張り上げる応援部、そして、ベンチから外れた野球部員達。


「ふぅ・・・」
ロージンバックで指先の汗をぬぐうと、手の上で、一度、二度と弾ませ、もとあった位置に投げ捨てる。
盛り上がる相手側応援席とは裏腹に、俺たちのベンチは、そして応援席は静まり返っていた。
朝日新聞主催、全国夏の高校野球予選、地区大会、準決勝。
俺達の高校は、ここまで勝ちあがってきた。
実にノーシードから、六回の勝利を重ねて。
あと二つ、あと二つ勝てば、俺たちは夢の舞台に、大甲子園に立てるのだ!!

ベンチに目をやる。
不安げな目の中に、確かな信頼をもった瞳が見つめ返してきた。
(敦君・・・!)
確かに、ベンチの中でスコアを付けている京子に呼ばれた気がした。


京子と俺は、同じリトルリーグ、シニアリーグで戦ってきた仲だ。アイツがキャッチャーで、俺がピッチャー。あいつはリトルリーグ、シニアリーグ共に卓越した野球センスと、女子とは思えない強肩で、レギュラーの座をがっちりとつかんでいた。
対して俺は、いつもいつも二番手の投手だった。
そんな俺に、あいつはいつもいつも練習に付き合ってくれた。
『いつか二人でバッテリー組みたいね!』
そういって。いつしか、それは俺の夢にもなっていた。
中学を卒業するまで、結局俺達の夢はかなわなかった。
高校に進学すれば、女である京子が野球をできる環境は少なくなってくる。
京子くらいの選手であれば、女子硬式の部を持つ学校や、女子ソフト部をもつ学校からの誘いは、引く手数多であったろう。
・・・だけど京子は、その誘いを全部断って、俺と同じ学校にきた。女子硬式も、ソフト部も、ない、俺と同じ学校に。


グラブの中のボールを確認し、キャッチャーのサインに目をやる。

俺と同じ学校にきた京子は、野球部のマネージャーになった。
『やっぱり、野球の近くにいたいよ。』
そういって、いつもいつも笑っていた京子。
だから俺は、どうしても京子を甲子園に連れて行きたかった。

サインに首を振る。二度、三度。
あの球しかないんだ。京子と完成させた、あの球しか。

高校に入っても俺は二番手だった。
入った時点で、三年のエースに次ぐ二番手。夏を終えて、二年生に追い越されて、次の夏を終えて、秋の大会は同級生がエースナンバーを持っていた。
『器用貧乏なんだよ』
部内のやつからはそういって笑われた。
確かにそうだった。
速球も、変化球も、全部そこそこだった。決して決め球になりえない球しかなかったのだ。
秋の大会が終わると同時に、俺は最後の夏にかけるべく、決め球、を、ウィニングショットを覚えるために、文字通り、指先に血がにじむまで投げ続けた。
『敦君・・・私にとらせて・・・』
毎日一人でホームプレートの後ろに立てたネットに投げ込みを続けていた俺に、京子は言った。
涙が出た・・・
俺を支えてくれる人がいる・・・そう思っただけで。
俺は毎日京子に向かって投げ込んだ。リトル、シニアと続いた光景を思い出すように。
そして完成させたあの球。
ラストボールはあれしかないんだ!!


九回の裏。スコアは2―3。ツーアウトと、勝利まであとアウト一つ。
しかし、塁上の走者は二塁三塁。ヒット一本でサヨナラのケースだ。
やっと出るそのサイン。
カウントは2―2
セットに入り、ランナーを一度、二度と目で牽制する。
高く足を上げ、腕を振る!

ミシィ

「くっ!」
肘に痛みが走った。
変化をかけきれない中途半端なストレート。甘いコースに見事に入っていったそれは、ジャストミートされ、ピッチャーライナーとなった。
顔の真横。
グラブを差し出した時には、ライナーはセンターへと抜けていて・・・



『聞いてる?敦君?』
携帯の向こうから、京子の声が響いてくる。
「聞こえてるよ。」
俺は手の中に封筒を見つめながら答える。

「NTT東日本」

差出人のところには、そう書いてあった。
何度もその内容を読み返したが俺は迷っていた。

『あと三イニングしかないんだから!!すぐにきてよ!!』
京子がいっているのは三年の引退式の時にやる、OB対新人の紅白戦のことだ。
俺は引退式そのものをサボるつもりでいたが、そうは京子という名の問屋がおろしてはくれないらしい。
「わあったよ。すぐにいくから。」
そう言うと、封筒を放り出して俺は部屋を出た。


そして俺がついたのは九回裏のツーアウトだった。

ランナーも二三塁。
失笑、というのは、こういう時に使うのだろう。
高校生活で最後に上るであろうマウンドが、俺の夏を終わらせたマウンドと、同じ状況なのだから。

ぽんぽんとストライクを取り、外したストレートでカウントを整える。
カウント2−1
外に逃げていくカーブ。
平然と見送られてしまう。
2−2

(ちっ・・・)
舌打ちした。
今の球で決めたかった。
カウントまで一緒になっている。

「はぁ・・・」

息を吐いてボールを握りなおすと。あの時と同じようにサインを見る。
一度、二度とうなずき、セットポディションに入った。
ランナーを一度、二度と目で牽制する。
高く足を上げ、腕を振る!

肘が悲鳴を上げそうになる。
「だまれぇええ!!」

叫びながら腕を振り切る。
帽子が宙を舞う。
直球とほぼ変わらないスピードで打者の内角から、深く、更に深く切り込んでいく球。

カミソリシュート

俺とアイツが作り上げた球。
ストライクゾーンを通過しながら体に向かってくる球に対し、打者はバットをかろうじて出したものの、根元に当たり、力の無い打球が、俺のところにゆるい放物線を描いて飛んできた。
グラブを真横に降り抜く様にしてその球を受け取る。

何かが吹っ切れた気がした。

「京子!!」
グラブの中からウイニングボールを抜き取ると、京子に投げてよこした。
「俺の高校生活、最後のウイニングボールだ。甲子園にはいけなかったけど・・・代わりにしちゃ、何の変哲もないボールだけど、受け取ってくれよ。」
京子ボールを見つめながら呆然としていた。
「先輩、ボールに異常がないコトを確認してから投げるのは、投手の基本ですよね?」
後輩の一人が俺に向かってそういった。
「は?ああ。そうだけど・・・」
「京子さん、それ、『異常がない』らしいですよ?」
京子の目に涙がたまっていった。
慌てて京子に駆け寄り、ボールを確認した。

Would you marry me?

シュートの握りをした時に、ちょうど死角になる位置にそうマジックで書き込まれていた。
京子が目の前で不安気に見つめていた。
俺は息を一つはいて、いった。
「今、NTT東日本から誘いが着てるんだ。ノンプロでやらないかって。」
「え?」
京子の瞳には驚きと喜び、そして賞賛の色があった。
「そうしたらちゃんとした収入が入ってくるわけで・・・その・・・」
顔が赤くなっていく。
「京子をしっかり養えるようになるまで・・・待っててくれないかな?」
「うん・・・」
京子は微笑った。目から涙が一筋伝った。
親指の腹でそれを払うと、そっと京子を抱き寄せた。
「Would you marry me?」
小さく唇で紡ぐ。
「Yes I will・・・」
京子の小さな答えが聞こえた。

気付いた時には後輩や同級生から一斉に冷やかされたが、そんなのどうだっていい。
僕の手の中には、しっかりと京子の手が握られているのだから・・・

      ・・・・・・・fin

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