斬魔大聖デモンベイン SS 『魔導探偵物語』
by Sin



第10話 現れた道化師


―――パパ! パパぁっ!

 誰だろう……俺を呼ぶ声が……

―――九郎! しっかりするのだ、九郎!!

 遠く……いや……すぐ……近くに……


 開かれた世界…
 差し込んでくる光は……蛍光灯……?

「………俺…は…?」

 ぼんやりとした意識の中で呟いた瞬間だった。

「九郎――――ッ!!」

 突然抱きついてくる誰か。

「い――――っってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! って、アル!?」
「九郎! 九郎っ! 九郎九郎九郎九郎っ九郎九郎っ九郎―――――ッ!」
「お、おい……アル……」
「うつけ! うつけうつけうつけうつけうつけうつけうつけうつけ大うつけっ!! 汝は何処まで妾を心配させれば気が済むのだ!! もう……助からないかと思ったのだぞ……このまま…汝を失ってしまうか……と……」

 そこまで言った所で、完全に言葉が途切れる。

「アル?」

 その瞬間、堰が切れた。

「ひっく……ぐすっ……うぅ……うあぁ……ぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 大声で泣き出すアル。
 
 俺にしがみつき、恥も外聞も関係なく泣き叫ぶ。

 それは、ライカさん達に連れられてリルが入ってくる事で倍加した。

「大十字様、お加減はいかがでしょうか?」
「ん、まあなんとか……」

 あれから1時間。

 ようやく落ち着いて泣きやんだアルとリルを抱きしめたまま、見舞いに来た執事さんに答える。

「ご無事で何よりです、大十字さん」
「姫さんまで……わざわざありがとな」
「いえ……」
「それで……あの辺り一帯は……」
 一抹の期待を込めて聞いてみるが、返事は…
 
「やはり全滅です……大十字様により、例の邪神の眷属という物は消滅していましたが、それ以前に殆どの住人が殺されていた様子で…」
「そうか……」
「あの時、妾は倒れた汝を抱えてライカの所まで運ぶのが精一杯だったからな…」
 口惜しげに呟くアル。

「他に、何か情報は?」
「あの、ドクター・ウェストの人造人間……エルザとか言いましたか。彼女に聞いた話では、例の化け物が現れる直前に、変な人がやってきたと」
「変な人?」
「………おかしな仮面を付けた道化師……とか」

「「―――っ!?」」
 その言葉に、俺とアルは息を呑んだ。

「パパ? ママ? ど〜したの?」
「あ、い、いや……」
「な、何でも…無い……」

 言葉を濁して誤魔化したが、交わす俺達の視線はその最悪の予感に不安の色を隠せていない。

――道化師。

 おそらくは間違いないだろう。
 そして奴が存在するという事は、これから先、もっと酷い出来事が起こりうるって事だ。

「アル、奴の気配は覚えてるよな? 急いで探そう………って、アル?」

 ベッドを降りようとする俺に、アルはしっかりとしがみついて離れようとしない。

「お、おい、どうしたんだ?」
「嫌だ……」
「え?」
「もう…あんな思いをするのは嫌だ! もしまたあんな状況になったら、汝はまたすぐに無茶をする! 今回は助かったが…次も助かるとは限らないのだ……ならば!」
「アル……」

 言いたい事は判ってる。
 だけど俺はそれを……唇で封じた。

「ん……九郎……」

 縋り付いてくるアル。
 その身体をしっかりと抱きしめて唇を重ねる。

「悪ィな、いつも心配ばっかりさせちまって。だけど……俺はやっぱり……」

 俺の言葉に俯き、目を伏せるアル。
 しがみついた手が白くなるくらいに強く握りしめられている。

「『後味悪ィ思いをしたくない』か……? 全く…汝という男は何処まで……」
「アル……」

 ゆっくりと上げられた顔は涙で濡れていたが、その表情は微笑んでいた。

「もう……いい………何も言わずとも判る。止めても無駄であろうに」
「……悪ィ」
「だが、1つだけ言っておくぞ。汝がもしもまた命をかけようとする時には…妾が命に代えても護る」
「なっ、それは……」
「嫌だと言っても聞かぬぞ。開き直った人間がどれ程強いかは、汝の方がよく知っておるであろう?」
 悪戯っぽく笑いながらそう言いきったアルの姿。
 確かにあの時……1人で戦おうとするアルにああ言ったのは俺だったな…

「………なら、俺は命をかけてもアルを護る」
「……絶対に死なせはせんからな。どれ程に苦しもうが、のたうちまわろうが、妾は汝を死なせはせぬ。そして……」
 まるで宣言するかのように呟き、リルを抱き寄せるアル。
「必ず、リルの元へ2人揃って帰ってくるのだ」
「ああ……絶対にな!」

 そう言いつつ2人を抱きしめ、伝わってくる温もりを感じながら俺は誓いを新たにする。

 だが、その時。突然リルが震えながら縋り付いてきた。

「どうした、リル?」
「パパ……何か……何か来るよ……リル、怖い……」
「えっ……?」

 リルに言われて辺りの気配を探ってみるが、何の気配も感じない。

「特に何も……アル、何か感じるか?」
「いや……妾も特に……」

 首を傾げるアル。だが、今度はアリスンまでもが何かに怯えてライカに縋り付いた。

「ライカお姉ちゃん……やだ、やだよぉ、怖いのが来る……来ちゃうよぉ!」
「アリスンちゃんまで……」
「九郎、感受性の高いこの2人がここまで怯えておるのだ。間違いなく、何かが来るぞ!」
「ああ。判ってる!!」
 即座に俺はマギウス・スタイルとなり、周囲に防御結界を張り巡らす。

 怯え、身を寄せ合って震える子供達。
 執事さんは姫さんの傍らでどこからの攻撃にも対処できるように身構えた。

「どこから……来る……?」
「油断するな……九郎……」
 冷や汗が頬を流れて落ちる。

「パパ……怖いよぉ……」
「大丈夫だ……俺達が一緒なんだからな」
 周囲への警戒を怠らずにそっとリルの身体を抱きしめてやった。

「ウィンフィールド…」
「ご心配なく。お嬢様は必ずお守り致します」
 不安げな姫さんの肩にそっと手を置いて執事さんはそう言って微かに口元を弛める。
「頼りにしています」
「はっ、お任せを」

「ライカ姉ちゃん……」
「うう、怖いよぉ……」
「ライカお姉ちゃん……九郎お兄ちゃん……」
「大丈夫よ、みんな。こうして九郎ちゃんとアルちゃんが護ってくれてるんだから。心配しないの」

 ライカさんがそう言って子供達に微笑みかけた瞬間。

「――っ!? 九郎!!」
「来たかっ!!」

 唐突に壁を破って、無数の物体が襲いかかってきた!

「ちぃっ! バルザイの偃月刀!!」

 瞬間、俺は偃月刀を召還して襲いかかる物を切り捨てる。

「シィィッ! ハッ!」

 姫さんを狙った物は執事さんが全てその強烈なパンチで打ち落とした。

「相変わらずやるなぁ…執事さん」
「感心しておる場合か! どうやら……本体が来たようだぞ!」
「………まさか……この気配は!?」
「ああ……間違いない、この腐臭漂う闇の気配は、彼奴の物だ」

 俺達が見つめる扉がゆっくりと腐敗して……その向こうには……

「い、いやぁぁぁぁっ!!」

 アリスンの悲鳴。
 無理もない。あんなに感受性の強いアリスンに、アイツの気配はきつすぎる。
「――っ!!」
 リルも完全に怯えて俺に縋り付いている。

「おこ〜んば〜んは〜♪ フフフ、怯えちゃって……かぁわいいわぁぁん」

 そこに現れた姿は……やはり予想した通りの物だった。

 不気味な面を着けた道化師。
 かつて、俺が戦ったブラック・ロッジ。その幹部連中とも言うべきアンチクロスの1人、それが奴だ。魔道書【妖蛆の秘密】を持つ不死身の化け物。

「やっぱりテメェか……あんなヒデェ事出来るのは、テメェ等くらいのもんだと思ったぜ……二度と会いたくなかったけどな! ティベリウス!!」
 俺の言葉にゆっくりと振り向く奴の表情は面に隠されて読めない。
 まあ、面が無くても結局読めないだろうが。

「あら、アタシを知ってるの? ウフフ、アタシも有名になったものねぇ。で? そう言うアンタ、誰よ?」
「……こっちの世界じゃ初対面だったな! まあいい……俺の名は大十字九郎! 最高の魔導書『アル・アジフ』の主にして伴侶。マスター・オブ・ネクロノミコンだ!!」

「へぇ……アンタがそうなワケ? 探す手間が省けたわん。とりあえず……死んでなさい。『アル・アジフ』はアタシ達が有効に活用してあげるわ」
 唐突に襲い来る物体。
 それは、ティベリウスの身体から延びる腸のような触手の群れだった。

「ざけんなぁぁっ!!」

 叫ぶ。
 意識が疾走し、魔術を構成。
 両手に編み上げた術式を物質化。
 それは……

「ロイガー!」

 手の中に現れる一本の小刀。

「ツアール!」

 更にもう片方の手にも、同じような小刀を召還。

「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 一気に目の前まで迫った触手を切り裂く。

「な、なんですって!?」

「くらいやがれぇぇっ!!」
 続けて2つの小刀を組み合わせ、1つの投擲武器と化す。
 それはティベリウスの身体を貫き、窓から外へと弾き飛ばした。

「げぶらびゃっ!?」

 その後を追って、俺達も窓から外へ。

「パパ!?」

 慌ててリルが窓から身を乗り出そうとした所を、ライカさんが止めてくれた。
 サンキュ、ライカさん。

「リル、そこにいろ!! 一気に行くぞ、アル!」
「うむ! 来るぞ、九郎!! 防御結界!!」

 アルが俺の前に旧き印を展開。

 それと同時に俺は両手に魔力集中。
 物質を構成。猛り来る炎の力と、全てを凍てつかせる凍気の力が急速に集まり俺の両手に顕現する。

「クトゥグァ! イタクァ!」

 召還した二丁の銃をティベリウスに向けて……連続発射!

「ぎゃぶっらばぁぁぁっ!!」
「でやぁぁぁぁぁっぁぁっ!!」

 徹底的に撃ちまくり、弾が切れると同時に着地。
 上がる爆炎と凍気によって立ち込めた霧で辺りが全く見えない。
 俺は油断せずに弾をリロードする。

「その位のことで簡単にくたばりやしねェだろ、ティベリウス! 死んだふりでエモノを引きつけるやり方は、俺には通用しないぜ!」
「……フフフ…本当にアタシのこと知ってるみたいねェ。そう、このくらいで死ぬことなんてあり得ないわよォ」

 一陣の風が辺りに立ち込めていた霧を払い、奴の姿を露わにする。

「―――ば、化け物……」
「あ、あれが……魔術師というものなのですか……? 何という……」
 あまりの情景に言葉を詰まらせる姫さんと執事さん。

「うわわわわゎあぁぁっ!?」
「―――――っ!?」
 ジョージとコリンは完全に腰を抜かしているようだ。

「嫌だぁぁっ! やだよぉ!!」
「落ち着いて、アリスンちゃん! 大丈夫! 大丈夫だから!!」
 完全にパニック状態のアリスンを宥めているライカさん……って!?
 リルは!?

 慌てて探そうとしたその瞬間、再び襲い来る触手の群れ。

「九郎!」
「ちぃっ!! バルザイの偃月刀!」

 全てを切り捨て、その勢いのままティベリウスに飛びかかる。

「なっ!?」
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 斬る。斬る、斬る、斬る、斬る。
 縦に、横に、斜めに。
 切り裂かれた奴の身体が崩れるよりも更に早く。
 徹底的に斬りまくる。

 だが、その瞬間!

「嘗めるなァァァァ、餓鬼ィィィィィィッ!!」

 巨大な質量を持った物が突然顕現、俺はその場から弾き飛ばされた。
 マギウス・ウィングを展開し、なんとか姿勢制御。
 だけど、まさか、これは――っ!?

「鬼械神、ベルゼビュート! 暴食せよ!!」

 奴の叫びと共に、巨大な異形がその姿を現した……



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