斬魔大聖デモンベイン SS 『魔導探偵物語』
by Sin



第6話 Rel−ajif


 事務所に戻った俺達。
「九郎、この後はどうするつもりだ? いかに魔術師が相手とは言え、動き出さねば魔術の力で探すことも叶わぬし……」
「……そうだな……」
 そう言った瞬間、俺はふと思い出して引き出しの中から1冊の分厚い本を取り出した。 もちろんただの本じゃない。
 魔導書だ。表紙にはこの魔導書のタイトル、『Rel−ajif』と書いてある。

 俺が書いた……アルの写本だ。

「ん、なにをしておる?」 

 俺の手の中にある一冊の魔導書。
 それに気付いてアルが驚きの声を上げた。
「九郎、それは!?」
「気付いたか?」
「………妾の……写本? それも…汝が…書き記したもの……」
「そう言うこと」
「だが、何故!?」
「この世界で目覚めてからずっと、俺はこれを書き続けていたんだ。完成したのはつい最近だけどな。これがあれば……お前が居ない寂しさを少しでも和らげることが出来るんじゃないか……なんて…」
「九郎……」
 苦笑する俺の胸にアルが抱きついてくる。
 俺はその背中をそっと抱きしめてやった。

「まあ、お前が戻ってきた以上、書く必要なかったのかも知れないけどな。それでも中途半端なままにしておくのも嫌だったし」
「………九郎……っ」
 俺を見つめるアルの瞳に涙が浮かぶ。
「……汝…それ程までに妾のことを……」
「当たり前だ。それを俺1人こっちに帰しやがって。あのままお前に再会できなかったら、俺がこっちで悪の魔術師になってたかもしれないぜ…」
「うつけ……汝にそんなことが出来るはずも無かろうに……」
 苦笑する、アル。
「貸してみろ、添削してやる」
「ああ、ほら」
 そう言って手渡すと、アルは愛おしそうにその写本を抱きしめてからページを捲り始めた。
「ふむ……なるほど、これは……」
「どうだ?」
「………驚くほどに正確な内容だな…何故ここまで正確に……」
「おいおい、俺はお前の…『アル・アジフ』のマスターだぞ? それに、一度お前が本の状態になっちまったとき、戦う力を得る為に頭にその内容を焼き付けたからな」
「意外だな…此程までに記憶力があるとは……」
「アル……」
「冗談だ。しかしこれは凄いな。ほぼ正確に書き記されておるゆえ、まだ魂すら宿って居らぬにも関わらず、十分な魔力を発しておる。おそらく妾の写本の中で、最も力を持っておるだろうな」
 そのアルの言葉に、ふと俺の頭に考えが過ぎる。

「どうした?」
「なぁ、アル。もしもその魔導書に魂が宿って、肉体を持ったら……」
「あり得るだろうな。此程までに魔力を持っておる魔導書なら、永きの時を経ることで妾と同じように魂や肉体を持つことになるだろう」
「……ひょっとしてそれって……俺達の子供って事になる訳じゃ……」
 俺がそう口にした瞬間だった。

「―――っ!?」
 声にならない声を上げて、アルの顔が真っ赤に染まる。
 手の中の写本を抱きしめる手に力が籠もって…

「妾の……九郎と妾の……子供……? 子を成せぬ妾が……九郎の子を……?」
「お、おい、アル?」

 そう呼びかけて、気付いた。

 アルの頬を流れる煌めきに……

「嬉しい……嬉しいぞ九郎…妾は………妾は…っ」
「アル…」

 本当に嬉しそうな笑顔で涙を流すアルを強く抱きしめたその時!

―― Mama

「「!?」」

 微かに聞こえたその声。
 そして次の瞬間……

「なっ、こ、これは!?」

 突然、写本が光を放ったかと思うと、一瞬にしてバラバラのページとなって舞い上がった。

「ま、待て………えっ!?」

 慌てて集めようとしたアルの表情に緊張が走る。
 なんと舞い上がったページがアルへと殺到したんだ。

「な、なぁっ!?」

 そしてそのままアルの腹へと吸い込まれるように消えていく。
 やがてそれは表紙すらも含めて全てアルの胎内に消えた。

「九、九郎、これは一体………?」
「俺が訊きたい……」

 訳が解らず顔を見合わせる俺達。

 だけど、次の瞬間、俺は全てを理解した。

「う……うぅ―――っ!?」
「ど、どうした、アル!?」
「お、お腹が……くっ! 痛ッ!」

 腹を抱えて蹲るアル。そしてその場所はゆっくりと膨れてきている。

「お、おいおい、まさか……」
「こんな……バカな……っ」

 さすがに自分に起きている状況だからアルも気付いたんだろう。
 膨れてきているアルの腹の中から溢れてくる、アルとは違うもう一つの魔力の気配。

 やがてアルの腹はすっかり膨れてしまった。

 まるで、『妊婦』の様に。


「はぁ……はぁッ………く、九郎……」

 あれから2時間。
 アルの苦しみようは更に酷くなっている。
 まるで陣痛に襲われてるみたいで、俺にはどうすることも出来ず、ただ傍でその手を握りしめるしかない。

 その時、急にアルの身体が激しく震えだした。
「う……く…ぁ……ぁあ……ああああぁぁっ……ああああああああああああああああっ!!」
「アル!?」
「はぁッ、はぁッ、九郎……妾………妾はっ………うくああぁぁぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 まるで悲鳴。
 のけぞり、目を見開いて身体を震えさせるアル。
 俺が必死にその身体を抱きしめたその瞬間。

 アルの腹の辺りから、一斉に大量のページが舞い上がった……

「あ……あぁ……はぁ……はぁ……」
 
 同時にアルの震えも止まる。
 その瞳はぼんやりと天井に浮かぶページを見つめていた。

「アル、大丈夫か?」
「……九郎…妾は……もしや……」
「産んだ……って事なんだろうな」
「…………そう……か。九郎、あのページを集めてくれ。もう一度ちゃんと製本してやらなくては」
「ああ……って、あああああああああああああっ!!」
「な、なんだ、どうした!?」
「あ、あれ、あれっ!!」
「ん? な、なぁぁぁっ!?」
 思わず驚きの声を上げる俺達。
 だけどそれもしょうがないよな。

 何しろ、俺達の視線の先。
 ついさっきまでページが集まっていた辺りにはすでにその姿はなく、変わりに別のものが存在していた。

「嘘……だろ?」
「信じられん…」

 そこにあった……いや、居たのは、アルによく似た5歳くらいの少女。
 開かれた口から放たれた言葉は、俺達を驚かすには十分すぎた。
「パパ……ママ……」

 驚きのあまり身動き1つ出来ない俺達に、その少女は駆け寄ってきて……

「大好き!」

 丁度寄り添い合ってた俺達にしっかりと抱きつくのだった……



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