斬魔大聖デモンベイン SS
『キャンパスライフは大騒動』
by Sin


第5話 (加筆修正版)
 その頃俺は、アルの危機も知らぬままに教室棟を駆けずり回っていた。
 途中で姫さんやレアン達にも会って聞いてみたけど、あいつらも知らないらしい。
 姫さん達もリルの事を心配してくれて、今はそれぞれ探してくれている。
「リル……」
 嫌な予感が胸の奥で渦巻く。
「くっ、やっぱり連れてくるべきじゃなかったのか……いや、そんな事を考えてる場合じゃない。考えろ、大十字九郎。何か、何か手はないか……?」
 必死に頭をめぐらせる。
 リルの魔力の波動はアルにかなり近い。
 それなら、アルの魔力を探知さえ出来れば、リルの魔力も……。
「いや、駄目だ。それならアルが真っ先に見つけてるはず。多分、魔導図書館の結界で探知しづらくなって……っ!?」
 自分で口にした言葉にハッとして、思わず立ち止まった。
「そうだ。リルの魔力を探知できないって事は、魔力結界がある場所にいるって事だよな……それなら、ミスカトニックの中でリルの魔力を隠してしまうほどの魔力結界の場所を探知さえすれば……」
 意識を集中し、キャンパス全体に魔力を巡らせると無数の結界の存在を感じる。
 一番巨大な結界は、魔導図書館。
 それに、魔導に関するものの保管室や実習室。
 これは全部俺がアーミティッジの爺さんに頼まれてアルと一緒に構築した結界だ。
 そして……。
「魔導図書館よりかなり地下……だな。ここは俺も知らない場所だ……それにこの結界に使われている魔力の波動……胸くそが悪くなってくるような邪悪な気配を含んでいる……っ!? この魔力は……アル!? まさか!!」
 怪しい場所を見つけると同時に、その近くにアルの魔力を感じて、俺は思わず息を呑む。
 考えるよりも先に走り出した。

「アル…リル……無事でいろよ!」
 目指すはミスカトニック大学最下層。
 二人の無事を願いながら、俺は必死の思いで走った……。


 そして……アルは……。

「汝が……何故ここにいる!? 立って歩く事もままならなかった筈だ!!」
 信じられない思いで言い放つアル。
 その目の前に立っていたのは……あの時、二度と立ち上がることすら出来ない位にまで叩きのめし、ミスカトニックから叩き出したレイリーだった。
「ククク、久しいな、死霊秘法」
「一体何のつもりだ! リルをさらうような真似までして、妾に一体何の用がある!!」
 激昂する。だが、アルは何故か言い知れない不安を感じていた。
 レイリーなど、相手になるはずもない。そう思いながらもアルの直感は間違いなく警戒を告げている。
「どうした、死霊秘法。この私が恐ろしいか? 貴様はこの天才たる私を『絞りかす』呼ばわりしたのだぞ? ククク……『絞りかす』如きが恐ろしいか? ククク……ヒャハハハ……ヒャハハハハハハハハハ!!」
「くっ……貴様…以前の貴様ではないな……」
 背筋を冷たい汗が流れ落ちていく。
 何故かは判らない。だが、アルはレイリーからとてつもないプレッシャーを感じていた。
「この魔力……まるでアンチクロスと相対しているかのようだ……いや、それどころかこれはまるで……」
 呟くアルの頬を汗が伝う。
 脳裏を過ぎるのは、かつて俺達を散々に苦しめた外なる神の一人の存在……。
「それほどまでに強大な魔力の存在……貴様、一体どこでそれを手に入れた……!」
「言っただろう? 私は神に選ばれたのだと。もはや私は人間などという愚かな存在ではない」
「神……だと?」
「死霊秘法、貴様にチャンスをやろう。この神の代行者たる私に従え! 私を真の主と認め、未来永劫の服従を誓うのだ!」
「断る!」
 即答。あまりに一言の元に切り捨てられてレイリーは言葉を失っていたが、やがて何を思ったか狂ったように笑い出すと、アルに向かって衝撃波を放った。
「――――っ!?」
 両腕を捕らえられたままで身動きの取れないアルはその直撃を受けてしまう。
 衝撃がアルの服を引き裂き、アルは顕わにされた胸を隠す事も出来ないまま羞恥と悔しさで涙を浮かべてレイリーを睨んだ。だがその時……。
「な、なんだ、それは!?」
 レイリーがポケットから取り出した小さな球体。
 だが、そこからはあまりにもおぞましい邪悪な魔力が溢れている。
「私が神より授けられたこの宝玉はな、貴様のような自分の立場というものを理解できない不良品を強制してやるためのものだ。これを貴様の胸に埋め込めば貴様は自らの意思を無くし、この私に永遠の服従を誓うようになる」
 その言葉に、驚愕するアル。
 近づいてくる邪悪な魔力から身を逸らそうとするが、両腕を捕られているままの状況では逃げる事すらままならない。
「抵抗すれば、あの写本は焼却処分にする。いいのか? 貴様にとってはたった一人の娘なのだろう?」
「ひ、卑怯なっ!!」
「ククク……こうして見ると、なかなかに綺麗な身体をしているな……貴様。その身体で大十字を誑かしていたという訳だ」
「な、なんだと!! 我等の想いをそこまで侮辱するか!!」
「想いなど、この宝玉にかかれば一瞬で消えうせる。その程度の代物でしかないという事だ」
 その言葉に、アルの顔に怒りの色が浮かぶ。
「ふざけるな! その宝玉にどれほどの魔力があろうが、妾と九郎の想いを断ち切る事などできはしない!! たとえ記憶や意識を奪われ、傀儡にされようとも妾は九郎を愛し続ける!!」
 アルの強靭な意志によって放たれた言葉にレイリーは憎々しげに顔を歪める。

「面白い……そこまで言うのならば、貴様の想いとやらを見せてみろ。この神より授かった宝玉の力を前に、貴様の想いなど無に等しいと言う事を、思い知らせてやるわ!」
 レイリーの言葉に歯噛みするアルの視線が、檻の中で泣きじゃくるリルを捉えた。
 自分がこれ以上の抵抗を重ねれば、リルまでがレイリー達の標的にされかねない。
 あんなおぞましい魔力に身を晒されるのは自分だけで十分……。
 そう考えたアルは――あらゆる抵抗をやめた。

「どうした……もう抵抗しないのか? この私も誑かせるものなら誑かしてみるがいい。大十字を誑かしたようにな!!」
 そう言うと、レイリーはいきなりアルの胸を鷲掴みにした。
「―――っ!!」
 手加減など全くない、まるで引きちぎられるかのような痛みにアルの口から僅かに声が漏れる。
 だがアルは必死に歯を食いしばって痛みを堪えると、決して怯まぬ視線でレイリーを睨みつけた。
「どうした。抵抗してみろ!」
 下卑た笑みを浮かべてアルの身体を傷つけるレイリー。
 それでもアルは痛みに耐え、決して悲鳴を上げようとはしない。
「悲鳴を上げろ! この私に泣きながら命乞いをしろ!!」
「ふざ……けるな! リルが捕らわれている…以上、抵抗など……せぬ! 汝の好きに…すればいい! だが、妾は決して汝等には屈せぬぞ。意識も記憶も全てを奪われたとしても、心は九郎唯一人のものだ!」
 そう言い放ったアルに、一瞬怯んだ様子を見せたレイリーだったが……。

「ふん、抵抗しない物をいたぶり続けてもつまらんな……」
「く……っ……下種が……っ!」
 あれから何度も千切られそうなほどに握られたアルの胸はあちこち黒く痣になってしまっている。
 息も絶え絶えな状況で、何とかそう言い放ったが、それは逆にレイリー達の嗜虐心を煽る事になってしまった。

「ほぅ、まだそんな事が言えるのか。それならそろそろ貴様を私の物にしてやろう」
 そう言いながらレイリーはあの禍々しい宝玉を取り出し、アルの胸に近づける。
「これが最後だ。私に従い、私の物になれ! 貴様自身の意思でな!!」
「言ったはず。妾は決して汝などに屈しはしない! 妾の主は、大十字九郎、唯一人だ!!」
 決して揺るがぬ、その気高いまでの意思に歯噛みするレイリー。
 だが、その口元がいやらしく緩むと、掴んでいた宝玉をアルの胸に押し当てた。
「なんと言おうが……これで貴様は……私の物だぁぁぁっ!!」
 一気に胸に押し込まれる宝玉。
 それはアルの肌を傷つけることなく一気に体内に埋め込まれてしまった。
「な…っ…―――――――――っ!!」
 一瞬戸惑ったアルだったが、次の瞬間……。
 胸の辺りから全身へと広がっていく邪悪な魔力。
「う…ぐぁ……っ……負けぬ……こんな…こんな痛みなどに――――っ!!」
 魂すらも犯されていくような激しい痛み。
 必死に堪えるアルの叫びとリルの泣き声が辺りに響き渡った……。

「アル!?」
 突然感じたアルのとてつもなく膨れ上がった魔力。
 そしてそれと共にアルの叫びとリルの泣き声が頭の中に直接響き渡った。
「こっちかっ!!」
 感じるままに走る。
 途中で姫さんや柘植に会ったが、話している暇なんてない。
 必死の思いでアルの魔力を感じた場所へ……。
 ようやくの思いで辿り着いたその場所は、強力な魔力結界によって完全に外界から閉ざされている。
「こんな中にいてあんなに強い魔力を感じたってことは……アル……っ!!」
 何とか結界を打ち破ろうとするが、一体どれほどの術者が作り上げたものなのか全く破る事ができなかった。
「普通にやってたんじゃ、どうあがいたってこの結果いは破れそうにない……それなら!!」
 アルのいない状況では俺に仕える召還術なんて高が知れている。
 だけど、かなり無茶さえすれば……。

「…やってやるさ……アルを助ける為なら、この命賭けてやる!! フォマルハウトより来たれ……力を与えよ…力を与えよ…力を与えよ……」
 体内を駆け巡る魔力が俺の身体を引き裂く。
 全身から吹き出した鮮血が俺の身体を染めていくが、今はそんな事など気にならない。
「顕現せよ……クトゥグァ!!」
 俺の右手に刻まれた炎の紋章が赤く輝き、大気中の炎の魔力が俺の手の中に集中する。
 それは凝縮し、その存在すらも変えて俺の手の中に顕現した。
 鋼の輝きを持ち、炎の神性の力を制御する自動式拳銃―クトゥグァ―。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……アル、今助けに行くぞ!!」
 全身を走る痛みに意識が遠くなるが俺は唇を噛み切って意識を保つと、クトゥグァを扉に向かって全弾放った。
 粉砕される魔力結界と扉。
 だがその瞬間、奥から溢れてくるあまりに強大な邪悪な気配に、俺は思わず膝を突く。
 傷ついた今の身体ではこの魔力には長く耐えられそうにない。
 それでも何とか気持ちを振り絞って俺は中へと入って行った……。


 いくつの扉を粉砕しただろう。
 クトゥグァのカートリッジを交換して再び6連射。
 そして……。
 俺の目の前に闇の空間が広がった……。

「何だ……ここは……?」
 ミスカトニックの中に、こんな場所があったのか……そんな事を思いながら辺りを見回していた俺は、何かの気配を感じて振り返る。
 そこには……檻に入れられて泣きじゃくるリルと、衣服をぼろぼろに引き裂かれて胸も顕わになったままぐったりと意識を失って倒れているアルの姿があった……。
「ア、アル! リルっ!!」
「うぇぇ……っ……ぐすっ……パパ? パパぁっ!」
「アルは!? 一体何があったんだっ!!」
「変なおじちゃんがママを……ママをっ!!」
「アルっ!!」
 慌てて駆け寄ろうとした俺だったが、その瞬間、強烈な衝撃を浴びて吹っ飛ばされた。
 壁に叩きつけられて崩れ落ちるようにその場に倒れた俺に、数人の狂笑が浴びせられる。
「ク、クク、ククク、ヒャハハハハハハハハハハハ!!」
「な、なんだ、一体……テメェ等がアルとリルをさらいやがったのか!! 一体何が目的だ!!」
「目的? それはもはや達成された。死霊秘法は完全に私の物となり、その最も高い能力を持った写本もまた私の手の中にある。私こそ、真のマスター・オブ・ネクロノミコンなのだ!!」
 狂ったようなその話し方、そして極めつけのあのムカつく声。
 忘れようったって忘れられるわけがない。
「テメェ……レイリーだな!」
「ああ、そうだ!! この前はずいぶんと世話になったな……礼を返しに来てやったぞ」
「……その為に2人をさらったのか……? その為に……俺の家族を傷つけやがったのか……!?」
 怒りに震える。
 それにしても、さっき俺を吹っ飛ばしたのは一体?
 そんな事を思いながら、再びアルの側に歩み寄ろうとした俺だったが――。
「やれ、死霊秘法」
 レイリーの言葉に俺が戸惑ったその時、アルがゆっくりと立ち上がった。
「アル! 無事だった……」
「………死ね」
「な―――っ!?」
 驚く俺にアルの魔力が放たれる。
 何とか逃れたが、それは背後の壁をぶち破って虚空に消えた。
 まったく手加減のないその攻撃に、俺の背中に冷たい物が伝う。
「ア、アル、何の真似だっ!?」
 必死に逃れて叫んだ俺の言葉にアルは全く反応を示さない。
 その時、俺はアルの胸に浮かび上がった邪悪な紋章に気が付いた。

「それは……レイリー! 貴様、アルに何をした!!」
「ククク…ヒャハハハハハハ! 言っただろう、死霊秘法は完全に私の物になったと!! 神より授かりし宝玉によって、死霊秘法の意思は完全に奪い取った! もはや死霊秘法は貴様の事など気にも留めんわ!!」
「なんだと!! アルっ、しっかりしろ!!」
「無駄だ。貴様の声はもう届かない。こいつの耳に届くのは私の命令だけだ」
 あざ笑うレイリーを無視して、俺はアルに呼びかけ続ける。
「目を覚ませ、アル! そんな呪いなんかに負けるな!!」
「無駄だと言っているだろう。まあいい…死霊秘法! 大十字の息の根を止めろ!!」
 レイリーの言葉に、ゆっくりと俺に向かって手を翳すアル。
 その手の前に高密度の魔力が凝縮されていく。
 マギウスの力を持たない今の俺があれを食らえば、間違いなく跡形もない程に粉砕されるな。
 運が良くても即死は免れないだろう。
「ヒャハハハハハハハ、死ねぇっ、大十字!!」
「―――――――――死ね………ぅ……あ……九……郎…」
 魔術の才のある者ならば気づいただろう。
 アルが今にも放とうとしている魔力が酷く不安定な状況になってきている事を。
 だが、レイリーは気づかない。
 今の状況は、言わば暴発の危険がある巨大な大砲を何も知らない奴が発射しようとしているようなものだ。
 もし、あのまま放たれれば、レイリーはともかくとしてアルの身にも危険が及ぶのは間違いない。
「やめろ――――――――――っ!!」
 必死に叫ぶ俺。
 アルの手に集められた魔力が眩い光を放って……。



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