斬魔大聖デモンベイン SS
『キャンパスライフは大騒動』
by Sin


第4話
 いつものように講義を始めた俺達だったが、やはりあの時感じた気配が気になって仕方が無い。
 魔術を使用するのに最も必要なのは集中力。
 それを欠いている今の俺にまともな魔術を編む事など出来る訳も無く――。

「九郎! 何をやっておるのだ、汝は!! そんな事で講師が勤まると思っておるのか!?」
 何度目かの失敗……。
 あまりに情けないその状況に、アルの叱咤が飛ぶ。
「汝、一体どうしたというのだ? 全く集中できていないではないか」
「悪ィ……」
「……さっき言っていた妙な気配の事か? 今は気にしても仕方ないであろう?」
 そうは言われても、やはり気になる。
 いや、それ以上に心配なのがリルの事だ。
 あの時の気配は魔導図書館を出たときからずっと付きまとっていた。
 それが教室棟に入った途端、完全に消えうせた…って事は、気配の主が魔導図書館の辺りに居るって事になる。
 もちろん、魔導図書館の中には結界が張り巡らされているし、そう易々とリルに何かをするって事は出来ないはずだ……ただ、万が一にもリルが外に出てしまったなら……。

「―――っ!!」
 脳裏を過ぎった思いに、思わず息を呑む。
「九郎……?」
「アル、やっぱりリルの所に戻ろう」
「どうしたのだ、急に?」
「嫌な予感がするんだ。このまま放っておいたら、絶対に悪い事が起きる予感が」
「……まさか、九郎……」
「ああ、リルに何か悪いものが迫ってるのかもしれない!」
 俺の言葉に青くなったアルは持っていたチョークを落とすと、一目散に教室を飛び出していく。
「みんな、悪い! 今日は自習だ!!」
 そう言い残して、俺もアルの後を追った。

 ちょうどその頃……。
 ついさっきまで楽しく話をしていたリル達だったが、かかってきた電話でアーミティッジの爺さんが席を外すと、リルは所在無げに辺りを見回し、魔導書達に話しかける。
 そうしてどれ位の時間が過ぎただろうか。
 一通り話を済ませたリルは、なかなか戻ってこない爺さんを探してあちこちをうろうろとしていた。
「……お爺ちゃん、どこ行っちゃったんだろう……ねぇ、みんな〜お爺ちゃん知らない?」
 魔導書達に聞いて回るが、一向に見つからなかったリルは……。
「パパ達、どこにいるのかなぁ……え? あ、こっち?」
 リルの呟きを質問と思ったのか、数冊の魔導書がリルを導いて『俺達がいる方』へ案内してしまう。
 だがそれは、リルを魔導図書館の外に案内してしまう事になって……。
 
「あっ……パパに待ってなさいって言われたのに、出てきちゃった!? …戻らなくちゃ…あっ…」
 扉から一歩踏み出した瞬間、突然変わった空気を感じたリルは、自分が図書館の外に出てしまった事に気づいて慌てて魔導図書館に戻ろうとする。
 だが、一度外に出てしまった以上、すでに扉は閉ざされていて戻る事は出来なかった。
「どうしよう……パパに怒られちゃう……」
 そう呟いたリルは、泣きそうになりながら学内を彷徨う。

 今、まさにすぐ近くまでリルを狙う者が近づいているとも知らずに……。

「ぐすっ……パパ……ママ……」
 背後から忍び寄る影。
 泣きながら俺達を探すリルはそれに全く気がついていない。
 そして……
「―――――――――――っ!?」
 突然口を塞がれて暗がりに引きずりこまれるリル。
 必死に抵抗するがリルの力ではその影の力には敵わず、その恐怖にやがてリルは意識を失った……


「九郎!?」
「アルも感じたか!?」
 突然感じたリルの魔力。
 だが、それは一瞬激しく高まったかと思うと、完全に消えてしまった。
 俺達の間に不安が走る。
「急ぐぞ、アル!!」
「ああ!」
 必死の思いで魔導図書館に向かう俺達。
 だが、俺達が辿り着くと同時に中から扉が開き、慌てた様子の爺さんが飛び出してきた。
「爺さん!? 何があった!?」
「お、おお、大十字! すまぬ、少し目を離した隙にリル・アジフ殿がいなくなった!!」
「何だって!?」
「いなくなったとはどういう意味だ、アーミティッジ!!」
 真っ青になって爺さんに掴みかかるアル。
 あまりに強く締めすぎて、爺さんの意識が跳びかけているのに気づいた俺はアルの手を離させるが、その興奮は収まるどころかより酷く高ぶる一方だった。

「嫌な予感が当たっちまったか……? アル、急いで探そう! 何が起こるか見当もつかないからな」
「リル……妾達が置いて行ったりしたから……」
「後悔するのも悩むのも後だ!」
 歯噛みして悔やむアルの肩をきつく掴んで俺が一喝すると、アルは驚いた様子で目を丸くした。
「く、九郎……」
「今は少しでも早くリルを見つけてやろう。きっと不安がってるだろうからさ」
 俺の言葉に僅かに瞳を潤ませながらアルは頷く。
 内心は不安で一杯なんだろう。
 震える肩をそっと抱きしめると、頬に一筋の涙がこぼれた。
「リル……どうか無事で……」
「二手に分かれて探そう。俺は教室棟の方から見て回るから、アルはこっちの方を重点的に頼む」
「わかった。相手が何者か判らぬ。汝も気をつけて……」
「ああ、アルもな」
 駆け出していくアルの背中に声をかけて俺も教室棟へと走り出す。
「無事でいろよ……リル……」
 それぞれ必死の思いでその場を離れた俺達の姿を見送って、爺さんは「すまぬ……」と呟いて魔導図書館へと戻っていった。


 あれから1時間。
 俺達は何の手がかりも得られないまま、キャンパス内を走り回っていた。
「リル……どこにいるのだ……」
 不安げに呟きながらアルは魔導図書館近くの廊下を調べている。
 この場所で、微かにリルの魔力を感じたからだ。
 
「……あれは確かにリルの魔力だった。この辺にいるのは間違いないと思うのだが……」
 魔導図書館の辺りには複数の結界が張ってあるから、魔力の認識阻害が起こりやすい。
 微かに残された残留魔力を探るには最悪な環境だ。
 アルの力をもってしても、この状況下ではそう易々と魔力探知は出来ない。
「くっ……妾達が付いてさえいれば、こんな事にはならなんだのに……」
 悔しげに歯噛みするアル。
 その時だった。

「……ネクロノミコン」
「――――っ!?」
 突然背後からかけられた声に、なぜか背筋が凍りつくような思いをしながらアルは慌てて振り返る。
 そこに居たのは、頭からフードをすっぽりと被った怪しげな者達が数名。
「い、いつの間に!? 汝等、何者だ!?」
 アルにさえ気配を感じさせないそいつらの間から、押し殺したような笑いが漏れる。
「……一緒に来てもらおう。ネクロノミコン」
「ふん、何を言い出すかと思えば…ふざけた事を言うな! この妾が、何故に汝等のような輩の言う事に従う必要がある!! 今の妾は機嫌が悪い。命が要らぬと言うのならば、即座に消し去ってくれるわ!」
 高まる魔力。
 怒りに任せて膨れ上がったそれは、フードの者達から発せられた言葉で一気に霧散した。

「娘がどうなってもいいのか……?」
「な――っ!?」

 アルの顔色が真っ青になる。
 噛み締められた歯がギリッと音を立てた。

「貴様等ぁぁっ!!」
「ククク……我等の主がお前が来るのを楽しみに待っているぞ……」
「卑怯な!! 用があるのは妾にであろう! リルを巻き込むな!!」
「死霊秘法原書『アル・アジフ』に最も近い写本『リル・アジフ』」
「主はその二冊を共に欲しがっておられるのだよ」
「さあ、どうする? すでに『リル・アジフ』は我等が手の内にある。お前が我等に従わないと言うのならば仕方ない。あの『リル・アジフ』を解体し、徹底的に調べ上げるとしよう」
 フードの奴等の言葉にアルは激しい怒りを顕わにした。
 当然だ。愛する娘を解体するなんて言われたんだから。
「か、解体だと!? リルを…我等の娘をなんだと思っているのだ、貴様等!!」
「おかしな事を言う。お前もあの娘も、魔導書…ただの本じゃないか。読まなくなれば、廃品回収に出される程度の代物だろ?」
 おそらくは一番若いそいつの言葉に周りのフード連中も頷く。
「く……っ!」
「さぁ、来るか、来ないか?」
「腑分けにされた娘を見たいのならば、断るのも構わんがな」
 残酷な言葉をいともあっさりと口にするこいつらに、アルはこれ以上の抵抗を諦めた。
 連中にとって、リルの存在は本当にただの本でしかない。
 希少価値があるというだけの事なんだ。
 そんな奴等とまともに話し合うだけ無駄……そう考えたアルは……。
「……わかった…連れて行け…」
 悔しそうにそう呟いたアルにフード連中の一人が目隠しをする。
 そのままアルはどこかへと連れ去られてしまった……。

 それからどのくらい歩かされただろうか。
 目隠しを取られたアルが辺りの様子を伺うが、ここがどこなのかまるで見当が付かない。
 周囲は薄暗く、窓もない。
「リルは……どこにいる……」
 何よりも娘を案じるアルの様子に周囲から失笑が漏れる。
「自分がこれからどうなるのかよりも娘の方が気になるとはな。たかが本のくせに、えらく母親らしいじゃないか」
「汝等がなんと言おうと、妾はリルの母だ。親が娘の身を案じて何が悪い!」
「……親…ね。ふん……まあいい。あの小娘ならそこだ」
 その言葉にアルが暗闇に目を凝らすと、部屋の隅になにやら囲いのようなものが……。
「―――っ! リル!!」
 囲い……いや、まるで檻のような物の中で泣きじゃくるリルの姿を見つけて、アルは思わず駆け寄ろうとするが、周囲の連中に両腕を捕られて身動きがとれず必死に呼びかけた。
「ぐすっ、ひっく……あ……っ、ママぁぁっ!!」
 大声で泣きながら折の中から手を伸ばそうとするリル。だが……。
「きゃうっ!!」
 バチンッと激しい音がして、リルは檻の中で弾き飛ばされてしまう。
「魔術結界だと!?」
「痛い……痛いよぉ、ママぁ……」
 結界に阻まれた為に、リルの手はまるで火傷したかのように赤く腫れていた。
 泣きじゃくるその様子にアルは激昂する。
「リル!! おのれ、貴様等よくもリルにあんな真似を!!」
 怒りが辺りの空気を歪めていく。
 そしてアルの魔術が暴発しようとしたその時だった。

「我等に逆らえば、この写本がどうなるかわかっているのか、死霊秘法」
 暗闇の中から突然聞こえてきた声にアルは悔しげに唇を震わせていたが、ゆっくりと魔力を収める。
「汝が、彼奴等の主か……?」
「ククク……そうとも。この私こそが彼等の主にして絶対なる王として神に選ばれし者だ」
「……その声には聞き覚えがある……汝、真逆……!?」
 闇の中から姿を見せたそいつに、アルは驚愕のあまり目を見開いた……。




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