−相互リンク記念 斬魔大聖デモンベインSS −
『夢幻』
by Sin
微かに響くなにかの音…
「んぅ……九郎…?」
呟いて、ゆっくりと目を開いたアルは、ぼんやりと辺りを見回す。
その虚ろな瞳に映ったものは…
見慣れた光景……ではなかった。
「………ん? …な、なっ!?」
慌てて飛び起きるアル。
そして改めて周りを見回したが、その光景が変わる事はない。
「な、何故……ここは……ここは、デモンベインの中ではないか!?」
手に触れる感触。
それは紛れもなく、あの最終決戦を共に戦い抜いた友、デモンベインの感触だった。
「そんな…そんな訳があるか! 妾はアーカムシティーで九郎と再会して…いつも…いつも九郎に抱かれて……そうだ、ついさっきまで、いつものように……」
身体に残された温もりの記憶……
だが、それが真実なのか、アルには解らなくなってきた。
「……そう…だ……く…九郎は?」
辺りを見回し、必死に気配を探っても、どこにも彼の気配は感じられない。
いや、それどころか、自分以外の気配をまるで感じないのだ。
「嘘…そんなの……嘘…っ……全ては…夢だったとでも言うのか……九郎と再び出会えた事も…小娘やライカ達と笑いあえた事も……っ!」
声が震える。
視界に映るのは、完全に機能を停止しているデモンベインのコクピットだけ…
呆然と見つめていたアルだったが、やがてその光景がボンヤリと霞んできた。
「う……くっ……妾は…ひっく……妾は……っ……」
服の裾をぐっと握りしめていた手に、滴り落ちる涙。
それは留まる事を知らず、嗚咽がデモンベインの中に響く…
「耐えられるものか……あれが……あの幸せが……夢だったなど……そんな事…そんな事、耐えられる訳がないではないかぁぁっ!!」
泣きじゃくるアル。
誰の目を憚る事もなく、ただ1人、その嗚咽以外に音のない世界でアルは泣き続けた。
「九郎……九郎っ……九郎…九郎……っ…………九郎―――――っ!!」
――慟哭。
しかし…その瞬間――なにかがひび割れるような音が……
そして………
まるでステンドグラスが砕け散るように、世界が……砕け散った……
「―――――っ!?」
辺りを包むのは闇。
全てを閉ざし、あらゆる光を飲み込むかのように広がる闇……
だが、その彼方にたった1つの光が――
「あれ……は?」
アルがその光を意識した瞬間――
眩いばかりの光がアルを包み込む…
「あ、あ……あぁっ……」
自分という存在がかき消されてしまうような恐怖に、アルは叫ぶ……
あらゆる存在の中で…最も求める者の名を……
「九郎……九郎―――――っ!!」
その瞬間…全ては光に包まれ……
……微かに聞こえる音……
鳥の鳴き声……
車の排気音……
そして……
街が奏でる…生命の音……
「うぅ……っ…」
恐る恐る目を開くアル。
そこには……見慣れた探偵事務所の薄汚れた天井があった。
「……夢……?」
ゆっくりと身を起こす。
それと共に身体にかけられていたシーツが滑り落ち、隠されていた白い肌をさらけ出した。一糸纏わぬ己の姿に、アルは慌てて胸元を隠す。
「妾は……」
ふと、思い出す、眠る前のひととき。
幾度も九郎と身体を重ね、その温もりを分け合ったその瞬間を…
かぁっとアルの全身が熱くなる。
頬は真っ赤に染まり、今やそれは首筋にまで到っていた。
「九郎……?」
辺りを見回してみるが、姿が見当たらない。
今まで一度も、アルが眠っている間に、どこかに行ってしまう事など無かったのに。
「何処……何処に居るのだ、九郎……?」
不安が募る。
夢がまるで現実になってしまったかのような気がして仕方がない。
事務所も、キッチンも調べた。
もう他に部屋はない。つまりここに九郎は居ないという事……
それを知った瞬間、いい知れない不安がアルの中で膨れ上がる。
流れ落ちる滴……
溢れ出した涙が、アルの頬を包み込む。
「九郎……妾を1人にしないで……九郎……っ」
嗚咽を漏らし始めたその時だった。
「………?」
微かに聞こえる水音。
まだ見ていない場所が1箇所あったことに気付いたアルは……バスルームの扉に駆け寄ると、全力で開く。
そして……そこには……
「ん? ああ、起きたのか、アル」
求め続けたその姿が……
「……う……うぅっ……」
なんとか言いたいのに、言葉にならない。
震える唇。溢れる涙が、足下を濡らす。
「お、おい、どうしたんだ?」
そっと、九郎の手が肩に触れた瞬間。
「九郎――――――――――っ!!」
「うわっ!? ・・ってぇぇぇっ! ア、アル!? なんだよ、どうしたってんだ?」
バスルームの床に押し倒されてしまった九郎は、打ち付けた尻の痛みに顔をしかめながら、泣きじゃくるアルの様子に戸惑いを隠せずにいた。
「妾は……妾はもう、1人は嫌だ……九郎が側にいてくれなければ、もう耐えられない! 九郎っ、妾を離すな!! 離さないで……九郎っ!!」
「ア、アル……」
訳が解らない九郎だったが、震えながら泣き続けるアルの様子に何かを感じて、ギュッと力強くその身体を抱きしめた。
シーツに包まれたアルの身体にシャワーが降り注ぎ、その肌の色を透かしていく…
しばらくの時が流れ…アルの泣き声が治まってきた頃……
九郎はゆっくりとアルの身体に絡みついたシーツを剥がし、その裸身を優しく撫でるようにしながら、そっと唇を奪った。
「ん……ぅ……んん…ッ……九郎……」
涙に濡れた瞳で見つめる、アル。
幾度も2人は唇を重ね合い、吐息を混ぜあった。
そして……
「九郎……」
「やな夢でも見たのか?」
「……うむ…あの頃の…独りぼっちだった頃の……」
俯くアルの瞳から溢れかけた涙に九郎はそっと口付ける。
「……心配するな…俺は絶対にお前を1人になんてしないから…」
「………九郎…」
愛しくて…切なくて……
アルの心に溢れていた哀しみは…
いつの間にかすっかり消え失せていた……
「…汝を選んで…汝を愛して…本当に良かった……汝と出会えて……妾は…世界…いや……宇宙で一番……幸せだ……」
「アル…」
「……愛してる……愛しているぞ…九郎……っ…」
「俺もだ……誰よりも、お前だけを……愛してる……」
九郎の言葉が、アルの心を埋め尽くす……
それは、あらゆるものの中で一番暖かく……
それは、あらゆるものの中で一番優しく……
それは、あらゆるものの中で一番美しく……
それは、あらゆるものの中で一番強い想い……
「妾は…妾の全ては…汝のものだぞ……九郎……」
「ああ……解ってる……」
「絶対に……」
「離さないさ…絶対に…」
「九郎……ッ…」
溢れる涙をそのままに、アルはまたいつものように九郎の全てを受け止める…
「九郎……ああっ、九郎…………ッ!!」
全てを委ねきって微笑みを浮かべている、アル。
途切れ途切れに溢れる声が響く中で、2人の心は更に強く結ばれていく…
それは夢幻のような現実だった……