聖闘士星矢 SS
『天馬の翼に包まれて』
by Sin
聖域の外れ、そこにある小さな墓の前で、あたしは何をするでもなく立ち尽くしている。
星矢をロイヤルデモンローズから救って倒れた摩鈴を救い出した後は、あたしにできる事なんて何もなかった。
ただ、星矢の無事を祈る事くらいしか……
少しずつ弱まっていく星矢の小宇宙。
だけど、それが突然、爆発するように高まって…
「星矢……!?」
そして…
「火時計の炎が……消える!? 星矢……間に合わないのか!?」
その時…
「これは……この小宇宙は……!?」
雄大な小宇宙が聖域を包み込んでいく。
「この小宇宙は……女神!?」
白羊宮の辺りからゆっくりとその小宇宙が十二宮を登っていくのを感じる。
それと共に、黄金聖闘士のムウ、アルデバラン、アイオリア、シャカ、ミロの小宇宙も一緒に登っていく。
十二宮の先……教皇の間を超えて、更にその奥へ。
「女神がアテナ神殿へ……勝ったんだね……星矢……」
胸を撫で下ろす。
初めは絶対に不可能だと思っていた。
あいつらも聖闘士とは言え、最下級の青銅聖闘士。
白銀聖闘士であるあたしや摩鈴ですら足元にも及ばない黄金聖闘士達を相手に、たった5人の青銅聖闘士が勝利できるなど、想像できるはずもない。
ましてや、その聖闘士の頂点に君臨する、教皇に打ち勝つ事など、絶対にあり得ないと思っていた…
「アテナの聖闘士は男でなくてはならない。だから、聖闘士になる女は皆、女である事を捨てる為、その素顔を仮面で隠す……そして、もしもこの仮面の下の素顔を男に見られた時は…掟により2つの方法のいずれかを選ばなくてはならない…」
そっと仮面に触れる。
聖闘士になってもう何年経つだろう…
この仮面を付けてから…
「素顔を見た男を殺すか……」
まだ幼かった星矢…
あの時に素顔を見られてしまってから……私は……
「…愛さなければならない……」
溜息が零れる。
愛する心とそれを否定して殺そうとする心。
2つの狭間で、あたしの心はいつも張り裂けそうだった。
あの日…療養していた星矢を殺そうとした日……
アイオリアに殺されそうな星矢を見て、あたしは……自分の気持ちを抑える事ができなくなった。
「……うっ……まだ傷が治りきってないみたいだね……」
背中の痛みに顔をしかめる。
あの時、アイオリアの攻撃から星矢を守ろうとして受けた傷…
そして……初めて星矢に本当の想いを伝えた証…
「あたしなんかが星矢を愛したら……迷惑だよね……本当に……」
そんなあたしをずっと看病してくれていたカシオスももういない。
アイオリアを正気に戻す為に……カシオスは死んだ…
幻朧魔皇拳に冒されたものは、目の前で人が一人死なない限り、決して正気に戻る事はない……
だから、あたしが星矢の身代わりに死のうとしたのを感づかれて…
「カシオスは…あたしの身代わりに死んだ……それなのにあたしはこうしてお前の墓参りをする事くらいしかしてやれない…まったく…情けない話さ……」
また溜息……
本当に…情けない……
どうする事もできないまま、それから数日が過ぎた……
「星矢達はもう日本へ帰った頃だろうね……あの聖域をひっくり返したような騒動がまるで嘘のようだ……」
いつものように、カシオスの墓へ向かう。
一体何をやっているんだろう、あたしは……
あの日…
星矢達が十二宮を突破したあの日以来…
あたしの中で、時が止まってしまったみたいだ。
「星矢……」
ふと呟いたその時……
「俺も、花供えさせてもらっても……いいかな、シャイナさん」
「――っ!?」
完全に不意打ちだった。
息をする事すら忘れていた事に気付くまで、数秒。
震える唇が、声らしい声を出せるようになるまで、十数秒。
振り返る勇気を出せるようになるまで……数分…
それだけの時間をたっぷりかけて、あたしはゆっくり振り返った。
そして……目の前にいたのは……
「せ…星矢……お、お前、日本に帰ったはずじゃ……」
信じられなかった。
目の前にいるのが本物なのか……それとも誰かの作り出した幻影なのか…
それすら判断できない。
「1つ……やり残した事を思い出して……」
「やり残した……事?」
あたしの言葉に頷く星矢。
そのまま視線をあたしの後……カシオスの墓へと向ける。
「カシオスに……ちゃんと礼を言っておきたくてさ……」
「星矢……」
驚くあたしに苦笑しながら、星矢はカシオスの墓の前へ足を進めた。
「……カシオス……あの時お前が助けてくれなかったら、俺はアイオリアに殺されていた。女神を救う事もできなかっただろう…お前のお陰で…俺も……みんなも……女神も救われた……ありがとう…カシオス……」
「……星矢、1つ……聞かせてくれないか?」
「えっ?」
「カシオスは……その……」
「立派に戦ったよ。一人の女を愛する男として、多分俺達なんかよりもずっと男らしく…」
「そう……かい……」
思わず涙が溢れてくる。
あたしが愛している男から言われてカシオスが喜ぶかは判らない……
でも……
嬉しかった。
ふと、星矢の手に持った花束に気づく。
「それは?」
「1つはカシオスに…もう1つは、シャイナさんへのお礼に」
「あたしに……?」
手渡され、仮面の下で思わず目を見開いてしまう。
「よっ……と。カシオス、お前じゃ花より食い物持って来いって言いそうだけど、今日のところはこいつで簡便な」
カシオスの墓に花を供えてくれる星矢。
手の中にある花束の香りと星矢の優しさで胸がいっぱいになっていく……
「……じゃあ、俺そろそろ……」
「えっ……もう……帰るのかい?」
「ああ、あんまり長居したらシャイナさんも迷惑だろうし、それじゃ、シャイナさん」
そう言って立ち去ろうとする星矢。
その背中を見つめている内に、あたしの中で何かが弾けた。
「ひ、一晩くらいなら……泊まってお行きよ……」
どうして呼び止めてしまったのか……自分でもわからない……
確かにあたしは星矢を愛している……
だけど星矢は……
不安な気持ちが溢れそうで、胸が痛い…
今、星矢はあたしの作った夕食を物凄い勢いで食べている。
あんなに慌てて食べなくてもいいだろうに……
「シャイナさんって、料理上手かったんだなぁ。めちゃくちゃ美味いよ」
「そ、そうかい? ふふ……お前にそう言われると、なんだか照れるね……」
「え? あ……あはは……」
なんだか不思議な感じだ。
恥ずかしくてたまらないはずなのに……
胸の奥が……暖かい……
その夜……
汗を流しに泉に向かった星矢の後を……あたしは追った。
「ふぅ……気持ち良い……聖域に来てから、まともに風呂も入ってられなかったからなぁ」
そんな声が聞こえてくる……
「ん……誰だっ!?」
近づきすぎたのか、それともあたしの動揺を捕らえられてしまったのか、星矢に気づかれてしまった。
「あたしだよ」
「シャ、シャイナさん!?」
慌てて泉に身体を沈める星矢。
「お、男の風呂を覗くなんて、しゅ、趣味悪いぞっ!!」
「誰が覗くかっ!! あ、あたしも、水浴びに……来ただけ……だよ」
「な―――っ!?」
一瞬で、星矢の顔が真っ赤に染まる。
「な、な、な、何言ってるんだよ、シャイナさん!! お、俺がまだ水浴びしてるってのにさ!!」
「構わないよ……お前となら……」
「俺が構うんだよっ!!」
「…星矢………」
「な、なんだよ?」
戸惑うような星矢に、あたしはゆっくりと深呼吸してから口を開いた。
「………今から…良いって言うまで、絶対にあたしから目を離すんじゃないよ」
「な、何を……っ!?」
あたしが服の紐を解いた瞬間、星矢は顔を真っ赤にして目を背ける。
「星矢! 目を離すんじゃない!!」
そう言われて、星矢はゆっくりとこっちに顔を向ける。
「目、目を離すなって言われても……」
「……星矢……あたしは…お前を愛している……そう言ったね……」
「えっ……あ、う、うん」
「でも……お前は女神を愛している……」
「それは……」
「判ってる。あたしの入り込む隙間はもう無いこと位はね。ただ……」
「ただ?」
「………星矢、お前に知っていて欲しい。あたしの全てを見て、覚えていて欲しい……」
そっと仮面に手をかけると、あたしはゆっくりと仮面を外した。
もう、隠すことは出来ない。
想いが溢れる……涙を……
「シャ、シャイナ……さん……」
「目を……離すんじゃないよ……」
震える手で、服の紐を解いていく。
真っ赤に染まった顔で星矢が見つめているかと思うと、胸の高鳴りが押さえられない……
そして……
肩から服がずり落ちかけたその時……
「や、やっぱり、駄目だよ! こんな事……」
「逃げるんじゃないよ、星矢!!」
あたしの声に、星矢の体が震える。
「せめて……これくらいの思い出はおくれよ……星矢……」
「シャイナさん……」
「お前を愛した…思い出くらいは……」
そう言いながら、あたしは衣服を脱ぎ捨てていく。
やがて……
全てを脱ぎ捨てた身体を星矢の前に晒して……
あたしは立ち尽くしてしまった。
恥ずかしい…
もう、心臓が弾けてしまいそう……
何を言うことも出来ず、目を強く閉じてただ星矢の前に立ち尽くしている……
どれだけそうしていたんだろう……
逃げ出したくなるほどの思いに駆られて、恐る恐る目を開けると…
そこには、呆然とあたしを見つめる星矢の姿があった。
「シャイナ……さん……」
「なっ!? な、なんだい?」
突然の言葉に、一瞬で心臓が跳ね上がる。
「………れいだ……」
「え……っ?」
「綺麗だ…凄く……」
「………星矢……?」
何を言われたのか、初めは判らなかった。
だけど、徐々にその言葉の意味があたしの中で渦巻いて……
そして……弾けた。
「星矢!」
何も考えることなんて出来なかった。
ただ、溢れる気持ちの赴くままに走り出して……
星矢の胸に飛び込んだ……
「わわっ、シャイナさんっ!?」
大慌てで離れようとする星矢だったが、あたしはしっかりと抱きついて離さない。
「だ、駄目だって、シャイナさん!!」
「……もう、これ以上は何も望まない……これで十分……」
「シャイナ……さん?」
「このままでいい……もう少しだけ……こうしていさせておくれよ……」
あたしの言葉にしばらく戸惑っていた星矢だったけど、やがて……
そっと抱きしめてくれた……
「こ、これ以上は、何もしないからな……」
「フフ……十分だよ……星矢……」
そのままどれだけの時間が流れたんだろう……
ふと気づくと、あたしはとても大きな小宇宙に包まれていることに気づいた。
「これは……」
「……シャイナさん……ありがとな……」
「え……っ?」
「俺の事……こんなに思ってくれて……」
「……馬鹿だね……そんな事……気にしなくて良いんだよ……」
「シャイナさんの言う通り……俺は沙織さんが好きだ……」
「ん、判ってる……」
「でも……シャイナさんの事だって……」
その瞬間、あたしは先を言おうとした星矢の唇をいきなり奪った。
「―――――っ!?」
真っ赤になった星矢の頬を軽く叩くと、あたしはその胸にそっと顔を伏せる。
「……そこから先は……言うんじゃないよ……お前を…このまま帰せなくなるから……」
「……ごめん……シャイナさん……」
「もう…いいよ……今は……もうしばらく……こうしていてくれれば……ね……」
「わかった……」
そうしている内に……再び広がっていく小宇宙……
また……まただ……
凄く大きな小宇宙に包まれていく……
これは……これがペガサスの…星矢の小宇宙…
夜空に輝くペガサスの星座が……
まるで包み込むように、優しく瞬いていた……
翌朝……
「えっと……シャイナさん……」
「そ、そんなに赤い顔をするんじゃないよ。おや? どうやらお出迎えが来たようだね」
「あ……」
星矢をコロッセオまで送ってくるとそこにちょうど女神達の乗った飛行機が到着するところのようだった。
「あ、沙織さん」
「用事の方は済みましたか、星矢?」
飛行機から降り立ちながら、聞いてくる女神に頷きを返す星矢。
「それでは、帰りましょう。星の子学園の子供達も、あなたの帰りを首を長くして待っていますよ」
「あ、はい」
促されるままに星矢は飛行機へと向かおうとする。
「女神」
「……? ……あなたは……あの時の……」
「あの時は悪かったね……少しだけ話がしたいんだ……時間はとらせない。2人だけで女同士の話がしたいんだ」
「……わかりました。辰巳、星矢達としばらくここで待っていなさい」
「し、しかし、お嬢様」
「大丈夫です。では、シャイナ……でしたね? どこでお話しましょうか?」
「それじゃ、そっちで……」
「はい」
二人で星矢達から少し離れたところまで行くと、あたしはゆっくりと仮面を外した。
「……とても綺麗で…優しそうな方だったんですね。もっと、怖い感じの方かと思っていました」
そう言って微笑む女神に、あたしはなんとなく照れくさくて頬を掻く。
「それで……話とは?」
「……女神…星矢は……貴女を愛している……」
「――っ!? そ、それは……その……」
「貴女も……星矢を愛しているんだろう?」
「……シャイナ……」
「これから先、星矢は命をかけてあなたを守る……あいつはそういう奴だから……」
あたしが何を言いたいのか判らないんだろう。
女神は不思議そうな表情であたしを見ている。
「……星矢を…頼むよ…」
「えっ?」
「白銀聖闘士から女神に……じゃない。一人の女から……同じ男を愛する女に……頼む」
「シャイナ……」
少し寂しげな表情であたしを見つめてくる女神。
そんな顔をされたら……少し意地悪をしたくなった……
「いつかは、あいつの身も心も貴女の物になってしまうんだろうけど……」
「えっ!? そ、そんな……その……それは……」
頬を真っ赤に染める女神に、思わず微笑んでしまう。
そして、あたしは仮面を付けながらゆっくりと歩み寄り……彼女の耳元でそっと囁いた。
「ただし、唇だけはあたしが先に貰ったよ」
「―――っ!?」
目を見開いてあたしを見つめてくるけど、お生憎様。
もう、あたしの表情は仮面に隠れて見えはしない。
「星矢の事、頼んだよ……沙織お嬢さん」
そう言って、あたしはそのまま姿を消す。
また星矢に会ってしまえば、別れが辛くなるから……
それに……あの後、星矢が女神に何を言われるか……
それを思い、あたしは仮面の下に笑みを浮かべた。
唇に残る、甘い温もりを楽しみながら……
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