いつもどこでも忍2ニンジャ SS

『修羅の内なる恋心』
 by Sin

 西暦1467年…
 鳥兜陣兵衛を君主に頂く忍者集団、『血桜忍群』頭目、血桜鯱肌丸の娘として修羅菊は生を受けた。
 
 産まれながらに、父に劣らぬ忍びの才能を見いだされた修羅菊に、鯱肌丸は苛烈なまでの試練を課す。
 あまりに親子の情からかけ離れたその厳しさに、一時は憎しみさえ抱いていた彼女だったが、やがてそれが父の期待の現れであることを知るに至り、期待に応えるべく更なる研鑽を重ねる。
 
 その甲斐あってか修羅菊の才能はみるみる内に開花し、やがて血桜忍群副頭目の虎牙(ベンガル)さえも舌を巻く程の実力者へと成長していった。
 
 月日は流れ…西暦1479年…
 
 12歳になった修羅菊はある日、鯱肌丸と共に君主の警護を命じられる。
 隣国、藤嵐の国との同盟を結ぶべく、君主自ら藤嵐の国へ行くことになったのだ。
 
 初めての大役に心を躍らせる修羅菊。
 だが、この時彼女は知らなかった……。
 
 このお役目が、自分の一生を変える運命へと繋がっていることを……
 
 
 
 ――藤嵐城。
 
 初めて訪れるこの国の景色を、修羅菊は本当に美しいと思った。
 
 緑に覆われた山々。遠く聞こえる小川のせせらぎ。辺りに香るは草花の匂い……
「綺麗な……国……虎牙もそう思わない?」

 感嘆と共に呟く修羅菊に、傍に控える虎牙も強く頷く。
「本当に美しい国ですな、修羅菊様」
「ええ…」
 しばらくボンヤリとその風景を見つめていた修羅菊に、鯱肌丸のきつい叱責が飛ぶ。

「なにをボヤボヤしておるか、修羅菊! 殿の御身をお守りする事こそ我等が使命! その事を忘れたか!!」
「は、はっ! も、申し訳……」
「よい、鯱肌丸。余もこの国の景色、のんびり眺めていたく思うぞ。修羅菊……であったな?」
「はっ!」
「そなたの活躍、聞き及んでおる。頼りにしておるぞ?」
「有り難きお言葉! この修羅菊、身命に懸けまして殿の御身をお守り致します!」
「うむ。では、行こうか」
「はっ!」


 穏和な君主、厳しいながらも親として、師として、いつも強くある父。
 辛い修行の日々であったが、修羅菊は幸せだった……
  
 
 「修羅菊と申したな? 誠之進と歳も近いようだ……ふむ、許奴に案内させよう。好きにこの国を見て回るが良い。よいな、誠之進?」
 「はい、父上」
 
 初めて出逢った隣国の若君。
 その優しく包容力のある笑顔に、修羅菊の心は一瞬で捕らわれた。
 
 鯱肌丸に許しを受け、誠之進と共にその場を辞した修羅菊は、なんとなく落ち着かない様子で辺りを見回している。
 
「修羅菊……だったよね?」
「は、はっ!」
「あはは、そう固くならなくていいから。そうだ! 鳥兜の国の事、教えてくれないかな? 私はこの国と桑之実の国にしか行ったことがなくてね。他の国々の事を、もっと知りたいと思っていたんだ」
「わ、私で宜しければ……」

 最高の出逢い――修羅菊は本当にそう思っていた。
 
 それからも幾度となく修羅菊は誠之進の元を訪れ、時が過ぎるのも忘れてよもや話に花を咲かせていた……
 だが……
 
 それから僅か3年後、夢のような楽しき日々は終わりを告げる。
 
 隣国、藤嵐の国君主、藤嵐誠十郎のあまりにも酷い裏切りが全ての発端だった。
 
 突然の奇襲に血桜忍群も対応が間に合わず、陣兵衛公は討たれ、鳥兜一族はその妻子、親戚一同に到るまで根絶やしにされた。
 父、鯱肌丸も奮戦敵わず、討ち死に。
 鳥兜の国は、僅かに残された民百姓、そして生き残った血桜忍群を残して滅び去ってしまう。
 
 若干15歳の修羅菊は、否応なく次代の血桜忍群頭目の座を次ぐ事となってしまった。
 
「何故!? 何故藤嵐の国が!?」
 
 修羅菊の叫びは、血桜忍者達の胸に深く刻まれる。

「なんという酷い裏切りだ……許さぬ…許さぬぞ、藤嵐誠十郎!」
 一瞬、脳裏を過ぎるあの優しい笑顔。
 だが、修羅菊はそれを振り払って、断言した。

「殿と父の無念、この修羅菊が必ず果たして見せる!! 藤嵐一族、その血の一滴までも滅ぼさずにおくものか!!」
 若き少女の胸に息づいていた淡い恋心は、こうして無惨に引き裂かれてしまった……。


 鳥兜の国が滅ぼされて3日後…
 
「行くぞ! 必ずや藤嵐誠十郎の首を取り、一族全て皆殺しにせよ!! 決して1人たりとも生かすな!!」
 修羅菊に率いられ、血桜忍群が藤嵐の国を強襲した。
 
「立ち塞がる者は全て切り捨てよ! 狙うは藤嵐一族の首! 全て刈り取って瞑府の殿と父に捧げるのだ!!」
 血風が吹きすさび、修羅菊の顔を真っ赤に染める。
 
 一体どれだけの血を浴びただろうか……
 
 全身が血の色に染まった頃…修羅菊は藤嵐城天守閣へと辿り着く。
 襖を斬り捨て、天守に踏み込む。
 果たしてそこには、藤嵐国君主、藤嵐誠十郎の姿があった。
「お、お前は…修羅菊!?」
「藤嵐誠十郎…よくも我等を裏切ってくれたな!! 殿と我が父の無念、存分に味わうがいい!!」
 驚愕する誠十郎を修羅菊の刃が襲う。
 
 武芸に優れていた誠十郎であったが、前血桜忍群頭目の鯱肌丸から受け継いだその技の前には為す術もなく…ついに…
 
「亡き殿に瞑府で詫びろ!!」

 肉を断つ鈍い音……
 それと共に誠十郎の身体はゆっくりと倒れ……
 
「おのれ……口惜し…や…」

 誠十郎は己が血の海に沈んだ…
 
 
「殿……父上……仇は取りましたよ……」

 呟いて、修羅菊は誠十郎の首をはねる。
 その髪を掴んで高々と掲げると、声の限りに叫んだ。
 
「藤嵐誠十郎、血桜修羅菊が討ち取ったり!!」

 歓声に包まれる藤嵐城の中、修羅菊の頬に流れるのは返り血か……それとも……
 真実を知るのは彼女だけだった……
 
 
「修羅菊様!」
 その伝令は、修羅菊が誠十郎の首を手に天守を去ろうとした時にやってきた。
 
「何事だ?」
「藤嵐誠之進の姿が見当たりませぬ!」
「何!?」
「他の一族の者は尽く斬り捨てましたが、誠之進だけが何処にも!!」
「くっ………探せ!! 藤嵐の一族は、誰1人逃す事は許さぬ!!」
「はっ!!」

 伝令の下忍が去った後……
 
 修羅菊は下げていた誠十郎の首をポトリと落とした…
 
「何故……何故殺されていてくれなかった……誠之進……これで…私自らお前を…殺さねばならなくなったではないか……!!」

 膝を付き、項垂れる修羅菊。
 そして……その時はやってきた……
 
「修羅菊様、誠之進を発見しました!」
「どこにいる?」
「現在、神隠し峠への道を草影のくノ一と共に逃亡中。餅月の国に向かっていると、餅月徳長殿より伝令が!」
「ほう……餅月が藤嵐を裏切ったか。ククッ、まさに裏切り者の最後に相応しい。よし、虎牙に伝えよ! これより血桜忍群総力を持って、藤嵐誠之進を追う!」
「はっ!!」

 畳に突き立てていた剣を鞘に収めつつ、修羅菊はギリッと歯を噛み締めた。
「最早逃れる術はない…こうなればせめて私の手で討ち果たそう……せめて少しでも苦しまぬように……」
 呟き、誠十郎の首を睨み付ける。
 
「貴様さえ…貴様さえ裏切らなければ……こんな思いをする事など無かったのに!!」

 一閃。
 
 誰の目にも留まることなく放たれた刃は誠十郎の首を両断し、脳漿を飛び散らせながら床に転がる。
 そのまま二度と拾い上げることなく、修羅菊は駆け出す。
 
 誰も居なくなった天守閣の風に混じって小さな滴が弾けて散った……
 

 そして数刻後……
 
 修羅菊達、血桜忍群は神隠し峠で誠之進を追いつめ、取り囲んでいた。
 誠之進の最後の願いという事で、草影のくノ一、涼葉は逃がしてやる事にした修羅菊だが、誠之進の首を斬ろうとした時に戻ってきてしまう。

「私には出来ませぬ。誠之進様を残し一人逃げる事など出来ませぬ。忍びとしてではなく、一人の女として……誠之進様のお側にいたいのでございます」
「……お前」

 見つめ合う2人の視線。
 お互いがお互いの姿を映し合うその瞳。
 
 その姿に、修羅菊はやけに苛ついた。
 
「報われぬ恋か。とんだお涙頂戴の話だね」

 激しく高笑いをする修羅菊。
 だが、その胸の内では、『報われぬ恋』……その言葉が自らの心さえも抉っていた。
 
「いいさ。2人そろえてその首切り落とし、犬のエサにしてくれるさ!」

 その時、一本の稲妻がすぐ傍の松を、音を立てて引き裂く。
「閻魔大王がわめいておるわ。さっさと魂をよこせとな」
 修羅菊の…そして忍者達の刃が炎の照り返しを受けてギラリと鈍く光る。
「さあ、藤嵐の血を根絶やしにするのだ。ものども。かかれ!」

 一斉襲いかかる鋼の刃。
 最早誠之進達に逃れる術はない。
 
―― これで……終わる!
 
「涼葉……。生まれ変わったら、また会おうな。この地にて」
「……はい………約束でございます。誠之進様」

 しっかりと握りしめ合う2人の手。
 それは決して引き裂く事の出来ない絆のように思えて……修羅菊の手に力が籠もる。

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 幾十もの刃が2人に降り注ごうとしたその瞬間……
 辺りが強い閃光に包まれた。
 
 
 そして全ては光の中に………
 
 
 
「………う……うぅ……ここ……は? 私は……どうしたというのだ……?」
 身動ぎ、ゆっくりと身を起こす修羅菊。
 辺りを見回すと見慣れぬ社が近くにあるだけで、誠之進達の姿も血桜忍群の姿も見当たらない。
 
「私は……一体何があったのだ……?」
「あ、気が付いたみたいだな?」

 突然、背後から声をかけられて慌てて振り返ると、そこには誠之進の姿が……。
 
「誠之進! そこにいたかっ!!」

 一足飛びに誠之進に斬りかかる修羅菊。
 だが、一瞬軽い眩暈に襲われ、蹌踉めいた所を誠之進に抱き留められる。
「大丈夫か?」
「―――っ!?」

 慌てて振り解く。しかし再び蹌踉めいてその場に倒れ込んでしまった。
 
「無理をするな。あれから一刻ほど眠り続けていたのだぞ」
「く……っ……敵に情けを受けるなど……!!」
「今この場においては、そう言う事は無しだ」
「なんだと!? くっ、巫山戯るな!!」
「巫山戯てなどいない!!」
「っ!?」
 突然の鋭い言葉に、修羅菊は思わず言葉を詰まらせる。
 
「今、少しこの周りを見てきた。ここは……私達の知る所ではない」
「どういう……意味だ……?」
「立てるか? 肩を貸そう。見せたい物がある」
「……誠之進、解っているのか? 私はお前を殺そうとしているのだぞ?」
「…そんな事は百も承知だ。…君も見れば、そんな事を言っている場合じゃないって事が解るよ」
「っ…いいだろう。とりあえず、現状を確かめるまでは生かしておいてやる…」
「じゃあ…ほら、掴まって」
 そう言った誠之進に身体を支えられてなんとか立ち上がる修羅菊。
 そのままゆっくりと導かれるままに足を進め……そして……
 
「見るんだ……修羅菊。これが……今、私達がいる世界だ……」
「―――――っ!?」

 修羅菊の目が見開かれる。
 信じられない思いに唇は震え、支えられていても今にも崩れそうなほど、足に力が入らない。
 
 それは……あまりにも衝撃的な光景だった……
 鋼鉄の輝きを放つからくりが途轍もない速度で走り回り、煌々と街を照らす光は、決して炎のものではあり得ない。
 時折遙かな雲の上を飛んでいくのは……鳥……なのだろうか……?
 
「な……んだ……これは……?」

 まるで縋るような視線で誠之進を見つめるが、誠之進も解らないのか首を横に振る。
 
「なんなのだ、これはっ!! こんな……こんな……っ!!」
「1つ、気になる事がある……」
「な、なんだ?」
「………今、君が倒れていた場所……あの地形に見覚えがないか?」
「どういう……意味だ?」
「………私には、あの場所がつい先程まで私達がいた場所と同じ場所に思えて仕方ないのだ」
「なんだと!?」

 誠之進の言葉に、修羅菊は蹌踉めきながら慌てて先程の場所に戻った。
 そのまま辺りを見回し、大きな岩の形、植物の生え方などを調べる。

「ま、まさか………そんな………!?」
「どうだ?」
「………確かに…この辺りの様子は…先程まで私達がいた場所に間違いない……ただ……」
「ただ?」
「恐ろしいほどの時間が過ぎ去っている……おそらくは……数百年……」

 自分で口にしたにもかかわらず、修羅菊の表情には迷いが浮かんでいた。
 信じられないのだ。
 こうして自分で確かめても……
 
「そう……か……薄々は感じていたのだが……」
「もはや……血桜忍群も……無い……私は……私はこれから一体どうすればよいのだ……」
「私を殺さなくてよいのか……? 我が父のした事は絶対に許されない事だ。私を斬る事で……」

 誠之進の言葉に修羅菊はスッと刃を構える。
 だが、やがて溜息と共に刀を落としてしまった。
 
「もういい……それに…こうして気持ちが萎えてしまっては…とてもお前を殺す事など……出来ない……」
「……修羅菊……」
「情けない…これがあの魔性の女とさえも呼ばれた私の姿とはな……道を見失った今、もはや何も術を持たぬ……」

 うつむき、肩を震わせる修羅菊。
 その様子に放っておけなくなった誠之進が歩み寄ろうとしたその時だった。
 
「もはやこれまで。わに太郎…虎牙…血桜の皆……後は頼むぞ……私は…父上の元へ参ろう……」
「っ!? 修羅菊!!」
 呟くように言って小太刀を抜いた修羅菊に、誠之進は慌てて駆け寄るとその手を押さえる。

「放せ、誠之進! 血桜の皆の元に返る術もない以上、もはやこの世に未練はない!」
「だからと言って死ぬ事は無いだろう!!」
「もう…いい……もういいんだ!! 放せ! 放してくれ、誠之進ッ!!」
 そう言って振り払い、自らに突き立てようとしたその時……
 
「え……?」

 手に伝わる鈍い感触。
 だが、痛みはない。
 そのまま暖かいものが小太刀を握る手に流れ落ちてきて……
 
「………しゅ…ら…ぎく…死ぬな……よ……」

 途切れ途切れの言葉で紡がれる誠之進の言葉……
 
 腕の中に倒れ込んでくる誠之進の身体を受け止め、ようやく修羅菊は気付いた。
 握りしめていた小太刀が、深々と誠之進の腹部に突き刺さっている事に……
 
「あ……ああ……あああああっ! 誠之進っっっ!!」

 修羅菊の悲鳴が、山間に響き渡った……
 
 
 
「う……うぅ…っ……わ…たし………は……? 生きて……いるのか……?」
 起きあがろうとする誠之進だったが、傷の痛みに動く事は出来ずぼんやりと見上げると、そこは木で組まれた天井に覆われていた。
「ここは……?」
 そう呟いたその時……
 
「誠之進! 気が付いたか……よかった…」
 すぐ横から聞こえてきた声に、目を向けた誠之進は、そのまま硬直してしまう。
「ん? ……どうか…したのか?」
「しゅ、修羅菊……そ、その格好…は……」
 真っ赤になった誠之進の表情に、修羅菊はハッと気付いて慌てて胸元を抱きしめるようにして隠した。
 
 それもそのはず。
 修羅菊は、腰衣一枚きりの姿で誠之進の身体を抱きしめていたのだから。

「こ、これはっ、そ、その……っ!」

 大慌てで身支度を調えた修羅菊は真っ赤になった顔のまま、誠之進の前に座った。
 忍びが良くやる片膝立ちではなく、完全な正座で。
 
「………その…おまえの身体が急に冷たくなってきて……その……少しでも温めねばと……」

 頬を真っ赤に染めてうつむき加減にそう呟く修羅菊の姿に、誠之進の顔まで赤くなる。
 
「ば、馬鹿! 赤くなるなっ!!」
「しゅ、修羅菊こそ……」

 再び沈黙……
 恥ずかしさと戸惑いが2人から言葉を奪ってしまう。
 
 そのままゆっくりと時は流れ……半刻ほど過ぎた頃、誠之進が傷の痛みに少し呻いた瞬間、ようやく修羅菊が口を開いた。
 
「痛むか……?」
「あ、ああ、少し……この手当は……君が?」
 頷く修羅菊に、礼を言う誠之進。
 
「お陰で助かったようだ……ありがとう。だが……」
「何故…などと聞くなよ。私にも……正直よく解らぬ……殺そうと思っていた相手に助けられ…そして今度は私が……まったく…一体何をやっているのだ私は……」
 苦笑するその様子を微笑ましく見つめていた誠之進だったが、ふと1つの疑問に辿り着く。
 
「手当てして貰っておいてなんなのだが……」
「なんだ?」
「この……晒しはどこから?」
 
 誠之進の言葉に、修羅菊は突然真っ赤に顔を染めた。
 無意識の行動なのか、そっと襟元を綴じ合わせる。
 
「……そ、その……き、気にするな!」
「いや、気にするなと言われても……」
 戸惑いながらも聞き返してくるその言葉に、修羅菊は更に真っ赤になって呟いた。
 
「…………だ」
「えっ?」
「……………私…の………に……た………」
「良く聞こえない。なんと言った?」
「――っ! わ、私のっ、私の……胸に巻いていたものだっ!!」
 もはや耳や首筋まで真っ赤になった修羅菊。
 そして誠之進もまた、火を噴きそうな勢いで赤くなる。
 
 思わず視線が修羅菊の胸元へと向いてしまい、目を逸らそうとするものの、どうしてもそこから視線が外れない。
「な、何を見ている!?」
「う……済まない……」
「――――っ!?」
 謝りながらもどうしても視線を外せずにいる誠之進に、修羅菊は胸を抱きしめるようにして隠す。
 だが、その格好が余計に思春期真っ盛りの彼には目の毒だった。
 
「こ、この……っ! い、いい加減に私の胸から目を離せっ!!」
「い、痛い、痛い! 痛たたたたっ!!」
 しばらくは耐えていた修羅菊だったが、胸元を見つめ続けられる羞恥にとうとう耐えられなくなり、強硬手段に出た。
 無理矢理に顔を横に向けられ、痛みに思わず呻く誠之進。
 しかしそれが予想もしなかった事態を招いてしまう事に。
 
「見るなと言っているっ!」
「痛っ、痛いって! 首が折れる!!」
「折れてろっ!!」
「う、うわ〜〜〜っ、やめ、やめ〜〜〜〜〜っ!!」
 ギリギリと音が鳴る程に首をねじ曲げられて、思わず悲鳴を上げた誠之進だったが……その瞬間。
 
「え……?」
 誠之進の汗に修羅菊が手を滑らせた瞬間、それは起こった。
 
「きゃっ!?」
 かなり力を込めていたので、思わずつんのめる修羅菊。
 そして…倒れ込むその先には誠之進が……
 
 ぽふっ……と、静かな音。
 
 思わず修羅菊がしがみついたのは誠之進の身体で……
 まるで胸元に彼の頭を抱え込むような形で抱きついている……
 
 それはつまり……誠之進が修羅菊の胸に顔を埋めていると言うことになるわけで……
 
「「――――――――――――――――――――っっっっっっ!?」」

 状況に気付いた2人だったが、あまりの出来事に真っ赤になって動けなくなる。
 
 晒しのない修羅菊の胸。
 しかも今の瞬間、僅かに開いていた胸元にまともに顔を突っ込んでしまい、誠之進の顔には修羅菊の柔らかな感触が直に当たっていた。
 ほのかに香る女性の香りに、誠之進は完全に放心状態。
 引く事も先に進む事も出来ず、硬直している。
 
 そしてそれは修羅菊も同様だった。
 胸元に当たる温もりや時折微かに吐きかけられる若干興奮気味な感じを受ける誠之進の息……その感触が修羅菊の動きをも封じてしまっている。
 
 結局2人はそのまま離れることなく、実に数刻もの時を寄り添いあい…いや、抱きしめあったまま過ごし…
 
 
 そして……
 
 
 ようやく落ち着きを取り戻した2人が身体を離した時には、すっかり日も暮れてしまっていた。
 
「……誠之進…」
「え? なにかな?」
「…これから……どうするつもりだ? 私達が時を越えてしまった事は間違いない。もはやあの時には戻れぬのだ。そしてこの時代に私達のいるべき場所はない……」
「………そうだな…」
「ここでお前と果てるか? それもまた一興か……」
 小太刀を抜き、その刃に映る自分の瞳を見つめながら呟く修羅菊。

「馬鹿を言うなよ」
「だが! だが……もはや……」
「無いなら、私達が自ら造ればいい」
「えっ?」
 戸惑う修羅菊の手を、誠之進がしっかりと包み込むように握る。
 
「誠之進……?」
「共に生きよう……修羅菊」
「なっ……そ、それは……」
「我が妻となって、この時代を共に生きてはくれぬか?」
 誠之進の言葉に真っ赤に頬を染める修羅菊。
 
「な、何を馬鹿な。私はお前を殺そうとしていたのだぞ? その私が何故お前と……」
「藤嵐も滅び、鳥兜の国も滅び、そして血桜忍群ももはや無い。こうなって、それでもまだ私を殺さねばならないというなら抵抗はしない。それが君にとって唯一の道であるならば……」

 目を閉じ、身を任せる誠之進の姿に修羅菊は戸惑った。
 手の中の小太刀を握りしめ、迷い、苦悩する修羅菊。
 脳裏にはあの優しい笑顔が幾度もちらつき……
 
 修羅菊は目を閉じて、握りしめた刃がゆっくりと振り上げられる…

 そして……
 
 誠之進の言葉への返事は……
 
 刃ではなく……唇だった……
 
「………誠之進…私は……」
 呟くと同時に、小太刀が手からこぼれ落ちて床に突き立つ。
 
「修羅菊…」
 頬を染めて目を伏せる修羅菊の身体を誠之進はそっと抱き寄せた。
 小柄ではあるが、意外に力強いその腕に抱かれて、修羅菊の胸が高鳴る。
 
「共に生きよう……藤嵐も血桜もない…ただの男と女として……」
「誠之進……」
 再び重ねられた唇……
 つぅ……と、修羅菊の頬を流れ落ちた涙は、歓喜か…それとも…
 それは……彼女にも解らない事だった……
 
 
 時は流れて……数年後……
 
 藤嵐誠之進は春日誠仁と名を改め、木桜菊乃と名を改めた修羅菊と共に第2の人生を歩んでいた。
 あれからしばらくの後、今の時代に置いて結婚出来るのが男18歳、女16歳からという事を知り戸惑った2人だったが、結局そのまま2人で暮らし続け、やがて誠之進―誠仁が18歳になるのと同じ日に結婚。
 数年後に1子を得て、幸せに暮らしていた。
 
 そして……息子―マコトが16歳になった頃……
 誠仁の仕事の都合で、海外に赴任する事になった春日一家。
 だが、マコトはどうしてもこっちに残ると頑として聞かず、結局、誠仁と菊乃の2人だけで行く事となる。
 
 出立の日……
 
 どうしてもマコトの事が心配で堪らない菊乃は、何度も、何度も、同じ言葉を繰り返していた。
「マコト、本当に一人で大丈夫なの?」
「大丈夫だって、母さん。僕だってもう16歳なんだよ?」
 玄関口で心配気に息子の姿を見つめる菊乃。
 その様子に、マコトの方が苦笑する。
 
「16歳……か……もうそんなに時が経ったのね……」
 遠くを見つめるようにして呟く。
 かつて、血桜の頭目として命を狙っていた自分が、こうしてその標的であった誠仁と子供まで得て幸せに暮らしている…
 そんな現実がまるで夢のようで…菊乃は自らも知らず、微笑む。
 
「菊乃、そろそろ行こうか」
「ええ。マコト、本当に大丈夫ね?」
「大丈夫、大丈夫! だから、ほら。早く行かないと父さん待ちくたびれてるよ」
「……本当にあなたはお父さんそっくりね。若い頃の誠仁に瓜二つよ。性格も………ね」
 そう言って、マコトをギュッと抱きしめる。

「それじゃあ…行ってくるわね。マコト、身体に気を付けて……」
「これで二度と会えないってワケじゃないんだし、大袈裟だよ〜。まあ、母さん達も気を付けて」
「ええ。じゃあ、マコト。行ってきます!」
「行ってらっしゃい〜」

 マコトに見送られ、家を後にする誠仁と菊乃。
 
 車の中、菊乃は不安げに何度も家の方を振り返る。
 
「心配か?」
「そりゃあね……いくら16歳になったって言っても、マコトはまだまだ子供だもの……」
「私達の頃は15歳で元服だったのだから、マコトももう独り立ちしてもおかしくない歳なんだがな……」
「なかなかそこまで割り切れないわ……」
 遠くを見るようにして過去に思いを馳せる。
 
「ほんと……今でもあの頃の事が夢のよう……ずっと命を狙っていたあなたとこうして幸せに共に生きているなんて…」
「そうだな…」
 そっと、誠仁の手に菊乃の手が重ねられる。
 
「幸せをありがとう……誠之進…」
「修羅菊……私こそ……」

 重ねられた指がそっと絡められて……
 微笑み合った2人はこうして新たな生活へと旅立っていった……
 
 
 ただ、2人は知らなかった。
 
 今から数ヶ月後……
 残してきたマコトに波瀾万丈の人生が待っている事を……
 
『涼葉……。生まれ変わったら、また会おうな。この地にて』
『………はい……約束でございます。誠之進様』

 再会の時は…遠くない……かも知れない…
 


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