護くんに女神の祝福を! SS
王子様の…(後編)
by Sin

 学校が近づいた頃、ふと私は鞄をギュッと抱きしめてしまう。
 それは……この中にある物の所為…

 昨日…護が席を外した時に生徒会長が……
 
「絢子、昨日こんなものを見つけたんだが……」
「なによ?」
「いらないか?」
 そう言って見せられたのは、護そっくりのぬいぐるみ。
「――っ!? こ、これ……護!?」
「手芸部の子が売っていたんだ。一個300円でね。午前中には売り切れていたみたいだよ」
 愉快そうな表情で私の目の前でちらつかせる。
 
「全快にはまだ早いだろうが、絢子の快復祝いに進呈するよ」
「………がと…」
「ん? なにかな?」
「あ、ありがとうって言ったのよ! と、とにかく、護には……内緒よ?」
「見せてあげれば良いんじゃないか? 君がそうやって抱きしめているのを見れば、真っ赤になって喜んでくれるはずだよ」
 笑いながら言った生徒会長の言葉に、私の方が赤くなる。
 
 あの後すぐに護が戻ってきたから、慌ててベッドの隅にあった鞄の中に隠して…
 そのまま持ってきてしまった…

「あれ? どうかしたんですか、鷹栖さん?」
 声をかけられて驚いて顔を上げると、逸美さんが不思議そうに見つめている。
 ううん、逸美さんだけじゃない。お母さまや護まで……
 菊川もミラー越しにこっちを見てる……
「な、なんでもないわ。ただ……学園祭…凄く楽しみだな……って」
 私の答えに、逸美さんは満面の笑顔で「そうですよねっ!」と笑い、護も私にそっと「一緒に楽しみましょうね」と囁いてくれた。
 
 
 校門の前で車を降りると、其処は数日前と同じ場所とは思えないくらいに様変わりしていた。
 お母さま達もびっくりした様子で辺りを見回している。
 
 と、その時…
 
「あっ!」

 不意に逸美さんが声を上げた瞬間、護が慌てて「行きましょうっ!」と声をかけて坂を駆け上がっていく。
「ちょ、ちょっと護!?」

 慌てて後を追う。
 その途中で、あの汐音の書いたポスターが張り出されているのを見て、護が慌てた理由に気がついた。
 
「汐音………っ!」
 思わず顔が赤くなる。
 やがて、昇降口の近くまで来たところで護が足を止めたから私も一緒に立ち止まる。
「絢子さん」
「え?」
「がんばりましょうね!」
「ええ。当たり前でしょう」
 そう言って笑い合う。
 その時、人混みの中から、「おはよう」と声がかけられた。
 
 振り返ると、其処には生徒会長と汐音の姿が。
 
「あ、おはようございます。生徒会長、副会長」
「うん、おはよう。昨日はちゃんと眠れたかい?」
「絢子、体調はどうですの? 熱は?」
「大丈夫だから、ここにいるのよ」
 私の答えに、汐音が溜息をついて首を振る。
「まったく、かわいげの欠片もないんですから……。弱々しくぶっ倒れたときも、平気、とか気持ち悪い微笑みで言っていた女の、大丈夫、という言葉を、いったいどうやって信じろと言うんですの?」
「……なんですって」
「体調を訪ねられたときくらい、素直に答えられませんの?」
「二度も言う必要ないでしょう。大丈夫じゃないんだったら、こんな所には――」
「――絢子」
 突然、汐音が目を細めて歩み寄ってくる。
 辺りにいる他の生徒達も何事かとざわめいて……
 まさか…こんな時まで喧嘩を売るつもり……?
 
 汐音の顔が近づいて……
「副会長?」
 護が焦った声を出す…
 ……何をする……つもり……まさか!?
 目の前まで迫った汐音の顔。
「ちょっ――」
 キスされるかと思って逃れようとした瞬間……
 汐音のおでこが私のおでこにくっつけられた。
 
 重なる視線。
 私と護、思わず絶句。
 周囲もどよめいて……

「熱は、まだ少しあるようですわね。でもまあ、これくらいならなんとかなるでしょう」
 独り言を呟くように言って、私を見つめてくる汐音。
 その時、私と護の視線に気付いたのか、悪戯っぽく笑って口を開いた。
「あら、おふたりとも。もしかして、わたくしが絢子にキスするとでも思いました?」
 
 笑って離れようとする汐音の頭をがしっと鷲掴みに……
「え――?」
 戸惑うような汐音の声。
 それを完全に無視して…身体をゆっくりと仰け反らせる。
 
「ちょっ……絢…」
 『子』と口にする前に反り返った勢いのまま、汐音の頭に頭突きを叩き込む。
 どごっ! と、かなり痛そうな音が響いて、涙目になった汐音が「あ、あ、あ、あ」と悲鳴を上げるのをぽいっと投げ捨てる。
 ごろごろと頭を抱えて転がるそれを視界から捨て去り、生徒会長へ「あのね」と向き直った。
「朝から早々、こんな馬鹿げた事は――」
 そう、口にしようとしたその時。
 
「護、劇なんてやるの!? あんたなにも言わなかったじゃん。しかも鷹栖さんといっしょだなんて! それならそうと――って、あ」
 すっかり興奮した様子で捲し立てながら坂を上ってきた逸美さんが、突然立ち止まって押し黙る。
 その視線の先には、生徒会長の姿が…
 
 ひょっとして……見とれてる?
 あれに?
 ………まあ、たで食う虫も好きずき……よね。
 
 逸美さんに続いて、護のお母さまと菊川もやってくると、仕方なさそうに護は生徒会長に家族を紹介した。
「妹です……。それと、母」
「うちの護がいつもお世話になっております」
 お母さまが挨拶されるのに続いて、逸美さんも赤くなってもじもじしながら、「えへへ、うちの護がお世話になっております。護、こちらは?」と訊いている。
「生徒会長の周藤摩耶さんと副会長で、会長の妹の汐音さん」
「ど、どうもっ。吉村、逸美です。中学二年です。趣味は料理とバスケです」
 護の言葉に、ときめいた視線で自己紹介してる逸美さん。
 信じられないけど、本当に生徒会長の事……

「ああ、よろしくね。護くんには、いつも助けられているよ。お母さまも、おはようございます。今日は楽しんでいってください」
 挨拶を交わした生徒会長。
 それに続くように、瑤子たち演劇部員が集まってくる。
 
 護やお母さま達と挨拶を交わし……そして舞台の時間が近づいてくる。
 
 何度この時を想い描いただろう…
 原作とはうってかわってグダグダのメロドラマに成り果ててしまった話だけど、私と明日香のダブルヒロインでいく話に変える事になったんだから、これは仕方ないわね……
 それに……
 あのシーンはやっぱりやる訳だし……
 
 護との……
 
 舞台袖で出番を待っていると、ふと背中に注がれる熱い視線に気がついた。
 振り返ると、そこには真っ赤になって硬直している護の姿が……
 あまりにもまじまじと全身を見つめられて恥ずかしくなった私は、「ど、どう?」と言ってその場でくるりと回って見せる。
「綺麗、です。凄く」
 半ば呆然とした表情でそう答えてくれる護。
「そ、そう……?」
 なんだか余計に恥ずかしくなった気が……
 そんな私達の姿を見て、杏奈がくっくっと笑いを噛み殺したところで、劇は始まった。
 
 開幕が拍手で迎えられる。
 昔、経験があるとは言っても、今回の舞台は私にとって本当に特別……
 緊張を隠しながら王女の役を演じ続ける。
 
 ロマンスではなく、コメディになってしまった劇が進むにつれて、この後の事が頭から離れなくなってくる……
 
 そう……護との……キス……シーン……
 
 そして……
 
 その時は来た……
 
 眠りについた王女……
 そしてその傍らに跪きじっと私を見つめる王子様の……護……
 
 演技だけ……そう判ってはいるけど、目を閉じて護に身を委ねてしまっているから、どうなっているのかまるで判らない…
 そっと肩を抱く護の手の感触。
 今、護が私を抱きしめて……キスをするふりを……
 
 その瞬間――!
 
「――――っ!?」
 唇のすぐ横……
 ちょっと唇に触れるくらいの場所に柔らかな感触と温もりを感じて、びっくりして目を開きそうになる。
 だけど、今の状態を思い出して、観客から見えない右目だけをうっすらと開いて護を見つめた。
 
 護……今………?
 キス……? したの……?
 
 辺りの歓声…
 明日香達が大はしゃぎしているのが判る。
 ってことは……!?
 
 劇の王女として両目を開けてゆっくりと上半身を起こす。
 今起こった出来事が信じられなくて……
 頬が熱い…
 呆然としていたのはどれくらいだっただろうか……
 目の前で微笑んでいる護の頬も赤く染まっている…
 
 観客席からの拍手。
 幕がゆっくりと下り始め…
 そして下りきる直前、私の中で喜びが爆発した。
 
 私達の周りを埋め尽くしていた薔薇の造花が一斉に舞い上がる。
 巻き起こった風が舞台に吹き抜け、まるで私の気持ちを表すかのように天井高く踊る造花に観客は感嘆の声を上げた。
 
 ふわりふわりと花びらがゆっくりと舞い降りて私達へと降り積もっていく……
 台本にはない美しいシーン…
 
 それを呆然と見つめている護に、そっと呼びかける……
 
「……護」
 振り返ったその笑顔。
 本当のキスではないけれど、護から貰ったとっても素敵な……最高の贈り物……
 あんなに苦しかったけど……
 一度は全てを諦めなくちゃいけないかと思ったけど……
 
 でも……
 
 あの時護が言ってくれた言葉……
『信じて下さい――僕が、きっと、絢子さんに最高の学園祭をプレゼントしますから!』
 護の言葉を信じて良かった……
 こんなに……こんなにも素敵な贈り物をくれるなんて……
 私……私……
 護を……好きになって良かった……!
 
 もう、周りなんて見えやしない。
 今、世界には私と護の2人だけ……
 
「最高の、気分だわ」
 目の前の護に、小さくささやく。
 他の誰にも聞こえないように…
 今の私の……ありったけの想いを込めて……
「だから、お返し」
 護の首に手を回して抱き寄せる。
 息がかかるくらい近くにある護の顔は驚きで混乱していて……
 目を閉じると、私は…
 そっと護の頬に…唇を触れさせた…
 
 一瞬の静寂。
 そして…巻き起こった大歓声とフラッシュの光が体育館に満ちて……
 今まで以上に大きく鳴り響く拍手の中、東ビ大付属演劇部『眠れる森の美女』の幕が下りた。
 
 その途端、急に途轍もなく恥ずかしくなって慌てて護から離れる。
 
 頬が熱い。きっと真っ赤になってるわね……
 護……どう思ったかしら……
 気になって見つめると、驚いた表情のまま固まっていた護の顔がゆっくりと赤く染まって……
 恥ずかしそうに微笑んでくれた。
 
 本当に……
 護って…なんて素敵なんだろう…
 胸の高鳴りが押さえられない…
 今すぐにも、また護に抱きつきたい……そんな気持ちになってくる……
 駆け寄ってきた瑤子が感慨深げに、
「私はハッピーエンドに弱いんだ」
 明日香も…
「そうね、あたしも」

 それは、当初の台本にあった『眠れる森の美女』の台詞。
 瑤子と明日香はそう言った後、杏奈たちと一緒に満面の笑顔で私と護を取り囲んだ……。
 
 
 大成功に終わった劇。
 私と護はその後、午後1時から一緒に参加した大雪合戦で、逸美さん達のチームに負けてしまった。
 ビアトリスで生成された人工雪で完全に冷え切ってしまった身体を三年資源科が校庭隅に特設したサウナに入って暖める。
 あ、も、もちろん、護とは別々よ!
 って、誰に言い訳してるんだか……私……
 
 その後、生徒会長が発案したという鏡の国のラビリンスに挑み、それを最高タイムで踏破して生徒向けの景品、「数学の期末試験プラス一点チケット」をもらった。
 
 そうしている内に、自由時間も後残りわずか……
 ちょっと遅めだけれど、屋上に作られた「お酒は禁止」ビアガーデンで昼食を摂ることにした。
 注文を済ませ、それが届くまでの間、私と護はのんびりと一般の飛び入り参加有りの東ビ大付属ミスコンテスト予選開催中の校庭を見下ろしていた。
「副会長と瑤子さん、出場するって言ってましたけど……、どうなったんですかね」
「ファイナルまでは残るでしょう、ふたりとも。たぶん」
 そう言って熱いお茶を一口。
 ふと、汐音のスタイルの事が頭に浮かんで、付け足した。
「汐音は水着でも持ち出さない限り、準優勝がせいぜいってところかしらね。ああ、でも、汐音の体型なら、水着は逆効果かも知れないわね」
「じゃあ、優勝は誰が」
「あれ、見て。どう思う?」
 
 そう言って舞台を指差す。
 そこには二十歳くらいに見える美女の姿……
 多分殆どの人はそう見えているはず。
 護もその類に漏れなかったみたいで……
 
「綺麗な人ですね」
 感心した様子で答える護に苦笑した。
 不思議そうに首を傾げる護に溜息をつきつつ答える。
「観客もそう思っているでしょうね。見知らぬ美女が飛び入り参加した、って。馬鹿馬鹿しくって涙が出るわ。生徒達を驚かせるためだけに、忙しい合間を縫って衣装をこさえて、隙を見つけて美月と友香に化粧してもらってかつらかぶって、あそこに立っている馬鹿が誰かってこと、気づいているのは私と汐音くらいね、きっと」
「……………え?」
 戸惑った様子の護。
 まあ、それはそうでしょうね……
「あの馬鹿が優勝したあと正体を明かして、悲鳴を上げる観客の姿が目に浮かぶわ。こういうところ、ほんとに悪趣味なんだから」
 
 私の言葉に、護が舞台をじっと見つめる。
 やがて、その顔が驚愕に彩られていった。
 何を感じたのか、自分の肩を抱いて後退る護。
 確かに……あれは一種の恐怖よね……
 他の出場者には悪いけど、あれに勝てるようなのは他にいそうもないし。
 優勝は間違いないわね。
 
「――そう言えば」
 ふと、護が話題を変えてくる。
 鞄の中をごそごそとやっていたけど、やがて見覚えのある物を取り出してきた。
「これ、昨日、その生徒会長からもらったんです。よくできていると思いません?」
 悪戯っぽい微笑みで私を見つめてくる護。
 まったく……生徒会長……仕組んだわね……
 
 なんとなく気まずい気分で頬を掻きながら私も自分の鞄を漁り、昨日もらった物を取り出した。
「これ、私も昨日、生徒会長からもらった」
 護の前に差し出した護そっくりのぬいぐるみ。
 お互いがお互いそっくりのぬいぐるみを見つめて、硬直して、最後に小さく吹き出した。
 本当に……生徒会長ったら……

 なんとなく、口惜しいような照れくさいような変な気分を抱きながら、お互い、元通りに鞄に収める。
「絢子さん」
「ん?」
 じっと私の瞳を見つめてくる護。
「思ったより、あんまり、たくさんは回れませんでしたね」
「そう、ね。水泳部と陸上部が合同でやっていた企画、あれはちょっと行ってみたかったんだけど。もう時間がないわね」
「調子は、どうですか? まだ熱は下がりきってないんでしょう?」
「ええ。でも平気よ。このくらい。なんでもないわ。だって」

 思い出す、あの瞬間……
 唇の横に今も感じているあの温もり……
 そして……今目の前にいる護の笑顔…
 
 その全てが……
 
「護が、私に最高の学園祭をプレゼントしてくれたから」
 そんな私の言葉に、護は最高の笑顔で微笑んでくれた……。

 

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