−歌パロShort story− ロード全章SS
ロード 〜第三章〜 
 ≪加筆修正版≫

by Sin

 悠子を失って、数ヶ月…
 俺はあの日以来、毎日あのカーブを訪れていた。

 いつものように車を走らせ、そしてさしかかったあのカーブ。

「どうして……こんなカーブで君が……」

 あの夜、悠子になにがあったのか、俺は知らない。
 だけど…彼女の運転技術は俺と比べても遜色ないレベルだったはずだ。

 こんなカーブで事故るような奴じゃなかったのに…

 色々考え事をしながら運転していて、ふと速度計を見ると70qを越えていた。
 このままカーブに突っ込めば、間違いなく吹っ飛ぶだろう。

「なぁ……君もこんな風に考え事をしていたのか……?」

 帰るはずのない応え。
 それでも俺は問いかけずにはいられない。

 そんな沈黙の時間が苦しくて……声を出して泣きたかった……。
 今すぐに追いかければ、君に追いつけるだろうか…
 
「………君の傍に……連れて行ってくれよ……悠子……」

 目を閉じてアクセルを踏み込む。
 エンジンの回転音が高まって、なにも見えない暗闇の中を突き進んだ。

「もうすぐ……君の所へ……」

 もう何度目になるだろう……こうして悠子の後を追いかけようとしたのは……

 でも……

―― お願い……やめて……亮治……

「――っ!?」

 突然の声。
 思わず急ブレーキを踏む。

 激しいスリップ音。
 振り回されるような衝撃が治まった時、俺の車はガードレールギリギリの所で、止まっていた……

「………また……か……」

 呟いて唇を噛み締める。

 まただ。また、あの声が……
 俺が悠子の後を追いかけようとすると、必ず聞こえてくるあの声……

「悠子……なんだよな……」

 誰も居ない隣の席…『悠子の指定席』……そこに向かって語りかける。

「なんでだよ……なんで、お前の側に行かせてくれないんだ……」

 応えは返らない。
 だけど……その瞬間、悠子が泣いているような気がした…

 ふと、胸の奥から聞こえてくるような声……

―― 生きて……亮治……いつもみたいに……笑って……

「バカ…だよ……悠子……1人じゃ寂しいだろ……俺だって…1人じゃ……」

―― 1人じゃ…ないよ……今までも……これからも……

 まるで俺の言葉に応えるような悠子の言葉。

 その時、俺はようやく気付いた。

「………なんだ…いるじゃないか……こんな所に隠れてるなんて……ずるいぞ……」

 胸の中にあるそれを抱きしめるように包み込む。

「ずっと…いたんだな……ずっと……」

 涙が溢れてくる……
 それは哀しみの涙じゃなくて……

「俺の心の中に……お前は…生きているんだな……」

 呟いた瞬間…悠子が微笑んだ。
 幻だったのかも知れない。でも、俺には確かに見えた。

 助手席に置いてあった花を持って、車を降りる。

 地面には真新しいブレーキ痕と、少し古くなって消えかけたブレーキ痕があった。

 あの日……悠子はここで事故を起こして…命を奪われた……

 壊れた車の中、悠子はせめてお腹の子供だけでも守ろうとしたんだろう……
 その両手はしっかりとお腹を抱きしめていたらしい……

「なぁ、悠子……君はどんな暮らしを夢見ていた? 子供、1人じゃなくて、もっと欲しかったのか? 2人で暮らす為に借りた部屋…あの部屋を選んだとき、キッチンの広い家が良いって言ったんだよな……」

 ボンネットの上に腰掛けて、耳元を過ぎゆく寒風に身を委ねる。

「俺1人じゃ……広すぎるよ……あのキッチンは……」

 呟きながら、古いブレーキ痕の端っこにそっと花を置く。

「この花、君が好きだった奴だよ。未だに名前もよく知らないけどさ。この時期に探すの、大変だったんだぞ? 少しは感謝しろよな」

 なんとなく悠子が苦笑した気がした。

「ったく、いつも笑って誤魔化すんだからなぁ……」

 そんな事を言ったら、いつも『それは君の方だよ』って笑っていたっけ……

「………ん? あ……っ…」

 ふと、頬に落ちる冷たい感触に空を見上げると、ゆっくりと白い物が舞い降りてきた。

「雪…か……いつもだな……ここに来ると……」

 本当に不思議だけど、ここに花を置くと、いつも雪が降るんだよな……

「君か? 花のお礼のつもりなら勘弁してくれよ……これからまた運転して帰らないといけないんだぞ? それとも……帰したくないのか?」

 俺の呟きが聞こえたんだろうか。
 更に吹雪いてくる辺りの様子に、悠子の気持ちを感じて思わず涙が溢れる。

「そうだよ……離れたく…無いよな……」

 激しい吹雪。
 辺りの様子なんてまるで見えなくて……
 でも、不思議と寒くなかった。
 悠子が抱きしめてくれているのかも知れないな…

「いいよ……君が望む限り、ずっとここにいよう…」

 腕の中にある微かな温もり。
 それを失わないようにしっかりと抱き留める。

「悠子……俺はずっと側にいるよ……」


 呟いて目を閉じる……

 風の音だけが辺りに響いて……


 朦朧としてくる意識の中で、俺は以前の事を思い出していた……


「俺の稼ぎじゃ、ろくな式出来ないな。それに指輪だって買えそうもないし…正直、暮らすだけで手一杯ってのが正直な所だよ」
 そう言った俺に、悠子はそっと首を横に振って……
「挙式も、指輪もいらないわ。私が欲しいのは貴方だけ……指輪なんてこれで十分よ」
 微笑みながら取り出したのは空き缶のフタ。

 それを俺の左の薬指に嵌めると、もう一つを俺に渡してきた。

「はい、指輪交換ね♪」

 君のそんな姿が嬉しくて……照れくさくて……
 そっと俺が『プルタブ指輪』を嵌めてやると、悠子は本当に嬉しそうに笑ってくれた…

「ねぇ、亮治は男の子と女の子、どっちがいい?」

 何気なく聞いてきた言葉。
 俺の手を取って自分の大きくなったお腹に当てると、首を傾げる。
 
「そうだなぁ……」

 あの時、俺はなんて答えたっけ……
 結局、答えは分からないまま……君はたった1人で逝ってしまった…

 あの頃の幸せの想い出……
 今も暮らす、君のいないあの部屋に残された……数少ない想い出…

「なぁ……あの時の答え、そろそろ教えてくれよ……」
 なにも見えない吹雪の向こうに向かって囁きかける……
 帰ってくるのは……ただ、風の音だけ……


 あれからどれ位過ぎただろう。
 気が付くと、吹雪はすっかり収まっていた。

 相変わらず降り積もる雪が辺りを真っ白に染めていて、帰るのには一苦労しそうだな。

「また来るよ……悠子……」

 いつの間にか腕の中から消えていた温もり。
 またどこかへ行ってしまったんだろうか…

 帰り道。真っ白に積もった雪があちこちで渋滞を引き起こし、あの夜君が消えた道は、何処までも続く赤いテールランプが綺麗で…
 まるであの日の想い出を悠子が俺に見せてくれたような…そんな気がした……


 これからはずっと一緒だ…
 君が俺の心の中で生き続ける限り……
 だから……
 君と一緒に歩こう。
 一緒に笑って、泣いて……一緒に生きていこう……


 でも、もう君は泣けないから……

 溢れる涙を堪えずに、君の分まで泣こう……

 どんなに可笑しくても君は笑えないから…
 君の分まで、笑おう…

 君が一緒に歩きたがっていた道を、もう君は歩けないから…
 君の分まで歩こう……

 ずっと一緒にいようって言っていたけど……君は逝ってしまったから……
 幸せを夢見ていた君の分まで……生きよう……

『ずっと一緒だよ。約束だからねっ♪』

 遠い昔に思えるけど……約束したんだ……

『約束破ったら、泣いちゃうぞ〜』

 そう言っていたのは君だっただろ?

『約束……忘れないでね……』

 忘れる訳ないだろ……約束したじゃないか……
 約束したのに……

「バカ……やろう……」

 滲んで見える真っ赤なテールランプ。

 想いを食い縛って、白い雪の中、俺は車を走らせた……


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