−歌パロShort story− ロード全章SS
ロード 〜第二章〜 
 ≪加筆修正版≫

by Sin

 薄日の差し込むアパート。

「……ただいま…悠子…」

 仕事を終えて帰ってくると、いつも「お帰り〜っ♪」と微笑んで迎えてくれた悠子…
 でも…
 今はもう…誰も迎えてくれる事のないこの部屋…

 肩にかけた鞄を部屋の隅に転がして椅子に座り込む。

 溜息……
 君が居ない現実…俺の肩に重くのしかかってくる。

 あれから繰り返される毎日に俺は目的を見いだせずにいた。
 俺にとって悠子が…悠子の存在だけが全てだったんだ…
 それが判ったのは…失ってからだったけど……
 
「悠子…お前はずっとそうやって笑っているんだな…ずるいぞ…俺にだけこんな思いさせてさ…」

 机の上で微笑んでいる悠子の笑顔。
 それはもう二度と動く事のない最高の微笑み。
 突いて見つめる視界が歪んでいる…
 気付けばいつの間にか頬が濡れていた。
 
「ずるい……ぞ……」

 止められない…
 溢れ続ける涙が止めどなく溢れ続けて…
 こんな時に思い出されるのは幸せだった日々の事ばかり…
 
 初めて出逢ったあの日…
 あれが俺にとっての初恋だったんだろう。

 衝撃だった。まさに一目惚れ。
 今まで暗く澱んでいた俺の世界が一気に光に照らされたみたいで…
 いきなり声をかけた俺にびっくりしていた悠子だったけど、夢中になって話している内に微笑んでくれた。
 
「ねぇ、私とお友達になってくれる?」

 そう言われた時、嬉しさのあまり本気で気が遠くなりかけた俺を見て爆笑した悠子。

 最高の恋だった……
 
 でも…
 
「無くしちまったら……なんにもならねぇだろ……」

 あの日、あの時……
 もしも悠子に出逢う事がなかったなら…こんなにも哀しむ事はなかったんだろう…
 
「だからって、逢えなかったら俺の人生に幸せなんて感じる事はなかっただろうな…」

 呟いて写真を見つめる。
 子供が出来たと判った時、完全にパニック状態で泣いていた悠子…
 でも、一緒に暮らすようになって…君はお腹の中で子供が育っていくのを本当に楽しそうに俺に話してくれた…
 
「この子、男の子かな? 女の子かな?」
「ん? どうだろうな……悠子はどっちの方がいいんだ?」
「う〜ん……どっちでも♪」
「おいおい…」
「男の子でも、女の子でもどっちでもいい。ただ…元気に産まれてくれればそれだけで…」
 苦笑する俺に悠子は微笑んでそう言った。

「亮治…私達、お父さんやお母さんになっても…お爺ちゃんやお婆ちゃんになっても、ずっと…ずっと手を繋いでいるような素敵な2人でいようね」「ああ」
 俺の肩にそっと身を寄せて囁く悠子の肩を抱き寄せて強く頷く。

「絶対だよ?」
「分かってる。絶対にそんな2人でいよう」
「うんっ」
 微笑んで俺に抱きついた悠子。
 
 たわいもない恋人同士の語らい。
 でも…それはとても大切な誓いだった……
 
 本当に…大切な…
 
「こうなっちまったら…それも…遠い昔の物語でしか…ないけどな……」

 呟いてジャケットを羽織る。
 転がった鞄から車のキーを取り出して家を出た。
 
 君が好きだと言っていたこの車。
 あれから毎日走っているこの道。
 窓ガラス越しに流れていく風景…何も変わらない…
 
 ただ……
 
「ねぇねぇ! 今通った車、変な形してたよね〜。乗ってる人、どんな顔してるんだろ」
 そんな事を言って無邪気に笑っていた君の笑顔だけが……
 
「………亮治…えへへ……大好きだよ……」
 微笑みながらそんな寝言を言って眠っていた君の寝顔だけが……
 ここにはない……
 
 からっぽの助手席…
 ここに誰かが座る事は二度と無いだろう……
 
 車を走らせながら思いを馳せる。
 
「私…幸せになるからね……」
 そう言って家を出るはずの朝…
 悠子は沢山の花に囲まれて…たった1人、箱の中…
 
 仮縫いのまま、綺麗に着飾ったウェディングドレス。
 2人で悩みに悩んで決めたその純白がとても君に似合っていたよ…… 
 まるで君の好きなフランス人形みたいだった…
 
 俺も白のタキシードに身を包み、冷たい悠子の身体を抱きしめて…
 約束していた揃いのリングを、そっと指に飾った…
 
 少し大きなままの君のお腹。
 君と一緒に眠り続けてしまう俺達の子供がそこにいる…
 
「男の子か女の子かどっちか判らないんだもの。両方買っておかなくちゃ、ねっ♪」
 子供の服を選ぶ時、そう言って笑っていた悠子…
 
 産声をあげる事も出来なかったけど…いつか悠子と一緒に生まれ変わってきて欲しいと願って…
 お腹の上に一度も袖を通す事の無かった子供服をそっと重ねた…
 
 季節外れの大雪に包まれたバージンロード…
 何処までも続く長い人の列は…君との最後のお別れに来ていた……
 
「悠子……君と出逢ってなかったら…俺はこんな哀しみを知らなくて済んだんだろうな……だけど…」
 信号を待ちながら、そっと助手席のシートに手を伸ばす。
 
「だけど…出逢ってなかったら…幸せを知る事もなかった…だから悠子…」

 目の前の赤い信号の光が滲む…
 
「俺は…君に逢えて幸せだったよ……」

 こんなにも哀しむ事になってしまったけれど…君と出逢い…恋をして…結ばれた事…
 その全てが俺の宝物だから…
 
 だから今は感謝しよう…君に出逢えた事を…
 
 何でもないような事が幸せだったあの頃……
 二度とあの日に…あの時に…戻る事は出来ないけれど……
 
 青く変わった目の前の視界…
 頬を流れる涙をそのままに、俺は車を走らせた…


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