−歌パロShort story−
夏色

by Sin

「んじゃ、またな〜」
 校門を出る時、クラスの奴等に声をかけて俺はいつもの帰り道を自転車で走る。
 いつも通る駐車場では、でっぷりと太った猫が大あくびをしてのんびりと昼寝を楽しんでいた。
 毎日、毎日…何も変わることのない、穏やかな街並。

 最近は、みんな海だ、プールだ…って浮かれ気分なんだけど……

「あっ、今帰り?」

 そう呼びかけてきたのは俺の幼馴染みの恵子。
 ずっと昔から一緒にいるけど、なんだか最近、さえない顔してるんだよな。

「恵子も、今帰りか?」
「うん。今日は練習も早上がりだったから。将くんも?」
「俺は万年帰宅部だって」
「あはは、そっか」
 そう言って笑い合う俺達。
 中学まではずっと一緒に通っていたけど、今は別々の高校に通っている。
 それでも、時々こうして一緒に帰ったりもしてるんだけどな。

「それにしても……お前、最近元気ないな」
 なんとなく気になって、聞いてみる。
「そっか…な?」
「ああ。何か悩みでもあるのか?」
「………クスッ…さすが将くん、見抜かれちゃうなぁ……」
「茶化すなよ。で、何があった?」
「うん……」
 そう言ったきり、恵子は俯いてしまう。

「あの…ね…」
「ん?」
「……私…この前、うちの学校の先輩に告白されたの…」
「えっ……」
 突然の言葉。
 俺の中で、なんだか訳の解らないものが大きくなっていく気がする。

「それで……」
「そ、それで?」
 思わず声が上擦った。
 だけど今の俺にはそんなこと気にしている余裕もなくて、じっと恵子を見つめる。
 そんな俺に恵子は、照れくさそうに俯いてしばらく黙り込んだ後……

「……うん……断っちゃった……」
 その言葉に、何故か一気に力が抜けた。
 思わず溜息が出る。

「断った? なんで…?」
「…私…好きな人…いるから……」
「好きな…人?」
「……わかんない?」
 じっと見つめてくる瞳。
 なんとなく逸らすことができずに、俺も見つめてしまう。

「気持ち、ずっと気付かなくて…この前、先輩に告白された時に、初めて気付いたの……ホントは…誰が好きなのか……」
 恥ずかしげに頬を染める恵子。
 こんな恵子を見るのは、初めてだ。

− 羨ましい −

 胸の奥で、そんな声が溢れる。

 恵子にそんなに好かれている奴が……俺は羨ましく思えた。
 ……って、ちょっと待て。
 羨ましい…ってことは…
 まさか俺、恵子のこと……?

「……将くん…」
「な、な、なに?」
 考え事をしている真っ最中に呼びかけられて、思わず声が引きつった。

「将くんだよ……」
「えっ?」
 戸惑う俺に溜息をつくと、恵子は僅かに目尻を潤ませて微笑む。
 その意味に気付くまで数秒……

「な、な、な………っ!?」
「やっぱり…迷惑……かな?」
「そ、そんなことない!!」
「えっ………?」
 即答してしまった俺に、戸惑ったような恵子。
 い、いや待て、ちょっと待て!
 だ、だから俺は……

「もしかして…将くんも…私の…事……」
 顔が熱くなる。
「い、いや、だから、その……それは……」
 しどろもどろな俺に恵子はクスクス笑うと、微かに頬を赤らめて俺の腕にそっと腕を絡めてきた。
「ありがと……嬉しい……」
 そう言って微笑まれては、もう、俺は何も言えない。
 腕に当たる柔らかな感触と温もりに、顔が真っ赤になるのを押さえるのが精一杯だ。

 その時、ふと俺は商店街から聞こえてくる鐘の音に気付いて、時計を見た。

 5:30PM

 思い出す幼い日の思い出。
 この通学路の長い上り坂を登り切ったところで…俺達は見た。
 沈んでいく太陽が全てを赤く染めていく……

「うわぁ……綺麗……」
「この夕日を見るのも、久しぶりだな」

 幼い頃、俺達は一緒に遊んで、この場所で何度もこの夕日を見た。
 海も……空も雲も……そして俺達でさえも赤く染めていくこの景色を、飽きもせずに眺めていた。

 水平線に沈んでいく夕日を見送った俺達。

「久しぶりに、一気に下って帰ろう」
 そう言って俺は自転車に跨る。
「ほら、乗れよ」
「う、うん……」
 スカートを気にしながら、躊躇いがちに後ろに跨る恵子。
 その手が俺の背中をそっと掴む。
「しっかり掴まってないと、落ちるぞ」
「えっ……う、うん……」
 恥ずかしそうにしながら、恵子は背後からギュッと抱きついてきた。
 柔らかな感触が背中に当たって、俺は思わず硬直する。

「ど、どうしたの?」
 なかなか動かない俺に戸惑った様子で恵子が聞いてくる。
「い、いや、なんでもない」
「変な将くん……」
 そう言ってクスッと笑う。
 
 ここから先は家まで殆ど下り坂だ。
 結構急な坂だから、すぐにスピードが出てしまう。

「ちょ、ちょっと怖いよ…」
「あ、ああ、わりい……」
 怖がってしっかりとしがみついてくる恵子に、俺は自転車のブレーキを目一杯かけてスピードを落とすと、ゆっくり…ゆっくりと、下っていった。


 夏休みのある日…
 俺は風鈴の音にウトウトとしながら、夢見心地になっていた。
 宿題を終わらせるつもりで向かった机の上にはいつの間にか巨大な地図が…
 網戸越しに感じる風の匂いはいつも同じ…

 休日だから、みんなゴロゴロしているって言うのに、恵子はなんだか毎日忙しそうに動き回っている。
 いつも人の倍以上働いて、結構無理重ねてるのが丸分かりで…たまには、彼奴も気晴らしさせてやりたいんだよな…

 ふと思い出す、以前2人で行った場所。

 躊躇う恵子を無理矢理連れ出して、俺は夜の海へと自転車を走らせる。

「……静かね…」
「ああ」

 真っ暗な海。
 波音だけが響いて、潮風の匂いと共に心を穏やかにしてくれる。

「恵子……」
「なぁに?」
「…悩みとか……色々あるんだろうけど……今くらいは…全部忘れとけ……」
「将くん……うん…ありがと……」
 そう言って俺に身体を寄せてくる恵子。
 その温もりが気持ちよくて、俺はいつしかそっとその肩を抱き寄せていた。


 海岸線にある、とても細い裏道……
 入り口に自転車を止めて、俺と恵子はその道を抜けていく。

 やがて辿り着いたのは小さな砂浜。
 幼い頃、俺達は良くこの場所に来て、2人きりで過ごしていた。

 時間も忘れて遊んで……
 いつも……一緒だった……

「恵子、これ…やるか?」
「えっ? あ、線香花火! どうしたの、これ?」
 俺がポケットから取り出した物を見て、恵子は嬉しそうに答える。
「安く売ってたから、買ってきた」
 そう言いつつ、恵子に手渡すと、俺はポケットからライターも取り出す。

「あれれ? 将くんってば、結構不良?」
「な、なんだよ、いきなり…」
「だって、ライターなんて……」
「ああ、タバコ用じゃないって。これする為に家から持ってきた」
「そっか…よかった。将くんが不良になってなくて」
 俺の言葉に、本当に安心したかのように答える恵子。

 ゆっくりと線香花火に火を点けて、その光を見つめる。

「綺麗だね……」
「ああ……」
 そう答えた俺の視線は、いつしか花火ではなく、それを見つめる恵子へと移っていた。

「ホントに……綺麗だ……」
「……うん……えっ?」
 ふと、恵子は俺の視線に気付いて顔を上げる。
 
「将……くん?」
 戸惑ったような視線で見つめてくる恵子。
 俺はそんな彼女の身体を、そっと抱きしめた。

「えっ? えっ?」
 訳が解らず、恵子は混乱しているみたいだ。
 だけど、引き離そうとはしない。
 俺はその耳元で、そっと囁く。

「もし…泣きたくなることがあったら…俺じゃ、大して何もしてやれないけど、こうして少しでも側にいるから……だから、いくらでも頼ってくれよ…」
「将くん……っ…嬉しい……」

 抱きしめ合ったまま俺達は、波音だけが響く小さな海岸で…

 初めてのキスを交わした……


「将くん!」
「待たせたな。じゃ、行こう!」
「うん!」

 あの日以来、俺達はいつも一緒に登下校している。
 長く続く坂道を2人で登って2人で自転車に乗り、ブレーキをいっぱいに握りしめて、ゆっくりゆっくりと下っていく。
 慌てることなく、どちらかを置いていくこともなく……
 俺達はこれからも一緒に歩んでいく。

 この坂道のように、ゆっくり…ゆっくりと、下っていく……






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