―歌パロShort Story―
『a tear's waltz』(加筆修正版)
by Sin

『懐かしいな……』
 駅を降りると同時に、何気なく呟く。
 何年ぶりだろう…この街に帰ってきたのは。
 高校の頃に引っ越してからだから、10年くらいになるだろうか……。

 あの頃付き合っていた彼女は、今頃どうしているだろう……。

 昔を思い出しながら、あの頃通っていた高校への道を歩いていく。
 途中、妙に懐かしさを感じる坂道に差し掛かった。
「そうだ……この坂道……」
 ふと思い出すあの日の事……。

 桜が舞うこの道で、初めて彼女と出会った。
 予鈴の音が響く中、入学早々遅刻間際なのに急ぐ事も無くぶらぶらと歩いていた俺。
 そんな俺を、彼女はいきなり怒鳴りつけてきたんだ。

「ちょっと、君っ!」
「ん? なんだよ?」
「同じクラスの野際君よね? 予鈴が鳴ってるの聞こえないの? 急がないと遅刻するわよ」
「ご忠告ど〜も。でも、別に遅れたってかまわね〜し」
 そう言って笑い飛ばした俺に、彼女はいきなり歩み寄ってくると……。
 ぎゅうぅぅぅぅぅっ!!
 と、思いっきり耳を引っ張った。

「い、痛てててててっ!! な、何しやがるっ!! 耳をひ、引っ張るなっ!!」
「ほら、早く。急がないと私まで遅刻するでしょ!」
「だったら俺のことなんて構ってないでさっさと行きやがれっ!!」
「断る」
 端的に言い切ると、彼女は俺の耳を引っ張ったまま歩き出す。
 当然、俺もそのまま引きずられるように歩いていくしかなかったわけで……。

「いきなり何しやがんだ、テメェは!!」
 教室に着いたと同時に怒鳴りつける俺に彼女は平然と指を突きつけると、
「お陰で遅刻しなくて済んだでしょ? 感謝しなさい」
「ふざけんな! 誰がンな事頼んだよ!!」
「私の目の前で遅刻なんて絶対に許さない。これからも見つけたら引きずってきてあげるわ。だから感謝しなさい」
「するかよ!」
 睨み合う俺達。
 その場は先生が来た事でとりあえず収まったんだが……。

「ああ、もう。そうじゃないでしょ! この問題はこっちのXにこの値を代入してこの連立方程式に組み込むの!」
「うるせぇっ! 俺がどうしようと俺の勝手だろうが!! 大体、俺の事ばかり構ってて、テメェの方は終わったのかよ!!」
「とっくに」
「ぐっ……」
 何故か判らないが、この日の朝以来、彼女は何かと俺に構ってくるようになった。
 こうして授業中に俺が問題を解けなくて悩んでいると割り込んできたり、休み時間になると一人でのんびりしている俺の側に寄ってきたり……。
 今になって思えば、彼女なりのアピールだったんだろう。
 二ヶ月もしない内に、俺と彼女は弁当を作ってきてもらうような仲になっていた。

 まぁ、あの性格は元々だったらしく、俺が遅刻して授業をサボっていたりすると、えらく怒られたもんだが。
 それでも俺の為に取っておいてくれたその日のノートを渡して、一緒に復習したりしてくれる面倒見の良い所はやっぱり彼女らしかった。

 半年もすると、今度は俺の方が彼女に夢中になって、そして……。

「……俺と…付き合ってくれないか?」

 俺の言葉に初めは驚いた様子だった彼女だけど、やがて少しずつ瞳を涙で潤ませて、
「嬉しい……」
 と、微笑んでくれた。

 付き合い始めたあの日……最高に幸せだった。
 あれ以来、よく帰りに喫茶店に寄って、テーブルを挟んで2人でふざけあったり、休みにあちこちデートしたり……。
 そういえば、さっき通り過ぎた高層ビル。
 確かあの辺りにあったんだよな、あの喫茶店。
「すっかり、変わっちまったな……この辺りも……」
 呟いてあの頃の光景を思い浮かべてみると、それは未だにはっきりと俺の中で色褪せずに焼き付いている。

 それから月日は流れ、高2の夏……。
「転校!?」
 あの日の朝、俺はいきなり親からその話を聞かされた。
 それも、明後日の朝……。
 いくらなんでもいきなりすぎる。
 ずっと、俺に内緒で話を進めていたらしくて、学校の転校手続きももう終わっていた。
「ふざけるな! 何でそんな大事な事、俺に内緒で勝手に決めてやがるんだ!!」
 俺の怒声に、親達は『すまない』を繰り返すばかりで話にならない。
 それでも、頼むから付いてきて欲しいと土下座までして言ってくる親に、俺はそれ以上の事を聞くことができなかった。

 そして……。

「嘘……でしょ? ねぇ、嘘だって言ってよ!!」
 最後の通学途中、転校の事を話した途端、彼女は俺の胸に抱きついてそう言ってきた。
「嘘じゃ……ないんだ……」
「―――っ、なんで……なんでよ!! そんなの、酷すぎるよっ!!」
「俺だって、納得できねぇよ! 納得なんて……できるわけ……ないだろ……」
 そう言って歯噛みする俺の胸に抱きついたまま、「そばにいて」と泣きじゃくる彼女。
 耐え切れなくなって、俺は彼女の身体をしっかりと抱きしめた……。

 結局、俺達はそのまま学校をサボって、繁華街へ……。
 悪い事だとは判っていたけれど、今の俺達には他に何も思いつかなくて……。

 すっかり日も暮れた頃、俺達はそのまま一軒のホテルへと入った。
 当然、学生なんて事がばれたら一発で警察に通報されて補導されちまうから、途中で買った服に着替えて。
 彼女もいつもは殆どしないメイクをして、二十歳のフリをしている。

 たった一夜限りの彼女との時間。
 今頃、親達も心配して探し回っているだろう。
 どれだけの人に迷惑をかけるかも判らない。それでも……今だけは……。
「……今夜は……ずっと離れないで……」
 俺に抱きついて泣きじゃくる彼女。
「どうしても離れなくちゃいけないなら……せめて、今日だけは……ずっと側にいて…私の事…抱きしめていて……!」
 泣きながら縋り付いてくる彼女の身体をしっかりと抱きしめる。
 正しい事をしているとは思っていないけど、証が欲しかった。
 俺達が一緒に過ごしてきた証が。
 俺達が……愛し合ってきた証が……。

 ベッドに腰掛けて見つめあい、抱きしめあって重ねる初めてのキス。
 涙味のその唇を何度も奪って、俺達は身体を重ねた……。

 初めての証をベッドに残し、抱きしめあって過ごす2人だけの夜。
 涙を浮かべながら無理して微笑む彼女に、
「またきっと…会えるよ……」
 そう囁きかけて、俺は彼女の唇をそっと塞いだ……。

 あれから随分経ってしまったけれど、それでも俺はあの想い出を忘れはしない。
 たとえ何年過ぎたとしても、またきっと会えると願っている。

 いつしか空には星が見え始めていた。
 あの頃、二人で見たこの星空……。

 別れのあの日に願ったように、今も…きっとまた会えると…星に願っている……。
 

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