― Original Short Story ―

First Step
by Sin

 ずっと、友達だって思ってた。

 男だとか……女だとか……そんなこと関係なく……

 俺達の関係は…いつまでもこのままだって……


 でも……


 あいつには違ったんだ……

「なぁ、なんで最近俺のこと避けるんだよ! 俺、何かしたか!?」

 最近、俺との会話を避けているようなあいつに、なんとなくムカついて、攻めるようなことを言ってしまった…
 だけどあいつは……

「孝平は何もしてないよ……孝平が悪いんじゃないの……私が…臆病なだけ……ごめんね……」


 呟くように言って、走り去ったあいつの背中……


 去り際に見えた煌めきがなんだったのか、いくら俺でもわかってる……

『孝平は何もしてないよ……』

 あの言葉が……胸に刺さったまま、疼くような痛みを俺に与え続けている。

 そうだ…

 俺は何もしてない…

 今思えば、あいつはずっと待っていた。

 待っていたんだ。俺の言葉を。

 ただ一言。それを言えなかった……だから……あんなにもあいつを苦しめちまった……

 プライド? 違う。
 優しさ? 違う。
 
 ただ……臆病だっただけだ……

 あいつじゃない。俺に、あいつの半分でも勇気があれば……
 あんな哀しい涙を流させることはなかったのに……


 男と女の友情…そんな言葉を隠れ蓑にして……

 まるでそれにこだわっているかのように振る舞って……

 だけど……

 わかってるじゃないか……

 もう、答えは出てる。だったらやるべき事は1つしかないだろう?

「だけど……」

 情けない。何を悩む必要がある?

 今、必要なことは、悩む事じゃない。

 思い出せ。

 俺にとって大切なものはなんだ?

 まるで閃光のように溢れ出す記憶。

 幼い頃、すぐ近くに住んでいてよく遊んでた俺達。

 中学の頃に引っ越して……
 偶然同じ高校入って久しぶりに逢った時…痴漢と間違えられて張り倒された……
 間違いだってわかった時、真っ赤になって謝り倒してたよな。

 部活の帰り道、河川敷でなにかに傷ついて泣いてるあいつを見て、つい持ってたタオルを差し出したら、『汗くさ〜い』と文句を言って……でも、顔は笑ってた…

 昼休みには殆ど毎日一緒に屋上で弁当。
 一度だけ、手作りの奴を持ってきてくれたけど、塩と砂糖を間違えた激甘卵焼きを食わされて、慌ててお茶で流し込んだ。
 不満そうな顔してたけど、自分で食って慌てて隠そうとして……でも、俺がそれを無理矢理に全部食ったら、涙浮かべて笑ってた……


 あの頃からわかってたじゃないか。

 あいつの気持ちも………

 そして…

 俺自身の気持ちも……


 意を決して携帯を持つ。

 そしてあいつの家に……

『はい、島津です』
「あ、おばさん? 鳴瀬です」
『あらぁ、孝平くん。お久しぶり』
「お久しぶりです。あの、優花は?」

 胸の高鳴りを押さえつつ、言葉を紡ぐ。
 だが……

『それがねぇ、まだ帰ってないのよ。てっきり孝平くんと一緒だと思ってたんだけど…』

 嫌な予感がした。

 あの帰り際の涙。

 どんな時でも必ず遅くなる時は連絡を入れる優花が、連絡もなくこんな時間まで…

「俺、ちょっと心当たり探してみます。もし、優花が帰ってきたら携帯に連絡貰えますか?」
『わかったわ。お願いね、孝平くん』
「はい!」

 電話を切り、急いで家を飛び出す。

 外は雨が降り出していた……

 そんな中を、傘もささずに探し回る。

「何処だ……何処にいる……?」

 焦りだけが膨らんでいく…

 その時、俺は不意にあいつの言葉を思い出した。


− ここは、ずっと2人だけの……


 確信した。

 あいつは……優花は必ずあそこにいる。


 走った。今までで一番多く走っただろう。

 心臓なんて、今にも爆発しそうなくらい高鳴ってる。

 そして俺は小高い丘の上まで登り切ると、急いで辺りを見回す――いた。

 大きな木の根本。

 そのうろになってる部分……

 そこに、まるで寒さに震える子犬みたいに丸まって眠っている……

「バカ野郎…こんな所で寝てたら風邪ひくだろうが……」
 
 起こそうと手を伸ばして………

「―――――っ!?」

 見えた。
 見えてしまった。

 頬にくっきりと残る涙のあと……


『バカ孝平!』

 いつもそう言って俺をどつきまわしてたあいつが……
 濡れた身体を震えさせながらこんな所で泣いてたんだ…

「……バカは……俺か……」

 そうだ。
 どんなに強くたって……どんなに明るい奴だって……

 こいつは……優花は……女なんだ……


「優花……」

 そっと頬の涙の痕を拭ってやる……と、その感触に優花が目を覚ました。

「…………孝……平…? あっ!?」

 ぼんやりとしていた優花だったが、一気に意識が覚醒したのか、慌てて立ち上がると逃げだそうとする。だけど、俺はそれを許さなかった。

「こ、孝平!?」

 逃げ出そうとする優花の身体を、しっかりと抱きしめて離さない。

「ちょっ……は、はな……」

「俺!」

 なんとか逃げようと藻掻いていた優花の動きが止まる。

「俺……不器用だし……鈍感だし……まともに自分の気持ちもわからないバカ野郎だけど……1つだけ言わせてくれ……」
「え……っ?」

「………俺、優花のこと……好きだ……」

 息を呑む音が聞こえる。

「今……なん…て……?」

 震えるような声。

 真剣に見つめてくる瞳に思わず声を失う。だが……

「お願い! もう一度言って、孝平!」

 叫ぶような言葉…

 応えるように、俺は一度大きく深呼吸をすると口を開く…

「優花、俺は……俺は、お前が好きだ! 誰よりも…何よりも……お前が好きなんだ!」

 言うだけ言って、目を伏せる。

 怖い。
 どんな答えが返ってくるのか、わからないから……
 だけど…もう自分を誤魔化すのは、やめたんだ。

 勇気を出して、もう一度優花の瞳を真正面から見つめる。

「………優花…ずっと…言えなくてごめんな…色々誤魔化してきたけど……俺、お前が好きだ。島津優花を、誰よりも一番、大切に思ってる……」

「孝平……」

「……俺の…恋人になってくれないか……?」

 顔が熱くなる。
 多分、耳まで真っ赤になってるはずだ。

 その時……

「孝………平……っ」

 優花の手が、俺の背に回されて……

「孝平――っ!!」
「うわっ!?」

 まるで俺を押し倒すような勢いで抱きついてくる優花。

「私も……私もっ! ずっと、ずっとずっと、孝平が好きだったの!! 大好きだったのっ!!」

 泣きじゃくりながら、叫ぶように話す優花の身体を、強く抱きしめる。

「優花っ!」
「好き! 大好き!! もう絶対離れない! 絶対、離れないんだからぁっ!!」

 強く――決して離れることのない様に……

 そして思い出すあの日のこと……


 幼い頃、よく2人で遊んでた。

 急に雨が降ってきて、慌ててここの木の中に逃げ込んだけどびしょびしょで…
 身体に張り付く濡れた服の感触が気持ち悪くて……

『もう泣くなよぉ〜』
『ふぇぇぇぇぇん、だってぇぇぇ』
『ったく〜しょ〜がないなぁ〜』
『ふぇぇ……ぐすっ……ぐす……あ…こうへいくん……』
『…えっと……少しだけ……こうしててやるから……早く泣きやめよな……』
『………うん……ね…もっと……ぎゅ〜ってして……』
『調子のいい奴だなぁ……』
『えへへ……こうへいくん、大好き♪』

 あれ以来…
 俺はいつもこうやって優花を慰めてたっけ……


「ね、孝平……ぎゅ〜ってして……」
「………かわんねぇな、お前も…」

 溜息をつきながらも、しっかりと抱きしめてる自分も結局、変わらないな…

 そんなことを思いながら、俺は優花の温もりを全身で受け止めた……

 降り続く雨の中…

 俺達はようやく踏み出すことができた。

 友達という名前の壁を越えた、始めの1歩を……


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