狂科学ハンターREI SS
薄桃色の恋心

by Sin

 姉の桜が可愛らしい女の子を産んだあの日……
 正輝からのプロポーズと、初めての…キス…
 
 あの日以来、桃は脳裏に浮かぶ正輝の言葉に顔が赤くなるのを必死になって堪える毎日を送っている。
 
「桃? あんたさぁ、ここんとこ変じゃない? ほら、一週間くらい前に桃のお姉さんが赤ちゃん産んだって話してた頃から」

 クラスメイトのそんな突っ込みに返す余裕もなく……
 
「な、なんでも……ない……よ…」

 自分でもごまかせていないことが丸分かりなほど、桃は完全に舞い上がっていた。
 
 正輝とつきあい始めて、まだ数ヶ月。
 ついこの間まで、やっと手をつなげるようになった……と言う程度だったのが一足飛びに飛び越えて……
 思い出す度に顔が赤くなり、知らず知らず唇に触れてしまう。
 
「正輝くん……」

 昼休みの屋上。
 数人が気ままに談笑している中で桃はただ一人、空を見上げて溜息をつく。
 
「なんだか……気が抜けちゃった……」

 正輝と付き合うようになってから、ずっと不安を抱えていた。
 いつまで、こうしていられるのだろうか。
 いつか、私以外の人に気持ちが傾いてしまうのではないか…
 
 そんな漠然とした不安を毎日持ち続けていた桃。
 だが、その不安も正輝のプロポーズによって全てが消し飛び……
 残っているのは彼を愛しく思う気持ちと、この先に進む不安…
 
「キスまで……しちゃったって事は……やっぱり……いつかは……」

 その状況を思うだけで、桃は顔が熱くなるのを感じていた。
 
「そうなったら……私……」
 溢れる溜息。
 夫婦仲の良い姉の姿を見ているだけに、桃の妄想も膨らむ一方。
 姉から初めて玲と関係をもった時の話を聞かされた時、その最初の一回で妊娠してしまったと聞いて桃は自分達ももしかしたら…と言う気持ちでいっぱいになっていた。
 
「はぁ………っ…私、最近変だよね……」
 何気なく呟く。まさか答が返ってくるなどとは思いもせずに……
 だが…
 
「なにか、悩み事?」
「――ふぇっ!?」

 突然背後から聞こえてきた声に、桃はびっくりして振り返る。
 
「あ、あれ? 脅かしたかな……?」
「ま、ま、ま、正輝くんっ!?」
「やっ、桃さん」
「なっ、な……い、いつからそこに……」
「今来たところだよ」
「そ、そうなんだ……」
「それで、どうしたの? なんだか浮かない顔してたけど……」
「えっ……あ、う、うん……その……」
「ひょっとして……この前のこと……気にしてる?」
「え?」
「……その……あの時、なんだかその場の勢いで……キ……」
「わーーーっ、わーーーーーっ、わああああああああああああっ!!」
 正輝の口を大慌てで塞ぐ桃。
 真っ赤になったその顔とあまりにも慌てたその様子に正輝は目を瞬かせる。

「っ!?」
「ちょ、ちょっとっ! こんな人が沢山いるところで何を言うつもりっ!?」
「あ……ご、ごめん……」
 耳元に寄せられた桃の言葉に周囲の状況を思い出して謝る正輝。
 だが、すでに遅く……
 
「桃〜〜?」
「………ぅ、千津留……」

 クラス1の情報通。
 そして、クラス1のおしゃべり、東間 千津留に最も聞かれてはいけないことを聞かれてしまった。
 
「今、なんだか聞き捨てならないことを聞いたような気がしたんだけど……?」
「き、気のせいでしょ?」
「………みなさ〜ん、桃ってばね〜彼氏とキむぐぅぅっ!?」
「あ、あははははは〜〜なんでもない、なんでもないからね〜〜〜」

 千津留の口を塞ぎながら逃げだし、その場はなんとかそれで誤魔化すことができたのだが……
 
「ね〜ってば〜ねぇねぇねぇねぇねぇ〜〜〜」
 背後に取り憑くようにして延々と聞き続けてくる千津留に、さすがに疲れと苛立ちを隠せない桃。
「それでそれで〜〜? ねぇねぇ、いったいどこまで進んじゃったのよ〜〜ねぇってば、ねぇ〜〜〜っ」
「あぁぁあああああああああっ!! もう、うるさいっ!! 私達がどこまで進んだって、千津留には関係ないでしょ!!」
「……あ〜っ、まさか…もう、人に話せるようなレベルじゃ無くなっちゃったって事なの? そうなの? うわああぁっ、そうなのねっ!!」
「なんでそこまで曲解するのよっ!!」
「ほらほらぁ、言っちゃいなよ〜〜言わないと〜〜あることないことぶちまけちゃうぞ〜〜〜」
「あ、あんたって人はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 さすがにキレかけた桃だったが、その手が千津留に伸びるよりも早く、背後から抱き留められた。
「離してよ! この子だけはぁぁッ!!」
「挑発に乗せられたら駄目だよ。それこそその子の思い通りだからね」
「えっ……」
 聞き覚えのある声に思わず振り返ると、そこには苦笑いを浮かべた正輝の姿が。
 
「ま、正輝くん……」
 一気に耳まで真っ赤になる桃。
 人前で…しかもこんなに大勢居る前で背後から抱きしめられている……
 そんな状況に桃の恥ずかしさは一瞬でMAXを振り切った。
 
「ちょ、ちょっとっ!! こ、こんな人前でっ!!」
「……いいよ、もう気にしないで」
「なっ……そ、そんな事出来るわけ……」
「気にしたってその分噂とか広がるだけだし、だったらいっそのこと、仲の良いとこはっきり見せつけてやればいいよ。桃さんのお姉さん達みたいにね」
「で、でも……っ」
「あんまりにも明け透けに仲の良いところ見せつけられると、何も言えなくなるからね。僕もそうだったし」
 そう言って笑う正輝。
 桃も正輝の言ってることは理解出来る。
 しかし、だからといってこんな突然になんの心構えもなく抱きしめられたりしたら……
 
「や、やっぱりダメ! 恥ずかしすぎるよっ!!」
 慌てて正輝の手を振り解いてその場を逃げ出す桃。
 その顔は耳完全に真っ赤に染まり、瞳は涙で潤んでいる。
「あっ、桃さん!?」
 正輝も急いで後を追う。
 残されたクラスメイト達はその様子をあっけにとられて見送るしかなかった…
 
「はぁ……はぁ………桃さんっ!」
 一気に屋上まで駆け上がってきた正輝。
 それ程運動が得意ではない彼には少々きつかったのか、肩で息をしている。
 そして扉を開けた先……
 
 そこにはフェンスに縋り付くようにしてじっと校庭の方を見つめている桃の姿があった。
 
「桃さん…」
「……正輝……くん……」
「ごめん…怒った……よね?」
「……どうして…いきなりあんな事したの……?」
 正輝の問いには答えず、桃は校庭を見つめたまま聞き返す。
 
「……はっきりさせたかったんだ…僕の気持ちを」
「正輝くんの……気持ち?」
 ようやく振り返った桃の瞳は、涙が今にも溢れそうになっている。
「…誰の前に立っても、桃さんを思う気持ちが絶対に揺るがないって……桃さんのことを誰よりも愛してるんだ…って」
「正輝くん……」
「初めてキスした時……僕が桃さんのお父さんの前であんな事を言ったから…桃さんも嫌だって言えなかったんじゃないか……って不安になって…」
 そう言って俯く正輝に桃も視線を俯かせていたが、やがて……
 
「………ねぇ、正輝くん……」
「えっ……?」
「キス……して……」
「――っ!?」
「……お願い……」
 不安に揺れる桃の瞳。
 その言葉に、正輝は少し躊躇いながらも頷いた。
「…う、うん……わかった……」

 寄り添い合う二人。
 桃の腕が正輝の首に回され、正輝の腕も桃の背中に回される。
 吐息のかかる距離で見つめ合い……そして……
 
「ん……っ……」

 微かに零れる桃の吐息。
 触れ合った唇の温もりを感じ、ゆっくりと唇を離した。
 
「……2回目…だね……」
「そうだね…」
「…聞かない……の?」
「えっ?」
「なんで、キスしてって言ったのか……」
「……今キスして、わかったよ」
「そう……?」
「これが桃さんの返事……だよね?」
「……ふふっ………ん、正解」

 そう言って微笑む桃。
 正輝もそれに応えるように笑う。
 
「私、どんな理由があったって、本当に好きな人以外とキスなんてしないから………ね」
「そうだよね……不安になってた僕が馬鹿だったよ」
「うん……ばかだよ……」
「ごめん…」
「ばか……」

 呟きながら、3度目のキスを交わし…
 と、その時……
 
「わっ、押すな押すなっ!!」
「ちょっ、やっ、だめっ!!」
 突然の扉の方からの物音に慌てて正輝から離れる桃。
 その直後、開け放たれた扉からクラスメイト達がどさどさっと溢れてきた。
 
「……………」
 声もなく近づいていく桃に、ジリジリと後退るクラスメイト達。
「………あ……あは……はは……お邪魔……みたい……ね?」
「なんで、ここにいるわけ?」
「え、えっと、それは……」
「ず〜〜っと……見てた……わけ?」
「あ、その、も、桃、あのね、別に私達、貴方達の邪魔をしようなんて……」
「そ、そうそう、ただ、なにか面白いものが見られ……ぐぇっ!?」
「な、なんでもない、なんでもない! い、いや、ほんと、な、なんでもないから……」
「……覗いてたんだ……私達の……事……」
「う、うぁ………あの……えっと……し、しっつれいしました〜〜〜っ!!」
 脱兎の如く逃げ出すクラスメイト達の背中に、桃の声が突き刺さる。
 
「あ、あんた達ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! 絶対ぶっ飛ばすッッッッ!!」

 屋上からクラスメイトを追って走り去っていった桃を見送って、苦笑する正輝。
 
「……この分じゃ…当分言えない……かな……」
 呟いて空を見上げる。
 流れていく雲を見つめながら、誰に言う出もなく再び呟く……
 
「卒業したら……結婚しよう………って……」

 その言葉は風に溶けて流れていく…
 いつか、桃の耳に届くその日まで……
 


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