狂科学ハンターREI SS
短冊に願いを込めて

by Sin


 7月7日…
 七夕のこの日、玲は桜と共に、待ち合わせの場所へと急いでいた。
「桜さん、大丈夫? 疲れたなら休もうか?」
「ン、まあ、ちょっとは…けど、みんなを待たせちゃ悪いし、着いてからゆっくり休ませて貰うね」
「無理はしないでよ」
「うん、心配してくれてありがとっ、玲くん」

 微笑んで答える桜。
 そのお腹はすでにハッキリと目立つほどに大きくなっている。

 予定日まで後一月。
 流石に元気が取り柄の桜であっても、この身体で動き回るのは少々辛い。
 軽く息を荒げながら歩く桜を、玲が心配そうに支えた。

「やっぱり、今の身体だとかなりきつそうだね…日差しも強いから…」

 心配げな玲に、微笑んで答えようとした桜だったが……

「あ……っ」

 突然、意識が遠くなってふらりと倒れかけた。

「桜っ!?」

 慌てて支える玲の腕に縋ってなんとか転倒は免れた桜だったが、顔色はあまり良くない。

「無理するなって言ったのに…」
「あはっ……ごめん……でも……」
「ん?」
「……玲くん、今…私の事、『桜』って呼んでくれたね…」
 そう言って本当に嬉しそうに微笑む桜に、玲の顔が真っ赤になる。

「あ、えっと……それは……」
 恥ずかしさのあまり、しどろもどろになる玲。
 その腕に桜はそっと腕を絡めた。

「……また倒れちゃったらいけないから…ちょっと暑いけど、いいよね?」
 微かに頬を赤らめて言う桜に玲は微笑んで頷く。
 寄り添いあったまま、2人は約束の場所へと急いだ。


 やがて、玲達が待ち合わせ場所に着くと、そこにはアリシアやタケル、月形にリタ。それに龍華達、華燈籠の面々の姿もあった。

「おそ〜い、玲!」
「ごめんごめん」
「桜、そのお腹…随分大きくなったわね。まだ動き回ってても大丈夫なの?」
「うん、平気平気」
「よく言うよ、ついさっきも倒れかけたじゃないか。あんまり心配させないでよ、桜さん」
「ええっ、大丈夫なの?」
「ちょっと暑さ負けしちゃっただけだよぉ…でも…心配してくれてありがと、玲くん。龍華もね」

「玲さん、お久しぶりです」
「やっほ〜玲くん、おひさ〜」
「お久しぶりです、理穂さん、香蘭さん。あの時はどうも」

 かつて、リビティナ女大公との決戦の折、片やあらゆる乗り物を乗りこなす手腕を持って玲達を救い、片や虫を操る術を持って龍華の手助けをしてくれた2人だ。

 あれ以来会う機会もなく、久々の再会になる。
 懐かしさに弾む話は取り留めなく続き…

「まあ、積もる話は後にして…とにかく2人とも中へ」

 至極尤もな龍華の言葉に、反対するものは誰もいなかった。


「それにしても、桜ちゃんが妊婦さんかぁ…あの頃は想像もしなかったわね」
 部屋に落ち着き、延々と昔話に花が咲いている中で、ふと香蘭が呟いた。

「あ、あはは…私もまさか出来るなんて思わなかったのよね…」
 たった1度の行為。
 それが玲と桜にとって運命の分かれ道だった。

 捨てられていた赤ん坊を拾って、育てながら玲と共に過ごした数ヶ月。
 結局その赤ん坊、春美は本当の親に帰す事になったのだが、今まで共に過ごした数ヶ月を失った事があまりにも寂しくて…2人きりで過ごしたその夜に、玲と桜は初めての愛を交わした…

 そして……

「妊娠したって分かった時、どんな気分だった?」
 女性達の視線が集中する中で桜は頬を赤らめて、こほんっ、と咳をすると、ポツリと呟いた。

「……怖かった…」

「えっ?」
 思わぬ言葉に、戸惑いの声が漏れる。

「……そりゃあ…大好きな人の子供だから……嫌じゃなかったけど…だって、突然だよ!? 覚悟も何にも出来てない時に、この身体の中に、もう一つの命が宿った……なんて……」
 俯く桜の肩をそっと玲が抱きしめる。
 その温もりに微笑んで、そっと手を重ねると桜は再び口を開いた。

「でもね…それから少しして…玲くんにそのこと話したら…全部責任取るから、側にいて欲しい…って言ってくれたの……」

 桜の言葉に、女性達の歓声が上がる。
 その視線に晒された玲は、頬を掻いて照れ笑いしていた。

「だから…だから今はすごく嬉しい。大好きな玲くんの子供を宿す事が出来た事も、その奥さんになれた事も…」
「桜さん…」
「自信を持って、言えるわ。私、今までの人生で今が一番幸せ。これから先も、もっともっと幸せになれるって…信じてる」
 そう言って微笑んだ桜。
 
 その幸せに満ち溢れた笑顔に、その場にいる全員が微笑みを誘われていた。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ……
 やがて日もすっかり暮れてしまった。

「さてと…それじゃあ時間も遅くなってきた事だし…そろそろ……」
 その玲の言葉を、アリシアが遮った。

「ちょっと待って、玲」
「えっ?」
「……実はね、玲達が来る前にみんなで相談してたんだけど……今日って七夕でしょ? みんなで短冊書いて、お願い事しようかなって」
「面白そうだね。桜さん、身体はまだ大丈夫?」
「当然。それに、そんな面白そうな事しないで帰るような奴は江戸っ子じゃないってね」
 その桜の言葉を待ち受けていたかのように、香蘭が背後から大量の短冊を持ち出してきた。

「それじゃあ、みんな書けたら私が預かるわね。全部、華燈籠で竹に飾らせて貰うわ」
 龍華の言葉に、皆思い思いに書き始める。

 そして……


「えっと、じゃあみんな書けたみたいね。それじゃあ……なんて書いてあるのか、発表しま〜す!」
 短冊を集め終わった香蘭は悪戯っぽい笑顔でそう言うと、一枚ずつ読み始めた。

「まずは、月形さんね……」

『一番大切なものを生涯無くさずにいたい』

「うっわ〜、意味深〜っ♪」
「ね、ね、月形さんの一番大切なものって何?」
「やっぱりそれって……」
 集中する視線に、リタの頬が紅く染まる。

「な、な、何言ってるんだよ……別にそんな事書いて……」
 彷徨う視線がふと月形と会ってしまい、2人揃って顔を赤らめた。

「ふふっ、2人とも真っ赤」
「クスクス……じゃあ次は……リタさん」
「ちょ、ちょっと待った!!」
 慌てて止めようとするリタをアリシアがしっかりと抱き留める。

『剛史といつまでも一緒にいたい』

「う〜ん、相思相愛♪」
「ふふっ…なんだか冷房が欲しくなってきました」
 香蘭と龍華の言葉に、リタの顔はより一層真っ赤に染まった。

「じゃあ、次は……あ、龍華ちゃんね」

『素敵な恋がしたいです』

「あはっ、龍華ちゃんらしいね。じゃあ……次……あ、これパス」
「だ〜め。じゃあ代わりに私が……」
「ちょ、ちょっと龍華ちゃん!」
「えっと……」

『素敵な恋人(年下OK!)』

「……え、えっと………」
「つ、次〜〜〜っ! あ、理穂ちゃんね」

『お豆腐屋さんのハチロクに勝ちたい』

「………さすが…って言うのか、なんて言うのか……」
「ネタを知らない人が見たら何の事か全く分からない話ね」
「吉原の走り屋かぁ…なんだか凄いかも……」

「じゃあ、次は……アリシアちゃんね。……えっ、こ、これ……」
「どうしたの?」
「………えっと……じゃ、じゃあ、読むわね」

『タケルくんの子供が欲しい』

 沈黙…
 その内容に、読んだ香蘭は元より、龍華や理穂。
 それに月形達や玲達も完全に固まっていた。

「あ、あはは……照れるなぁ……」

 照れくさそうに笑うタケルに、アリシアも頬を赤らめて俯く。

「さ、最近の子って……進んでるのねぇ……」
 溜息のように漏らした香蘭の言葉。
 それが完全に凍り付いていた場の雰囲気を少し和らげた。

「じゃあ、タケルくんは……」

『アリシア』

「……またストレートな……」
「アリシアちゃんの全てが欲しいって事…かしら…? まぁ…大胆ね……」
 そう言って頬を赤らめる龍華の様子に玲は苦笑するしかない。
 
「それじゃあ……あとは桜と玲さんね。じゃ、まとめて……」

『玲くんと私達の赤ちゃんと3人で幸せになれますように』
『桜さんと生まれてくる子供に永遠の幸せがありますように』

「あら? 玲さんは自分の事は書かないんですか?」
「僕には…もう十分すぎる幸せがあるから…これ以上望んだら、罰が当たりそうで」
「玲くん……」

 見つめ合う玲と桜。
 周りの者達が恥ずかしくなるほどの暖かい雰囲気がその場を包み込む。

 夜はゆっくりと更け…

 それぞれがそれぞれの場所へと帰っていく……

 天の川の下…
 寄り添い合う影がそっと重なり、月の光にぼんやりと浮かび上がっていた…





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