狂科学ハンターREI SS 『それぞれのバレンタイン』
by Sin



 2月14日。
 それは一年でたった1日だけの特別な日。

 恋人達が愛を確かめ合う日・・
 女の子達が、好きな相手に思いを込めたチョコレートを送る日・・。

 そして今日もまた、この街のどこかで恋人達の語らいが・・・


Case.1 玲と桜

 いつものように2人で街を歩く玲と桜。
 すでにつきあい始めて半年になる。

「ねえ、玲くん・・」
「ん、なにかな、桜さん」
「・・・はい、これ」
 照れくさそうに頬を掻きながら小さな箱を手渡す桜。
 戸惑ったように箱と桜を見比べて、「えっと・・?」と玲が聞くと、
「チョコレート。一応・・手作りだから・・」
 そう言って、桜は頬を染めた。
「あ、バレンタインかぁ・・ありがとう、桜さん。後でゆっくり頂くよ」
「うん」
「それじゃ、次はどこに行こうか?」
「・・・玲くんの好きなところでいいよ・・」
 腕を絡ませて、なんとなく意味深な視線で見つめてくる桜に、玲は苦笑。
「じゃ、行こうか」
「うんっ」
 嬉しそうに微笑む桜。
 やがて2人の姿は夜の銀座に消えていった。


Case.2 タケルとアリシア

 いつものように『HIME』で留守番をしているアリシア。
 そこにはこちらもいつもの如く、タケルの姿もあった。

「タケルくん、ちょっと・・いいかな?」
「え、なに?」
 テレビに笑い転げていたタケルがアリシアの声に振り返る。
「その・・えっと・・ね。これ・・受け取ってくれる?」
「・・?」
 恥ずかしそうにアリシアが手渡してくる小箱。
 だが、タケルは首を傾げるだけで受け取ろうとはしない。
「えっと・・・バレンタインの・・チョコ・・なんだけど・・」
 なかなか受け取ってくれないタケルに不安になってそう言うが、タケルはやはり首を傾げている。
「バレンタイン?」
「・・・知らない?」
「知らないよ」
 その答えに思わずアリシアは溜息。
「・・・バレンタインデーって言うのはね、女の子が好きな男の子にチョコレートにその思いを込めて贈る日なの」
 頬を赤らめて説明するアリシア。
 いつものようにタケルは何度も頷いて聞いていた。
「へぇ・・そうなんだ・・・あ、って事は・・」
 見る見る内にタケルの顔が赤くなる。
「受け取って・・くれるよね?」
「も、もちろんだよっ!! アリシアのくれたチョコかぁ・・わっはぁっ!」
 飛び上がって喜ぶタケルに、アリシアは照れくさそうに頬を染め、微笑んだ。
「これからも・・ずっと側にいてね・・タケルくん」
 隣に座ったアリシアはタケルの手にそっと自分の手を重ねてそう言うと、ゆっくりと瞳を閉ざす。
「あ、え、えっと・・・」
 恥ずかしげに視線を彷徨わせていたタケルだったが、やがて同じように瞳を閉ざすと、そっと唇を重ねた。


Case.3 月形とリタ

「月形」
 戦史研の建物から出てきた月形に、唐突に声がかけられた。
「ん?」
 振り返ると、そこには珍しくめかし込んだリタの姿が。
「リタか。どうした?」
「・・ちょっと・・時間、いいかい?」
「ああ、かまわん」

 そう答えた月形を連れて、リタは人気の少ない公園へとやってきた。
 
「それで・・なんだ?」
「あ、あのさ・・桜に聞いたんだけど・・今日ってバレンタインデーって言うんだろ?」
「・・・らしいな」
 何を言いたいのかわからず、訝しげな様子の月形。
「それでさ・・その・・・あたしらしくないんだけど・・これ・・あんたに・・」
 そう言って大きな包みを渡してくるリタに月形は一瞬戸惑った表情を浮かべたが、「ひょっとして・・チョコレート・・か? 気持ちは嬉しいが、俺は甘い物は・・」

「いや、あんたが甘い物は苦手だって聞いてたんで、特大のハンバーグにしておいたよ」
 そう言って苦笑するリタに月形も苦笑い。
「これは食い応えがありそうだな。有り難く頂くぞ」
「ああ。あたしの手作りだ。味わって食えよ」
「わかっている。疎かにはしないさ」
 月形はそう言うとリタをひょいと抱き上げた。
「こ、こら、なにを・・」
 真っ赤になって戸惑うリタ。
「今日はこの後暇か?」
「あ、ああ、暇だけど・・」
「・・しばらく付き合え。たまには2人で飲むのも悪くないだろう」
 そう言った月形の頬が少し赤い。その様子にリタは意地悪く笑うと、わざと身体を押しつけるようにして抱きついた。
「リ、リタ!?」
「・・なら、あんたの部屋に・・ゆっくり2人で飲もうよ・・夜はまだまだ長いんだからさ・・」
 微笑んでそう言うリタに、月形は顔を赤くしていたが、やがて強く抱き寄せると僅かに口元を緩ませて頷く。
 2人の夜はまだまだこれから・・


Case.4 オーギュストとモニカ

「ご主人様、お飲み物をお持ちしました」
「ああ、ありがとう、モニカ」
 そう言って受け取ったオーギュストだったが、ふとカップの横に添えられた二つのチョコレートに気がついた。

「おや? モニカ、これは?」
 そう問いかけられて、モニカは珍しく微笑みを浮かべる。
「今日は、バレンタインですから・・ご迷惑でしたか?」
「いや、ありがたく貰うよ、モニカ」
「受け取って頂けて、嬉しいです。ご主人様」
 微笑むモニカにオーギュストも満足げな表情を浮かべてゆっくりと休息を楽しんだ。


Case.5 桃のバレンタイン

「扇せんぱ〜い、これ、受け取って下さい!」
「桃ちゃん、はい、これ。受け取ってね」
「桃お姉さま、受け取って下さい」
いつものように次々と、女の子達からチョコレートを手渡される桃。

「相変わらず凄いわねぇ、桃。モテモテじゃない」
「女の子にもてても嬉しくないよ〜」
 苦笑して言ってくる友人に、そう答えると、鞄の中に目一杯詰まった溢れんばかりのチョコレートの山に桃は大きく溜息をついた。
「はぁ・・これ、また全部片づけないといけないのよね・・太らないように気を付けないと・・」
「そう言って、全然太らないのが凄いよねぇ。ほんと羨ましい」
「・・・少しは・・胸の方に行ってくれてもいいのにね・・」
「えっ、なんか言った?」
「別に・・」
 結局、放課後になる頃には、どんどん膨れ上がったチョコレートの数で、すでに桃の両手はいっぱいだった。
「はぁ・・今頃お姉ちゃんは姫城さんと楽しくやってるんだろうなぁ・・私も早くあんな相手が欲しい・・」
 今日何度目になるのか・・再び大きな溜息をつく桃。

「桃ちゃ〜ん、私の思いを受け取って〜」
 再びかけられる声に桃は脱力。
「もう・・ほんとなら私が男の人にあげる日のはずなのにぃ・・」
 そんな桃の様子に笑っていた友人だったが、更に増えそうなその人数に顔を引きつらせる。
「私にだって・・好きな人作る時間くらいちょうだいよ〜〜!!」
 桃の叫びが、日暮れ時の町並みに虚しく響くのだった。

Case.6 龍華のバレンタイン

「あれ、龍華ちゃん。それ、ひょっとしてチョコレート?」
 小さな包みとにらめっこしながら悩んでいた龍華は、急にかけられた声に驚いて振り返った。
「あ、香蘭ちゃん。なにかしら?」
「その包み、チョコレートなんじゃないの?」
「・・・ええ。でも・・」
 そう言って目を伏せる龍華。
「渡さないの? 誰なのかはわからないけど・・」
 聞かれて、龍華はしばらく悩んでいたが、やがて「もう、相手が決まっている人に渡すのって・・いい事なのかしら・・」と聞いた。
「ひょっとして・・本命?」
「・・義理でこんな物作ったりしません・・」

 ギュッと包みを胸に抱いて応える龍華に、香蘭はパッと表情を輝かせた。
「うわぁ、お手製なの?」
「気持ちを込めるなら・・既製品では・・」
「うわ、かなり本気みたいね。で、誰なの、龍華ちゃんがそこまで入れ込んでる相手って」
 聞かれて、龍華の頬が真っ赤に染まった。
 照れくささを隠すかのように、もじもじと指先で包みを玩んでいる。
「ひょっとして・・姫城くん?」
 その瞬間、龍華の顔が一面真っ赤に染まった。
 湯気でも噴き出しそうなその表情に、思わず香蘭は苦笑する。

「へぇ・・あ、でも・・彼には・・」
「ええ、桜がいますから・・できれば・・もっと早くお会いしたかった・・桜と知り合うよりも・・もっと前に・・」
 愁えた表情で包みに目を落とす龍華。
 うっすらと浮かんだ涙が、今にも溢れそうになっている。

 しばらくその様子を見つめていた香蘭だったが、やがて「・・・龍華ちゃん、せめて、渡すだけでも渡したら?」そう言ってそっと龍華の肩に手を添えた。
 躊躇うように「ですけど・・」と言う龍華だったが、香蘭は「気持ち、整理付ける為にも、区切りは付けておかないと・・ね」そう言ってクシャクシャと龍華の髪を撫でつける。

 そのまま悩んでいた龍華だったが、しばらく考えた末に、「・・そうですね・・もう、一日遅れになってしまいますけど・・明日にでも・・」と答えた。
「お気張りなさいね」
「はい。・・・今日は・・できればお客さんをとらないで済むといいんですけど・・」
「少しでも綺麗な身体で彼に会いたい?」
 そう言って苦笑する香蘭。
 龍華も「・・気にする人ではないんですけど・・」と言うと、同じように苦笑した。
「でも・・やっぱりお仕事ですし・・こんな事言っていてはいけませんわね・・」
「・・・いいよ、今日は龍華ちゃんはお客とらなくても」
「えっ・・?」
「もともと『松の位』龍華が、ポンポンお客とるなんてあり得ないんだし。だから、今日くらいは全部断ってもいいよ」
「香蘭ちゃん・・ありがとう・・」
 龍華は、そう言うと瞳を潤ませて頭を下げた。

 そして明くる日・・

「玲さん・・せめて・・私の気持ち・・知っていて下さいね・・」
 愛する気持ちをただただ込めて・・
 龍華は小さな包みを玲へと手渡した。

 答えがどうなるか始めから分かっていた。
 それでも、その想いを伝える事ができた事に、龍華は幸せを感じていたのだった・・


 幾千、幾万の想いが交差し、それぞれの物語を紡ぎ上げていく。
 時に悲しみ、時に喜び・・そうしてこの街のバレンタインもまた過ぎ去ってゆく。

 いくつもの思い出と共に・・







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