狂科学ハンターREI SS 『桜の育児日記』 第4話
by Sin



 あの、桃と出会った日から3日後…。

 玲と桜は再び春美を連れて、買い物に出ていた。
「それにしても、こんなにオムツとかミルクが無くなるのが早いなんて思わなかったねぇ、玲くん」
「ほんとだね。子供を育てるのが、こんなに大変だなんて思わなかったよ」
「玲くんってば、すっかりお父さんしてるもんね」
「そういう桜さんだって、あれ以来ずっと家に泊まりこんで春美の世話してくれてるじゃないか。まるでお母さんみたいだよ」
「じゃあ……やっぱり…夫婦……みたい…かな…? 私と玲くんって……」
 照れくさそうに上目遣いでそういう桜に玲も苦笑いしながら、かもね。と言っていた。


「それにしても……」
 ふと、玲が何かを思い出してクスクス笑い始めた。
「なによぉ、思い出し笑いなんてしてぇ」
「あはは、ごめんごめん。つい、昨日の事思い出して」
「あ、あれは忘れてよねっ! もう……恥ずかしいなぁ…」
 そう言って、顔を赤らめる桜。

 先日、春美を風呂に入れていた桜は、つい長湯してしまって、ふと気がつくと春美はぐったりとしている。大慌てになった桜は、自分がどんな格好をしているのかも忘れて、風呂場を飛び出してしまったのだ。

「いくら春美の事で慌ててたからって、素っ裸で飛び出してくるんだもんなぁ」
「だ、だから忘れてよぉ! も、もう、だって、いきなりぐったりするんだもん……すごく心配したんだから
……」
「アリシアの方が慌ててタオルを持ってきたくらいだし」
「あは……あの時始めて自分の格好に気づいたんだもんね…」

 当然、自分の格好と玲の赤くなった顔を見比べた直後、桜は大慌てで風呂場へ飛び込んだ事は言うまでも無い。
 そのときの事を思い出した桜は、耳まで真っ赤になった。

「あはは、桜さん、真っ赤だよ」
「玲くん!」
「あぅ? だぁ……」
 不思議そうに春美が桜に抱きついたその時だ。

「桜っ!」

 不意にかけられた声に桜が振り返ると、そこには一人の職人風の男が立っていた。
「げっ!? お、おや……」
 一気に顔色を変える桜をいぶかしげに見ていた玲だったが、次の瞬間、男が桜に手を上げようとしているのを見て、間に割って入った。
「いきなりなんですか、あなたは!」
「やかましい! 親子の間に口出すんじゃねえっ!」
「え? 親子?」
 怒鳴りつける男に唖然とした玲が桜と顔を見合わせると桜は嫌そうに頷いた。

「分かったらさっさとどきやがれ! 桜! この親不孝もんのあばずれがっ! 勝手に家出しやがったと思ったら、今度はガキこさえてやがっただと! もう勘弁ならねえ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ちょっとは私の話も…」
「てめえの言い訳なんざ聞く必要ねえっ!」
「待って下さいっ! この子は桜さんの子供なんかじゃありませんよっ!」
 だが、その桜の父親は完全に頭に血が上っているのか、玲の言う事を全く聞こうともしない。

「んだとぉ? じゃあ、てめえの子供だってのか!? あぁ、そういや桃の奴が、やたらときれいな男と桜がガキ作ってやがるって言ってたな。てめえがこいつを傷もんにしやがったって訳かい!」
「いい加減にしてよ! 玲くんとはそんなんじゃない!!」
「じゃあどんなんだってんだ! やることやってるからガキなんざ仕込まれるんだろうが!!」
「そうじゃないって言ってるでしょ!」
「大体そのガキが何よりの証拠じゃねえかよ!」
「だからこの子は……」
「さっきからてめえらが『おとうさんみたい』だとか『おかあさんみたい』だとか、のろけてやがったのを見てんだよ! いい加減に…」

「いい加減にしろっ!」

「な、なんだぁ?」
「れ、玲くん……」
「さっきから聞いてれば言いたい放題…少しは桜さんの話も聞いたらどうなんだ! それでも父親なのか!!」
 男のあまりに身勝手な態度に、かつての自分の父親の姿を思い出したのか、玲の瞳は青く透き通り、周りには冷気が舞い始めた。
 玲の怒りのスイッチが入りかけているのだ。
「だ、ダメッ、玲くん! 今力を出したら、春ちゃん凍えちゃうよ!」
 そう言って春美を胸にしっかり抱きしめる桜。

 ふと玲が見ると、春美の唇がかすかに震えている。
 慌てて玲は自分の中の力を押さえ込んだ。
「な、なんだったんだ、今のは……」
 男がふと足元に目をやると、この周囲だけ、まるで霜が降りたかのように真っ白になっていた。
「こ、こいつは……」

「親父、ちょっとは私の話も聞いて。この子、捨てられてたの」
「な…んだと?」
「彼は、姫城 玲くん。この子が捨てられてたギャラリー『HIME』のオーナーで、私の大切な友達よ」
「姫城 玲です」

「ム…扇 松五郎だ。しかし、捨て子だと言うなら、どうしてお前たちが育てている? 警察に任せれば
いいではないか」
「警察には行ったんです。でも…」
 そう言って玲はそのときの事をありのままに話した。
 途中、桜がつらそうに目を伏せたが、そっと玲が手を握ると桜は春美を抱きしめて微笑んだ。

「そうか……そういう理由だったか……」
「僕達に子供を育てられるなんて思っていません。ただ、せめてこの子の本当の親が見つかるまでは、僕達で守ってあげたいんです」
「……すまねえな、桜。お前の話も聞かねえで、勝手に思い込んで怒鳴っちまった」
「え、あ、う、うん」
 
 父に謝られるなどとは夢にも思っていなかった桜は戸惑った様子で頷いた。
「姫城…とか言ったな。桜の事、頼むぞ」
「え?」

「いいな!」

「は、はい」

「桜っ!」

「は、はいっ!?」
「たまには顔見せに来い。母さんや桃はお前に会いたがってる」
「う、うん」
「早いこと、そいつの親見つけてやれ。じゃあな」
 そう言うと松五郎は唖然とした二人を置いて銀座の町へと消えていった。




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