狂科学ハンターREI SS
恋模様は桃色に(後編)

by Sin


 ――放課後。
 
 授業終了と共に教室のあちこちがざわめき始める。
 いつもなら部活に向かう桃だが、桜が入院してからは週に二度、見舞いの為に休みを取っていた。
「あれ、桃〜部活休むの?」
「うん。今日はお姉ちゃんのお見舞いに行くから」
「あ、桃のお姉さんって入院してるんだっけ。そういえば聞いた事無かったけど、どこが悪いの?」
「…悪いっていうか……えっと…ね。臨月だから……」
「臨月……って!? 桃のお姉さん、赤ちゃん産まれるの!?」
 その言葉に、教室内に残っていた生徒達が一斉に注目する。
「ちょ、ちょっと、声が大きいって!」
「だ、だって……」

 慌てて止めた桃だったが、時すでに遅く……
 
「桃のお姉さんって結婚してたんだ!? ……してる? してるよね?」
「ね、ね、お義兄さんってどんな人!? かっこいい?」
「赤ちゃんって男の子? 女の子?」

 完全に周囲を取り囲まれて質問攻めに会う桃。
「わ、ちょっ、退いてよ、急ぐんだから!」
 なんとか逃れようとするが、なかなか抜け出せない。
 それどころか、迫ってくるクラスメイトから逃れようとして誰かの足につまずき、尻餅をついてしまう。
「痛〜っ……もう、いい加減にしてよ〜」
 涙目で抗議しても騒ぎが収まる様子はない。
 だが、その時……
 
「ちょっと、退いてくれる?」
 人垣の外から聞こえてきた声に、自然と静まるクラスメイト達。
 その中をかき分けるようにして桃の傍にやってきたのは……
「大丈夫?」
「ま、正輝くん!?」
 ヒロインのピンチに現れるヒーローのような彼の登場に、思わず桃の頬が赤くなる。
 周囲からも「お、彼氏登場〜」と言った声が上がっているが、今の桃には全く気にならない。
「ほら、立てる?」
「う、うん」
 手を貸して立たせてくれる彼の姿は、いつもよりもずっとたくましく、格好良く見えて……
 いつしか桃の胸は激しく高鳴っていく。
 そんな2人を囃し立てるクラスメイト達に、正輝は…
「盛り上がってるところ悪いけど、彼女、今日は僕と約束があるから」
 そう言うと桃の手を引いて連れ出した。


「あ、あの、正輝くん」
 あの騒ぎを抜け出し、学校を出てからしばらくして桃が呼び止める。
「えっ?」
「……その……」
 うつむき、恥ずかしそうに一点を見つめる桃の視線に、正輝もその視線を追って……真っ赤になって慌てて手を離した。
「あ、ご、ごめん!」
「う、ううん! べ、別に……嫌じゃない……から……」
 恥ずかしさのあまり、黙り込んでしまう2人。
 
「「あのっ」」

 必死に何か話しかけようとして……全くの同時だった。
 
「桃さんから」「正輝くんから」

 また同時。
 
 気まずくて真っ赤になったまま俯いてしまう。
 そして……
 
「正輝くん……」
「えっ?」
 恐る恐る呟くように言って、今度は重ならずにすんだ。

 思わずほっと溜息を漏らす。
 
「さっきは……ありがとう……」
「う、ううん。大したことないよ」
「……凄く……ね。カッコ……良かった…よ」
 そう言うなり、桃は真っ赤になって俯いたまま歩き出す。
 正輝はしばらく呆然としていたが、やがて照れくさそうに頬を掻くと、桃の後を追っていった。
 

「あ、そう言えば、桃さんの家に……行くのかな? だったら何かお土産……」
「ううん、家には行かないの」
「えっ?」
「お姉ちゃん、入院してるから……」
「入院……?」
 怪訝そうな顔をする正輝に、桃は悪戯っぽい顔をして告げた。
 
「うん。実は……ね。今月、産まれる予定なの」
「産まれ……? って、赤ちゃん!?」
「普通、産まれるって言ったら他にある?」
「い、いや、それは……そうだけど……」
「そんなに大きく年離れてないんだけどね……色々かなり差をつけられちゃってるなぁ……まあ、でも……」
「え?」
「彼氏もできたし……慌てなくても……いいよね……」
「桃さん……?」
 独り言を呟いていたのをじっと見つめられて、真っ赤になる桃。
 
「あ、あははっ、な、何考えてんだろ、私。と、とりあえず、お見舞い買っていこう」
「う、うん……」
 結局それ以上聞けず、桃に手を引かれるまま、近くの青果店へと向かう事となった。


 やがて病院にたどり着く桃達。
 だが、待っていたのは桜だけではなかった。
 
「姉さん、具合ど……」
「あら、桃」
「あ、桃さん。いらっしゃ〜い」
 扉を開けた先にいたその姿に、桃の足が止まる。
「アリシアちゃん!? き、来てたの!?」
「うん。タケルくんも一緒♪」
「こんちわっ!」
「あ、タケルくん。こんにちは。アリシアちゃんってば彼氏つきでお見舞い?」
「えへへ……あれ? そう言う桃さんこそ、後ろの人、だ〜れ?」
 その言葉に、桃の顔が真っ赤に染まる。
「え、えっと……その……」
「あらっ、早速連れてきたわね。どうぞ、入って」
「は、はい。失礼します」
 
 桜の声に緊張した表情で病室に入ってきた正輝は、ベッドの前に立つとかちかちに固まったままで挨拶した。
「は、初めまして。神谷 正輝です」
「こちらこそ初めまして、神谷くん。妹がいつもお世話になってるわね。姉の桜です。こんな格好でごめんなさいね」
「い、いえ、こっちこそ今が一番大変な時期なのに、突然すみません」
「気にしないで。それに私が連れてくるように言ったんだもの」
「は、はい」
 緊張しながらもハキハキと答える正輝の様子に、桜も好感を持って微笑む。
 
「――桃」
「な、なに?」
「優しそうな子ね。いい人見つけたじゃないの」
「う……うん……♪」
 桜に言われて桃は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
 と、その時……
 
「随分賑やかだね」
 唐突に背後からかけられた言葉に、慌てて振り返る桃。
「やあ、桃ちゃん。いらっしゃい」
「れ、玲さん……あ、こ、こんにちは」
「こんにちは。あれ? そっちの子は?」
「あ、初めまして。神谷 正輝です」
「初めまして。えっと……桜の知り合い?」
「桃の彼氏だって」
「へぇ〜そうなんだ。いい人見つけたね、桃ちゃん」
 そう言われて、桃は頬を真っ赤に染める。
「よろしく、神谷くん。僕は桜の夫で、姫城 玲です」
 そう言う玲に続いて、アリシアも挨拶を交わす。
「私、アリシア。玲の妹なの。こっちはタケルくん」
「よろしく〜」
「タケルくん、アリシアちゃん、こちらこそよろしく」
 さっとかがみ込み、2人と同じ視線で挨拶を交わす正輝の様子に、玲は感心したような表情を浮かべた。
 
 それからしばらくの間、学校での事などを苦笑混じりに話す桃。
 やがて部屋の中が暗くなってきた頃、ふと心配気に桃が桜に話しかけた。
「それにしても、そろそろ予定日過ぎるよね? 大丈夫なの、お姉ちゃん?」
「ん、さっきその事で玲くんに話してたみたいだけど……」
「ああ、聞いてきたよ」
「それで、なんて言われたの?」
「後1週間以内に産まれない時には、帝王切開で出産するようにしないと、母体が危ないって……」
 その言葉に、顔色を変える桜。
 しばらくゆっくりと膨らんだお腹を撫でていたが、やがてポツリと呟いた。
 
「……そうなんだ……でも…やっぱりちゃんと普通に産んであげたいな……」
「そうだね。とにかく、いつ陣痛が起こってもおかしくないから、常に安静にしていてって言ってたよ」
「ん、わかった。玲くん……ごめんね」
「えっ……?」
「だから……」
 そっと何かを玲に耳打ちする桜。

「…仕方ないよ。それは…ね。また、この子を産んで落ち着いてから考えよう」
「うん。そうだね」
「少し疲れたみたいだね。大丈夫?」
「ん……ちょっと疲れたかな……はぁ……運動不足ね……」
「産まれたら、一緒に泳ぎに行こうか」
「うん……楽しみ……じゃあ……ちょっと寝るね」
「ゆっくり休みなよ、桜。傍にいるから」
「ふふ……うん……桃、また今度ゆっくり……ね。じゃ……お休み」
「お休み、お姉ちゃん」
 そう答えた桃に優しく微笑むと、桜はゆっくりと目を閉じた。
 やがて寝息を立て始めた桜の様子を見つめていた桃は、しばらくすると正輝と連れだって病室を出る。
 
「それじゃあ、玲さん。私達そろそろ帰りますね。姉さんの事お願いします」
「ん、また何かあったら連絡するよ。2人とも気を付けて」
「はい。それじゃ」
「あ、神谷くん」
「はい?」
「桃ちゃんの事、これからもよろしくお願いします」
「はいっ」
 はっきりと返事した正輝の姿に、頬を赤らめる桃。
 来る時よりもずっと近くに寄り添った2人の姿を、月の光が優しく照らしていた…


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