狂科学ハンターREI SS
恋模様は桃色に(前編)

by Sin


「はぁ……どうしよう……」
 桃は机に突っ伏して誰にともなく呟く。
 それというのも、昨日…
 
 
 いつものように見舞いに来ていた桃。
 花瓶に花を生けていたその背中に、桜の声がかかった。
「ねぇ、桃?」
「ん? 呼んだ?」
 手を止めないまま振り返る。
 だが……
「………好きな人、できたでしょ?」
「―――っ!?」

 思わぬ一言。
 慌てた拍子に花瓶がひっくり返り、桃は中の水を思いっきり被ってしまう。

「きゃっ!?」
「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
「あ〜やだ、びしょびしょ……」
「もう、なにやってるの。仕方ないわねぇ」

 そう言うと、桜はナースコールを鳴らした。
 
『はい。姫城さん、どうしました?』
「すみません、花瓶の水が零れてしまって……」
『あ、はい。すぐ行きますのでそのまま置いてて下さいね』
「お願いします」

 しばらく待つと、モップを持った看護婦が病室に入ってくる。
「お待たせ、姫城さん……って…あらら? 妹さん、水被ってしまったみたいね」
「こっちもお願いできます?」
「ええ、任せて。じゃあ……え〜っと、姫城さんの妹さん?」
「あ、桃です。扇 桃」
「扇? ……ああ、そう言えばお姉さんは結婚しているんですものね。じゃあ、扇さん、ちょっと待っててね。ここ片づけたらすぐにシャワーに案内するから」
「すみません……」
「いいのよ。気にしないで」

 恐縮しっぱなしの桃だったが、不意にさっきの桜の話を思い出した。
「そう言えば! お姉ちゃんが変な事いきなり言わなかったら、こんな目に遭わなかったんだよ〜!」
 思わず愚痴る桃。
 しかし、それが裏目に出てしまう。
「ああ、そうそう。桃、あんた彼氏できたんじゃない?」
「な―――っ!? そ、それは……そのっ……」
 藪蛇に気付いたがすでに遅く、桜の視線を逸らす事はすでに不可能だった。
 無意識に頬が赤くなる。
 脳裏を過ぎるのはつきあい始めたばかりの恋人の笑顔。
 思い出すだけで、胸が高鳴って……
 
「ふふ、やっぱりね」
「そうなの!? うわぁ、おめでとう」
 看護婦にまで祝福されて、桃はあまりの恥ずかしさにすっかり涙目になっている。
 
「え、えっと、その、それは……」
「どんな子? スポーツマン? それとも……」
 色々と質問をぶつけてくる姉に、桃は完全にペースを握られてしまった。
 逃げようにも逃げ間のないこの状況。
 さて……どうやって逃げようか……と、桃が思案していたその時。
 
「今度来る時、連れてきなさいよ」
「―――っ!? な、なんでっ!?」
 突然の言葉に、声が裏返ってしまう桃。
「え〜? お姉ちゃんに紹介出来ないような人なのかなぁ?」
「そんな事ないよっ!」
「じゃあ、今度連れてきなさいね。約束。うん、決まり」
「ちょ、ちょっとま……」
「楽しみにしてるからね、桃」
「お、お姉ちゃん〜っ!!」

 結局そのまま押し切られ、連れて行く約束をさせられてしまう。
 なんとか逃れられないかと迷いに迷っても答えは出ず、そして翌日……
 
「正輝くんに、なんて言えばいいのよ〜」
 机に突っ伏したまま、愚痴る桃。
 ちょうど其処へクラスメイトの香織が通りかかった。
 
「桃、ど〜したの?」
「―――っっっっ!?」
 考え事をしていて周りが見えてないところに加え、いきなり背後から抱きつかれて声もなく硬直する桃。
「その慌てよう……あ〜さては、愛しの彼の事考えてたなぁ〜」
「え……ち、ちがっ、違うっ!!」
「はぁ……熱い熱い……あ、ひょっとして……『今日、私の家誰も居ないの。ねぇ……二人っきりで……ねっ?』なんて言うつもりだったんでしょ〜! や〜ん、桃ってば早速大人への階段登っちゃうのねぇ〜」
「な、な、な、何言ってるのよっ!! そ、そんなコトする訳っ!!」
「そして愛を交わした2人はそのまま夜を明かして……ある日突然彼に向かってこう言うの……『できちゃった……』って。ね、そうでしょ? そうでしょ?」
「か、勝手に私の人生決めないでよ!!」
「うふふ〜桃ってば照れちゃって〜♪」
「て、照れてるんじゃないってば!!」

 なんとか香織の妄想を止めようとするものの、それは留まる事を知らない。
 真っ赤になって否定し続けるその様子に教室内のあちこちがざわめきはじめると、さすがに居づらくなって桃は教室を出た。
「もう……なんであんな話になるのよ……」
 廊下を歩きながら、呟く。
「でも…ほんとにどうしよう……」
「何か悩み事?」
「うん…ちょっと困ってて……」
「僕で良かったら相談に乗るよ?」
「え……?」
 何気なく話していた桃だったが、ここに来て違和感に気付き振り返る。…と同時に硬直した。

「やっ、桃さん」
「―――っっっっっ!? ま、ま、まままま、正輝くんっ!?」
 一瞬で火を噴きそうな程に真っ赤になる桃。
「あれ? 顔赤いけど……どうかした?」
「なななっ、なんでもないの!!」
「――?」
 更に耳まで赤くなる桃を不思議そうに見つめる正輝。

「な、なんで正輝くんがここに!?」
「なんでって……僕のクラス、ここだよ?」
 そう言われて大慌てで扉の上を見ると、確かに其処には『3−A』の文字が。
 知らず知らず正輝のクラスに来ていた事に気付き、更に真っ赤になる桃の顔。
 
「……べ、別に深い意味はないの! わ、私がここにいるのは、その、特別な理由があったわけじゃなくって…でも、その……あの……」
「僕に何か伝えたい事があったんじゃない?」
「―――っ!?」

 正輝の言葉に、桃は完全に硬直する。
「え、えっと、その、それは……」
 その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
 
「あっ、もう昼休み終わりみたいだね。それじゃあ、また放課後に」
「正輝くん!!」
 教室へ戻ろうとする正輝に、慌てて声をかけた桃。
「えっ?」
「そ、その……今日…時間……ある?」
「うん、大丈夫だけど?」
「……その……一緒に……行って欲しい所が……あるの……」
「え………っ?」
 桃の言葉に何を想像したのか、正輝の顔が赤く染まる。

「!! ち、違うの! そ、そんな変な事じゃなくって……その…お姉ちゃんが…私に彼氏ができたって感づいちゃって……正輝くんの事を紹介しなさい…って…」
「あ、な、なんだ…びっくりした」
「……って、何処に連れて行くと思ったの……?」
「――っ!? い、言えないよ、そんな事!!」
「……えっち…」
 顔を真っ赤にして呟く桃に、正輝は再び真っ赤になった。

「そ、そんなんじゃ……」
「顔……赤いよ?」
「ぅ……」
 引きつった表情で、赤くなったまま固まってしまう正輝。
 桃はしばらくその表情を見つめていたが、やがて……
 
「ぷっ……」
「…えっ?」
「ぷっ……くく……ご、ごめん…もう我慢できな…あはははっ」
「え、えっと……桃さん?」
 完全に意表を突かれて、正輝は訳が解らずポカンとしている。
「だ、だって、正輝くんってば完全に固まっちゃうんだもん。もう、おっかしくって……」
「酷いなぁ、からかってたんだ」
「違うよ」
「え?」
「………なんだかすっごく恥ずかしい思いさせられたから、お返しだよっ♪」
 そう言って笑う桃に、困ったような照れているような表情で正輝も苦笑した。
 
「……それで…今日……いい?」
「大丈夫だよ。それじゃあ放課後に」
「うん。授業終わったら、また靴箱のトコで待ってるね」
「ん、わかった。あ、桃さんの所、先生来たよ」
「やばっ! じゃあ放課後にね!」
「うん。それじゃ」

 軽く視線を交わして微笑むと、桃は急いで教室へと戻る。
 正輝もその姿を見送って、自分の席へと戻っていった。


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