護くんに女神の祝福を! SS
付き合い始め
by Sin

 いつものように机に向かって日記を開いたとき、ふと目に留まった言葉。

“人生最良の日”

 思い出すあの日の出来事。
 真っ赤になりながら言ってくれた護の言葉…

「僕の恋人になって下さい! 僕は…鷹栖さんが大好きです!」

 今までの人生で、最高に嬉しかった…
 今でも思い出す度に胸が高鳴る。

 でも…

 あれから1週間。

 私達、なんだかぎくしゃくしてしまっている…

「……どうして……うまくいかないの……?」

 誰に言うでもなく呟く。

 あの日、護に告白されて…私達は恋人同士になったのに…

「……なにやってるんだろ……私……」

 溜息。

 いつだって側にいたいのに、色んな事話したいのに…

 いざ護が目の前にいると…言葉にならない…

 話のネタなら、ちゃんと前の日から考えに考えて、いつでも話せるようにしていたはずなのに…どうして護の前では話せなくなってしまうの……?

「情けない……」

 また、溜息……

 最近、そんな事ばかり考えて、殆ど眠れない…

「今日も…また眠れそうにないわ…ね……」

 カーテンの隙間から見える星空に、私ただ溜息をつくだけだった……


 翌朝。

 結局ほとんど眠れなかった私は、眠い目を擦りながら登校した。

 いつものように護を迎えに行って…
 車の中、私と護。それに菊川だけだって言うのに、やっぱりうまく話せない…
 ホントに…じれったい……

 授業なんて、ほとんど身が入らなかった。
 いつの間にか放課後になっていて、仕方がないから生徒会室に向かう。

「いったい……どうしたらいいの……?」

 ふと呟いたその時だった。

「あ、絢子さんも、これから生徒会?」
 呼びかけられて振り返ると、そこには…

「美月…それに」
「絢子、さん…!」
 胸が高鳴る。
 護に名前を呼ばれた……名字ではなく、名前を……それだけの事……ただそれだけの事なのに…

「護」
 声が震える。
 恥ずかしくて…視線が合わせられない…

 ……恥ずかしい……?
 そう…恥ずかしいんだわ……

「こ、こんにちは」
 
 護が突然挨拶なんてしてくる。
 朝も昼も会ってるのに、何で今更……

 それを指摘すると、護は「そ、そうですよね…」と頬を掻いている。

 あ、せっかくの会話のチャンスだったのに……私ってバカ…

「え、えっと……」
「あーっと…」

 会話が進まない…
 そんな私達を見ていた美月がクスクス笑っている。

「ほら、護くん。それって贅沢な悩みよ」

 言われた護はなんだか言葉に詰まっているみたい……でも…話の内容が読めないわ…

「何の話?」

 どうしても気になって聞いたのが間違いだった…

「初々しくていいなあ、ふたりとも。付き合い始めでぎくしゃくするのはわかるけれども、遅れちゃうわよ? 早く行きましょう?」

 その言葉は、完全に不意打ちだった。

 頭の中で何度も何度も繰り返される…

「付き合い、始め……付き合い……始め………付き合い……」

 口にしてみると更に気持ちが高ぶって……
 ふと気付くと、護も恥ずかしそうに笑っている。

 胸の奥が破裂してしまいそうなくらい高鳴ってる……
 恥ずかしくて……もう…死にそう……

 慌てて護に背を向けて歩き出した……けど……
 やっぱり気になってしまう……

 でも、とても顔を見る事なんて出来ないから、そのまま声をかけた。

「あ…う……な、なに、突っ立っているの。行くわよ」
「あ、はいっ」

 慌てて着いてくる…
 隣に並んだ護の視線を感じて…やっぱり恥ずかしい……

 なにか……なにか話さないと……

 そう思って、精一杯の勇気を振り絞って口を開いた。

「そうだ、護」 「あの、絢子さん」

 な、なにも、こんな時にタイミング合わなくていいじゃない……

 胸が痛いくらいに高鳴ってる…

 落ち着いて……落ち着くのよ、絢子……

 護だって話そうとしてくれたんだし…

 い、今はタイミングが悪かっただけ……よ……
 もう少し……もう少ししてから……
 あの階段を上り終えた所で話せば…

「護」 「絢子さん」

 ……って、なんでまた同時なの!?

 それなら……

「護からでいいわ。なに?」 「絢子さんからどうぞ」

 なんで……? なんでこうなるの?
 恐る恐る護の様子を窺ってみると、なんだか引きつったような顔をしてる…

 どうしよう……

 何を言っても、また同時になってしまいそう……
 
 護もなにか言おうとしているみたい…今、私が口を開いたら…ッ……

 なにやってるの、私!? 情けなさ過ぎる……っ…

 私達がうまく話せないで戸惑っていたら、前を歩いていた美月が急に立ち止まった。
 どうしたのかと思って見ると、不思議そうに小首を傾げている。

「護くん? 絢子さん? どうかした?」

「なんでもないわ!」 「なんでもないよっ」

 また同時……
 …どうなってるのよ……もう…泣きそう……

 そう思っていると、美月が笑いながら先に生徒会室へ入っていった。
 チャンスは今しかない……二人っきりになれた今なら……でも……

 躊躇って口を開けないでいたその時だった。

「…絢子さん。ちょっといいですか?」
「な、なに?」

 よ、よかった……危なくまた同時になるところだったわ。
 そう思ってようやく安心したけど……
 今度は護がなかなか話を進めてくれない…
 ずっと恥ずかしくて背を向けていたけど、勇気を出して振り返ってみる。

 なんだか酷く躊躇っているみたい……
 どうしたんだろう……

 聞くわけにもいかず、不安な気持ちのまま護を見つめていると、その口がゆっくりと開かれた。

「あの、もし」

 何を言われるんだろう……
 ゴクッと喉が鳴る。今の音、護に聞こえなかったかしら…
 ううん…それより……

 うるさいくらいに高鳴っているこの胸の音……
 護に聞こえているかもしれない……

 恥ずかしい……

「もしよかったら……、今日、家にきません?」

 ……今…なんて言った?

 家に? 護の?

 誰が……? 私が?

 何故? 何故? 何故?
 なにをしに? いったい、なんの為に?

 頭の中、もうぐちゃぐちゃだった。
 
「夕食でもいっしょにどうかなって、思いまして。今日は逸美の奴、部活がないらしいから、気合いを入れてご飯作るって言ってましたし、その」

 ほっとした。
 なにかもの凄い事言われるのかと思って……
 でも、ちょっと残念……って……

 そ、それって、その凄い事を……期待してるって事なの?
 ……な、なに考えてるのよ……私……

 と、とにかくそれよりも今は……

 そう思って即答しようとした……でも…

 気配を感じる。
 目の前にある生徒会室のドアの向こう。
 それはいつもの事…
 だけど……なんでこう、毎回毎回……

 頭が痛くなって、こめかみを押さえる。
 そのままドアを開けると、やっぱり予想通りの光景が広がっていた。

「うっ」
 あまりに露骨なその様子に、護も退いちゃってるじゃない……

「あなたたち…、いつもいつも、あまりのわかりやすさにうんざりだわ!」

 もう、どうしてこの人達は、いつもいつもいつもいつもいつもっ!!

 汐音も生徒会長も平然と私達をからかって……

 あんまりにも腹が立ったから、ドアを思いっきり蹴り飛ばす。
 鈍くさい1人を除いてみんな逃げたみたい……2、3人まとめて吹っ飛べば良かったのに……

 その上、汐音がどうやら私達の会話を録音しようとしていたらしい。

 すぐに汐音のポケットを探ってみると、小型のテープレコーダーが出てきた。

「ああっ!」

 残念そうな汐音の声。

「なにか、弁解はあるかしら?」
「………今日は、いい天気ですわね」

 決めた、
滅殺

 思いっきり振りかぶってテープレコーダーを投げつける。
 ぶつけるつもりだったのに、汐音ったらギリギリ避けた……クッ……

 そのままテープレコーダーはガラスをぶち破って飛んでいった。

 まったく……さっきまでの緊張が嘘みたいだわ…
 ふと護を見ると、どうやら護も緊張がほぐれたみたい。いつもの笑顔で笑ってる。

「みんな、元気なのはいいことだな。……今日の議題は学園祭について、細部の取り決めだ。ぞんぶんに話し合おう。できれば、ガラス交換が終わったあとでね。予備のガラスはあっちにあるから、誰か頼むよ」

 そんな生徒会長の言葉を聞き流しながら、私は護の隣に向かう。
 座る直前、そっと護の耳元に唇を近づけて、さっきの続きを答える。

「行くわ」

 それが精一杯。
 もう、恥ずかしくてそれ以上護の顔を見ていられなかった。

「はい」

 護の返事に胸が高鳴る。
 今日は……護の家で一緒に夕食……

 待ち遠しくて仕方がない……
 今日は、長い1日になりそうね……

 そんな事を思いながら、生徒会の会議は進んでいった…


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