護くんに女神の祝福を! SS
王子様の…(前編)
by Sin

「……ん………ふぁ……ええと……私……?」
 ぼんやりする頭で、辺りを見回す。
 そうだ…昨日……

 思い出される昨日の出来事。
 私の中にあるビアトリスが護と同調して…
 あの一体感…まるで護に抱かれたみたいで……
 思い出すだけで顔が赤くなる。
 
 ゆっくりとベッドから身を起こして机の引き出しから護の写真を撮りだした。
 みんなには内緒だけど、美月から200円で買ったこの一枚…
 その笑顔を見つめているだけで幸せな気持ちになれるのよね…

「なんだか……護に私の全てを知られてしまった気分……ね…」
 胸が高鳴る。
 
 私が眠るまで、ずっと手を握ってくれていた護…
 あの温もり…
 あの優しさ…
 あの笑顔…
 
 護の全てが私の心を包み込んで離さない…
 
「護……大好きよ……」

 写真を抱きしめて、想いを馳せる。
 
 と、その時だった。
 
「お嬢様、そろそろお時間が…」

 不意にかけられた声に、びっくりして跳びあがる。
 大慌てで護の写真を胸元に隠して声をかけた。
「き、菊川!?」
「はい。起きておられましたか?」
 その声と共に扉が開かれ、菊川が姿を見せる。
 
「え、ええ。今起きたところ」
「お加減は……よろしいようですね」
「ええ、もう大丈夫。貴方にも心配かけたわね」
 私の言葉に、菊川は少し驚いた顔をしていたけど……失礼ね……私だってお礼くらい言うわよ……
 
「それはともかく、そろそろお時間の方が…」
「えっ!?」

 慌てて時計を見ると、いつも出る時間まであと少し。
 
「大変! 菊川、すぐに出られるように車を回しておいて!」
「承知致しました」
「ああ、もう! こんな日に寝坊するなんて! 菊川! いつまで其処にいるつもり!? さっさと行って!」
「はい。ああ、お嬢様」
「今度は何!?」
「そんなところに吉村さまの写真を入れておられると……意味深ですが?」
「え……?」

 菊川の視線にふと自分の胸元に目をやると、慌てて隠した所為か襟元のボタンが1つはずれ、その隙間から見える胸の谷間に護の写真が……
 
「―――っっっ!?」
 真っ赤になっているのが自分でも判る。
 慌てて護の写真を取り出すと、襟元をしっかりと合わせて菊川を睨み付けた。
 
「菊川っ!!」
「フフ、実に初々しいですね。では、私は車の支度を」
「さ、さっさと行きなさいっ!!」

 涙目になりながら菊川を追い出すと、護の写真を机の上に置いてシャワールームへ。
 熱いシャワーを浴びながら、全身の汗を洗い流していく。
 いつもよりちょっとだけ念入りに…
「……今日は…特別だから……」
 今日の舞台で、私は眠り姫になる…
 そしてその私を目覚めさせてくれるのは…王子様の……護の…キス……
 もちろん、演技だけだって判ってるけど……
 それでも……胸が高鳴る……
 私は目を閉じて護に身を任せるだけ……
 もし…護が本当にキスしてきたら……
 その時は……
 
 その時は……
 
「――――っ!! も、もう、馬鹿な事ばかり考えてるんじゃないわよ、私っ!! こんな事だから汐音にからかわれて……」
 そうは言うものの、やっぱり考えてしまう……
 護の…あの唇に……
 
 いつの間にか、私はそっと唇に触れていた。
「護……」

 バスタオルを巻き付けて部屋に戻ると、そのままの格好で髪を手入れする。
 一通り終わって、着替えようとバスタオルをその場に落として下着を手に取ろうとした時、不意に机の上の護の写真が目に入った。

「っ!?」

 思わず両手で身体を隠して蹲ってしまう。
 別に本当に見られてしまった訳ではないのだけど……
 恥ずかしい……
 写真の中で護の笑顔が私をじっと見つめている…
 
 こんな時……本当に護が傍にいたなら、きっと真っ赤になって向こうを向いてくれるのだろうけれど…写真の護に、そんな事できるはずもなく…
 私は恥ずかしさを堪えて、護の写真の所まで歩み寄ると、そっと机に伏せた。
 
「お嬢様、お時間の方が……」
「――っ!? い、今、着替え中よ! もう少し待ってなさい!!」
 扉の向こうから聞こえてきた声に、慌てて身体を隠しながら答える。
 慌てすぎて、ショーツを前後間違えて履いてしまい、また慌てて履き直した。
 
 それから5分後……
 
 ようやく支度の終わった私は、最後にお気に入りの黄色のリボンで髪を留めると、部屋を出る。
「待たせたわね。急ぎましょう」
「はい、お嬢様」

 車に乗り込み、護の家へと向かう。

「それにしてもお嬢様」
「なによ?」
「今日はシャワーにずいぶんと時間をかけておられましたね。危うく遅れるところでした」
「う、うるさいわね!! 昨日、お風呂に入れなかったからその分よ…」
 自分でも誤魔化しているのが判るから、言葉が続かなくなる。
 笑いを堪えているような菊川をミラー越しに睨み付けたけど、全然堪えてない…
 
「さて、そろそろ着きますよ、お嬢様」
「判っているわよ、それくらい。もう何度来てると思ってるの?」
「そうでしたね。止める場所は門の前でよろしいですか?」
「ええ」

 いつものように車が護の家の前に停まる。
 そしていつものように呼び鈴を鳴らして…
 またいつものよう…じゃない!?
 
 ドドドドドッ! って凄い足音と共に、護が玄関から飛び出してきた。
 
「絢子さんっ!? お、おはようございます! もう、大丈夫なんですね!?」
「え、ええ、お、おはよう……」
 あまりの勢いに、思わずびっくりして後退ってしまった。
 護ったら……もう…
 
 なんだか可笑しくって、笑ってしまう。
「あ、絢子さん〜」
「ふふっ、ごめん。でもほんとに大丈夫よ。護……貴方のお陰ね」
「えっ……ええっと……」
「ありがとう……護。最高の学園祭にしましょうね」
「……はい!」

 護の返事に微笑み返して、車に乗り込む。護も続いて乗ろうとしたその時だった。
 
「護、私達もそろそろ出るけど、忘れ物ない?」
「うん、大丈夫。全部持ってるよ」
「ならいいけど……」

 そう言って逸美さんと一緒にお母さまも顔を見せる。
 2人とも完全に出かける為の様相だから……もしかして……

「お母さまと逸美さんは学園祭に行かれるんですか?」
「そうなんです。これからバスで」
「それなら、一緒に乗っていきませんか? ちょうど私達もこれから行くところですから」
「ほんとですか!? 乗ります乗ります! 乗せてもらいますっ!!」

 逸美さんは大はしゃぎで車に乗り込み、お母さまも恐縮されながら乗り込んだ。
 
 
「あらあら。まあ。あらあら」
「わあ。あは、あははは! ねえねえ護! 凄い凄い。護、いっつもこんな車に乗ってるんだね。ずるいよ護ばっかり!」
「――うるさくてごめんなさい。ほんとにすみません」

 楽しそうにはしゃいでいる逸美さん達に、護ったらすっかり恐縮しちゃって…
 
「構いませんよ。おふたりとも、とても美しくていらっしゃる。光栄ですよ」
「まあ」
「やだもう、菊川さんったら!」
 菊川の言葉に、お母さまは照れたように微笑んで、逸美さんはそう言って運転席のシートにしがみついている。
 恥ずかしくて仕方ないと言った様子の護だけど、私はこんな雰囲気って好きだわ。
 
「いいじゃない、護。私は、楽しいわ」
 そんな私の言葉に、護は「そうですね」と、微笑み返してくる。
「ありがとうございます、鷹栖さん! やっぱり鷹栖さん、いい人ですね! いつもいつもうちの馬鹿護がお世話になりまして、申し訳ありません」
 逸美さんはどんどんテンションが高くなってしまって……
 でも、不思議と嫌な感じはしないわね。なんだか面白い。
 東ビ大付属に着くまでの間、車の中はとても楽しい笑いに満ちていた……
 

――後編につづく

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