DUEL SAVIOR DESTINY SS
『誰を選ぶの?』
by Sin
(6)
ミュリエルから逃げ出した大河はあれから彼方此方を回り、すっかり疲れて眠ってしまったタイガを王宮に送り届けると、街外れの丘へとやってきていた。
「……クレア…みんな……」
丘の上から城下町を見つめる大河。
「あんなにも俺の事を想ってくれていたんだな……」
1人になってこうして町を眺めながら皆の事を思う。
初めて出会った時には、こんな関係になれるなんて思っても居なかった。
擦れ違い、傷つけてしまったこともあった。
だが…今は……
「結婚…か……」
皆から告げられた想い。
それが大河の胸の中でどんどん膨らんで、その度に彼女達への愛しさが増していく。
「子供ができたって聞いたときからクレアとそうなる事は考えていたんだけど、まさか皆から言われるなんてなぁ…」
皆の事は大切だけれど、大河にとってクレアは誰よりも、そして何よりも大切な存在だ。
誰を一番に愛しているかと問われれば、迷う事無くクレアだと自信を持って言える。
もしも一人を選ばなければならないのなら、他の皆を傷つけてしまうことになったとしても大河はクレアを選んだ。
しかしこのアヴァターでは一夫一婦になる必要は必ずしもあるわけではない。
大河が、そしてクレアを初めとする大河を愛する女性達が望むのなら、一夫多妻で結婚する事も許される世界。
それがこの世界、アヴァターだ。
「夢は可愛い女の子集めてハーレムだーなんて言ってたくせに、いざそれが現実になろうとしたら……本当にそれでクレアを……そして皆を幸せに出来るのだろうか……って……情けねぇな……俺……」
呟きながら丘に寝転んで目を閉じる。
神との戦いの中で、トレイターに聞かされたタイガの事。
喜びよりも驚きの方が大きくて、危なく神にやられそうになった。
その親がクレアだって事も信じられなくて……
一体どうして……そんな気持ちで何日も戦っていた。
それでも……戦い続けていく中で、確かに胸に湧き上がっていく気持ち。
『会いたい……』
クレアに、皆に……
そして……産まれたという子供に!
『俺は……俺を待ってる家族の許に帰るんだ!! いい加減に、終わりやがれ…神!!』
(私達の持つ全ての力を、この一撃に! 勝って! 私達の救世主!!)
『切り裂けぇぇぇぇぇっ!! トレイタァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
かつての救世主、救世主候補達の声を背に受けて放たれた一撃は……
神の存在そのものを……切り裂いた。
「トレイター」
静かに呼び出す相棒。
その刀身を見つめながら、大河はあの瞬間に力を貸してくれた彼女達の事を思う。
「……ようやく……開放されたのか……?」
あれっきり、彼女達の声は聞こえてはこない。
力を出し尽くして消えてしまったのか、それとも、召還器という呪いから開放されて、輪廻の輪に帰る事が出来たのか……それは大河にも判らない。
ただ……
「あんた達のお陰で、俺はこうして皆の所に帰ってこれた……」
神に押し付けられた救世主という呪いに捕らわれたかつての救世主と救世主候補達……
真に世界を救う事は出来なかった彼女達だが、大河にとっては……
「誰がなんと言ったとしても…俺にとってあんた達は本物の救世主様だ……」
呟いて、トレイターを天に掲げる。
「ありがとう……先輩達……」
大河がそう言った瞬間、トレイターから凄まじい光が溢れ、そのまま天にまで届く柱となったかと思うと、瞬く間に光の粒子になって空に散っていった。
最後に、ただ一言……
(ありがとう……私達の救世主様……また、いつか会いましょうね……大好きな後輩クン……)
そんな言葉を残して……
それからどれ位経っただろう。
眠りかけていた大河の前に影が差した。
「見〜つけた〜♪」
「ん……? ダリア先生……か」
「ふふっ、大河くんもまだ私の事、先生って呼んでくれるんだ〜♪」
嬉しそうに言ったダリアの姿を見て、大河はゆっくりと身を起こす。
「俺にとってダリア先生はダリア先生だからな……王宮のスパイって奴でも」
苦笑する大河につられるようにダリアも微笑むと、そっとその側に腰を下ろした。
「こんな所にいるんだもの〜探しちゃったわよ?」
「俺を?」
「ええ、女王様がお呼びなの。すぐに来て欲しいって」
「クレアが? まさかまた破滅の残党が!?」
とっさにトレイターを手に立ち上がった大河だったが、ゆっくりと頭を降るダリアの様子に戸惑った様子で頬を掻く。
「じゃあ、一体……」
「それは行ってのお楽しみ〜さぁ、急いで。殿下は私が〜〜って、あら? そう言えば殿下は?」
「眠っちまったから、ここに来る前に王宮に送ってきたんだ」
「あらぁぁん? じゃあ私、探し損〜〜? 王宮で待っていた方が良かったのかしらぁん?」
「ははは、かもな」
そう言って苦笑する大河。
「ま、いいわ。とりあえず急いでねぇん、大河くん♪ 女王様、と〜っても大切な用事があるみたいだから♪」
「へいへい、りょ〜かい」
ダリアの声にそう応えて丘を駆け下りていく大河。
その背を見送りながら、ダリアは優しく微笑んで呟いた。
「貴方は一体どんな答えを出すのかしら? ま、貴方ならきっと皆が幸せになる答えを出してくれるわね」
微かに風に流れたその声を聞いたものは誰もいない。
そして、一陣の風が吹いた後、丘の上には誰もいなくなっていた。
それからしばらくして……
人払いされたクレアの部屋の中。
そこには大河とクレア。そして救世主候補生達が一堂に会している。
「大河、来てくれたか」
「ああ、メチャクチャ大切な用事があるからって聞いて飛んできたんだけど……」
そう言って皆の顔を見回すと、全員頬を赤く染めて視線をそらした。
仕方なくクレアへと視線を戻すと彼女もまた耳まで赤くなって俯いていたが、やがて……
「うむ……その…だな。こちらから言うのは少々……いや、かなり……恥ずかしいのだが……」
「へ?」
戸惑う大河に益々赤くなるクレア達。
「お前は知っているか? このアヴァターでは一夫一婦制に拘りは無いと言う事を……」
「あ、ああ。聞いたことあるけど……」
「……そこで…なのだが……貰っては……くれぬか?」
「はぁ? 貰うって何を?」
そう言う大河の言葉に皆一斉にガクッとよろける。
リリィやベリオに到っては頭まで抱える有様。
「何を……などと聞くでない……」
「へ?」
「そんなもの、決まっておるではないか……」
恥ずかしげに頬を赤らめて呟くクレアに、大河はつい先程まで自分が丘の上で考えていた事に思い当たる。
「……お、おい、もしかして……」
「ここに居る全員を…娶ってはくれないかと……言っておるのだ」
「な―――――っ!?」
もはやこれ以上ないと思える程に真っ赤になって問うクレアに驚きを隠せずにいる大河。
予想はしていた。皆の気持ちは聞いていたから。
セルに言った通り、全員との結婚も考えてはいた。
それでも、丘の上で考えていたように、大河は未だ己の気持ちに決着を付けられていない。
戸惑いだけが先に立ち、返事を返せないまま、痛い程の沈黙が部屋の中に充満する。
耐え切れなくなった皆の心を代弁するかのようにクレアが口を開いた。
「大河………?」
それが切っ掛けになったのだろう。
「…………………………本気……か?」
そう呟いて皆に視線を向ける大河。
「一夫多妻…って、言葉にしてしまえば一言で済んじまうけど、ハッキリ言って俺は全員を完全に平等に愛することができる……なんて言えないぜ?」
「無論、私達もその覚悟はある。お前に愛して欲しいとは思うが、ここに居る全員を平等に全く隔たりなく愛して欲しいとまでは言わぬよ」
微笑んでそう言ったクレアに追従するように、リリィや未亜達も頷いた。
「誰が一番に愛されるようになるかは、これからの私達次第……と言うことだ。今の所は、私が一歩抜きん出ていると思っておるが……リリィ辺りがすぐに追いついてきそうで、私も油断できん」
「クレア……みんな……」
皆が伝えてくる想い。
それはとても大きく、そして暖かくて…大河の胸になにか熱い思いが込み上げてくる。
しかしなかなか言葉にできないその様子に、我慢できなくなってきたベリオが真っ先に飛び出した。
「……大河君……」
「べ、ベリオ……」
「お願いです…私を貴方の伴侶に……」
「ちょ、ちょっと待てって……」
潤んだ瞳で詰め寄ってくるベリオに大河は思わず一歩後ずさってしまう。
その背中にそっと触れるカエデの手の温もり。
「カエデ……?」
「せ、拙者は…師匠が主様になって下さるなら……側室でも構わぬでござるよ……」
「い、いや、側室でもって……」
真っ赤になりながらそう言って背中に頬を寄せてくるカエデ。
頭がパンクしそうになって動けずにいるその手をルビナスが胸に抱いて見つめてくる。
「できれば正妻にして欲しいけど……それが無理でもせめて私のこと、ダーリンのお嫁さんにして欲しい……」
「ル、ルビナスさんまで……」
「私は…永遠にマスターだけのものです……」
ルビナスとは逆の手を取って不安げな表情で見つめてくるリコ。
想いの深さを表すように、その手は微かに震えていた。
「リコ……」
「ご迷惑じゃ……無いですよね……?」
「そ、そりゃもちろん迷惑じゃない……けど……」
次々に想いを告げられて混乱しきっていた大河だったが、ここに来てようやく冷静になりつつあった。
その視線が少し離れた所で腕を組んだまま立っているリリィへと向けられる。
「これ以上……女に言わせるんじゃないわよ……バカ大河……」
「リリィも……なのか?」
「……どれだけ待たせたと思ってるのよ……ずっと…待ってたんだからね……」
そう言って大河へと顔を向けたリリィは耳どころか首筋まで真っ赤に染まり、潤んだ瞳から一滴の涙が……
「う……」
何も言えなくなった大河に駄目押しのように見つめてくる未亜の瞳。
「お兄ちゃん……」
「み、未亜……お前も……?」
「当然だよ! だって、だって私、アヴァターに来る前からずっとお兄ちゃんの事が好きだったんだもん!!」
心から溢れるような叫び。
気づいていた。
未亜が自分の事を兄をしてではなく一人の男として思っている事を。
だが……
「だ、だけど、兄妹…だぞ、俺達……」
その言葉は自分に対する戒め。
妹である未亜を一人の女性として見ないようにする為の……
しかしそれは……単なる誤魔化しでしかない。
「そんなの関係ない!」
「関係ないって……お前……」
「お兄ちゃんは……未亜の事……嫌い? お嫁さんにしたく……ない?」
「んな訳あるか!! 俺だって未亜の事はメチャクチャ大切だ!! だけど……」
出来るなら……妹のままで居て欲しい。
だが、その想いが逆に未亜を傷つける事になるのなら……
セルと刃を交えてまで決めたその想いに……素直にならなくちゃ……いけない。
妹、そして…一人の女。
未亜を見るべき位置はどちらなのか。
「だったらお願い!! じゃないと……私……お兄ちゃんの側に居られない……」
「未亜……」
迷う大河にかけられる言葉。
「良いじゃないの、大河」
「仲間はずれは可哀想ですよ、大河君」
「拙者も未亜殿が一緒の方が良いでござるよ」
「今更モラルがどう…なんて、ダーリンらしくないわよ」
「未亜さんだけが許されないのだとしたら、みんな幸せが半分に減ってしまいますよ、マスター」
「大河。我等はお前と未亜が兄妹であったとしても、それを蔑みはせぬぞ。身分も経験も関係ない。我等は等しく…大河、お前を愛する女……それは決して変わる事は無い」
「クレア……みんな……」
「お願い………お兄ちゃん!!」
見つめてくる未亜の視線、そしてみんなの言葉が大河の心を決める。
「本当に……本当にいいのか? みんなは…それで…本当にいいのか?」
その大河の言葉に全員が瞳を潤ませながら満面の笑みで頷いた。
「ハーレムを作るのが夢……なんて言ってた人の言葉とは思えませんよ、大河君」
「ベリオ殿の言う通りでござるよ、師匠」
「迷いなんてないわ。それこそが私達の望みなんだもの」
「マスター以外、考えられません」
「ここで迷う位なら、こんな事言ったりしないわよ、バカ大河」
「愚問だな」
笑いながら言ったみんなの視線が大河へ、そして未亜へと向けられる。
その時だ。
「お兄ちゃぁぁぁんっ!!」
誰も止める間もなかった。
勢いのままに抱きついてきた未亜の身体を受け止めた瞬間、唇に感じる柔らかな感触。
『あああああああああああああああああああああっ!!』
悲鳴のような抗議の声を上げたのは誰だっただろう。
「んんっ………んぁ……ぁああ……んんぅ…お兄……ちゃ…ん…っ……」
激しく唇を奪われて目を見開いていた大河だったが、やがてそっと抱きしめようとして……
「ちょ、ちょっと未亜ばかりズルイ!!」
そう言いながら押しのけるような勢いでリリィが大河に抱きつく。
「きゃん! リ、リリィ……っ!?」
あまりの勢いに思わず尻餅をついてしまい、抗議の声を上げる未亜だったが、目の前の光景に思わず言葉を無くした。
「……一生……覚えてなさいよ……」
「え? ちょっ……んむぅぅっっ!?」
「……ん……んんっ……あぁ…大河ぁ…ぁ…んぁ……んんぅ……んん……ちゅ……ん…っ………はぁ……っ」
長くて結構深いキスからようやく開放されて息を荒げる大河。
そんな様子を見ながらリリィは真っ赤になった顔で呟く。
「私とのファーストキス……忘れたりしたら……承知しないんだから……」
「リリィ……」
恥ずかしげに上目遣いで言ったリリィの姿に、思わず胸が高鳴る大河。
「ヤバイ……俺、ツンデレ属性ありかも……」
「っ……ば、ばかぁ……」
どこまで赤くなれば気が済むのだろうか…と言いたくなる程に紅に染まるリリィ。
あまりに激しいそのキスシーンを呆然と見つめていたクレア達は、やがて落ち着きを取り戻してくると、真っ赤に染まった彼女の姿に思わず揃って吹き出した。
「ちょっ、な……わ、笑わないでよ!」
「そ、それは無理というものだぞ、リリィ・シアフィールド……ぷくくっ……」
笑いすぎて痛くなった腹を抱えて苦しそうに言うクレアに続くように未亜達も爆笑。
その目尻には涙まで滲んでいる。
「な、泣く程笑う事ないでしょ!」
「だ、だってぇ……」
周りからの反応に焦れば焦る程、リリィの頬はより一層真っ赤に染まっていく。
そしてその様子に更に笑いを誘われるクレア達。
最早完全に笑いのループに陥っていた。
そして……
――ぷちん
「………灰となれ……ファル……ブレイズんぅっ!?」
何かが切れるような音と共に放たれようとした魔法。
だが、最後の一句を放とうとした瞬間、その声はリリィの唇に紡がれる事無く遮られた。
それと共に、彼女の手に集まりつつあった魔力が霧散する。
重ねられた唇の温もりを感じる暇もなく、ゆっくりと抱き寄せられる身体。
いきなりの事に目を瞬いていたリリィだったが、次第に身体から力が抜けていく。
そっと瞳が閉ざされると同時に、彼女の手がそっと大河の背に回されて……
しばらくの時が流れ、ようやくの事で唇を離した二人。
リリィの瞳はまるで霞がかかったようにぼんやりと大河の姿を写している。
「照れ隠しで魔法は無し……な、リリィ」
「うん……ごめん……」
そう囁いて抱きしめる大河の胸にそっと顔を伏せる。
最早完全に周囲の事など忘れていた。
どれだけの生暖かい眼差しが自分に注がれているかも。
「……完全に二人だけの世界に入っちゃってますね……」
「むぅ……一夫多妻は別に構わぬし、お前達の事は私も認めておるのだから構わぬと言えば構わぬのだが……目の前でこうして見せつけられると……のぅ……」
「クレアさんに出し抜かれ……未亜さんにも、リリィさんにも出し抜かれて………私の保有スキルは『出し抜かれっ子』なんでしょうか……」
「あ、あはははは……」
ジト目でリリィ達の姿を見つめてそんな事を言い出すリコに苦笑する未亜。
そして……
「好き……大河……」
「リリィ……」
「……いい加減に、離れなさい!」
じっと見つめ合う2人の間にいきなり飛び込んでくる未亜。
「な、なんだよ、未亜……?」
「お兄ちゃんに告白したのは、リリィだけじゃないんだけど………」
そう言うと未亜はジト目で大河を睨む。
他の面々もどうやら気持ちは同じだった様子で、皆、溜息をついたり、眉根を寄せたりしている。
周囲の様子にようやく自分の状況を思い出したリリィは慌てて大河から離れた。
その姿に照れくさそうに苦笑しながら頬を掻く大河。
「あ、ああ……悪い……ついリリィのツンデレぶりに目を奪われて……」
「バ、バカぁ……」
大河の言葉に頬を赤らめて言うその言葉、破壊力は絶大だ。
思わず抱きしめようと手が伸びそうになる大河だったが、突き刺さってくる皆の視線に気が引けたのか無理矢理に手を納めた。
「はぁ……お兄ちゃん争奪戦はクレアちゃんの一人勝ちかと思ってたけど、やっぱりリリィが一番のライバルかも……」
「むぅ……やはり油断ならぬな……」
やきもち半分、からかい半分で皆からはやし立てられたリリィは初めこそ恥ずかしがっていたものの、やがて開き直ったのかわざと大河に身体を寄せる。
それが切っ掛けになり、皆が大河へと殺到。
勢いのままに押し倒される大河。
今目の前にいるのが誰なのか判らなくなるほどの大混乱の中で、ベリオ達も幾度と無く大河の唇を奪う事に成功していた。
リコの『出し抜かれっ子』スキルも今回は発動しなかったようで、満足そうに微笑みながら抱きついている。
もつれ合うように寄り添いあっていた大河とクレア達だったが、しばらくの時が過ぎてようやく落ち着いたのか、時折誰かが大河の唇を求める以外は争う事も無く、静かに時間だけが流れていった……
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