DADDY FACE SS 『翔仔伝説 (5)』
by Sin



名前のわからない私を、みんなは『冬海』と呼んでくれることになった。
それが本当の名前でないことはわかるけど・・・やっぱり名前があると・・嬉しい・・

しばらくして、みんなは紬屋の仕事を始めた。
私は鷲士さんの側にいようとしたら、あの後から入ってきた女の人−いづなさんに止められてしまった
けど、でも・・どうしても離れられなくて・・ずっと側にいた。
ときどき鷲士さんが、危ないよって言ってたけど・・
結局、鷲士さんの背中にくっついていた。こうしてると・・すごく安心できるから・・

そしてその日の夜・・
私は聞こえてくる波の音に、ふらふらと紬屋から出て、引き寄せられるように海岸へと歩いていった。

− 霧の海・・なんだろう・・何か・・思い出せそうで・・・でも・・思い出してはいけない気もして・・
 怖い・・・

そのまましばらく海を見つめて・・
どれだけそうしていたんだろう・・・ふと、背後で聞こえた音に振り返ると、そこには鷲士さんと、もう1人、
男の人がいた。
でも、鷲士さんはその人との話に夢中で私に気付いていないみたい・・
私は足下に気を付けながら、鷲士さんの側に向かった。
「あ・・・ふ、冬海ちゃん!」
鷲士さんは私に気付くと、着ていた上着を私の肩にかけてくれた。
でも・・私は・・・
そんな鷲士さんよりも・・・もう1人の事が気になっていた。

− あの人・・見たことあるような・・・すごく・・大切なこと・・そんな気がする・・・

私はしばらくボンヤリと彼が乗っていったRVの走り去った後を見つめていた。
「冬海ちゃん?」
ふと、鷲士さんに呼びかけられて気付いた私は、なんとなく暖かい気持ちになって、笑った。


それから、私は紬屋に戻って少し眠った・・が・・
目が覚めると、ひどく右目が痛い・・
鏡で映すと、右目だけ赤くなっていた・・
「あら、冬海ちゃん。起きたの?」
女将さんの言葉に、私は頷く。
「・・あら? どうしたの、その右目。ぶつけちゃった?」
そう言われても、わからないから首を傾げる。
「そっか・・・じゃあ、とりあえずそのままにしてたら余計にひどくなっちゃうから・・・」
女将さんはそう言って、奥から眼帯とガーゼを持ってきてくれると、手当てしてくれた。
「・・・あり・・・がと・・う・・・」
「どうしたしまして。・・・えっ・・今・・・冬海ちゃん・・?」
なぜか驚く女将さんに私はぺこりとお辞儀をすると、紬屋の外に向かった。

紬屋の前で青木さん達にも会ったけど・・やっぱり驚いてた・・・
私・・話せるのって・・不思議・・かな・・?
なんだかよくわからなくて・・私はそのまま辺りをぶらぶらとしていた。
鷲士さんはまだ起きてないみたい・・美貴さん達には会ったけど・・
みんな、はじめは驚いていたけど、私が話せるようになったことを喜んでくれたみたい・・
なんだか・・嬉しい・・

女将さんに頼まれて、私は洗濯物を干しに出ていた。
沢山の洗濯物を干していると段々腕が痛くなってきて、私は洗濯物を持ったまま霧の海を
眼帯に包まれていない方の瞳で見つめた。
その時・・
「ゲホゲホ・・い、いいよ、ぼくがやるから・・・」
背後から、ひどい咳をしながら鷲士さんが姿を見せた。
私の目の眼帯を見て、心配してくれる。
「ど、どどど、どうしたの!? その目・・・ゲホゲホ!」
「・・・だいじょうぶ・・ですか・・・?」
身体を折って咳き込む鷲士さんが辛そうで、私はそっと背中をさすった。

それからしばらくの間、私は鷲士さんと話し込んだ。
鷲士さんが言ってくれた言葉や、霧のこと・・
そんな話をしている内に、私はなんとなく怖くなって、また鷲士さんの背中に抱きつきたくなった。
「あ、あの・・いい・・ですか・・?」
一瞬、わからなかったみたいだけど、すぐに鷲士さんは私の言いたいことに気付いて、そっとかがんで
背中を向けてくれた。
鷲士さんの背中に縋っていると、怖さが段々薄れていく・・・
いつしか私は微笑んでいた・・

鷲士さん、私がお父さんみたいって言ったら、すごく喜んでくれた・・・
なんでだろう・・?
お父さんに・・・なりたいの・・かな?
鷲士さんは私にはきっと彼氏がいたはずだって言うけど・・でも・・・
「でも・・鷲士さんの背中は・・背中で・・好き・・」
私がそう言うと、鷲士さんは私に昔の思い出を聞かせてくれた・・・

とても大切な女の子・・ゆうちゃんとの思い出を・・・

でも・・・畑の経験値ってなんだろう・・

それを私が聞こうとしたその時・・・

「こらーっ、2人ともなにやってるの、こんな寒いところで!」
慌てて鷲士さんが振り返る。
私も同じように振り返ると、そこにはふくれっ面のいづなさんと、美貴さんの姿があった。
なんだか照れたように鷲士さんと話す美貴さん。
− なんだか・・いいな・・鷲士さんと美貴さん・・・恋人同士みたい・・
その途中、いづなさんが鷲士さんを注意していた時だった・・
「すすす、すいません! 以後、気をつけ・・・ゲホゲホゲホゲホ!」
さっきよりもずっとひどい咳でうずくまってしまう鷲士さん。
美貴さんが真っ青になって鷲士さんを支えている。
いづなさんも、おでこをくっつけて体温を測ってるみたい・・
その途端、鷲士さんが何かに弾かれたみたいに跳びすさった。

「や、やだ、美貴ちゃん、このコ凄い熱!」
「え、ええっ!? バ、バカッ、無理してるから!」
慌てて鷲士さんを支えようとする美貴さん。でも、鷲士さんはなんだか様子が変・・
呆然として、まるで周りの様子がわからないみたい・・
「鷲士! しゅーくんっ!」
何度も美貴さんが呼びかけて・・そしてそう呼びかけた瞬間、ようやく鷲士さんは我に返った。

やがて、ひどく心配する美貴さんといづなさんに軽く頭を下げ、私に軽く微笑んで手を振ってくれると、
そのまま背を向けて歩き出そうとした。でも・・・

鷲士さんはひどく歩きにくそうにしていたけど、しばらくして右足だけでケンケンして進み始めた。
でも、その時、美貴さんの様子が急に変わった。
真っ青になって、ガタガタ震えている・・
− どうしたんだろう・・?

美貴さんは鷲士さんの左半身のことが気になるみたい・・なんで・・だろ?
それからしばらく美貴さんと話し込んでいたけど、やがて、美貴さんが鷲士さんを病院につれて
行こうとした。
「びょ、病院? そ、そんな大袈裟・・」
そう言う鷲士さんだけど・・
「わたしのコト、キライ・・?」
美貴さんにそう言われて、鷲士さんは簡単に返事してしまった。
でも・・・

美貴さんの目は、涙が溢れそうなくらい、潤んでいた・・・





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