DADDY FACE SS 『翔仔伝説 (3)』
by Sin



しっかりと抱きしめ合ったまま私達は海面に叩きつけられた。
激しい痛みが全身を包んで、そのすぐ後・・私達は波に飲み込まれた。
少しずつ、意識が遠くなっていく・・
その時、抱きしめてくれている大ちゃんの腕から力が抜けた。
・・先に死んでしまったの・・?
ぐっと強く抱きついて大ちゃんの胸に耳を押し当てる。
すると、かすかにまだ鼓動が響いていた。

− 大ちゃん・・・

次第に、私の手にも力が入らなくなってきた。
必死に抱きついても、激しい波が、私と大ちゃんを引き離していく・・

− 嫌っ・・1人にしないで・・!

無我夢中で手を伸ばし、大ちゃんに縋り付く。
でも・・そのすぐ後・・私達は海底の岩に叩きつけられて・・そして・・

一瞬、気が遠くなった私が意識を取り戻すと、目の前をゆっくりと浮かんでいく大ちゃんの
姿が見えた・・

− 嫌! 大ちゃん! 大ちゃん・・っ! 私を・・私を1人にしないで!!

もう一度何とか手を伸ばそうとするけど・・もう・・私の身体も動かなくなっていた・・

− 大ちゃん・・・大ちゃん・・っ!!

溢れてくる涙は海に溶けてしまって・・
私はまるで・・アンデルセンの・・人魚みたい・・だった・・

それから・・どれくらい経っただろう・・
すでに私の呼吸は止まっていた・・・心臓だって動いてない・・
でも・・まだ・・周りの様子は・・見えていた・・・

大ちゃんの姿は・・もうどこにもなかった・・
ただ、荒れ狂う波が・・私の身体を押し流していく・・

次第に遠くなる意識の中で・・私は・・いつまでも大ちゃんの名前を・・呼び続けていた・・・


どれだけの時間が・・流れたのだろう・・・
ふと気付くと・・私は誰かに抱きかかえられていた・・
・・誰・・? それに・・私・・・私・・・・?
誰・・・なんだろう・・?
思い・・出せない・・

少しずつ、周りの様子が見えてきた・・
ここは・・・海・・・?
私・・・どうして・・ここにいるんだろう・・
目の前には、眼鏡をかけた優しそうな男の人がいる・・
「きみ! しっかりして!! 大丈夫!?」
その言葉に、私はゆっくりと頷いた。

色々話しかけてくれるけど・・なんだか頭の中に霧がかかったみたい・・
何も・・返事できない・・
「うーん・・困ったなぁ・・そうだ! 警察になら、ひょっとしたら捜索願が出されているかも
しれないな」
その瞬間、私の脳裏に赤いランプと嫌らしい目で私を見ていた男の人達の姿が見えた。

− 警・・察・・い、いや・・嫌っ! 怖い・・また・・また・・・・っ!!

訳がわからない・・でも・・怖い・・その名前は・・聞きたくない・・っ!

無意識のうちに私は、その男の人に抱きついて震えていた。
「どうしても・・・嫌?」
その言葉に必死に頷く。
「仕方ないな・・じゃあ、せめて病院だけでも・・」

病院・・その名前にも、私の身体は激しく拒絶した。
胸の奥から何かが湧き上がってきて・・いつしか私は激しく叫んでいた。

「わ、解った!! 警察にも病院にも行かないから! だから、落ち着いて!!」
そう言って抱きしめてくれる。
優しく撫でられている内に、私の心はゆっくりと落ち着いてきた。
「じゃあ、とりあえず僕の友達が待ってる紬屋に行こうか。このままじゃ風邪ひいちゃうしね」
そう言われて、私は頷くと、彼の腕にしっかりと抱きついた。

「ところで・・君、名前は?」
ふるふる・・と、首を振る。
・・・ダメ・・思い出せない・・
「どこから・・来たか・・覚えてる?」
また、首を振る。
・・・・わからない・・私・・どうしてここにいるんだろう・・
「ひょっとして・・記憶が・・無いの?」
・・何も・・思い出せない・・・私・・いったい・・誰・・・?
どこから来たの・・? 私・・私・・・っ!!
「あ、ああっ、泣かないでいいから! だ、大丈夫! きっとそのうち思い出すよ! だから・・
ほら・・今は落ち着いて・・・」
また優しく撫でてくれる・・
暖かい・・・

「えっと、とりあえず僕の自己紹介だけ・・僕は草刈鷲士。相模大学の三回生だよ。これから行く
紬屋にいるのも、同じ相模大の友達だから、心配しないで」
また頷く。どうしても声が出せない・・
「さてと・・じゃあ、ちょっとだけ離してくれる? 荷物持たなくちゃいけないから」
そう言って男の人・・鷲士さんは私の手を解こうとした・・・
でも・・その瞬間・・私の脳裏を激しい不安が襲った・・

− 手が・・離れて・・・嫌・・1人は・・嫌っ!! 離さないで! 1人にしないでっ!!
「あ、あああああああああああ!!」
怖くて・・悲しくて・・叫ぶ声は止まらない・・
慌てて鷲士さんが私を抱きしめてくれる。
「大丈夫・・大丈夫だから・・僕はここにいるから・・泣かないで・・ねっ」
不思議・・鷲士さんが抱きしめてくれると・・すごく落ち着く・・・
いつの間にか私の叫びは止まっていた。

「じゃあ、行こうか」
そう言って鷲士さんは私を腕に抱きつかせたまま歩き出した。
重そうな鞄を片手で持って歩くなんて・・すごい・・・

それからしばらくの後、私と鷲士さんは紬屋へたどり着くことが出来た・・





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