DADDY FACE SS 『総帥の休日』
by Sin



「・・・ふぁ・・」
誰もいない部屋で樫緒は欠伸をした。
ここ数日、新たに傘下に収めた企業の対策に追われて、
ろくに眠らない日が続いた為か、どうにも調子が悪い。

「お疲れのようですね、坊っちゃま」
そう言って声をかけてきたのは、執事の山岡銅介だ。
気怠げにそちらに目を向けた樫緒だったが、なにをするでもなく
視線を落とした。
「・・・山岡さん・・何か用ですか?」
そう聞く声にも覇気がない。
「少しお休みになって下さい。この一週間の間、ろくにお休みに
なっておられないではありませんか」
「それが総帥としての僕の役目です」
心配そうに言う山岡の言葉を遮るように、樫緒が言った。

「新しく傘下に加わった企業も無事に軌道に乗りましたし、そろそろ
お休みを取られてはいかがですか?」
そう言うと山岡は小さな包みを持ってきた。
そんな彼の様子を樫緒は訝しげに見る。
「クッキーです。美沙お嬢様と、鷲士さまにお渡し下さい。こちらは美貴お嬢様に」
そう言って袋を渡すと、山岡は樫緒を送り出した。
しばらく顔をしかめてクッキーの袋と扉を見比べていた樫緒だったが、
やがて溜息をつくと、その場から姿を消した。

「うう・・・美沙ってば、あんなにしゅ〜くんとベタベタしなくたって・・・」
そう言ってうろうろと落ち着き無く部屋の中をうろつく美貴の目の前に、
唐突に樫緒が姿を現した。
「きゃっ!?」
驚いた拍子にひっくり返って思いきり尻餅をついた美貴は涙目で樫緒を睨んだ。
「いったたた・・・か、樫緒ぉ? もう、脅かさないでよ!」
そう言われても樫緒は冷静に状況を見ている。
「すみません。しかし、部屋の中でうろうろと何をしていたのです、母さま?」
「あ、そうよ、そうなのよ! 樫緒〜っ、美沙ってば酷いんだよ〜!」
それから1時間の間、延々と美貴の愚痴を聞かされる羽目になった樫緒だった。

「・・・・もう、解りましたから・・・とにかくこれでも食べて落ち着いて下さい」
「うう・・なに、これ?」
「山岡さんから、母さまに、クッキーの差し入れです」
そう言って樫緒から手渡されたクッキーを受け取ると、美貴は愚痴りながらも
クッキーを食べ始めた。
「では、僕はこれで失礼します」
そう言う樫緒の声が聞こえて慌てて顔を上げた美貴だったが、すでにその姿はどこにも
なかった。
「うぅ・・逃げたな〜。あ、このクッキー、美味しい・・・」
しばらく恨めしげに樫緒のいた辺りを睨んでいた美貴だったが、やがて諦めたのか、
クッキーを食べる方に集中することにした。

「やれやれ・・・母さまにも困ったものですね・・そろそろ父さんと落ち着いてくれると
いいのですが・・」
そうは言うものの、まったく進展する様子もない2人の様子に、樫緒は溜息をつくしかなかった。
やがてその場から姿を消した樫緒は、鷲士のアパートの前に立っていた。
「まあ、頼まれた以上仕方ないですね・・とりあえずこのクッキーを渡しておかなくては・・」

扉をノックすると、すぐに鷲士が顔を見せた。
突然の樫緒の来訪に驚いた様子だったが、すぐに嬉しそうに笑うと、部屋の中に招き入れる。
「あっれ〜、樫緒じゃない。結城の総帥が何しに来たわけ?」
「父さんと姉さまに会いに来ただけですが・・いけませんか?」
美沙が軽くからかってくるが、樫緒は意にも介さずにそう答えた。
流石にそう言われては美沙も返す言葉がない。
「うう、別にいいけど・・」
口籠もる美沙。その向こうから鷲士が嬉しそうに答えた。
「大歓迎だよ。嬉しいなぁ、樫緒くんが僕に会いに来てくれるなんて」
そう言われると、樫緒も何となく嬉しくなった。
「山岡さんに頼まれた事があったので・・・そのついで・・です・・」
嬉しくはあったのだが、照れくさかった樫緒はそう言ってごまかす。
だが、鷲士はまるで全てが解っているかのように笑っているので、樫緒は更に照れくさくなった。

「ああ、山岡さんからこれを父さんと姉さまに」
そう言って樫緒は2人にクッキーの包みを手渡す。
「なに、これ?」
「クッキーだそうですよ」
訝しげに聞く美沙にそう答える樫緒。
「ふ〜ん、山岡のおじいちゃん、クッキーなんて焼けるんだ。今度教えてもらおっかな」
「やめて下さい・・・」
楽しそうに言う美沙に、樫緒は冷や汗混じりで言った。
その言葉にむくれて舌を出す美沙だったが、やがてクッキーを食べ始めると機嫌を直した。
「う〜ん、おいし〜」
2人の様子を微笑んで見ていた鷲士だったが、やがてキッチンに紅茶を入れに立った。
「インスタントしかないけど・・紅茶でいいかな?」
「いいよ〜。鷲士くんが入れてくれるなら、美沙なんでもいい〜♪」
そう言う美沙の様子を見て、樫緒は溜息をついた。
こんな様子を見ては、あのやきもちやきの母さまがあれほど愚痴をこぼすのも無理はない・・と。

結局それからしばらく滞在した後、樫緒は鷲士のアパートを後にする事にした。
「では、そろそろお暇します」
「まだいいのに」
樫緒の言葉に鷲士がそう言うが、流石に疲れてきたので帰る事にした。
「姉さま、あまり父さんと仲良くしすぎると、母さまがやきもちやきますよ」
その言葉に美沙はべーっと舌を出して笑い、鷲士も苦笑した。
もちろん、その胸中の意味合いはまるで別の物だったが。
「では」
そう言うと同時に部屋の中から樫緒の姿が消える。

そのすぐ後に、少し離れた公園に樫緒の姿があった。
辺りを見回すが、すでに子供達は帰ってしまったのか人気はない。
誰もいないベンチに樫緒はそっと腰掛けた。
「ふぅ・・山岡さんには休めと言われましたが・・・逆に疲れたような気がしますね・・」
そう言いながらも樫緒の表情は穏やかだ。
「母さま・・姉さま・・・それに・・父さん・・いつか・・みんなで共に暮らせると
いいのですが・・・・ふぁ・・・」
急に眠気が来た樫緒はそのままベンチで横になった。
「こんなところで・・眠るなど・・・僕には・・合いませんが・・・」
強い眠気を堪えきれず、樫緒はそのまま眠ってしまった。

「・・・しお・・かしお・・くん・・・」
ふと、誰かに呼ばれた気がして樫緒は目を開けた。
「う・・・ん?」
ぼんやりとしていてよく解らないが、目の前に誰かがいるようだ。
「目が覚めた?」
その声には聞き覚えがあった。
それもとても身近な・・
「父・・さん?」
慌てて身体を起こそうとするが、ふと自分が誰かに膝枕されている事に気づいた。
「ほら、動かないの。疲れてるんでしょ? ゆっくり休んでなさい」
その声に目を向けると、そこには美貴の姿があった。
「母・・・さま?」
思わず言ってしまって慌てて鷲士を見る樫緒だが、鷲士は、
「そっか。美貴ちゃんがお母さんに見えたんだ。ずっと君の事を膝枕してくれてたんだから、
ちゃんとお礼言わなくちゃ駄目だよ」
その言葉に美貴と樫緒は、ほっとしたようながっかりしたような複雑な溜息をついた。
「でも、なぜ?」
現状が把握できない樫緒の言葉に鷲士は優しく頭を撫でると、
「樫緒くんがなかなか帰ってこないから、山岡さんが心配して僕達の所に電話してきたんだよ」
「私と鷲士。それに美沙も一緒に探したんだから。心配かけちゃ駄目だよ、樫緒」
そう言って優しく見つめてくる両親の姿に、樫緒は何となく嬉しくなった。
「すみません、心配をおかけしました。父さん、美貴さん」
「うん、よくできました」
謝る樫緒の頭をそう言って美貴が撫でる。
「そう言えば、姉さまは?」
「こんなに遅く、女の子を一人でうろうろさせるわけに行かないから、連絡係もかねて、家で
待ってるんだよ」
その言葉に樫緒が納得した時、鷲士が樫緒の肩に手を置いた。
「あんまり無理しちゃ駄目だよ。あ、そうだ。今日は家で一緒に食べていきなよ。美貴ちゃんも
一緒にどうかな?」
「も、もちろんっ! ね、行くよね、樫緒!!」
その迫力に押されて、樫緒は頷くしかなかった。

その夜、期せずして始まった家族の団らんに、樫緒は・・
「たまには休みを取るのも・・いいものですね・・」
そう呟いた。

それはその後、美貴と美沙の女の戦いが始まるまでのわずかの間ではあったのだが・・・





                     
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