DADDY FACE SS 『恐怖 -樫緒-』
by Sin



銃声が鳴り響く。

止められない・・いつも何も考えなくても簡単に思い通りにできたのに・・
どうして・・大切なものを守りたいときに僕は・・無力なんだ・・

かろうじて外れる弾丸が姉様のリボンを吹き飛ばした。
父さんの銃の腕が未熟だったから助かった・・だけど・・・

「フェイス、自らの両手で娘を絞め殺しなさい!」
必死にその言葉に逆らおうとする父さんだったけれど、あっさりとウルスラの
言う通りに姉様の所へ跳んだ・・・
父さんの両手が姉さんの首にかかり・・そして姉さんの顔色がどんどん悪く
なっていく・・・

父さんの絶叫・・自分を殺してでも止めてくれと叫んでいる・・・
母様が泣いて叫んでいる・・いつもの躊躇いなど忘れたかのように・・
なのに・・僕は・・叫ぶこともできずに立ちすくんでいた・・

僕は・・無力だ・・・


「・・・ちゃま・・・坊っちゃま!」
呼びかけられる言葉に、はっと気付くと、そこはいつもの自分の寝室だった。
「夢・・ですか・・」
ぼんやりとする頭を軽く振って意識をはっきりさせる。
「大丈夫ですか、坊っちゃま?」
「あ、ああ、山岡さん。別に、問題ありません」
「さようでございますか・・ひどくうなされていたご様子でしたので・・」
うなされていた? この最強の一族の僕が?
だが、服が身体に張り付くほどかいた汗が、その事が事実であると僕に示している。

「・・・山岡さん、しばらく一人にして下さい」
「は? は、はい」
慌てたように山岡さんが出て行く。
その方がいい。今の僕は気持ちを抑えられない。
「くっ・・・!」
その瞬間、飾ってあった像が粉々に砕け散った。
僕は・・あの時、何もできなかった・・・
自ら腕を折り・・鼓膜を破ってまで戦った父さんを・・見ていることしか
できなかったんだ・・・

どれだけの間考え込んでいたのか・・・気が付くと、辺りは明るくなっていた。
「まったく・・僕らしくもない・・・」
ふと思いついていつもの服に着替えると、部屋を出た。
「あっ、坊っちゃま。お食事になさいますか?」
どうやらあれからずっとここで待っていたらしい・・山岡さんらしいが・・・
「いいえ、少し出かけてきます」
「どちらへ? お送りいたしますが・・?」
「かまいません、一人で出かけてきます」
そう言って僕はその場から姿を消した。

そっと目を開くとすでに見慣れたみすぼらしいドアが目の前にあった。
軽くドアを叩く。
「は〜い」
元気な声と共にドアが開いた。
「あれ、樫緒じゃない。珍しいわね〜あんたがここに来るなんて」
姉の姿に、一瞬あの夢の光景が重なるが、目を閉じて振り払った。
「おはようございます、姉様」
「おはよ。んで、なんか用?」
いつものように素っ気なく言う姉様の様子に思わず苦笑しかけたが、とりあえずは
我慢する。
「少し、父さんにお話が・・」
「鷲士くんに? ・・・また結城の帝王学がどうとかやるつもり?」
ジト目で睨んでくる姉様の様子に一瞬怯みかけたが、慌てずに否定した。
「あれ、樫緒くん。来てたんだね〜。おはよう」
「おはようございます、父さん」
「鷲士くん、樫緒が鷲士くんと話したいんだって〜」
姉様がそう言うと、父さんは本当に嬉しそうに僕を家に招き入れた。

部屋に入っていくと、いい匂いが漂っている。
どうやらこれから朝食だったようだ。
「んで、なんなの、話って?」
姉様が急かしてくるが、父さんとの話を姉様に聞かれるのは避けたい・・
そう思って悩んでいると・・
「美沙ちゃん、悪いけどちょっと出かけてくるよ」
「え〜っ、朝御飯どうするのよ〜」
「先に食べててよ。ちょっと樫緒くんと話してくるから。ここじゃ、話しにくい
みたいだしね」
「う〜、樫緒〜、何も御飯の前に来なくたって〜」
恨めしそうに睨んでくる姉様の様子に思わず冷や汗をかいた。
「す、すみません、姉様。僕ならかまいませんから、父さんと先に朝食を済ませて下さい」
とりあえず待つつもりで背を向けた僕を姉様が小突いた。
「いいわよ。どうせあんたもまだ朝御飯食べてないんでしょ? 待っててあげるからさっさと
話してきなさいよ」
・・・やはり姉様にはかなわないな・・
そう思って苦笑する。
「わかりました。ではしばらく父さんをお借りします」
「じゃあ、ちょっとその辺歩きながら話そうか」
「はい」
姉様に軽く一礼して、僕は父さんと共に家を出た。



あれからしばらくの間、父さんと二人で辺りを歩いていた。
なんと言って切り出せばいいかわからず、迷っていたが、父さんは急かすこともなくただ僕と
共に歩いていた。
「・・・父さん」
「ん? なんだい、樫緒くん」
「・・・なぜ・・あんなに強くなれるのです・・」
僕がそう言うと、父さんは何を言いたいのか察したようだ。
「強くなんか・・ないよ」
「強いです・・僕などよりもずっと・・」
そうだ・・父さんは強い・・
九頭竜という力を持っている父さんは、どんな奴らにも負けはしないだろう。
だけど、僕にも力はある・・姉様が『樫緒の世界』と呼ぶ力・・
単純にその力だけなら、父さんにだって勝てる・・でも、それ以上に・・
あんな目にあっても・・そうやって笑っていられる・・その強さが・・僕にはない・・
だが、そう言った僕の肩に置かれた父さんの手は、わずかに震えていた。
「・・父さん?」
訝しげに見た僕に微笑みかける父さん。
「僕は・・強くなんかない・・・今だって・・あの時のことを思い出したら、震えが止まらないよ・・」
そう言って弱々しく微笑む。
「ただ・・美沙ちゃんを・・樫緒くんや美貴ちゃん、それにみんなを・・絶対に守りたかった・・
ただそれだけなんだ・・」

幼い頃、無理矢理に引き離された母様を守るために身につけたという九頭竜・・
その時の気持ちは・・今も変わってはいないのですね・・
「僕ね・・すごく欲張りなんだ」
「えっ?」
不意に話を変えられて僕は戸惑った。
訳がわからず見つめる僕に父さんは微笑んで言った。
「美沙ちゃんだけ・・樫緒くんだけ・・美貴ちゃんだけ・・それじゃあ満足できないんだ。だから、
みんなを守る。一人だけじゃなく、二人だけでもなく・・みんなを」
そう言って照れくさそうに笑った父さんは、いつも以上に優しく、そして強く見えた。
だから、余計に自分の弱さが・・無力さが許せなかった・・
「僕は・・何もできなかった・・姉様が苦しんでいるのに・・母様が必死に叫んでいるのに・・
父さんが・・自らを傷つけてまでも戦っていたというのに・・僕は・・・!」
力が使えない程度で何もできなくなった自分・・
悔しさに身体が震える。
無力感に涙が溢れてくる。
だが、そんな僕を父さんはそっと抱きしめてくれた。
「でも、君はあそこにいてくれた」
「しかし・・結局何も・・」
「冬海ちゃん・・翔子ちゃんが水になって消えてしまうのを救ってくれたのも君だ」
「あれは・・あの場合ああするしかなかっただけです・・結局、助けてはいない・・」
「それに何より・・僕の大切な息子として生まれてくれた」
その言葉に、僕は思わず父さんを見つめてしまった。

「ゆうちゃんにもうあえないのはつらいけど・・君達がいてくれるから・・・だから
僕は頑張れる。どんなにつらいことがあっても、戦っていけるんだよ」
「父さん・・」
「だから、君は無力なんかじゃない・・・確かに力が通用しない相手だっているだろうけど、
だからって、それですべてが終わりなんかじゃないんだ」
「ですが・・・」
「一人で戦う必要なんてないよ。あの時君は、僕に力をくれた。勇気をくれた。だから、
僕は戦えたんだ。一人っきりなら、きっと勝てなかったよ」
「父さん・・」
「あの時、一緒に戦ってくれてありがとう、樫緒くん。本当に嬉しかったよ」
父さんのその言葉が嬉しくて・・胸に溜まっていたものが一気に消え失せたような気がした・・
その時、すっと父さんが僕を抱き寄せた。
「えっ・・」
戸惑ったまま父さんの胸に抱かれる・・と、その時僕は自分が泣いていたことに気付いた。
それと同時に、父さんが抱き寄せてくれた理由にも気付いた。
人に泣く所を見られるのを嫌っている僕のために、涙を見ないようにしてくれたと言うことに。
そのまま僕の涙が止まるまで、父さんはずっと僕を抱きしめていてくれた・・・。

それからどれくらい経っただろうか。
ようやく落ち着いた僕に父さんは笑いかける。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。美沙ちゃん、きっと待ちくたびれてるよ」
「はい」
答える声にも少し前のような暗さはない。
自分の中から嫌なものが綺麗に消え去っていることに気付いて、僕はそっと父さんの手を取った。
「ん? どうしたの?」
「・・・ありがとうございます・・父さん・・」
言ったはいいが照れくさくなったので、繋いだ手を離して父さんに背を向ける。
その僕の頭を父さんがクシャクシャと撫でてくれた。まるで母様がしてくれるみたいに。
「やっぱり・・父さんなんですね・・」
「えっ、何か言った?」
「いいえ。じゃあ、急ぎましょう。姉様を怒らせると後が怖いですから」
「あ、うん。そうだね」
そう言って微笑んでくれる父さんはとても大きくて強くて優しくて・・
僕は、母様や姉様がいつまでも魅了されている理由が、少し解ったような気がした。


「あ、そう言えば樫緒くん、さっき母様がって・・ひょっとしてあの時・・・」
「・・・忘れて下さい」
「でも・・」

「そこは聞き流すんですっ!」
「で、でもさ・・・」
「・・・僕のこと、嫌いですか?」
「あ、うん、わかった〜。聞き流すね〜」
にこやかに言った直後に混乱している様子の父さんを横目に、僕は溜息をついた。
・・まったく・・いつまでこんな状況を続けるつもりですか・・母様・・
と、思いながら、未だに混乱している父様を見て思わず苦笑した。
「父さん、急ぎますよ。姉様の吹っ飛べ君を食らいたくはないでしょう?」
そう言う僕に父さんは苦笑して頷くと、二人で大急ぎで家へと向かった。

その後、ようやく帰った僕らに、姉様の怒りが炸裂したことは言うまでもない・・






                     
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