DADDY FACE SS 『回避不能(1)』
by Sin



 草刈家の居間…
 虎雄にとっても最早馴染み深く、美沙に到っては完全に自分の居場所であるはずの所。
 いつも暖かな温もりと優しさに包まれていたこの場所は、今、呼吸をすることすら苦しいほどの緊迫感に包まれていた。

 美沙の妊娠が発覚。
 発端はそれだった。
 間違いではないのか…そんな思いを裏切るように、何度も繰り返した検査は同じ結果を返すばかり。
 そして今日分かる検査結果が全てを決める…

 家長である鷲士を上座に、そしてその横に美貴が寄り添うように並ぶ。
 その向かいには、緊張に顔を強ばらせた虎雄と、真っ青に青ざめて涙を浮かべながら唇を震わせている美沙の姿が。その背後には付き従う冴葉の姿もある。
 樫緒は仕事が忙しく、今はまだ連絡が取れていない状況なのでこの場には居合わせていなかった。

「……それで、冴葉さん。検査の結果は……?」
「やはり、Dr.アルディーは、すでに4ヶ月目だと…」
「そうですか……」
 再び沈黙。
 まさに針のむしろに座らされているような状況に、虎雄、そして美沙の緊張はピークに達しようとしていた。

「虎雄くん、君はこうなる可能性を分かった上で、美沙ちゃんとの関係を持ったのか?」
「…頭では…分かっていたつもりでした……」
 声が、身体が震える。
 今、目の前にいるのはいつもの温厚な鷲士ではない。
 むしろ、ひとつ答えを間違えばこの場で殺されかねないほどの殺気がずっと吹き付け、虎雄の身体を震えさせる。

「分かっていた…だって? なら、どうしてこんな事になる!?」
「す、すみませんっ!」
「しゅ、鷲士くん、わ、私だって悪いの!!」
「美沙ちゃんは黙っていなさい!」
「で、でも……」
「美沙…今は鷲士の話を聞いて」
「う…うん……」

「君にも話したね、僕とゆうちゃん……美貴ちゃんがしてしまったことの為に、美沙ちゃんや樫緒くんにどれだけ辛い思いをさせてしまったのか。そして美貴ちゃんにどれ程の辛さを味あわせてしまったのか!」
「は、はい…」
「君達が本当に愛し合っていることは知ってる。君が命をかけて彼女を守ってくれたことも、その君を彼女が眠ることすら忘れて看病していたことも! でも、子供を作るって事は、そんな簡単な事じゃないんだ!」
 必死に気持ちを抑え込んでいる為に、鷲士の強く握られた拳からは血が滴る。

「……虎雄…くん…君は美沙ちゃんのことをどう思っているんだ?」
「一番大切な人です。俺の命よりもずっと!」
「虎雄……」
「……命をかけても…守りきれないかもしれないんだよ? 人の力は…そんなに大きい物じゃない……どんなに愛していても…どんなに大切にしていても…守れない時は必ず来る。そんな時、君はどうする? より大きい力を得る為に自分を鍛える? それとも、なにか道具を使う? でもね、その時守れなければ意味がないんだ」
 かつて自ら味わい、そして強くなると誓ったあの日の出来事……
 それはどれ程の年月が流れようと、鷲士の心から消え去ることはない…
 愛する人を守れなかった…
 大切にしていたものを奪われた…
 そして…その為に愛する人が受けた心の傷…
 それは決して赦されはしない。
 たとえ他の誰もが赦してくれたとしても…自分自身を赦すことは出来ない……
 その思いが溢れ、血を吐くような鷲士の言葉に美貴と美沙は涙を浮かべ、虎雄はぐっと歯を食いしばった。

「それでも……それでも俺は守りたい! 美沙を! 俺の何よりも…誰よりも大切な、たった1人の女性を、守りたいんだ! 夢物語だって言われたって構わない! 幻想だって言われても構わない!! それでも俺は愛している女性を、この手で守り抜きたいんだ!!」
 じっと鷲士の目を見据えて言い放つ虎雄。
 その目をじっと見つめていた鷲士だったが、唐突に立ち上がって背を向けた。

「しゅ、鷲士くん、まだ……」
「師匠!」
「……虎雄くん……ついてきなさい…」
「えっ……あ、は、はい!」
 突然、家を出て行く鷲士の後を慌てて追いかける虎雄。
 美沙達もすぐに後を追った。

 しばらく歩き続け…やがてかなり大きめの広場にやってきた鷲士は、じっと虎雄を見つめる。
「師匠?」
「……虎雄くん、君は命をかけても美沙ちゃんのことを守りたいと言ったね? たとえそれが幻想だとしても」
「はい!」
「……君の覚悟を僕に見せて貰う」
 ゆっくりと眼鏡を外す鷲士。
 その瞬間、手の中でメガネが粉々に砕け散った。

「殺す気でいく…君の気持ちが本当なら、生き延びて僕を倒して見せろ!!」

 言葉と共に放たれる徹陣……凄まじい踏み込みに地面が陥没し、思わずガードした虎雄はそのまま弾き飛ばされる。

「いつつ……し、師匠!?」
「遅い…!」
 そのまま背後に回り込んだ鷲士の手がとてつもない高熱を宿す。
 
 − 九頭・右竜焦手 −

 慌てて身をかわした虎雄は、そのままゴロゴロと転がって間を開けると、一瞬で立ち上がった。

「焦手なんて殺し技マジで使ってくるなんて…冗談抜きに……やらないと殺られる!?」

 背筋の凍るような感覚。
 そんな中、虎雄は不思議と熱く滾るような気持ちを覚えていた。

「………こんな機会、何度あるか分からないんだ…やってやる…そして、絶対に美沙との関係、認めて貰う!!」

 覚悟を決め、あらゆる無駄な力を抜いて構える虎雄。

「この戦いだけは…絶対に負けられない!!」

 今ここに、師弟対決の幕が開いた……





        戻る        次頁