DADDY FACE SS 『恐怖 −冴葉− (秘書として女として・・・)』
by Sin



あれから・・もうどのくらい経つのか・・
あの日以来、私は毎日のように嫌な夢を見続けていた。
お陰で最近ほとんど眠っていない。
それでも・・いい・・
あんな夢を見るくらいなら・・眠らずにいられるだけ・・まだましね・・
「ふぅ・・・」
座った途端、思わず溜息が出る。
自分で思っていた以上に疲れているみたいね・・

「キャプテン、なにか?」
「いえ、気にしないで・・・」
単衣にそう言ったものの、私はまた溜息をついていた。

私が・・・あの時判断を誤らなければ・・

ライトニングレディの甲板で、あの日鷲士さんにすがって泣いていたボスの姿が
今でもはっきりと思い出される。

私は・・・ウルスラの催眠に落ちているなんて・・全く思ってなかった・・

あの時引き金を引く事ができなかった為に、結果として、ボスに恐怖を与えてしまい、
鷲士さんにも怪我を負わせる事になってしまった・・・

「ボスを守れなくて・・・何が秘書・・よ・・」
思わず握りしめた手が震える。

あの時は幸いにも、誰かが助けてくれたからボスの命も助かり、鷲士さんに娘を殺し
てしまう地獄を見させずに済んだ。
でも、もしもあの時、誰も助けてくれなかったら・・・
あれから何度も夢に見た光景が脳裏に過ぎって、私は思わず振り払った。

あの時・・鷲士さんの手が止まらなければ・・・今頃ボスは・・・

そう思ったとき、私はもう、胸の痛みをこらえる事ができなくなっていた。
「・・・単衣、しばらくここを任せます。緊急の時はすぐにコールを」
「は、はい、キャプテン」
戸惑ったような単衣の声に背を向けて、私はブリッジを離れる。
やがて自分の部屋にたどり着くと、そのままベッドに倒れ伏した。

こうしていると、あの時の鷲士さんの言葉が脳裏に浮かんでくる。
『冴葉さん、美沙ちゃんたちと古谷先生のこと、お願いします』
いつもの優しげな鷲士さんの声とはどこか違う・・暖かみはあるが、その裏に
激しい怒りと悲しみを秘めた声・・・

「鷲士さんの・・あんな声はもう・・聞きたくない・・・」

ボスと樫緒さんの父であり、美貴さんの最愛の人であり、そして私にとっても・・・

「・・・私には・・そんな事を思う資格はありませんね・・」
あの人には・・すでに大切な人がいるのだから・・・

そう思うと、途端に胸が痛くなった・・
必死に堪えても、涙が溢れてくる・・
切ないから・・? 寂しいから・・? それとも・・・

と、その時だった。
「冴葉〜、いる?」
扉の向こうから聞こえてきたボスの声に私は思わず飛び起きた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
そう言うと慌てて鏡に向かう。
眼の赤さはごまかせそうもないが、とりあえず服装と髪の乱れだけは直して
扉を開けた。

その途端に私の心から悩みが吹き飛んだ。
そこには、ひまわりのような笑顔を見せるボスと、いつも通り、優しく微笑んでいる
鷲士さんの姿があったから。
・・・本当に素敵な笑顔は・・悩みすらも吹き飛ばしてしまうんですね・・
私がそんな事を考えていると、いきなりボスが私の顔を覗き込んできた。
「・・・どしたの? 眼、赤いよ?」
「すみません・・・眠っていたものですから・・」
うまい言い訳が思いつかなかったのでそう言うと、鷲士さんが心配そうに見つめてきた。
・・・こう言ってはなんだけれど・・
鷲士さん・・解っててやってるのかしら・・?
こんなに側で見つめられたら・・私・・

「大丈夫ですか、冴葉さん。疲れてるんじゃ・・?」
「え、そうなの、冴葉?」
鷲士さんの言葉に心配げにボスも見つめてくる。

やっぱり解ってない・・わね・・
思わず溜息が出そうになったが、それ以上に私の事をこんなに心配してくれるボスや
鷲士さんの優しさが嬉しくて、思わず胸に熱いものがこみ上げてきた。

でも、二人の優しさを無駄にしたくないから、私は温かくなった胸にそっと手を当て、
溢れてくる涙を堪えて微笑んで見せる。

「心配して頂いて、ありがとうございます。でも、大丈夫ですから・・・」
その途端、鷲士さんが・・そしてボスも真っ赤になる。
「どう・・しました?」
訳がわからずそう聞いてしまったが・・・
「あ、いや・・その・・」
「冴葉がそんな風に笑ったの、初めて見た・・・」
ボスの言葉にコクコクと頷く鷲士さんと、そう言って笑うボスの様子に、私は思わず
笑った。

この人達となら、何があっても乗り越えていける・・たとえ思いが叶わなくても・・・

「冴葉?」
2人と共にブリッジに戻る途中、その声にふと見ると、ボスが不思議そうに見ている。
「ボス、何か?」
「あ、ううん、その・・なんていうか・・・いつもと違うね、冴葉」
「えっ?」
小首を傾げながら答えるボスに、私は戸惑って自分を見回した。
・・特に変わっているようには思わないけれど・・

「ちょっと耳かして、冴葉」
「はい?」
ボスの考えが解らないままに私はかがみ込む。
「・・冴葉、鷲士くんの事、好き?」
その言葉に私の胸が急に高鳴った。
「な、なにを・・・!?」
「どうしました、冴葉さん?」
前を歩いていた鷲士さんがその声に振り返る。
「い、いえっ、なんでもありません!」
大慌てでそう言う私の様子に鷲士さんは目を丸くしていたが、やがて背を向けて歩き
出した。
「ボ、ボス、私は・・別に・・・」
取り繕う私の手を、ボスが握った。
「・・・駄目だよ・・・鷲士くんは・・私達のお父さんなんだから・・・」
「わ、解っています・・・」
解っている・・だけど・・
そう思った矢先、途端にボスが笑った。
「ボス?」
「やっぱり鷲士くんの事、好きなんだ〜」

引っ掛けられた・・・

そう思うと照れくさくなって、頬が熱くなる・・おそらくはまた真っ赤になっている
わね・・。
その時、前を歩いていたボスが急に振り返った。
「・・・鷲士くんの事・・守ってね・・冴葉・・・」
「えっ?」
「鷲士くんの事好きなら・・・守ってね・・・」
「ボス・・・」
「あ、でも・・・」
「解っています。美貴さんから取ったりはしませんから・・」
私がそう言うとボスは笑って頷いたが、ふと何かを思いついたかのような表情を見せた。
「そ〜だ! ねえ、冴葉が鷲士くんにアプローチしたら、美貴ちゃんも焦って・・」
ボスのその言葉に私は苦笑すると、横に首を振った。
「遠慮しておきます。私はまだ、死にたくありませんし」
「あ、それもそっか。美貴ちゃん嫉妬すると怖いもんね〜」
そう言うボスと共に私も笑った。

本当は・・そんな危険を冒しても鷲士さんと・・・

心の奥でそんな事を思いながら・・・

・・その日以来、私はあの悪夢を見る事が無くなった。






                     
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