DADDY FACE SS 『不死咎人(12)』
by Sin



 鬼丙を倒した喜びもつかの間。
 虎雄が、大量の血を吐き出して倒れた…

「虎雄! しっかりして、虎雄っ!!」
 抱き起こし、いくら揺さぶってみても目を覚ますどころか、ピクリとも動かない。
「「虎雄くん!」」
 鷲士と美貴が駆け寄るが、どうする事も出来ずに立ち尽くすしかなかった。

「何故…外傷も殆ど無いはずなのに…」
 泣きじゃくる姉の姿に、樫緒も戸惑いを隠せない。

 と、その時。

「ボス! ヘリが到着しました! 早く虎雄さんを!」
 冴葉の声に慌てて振り返った鷲士は、冴葉の背後で待機するヘリを目にすると、美沙ごと虎雄を抱き上げてヘリへと走った。
「鷲士! 私達も行くわ!!」
 樫緒と美貴もヘリに飛び乗り、最後に乗り込んだ冴葉がハッチを閉める。
「急ぎましょう。状況が分からない以上、時間との勝負です」
 その言葉に鷲士が頷くと同時に、全員が乗り込んだヘリは、回転翼の音を響かせながらカト女を離れた。

「虎雄…おねがい、死なないで…」
 病院に向かうヘリの中、美沙は虎雄の身体を抱きしめて祈るように呟き続ける。
 そんな美沙の姿を、鷲士は病院に向かうヘリの中、唇を噛んで見つめるしかなかった…。


 あれから8時間。
 病院に運び込まれた虎雄…点灯した手術中のランプは未だに消えない。
 鷲士達はなにもできず、ただ祈るような思いで、じっと待つしかなかった。

 すでに涙は出尽くしたのか、手術室の扉の前に立ち尽くす美沙の頬に、もう涙は流れてはいない。
 ただ虎雄の無事だけを祈り続けていた美沙が、不意にポツリと呟いた。
「鷲士くん…もしも……虎雄が死んじゃったら…」
「美沙ちゃん…」
「……私も…生きていけない…」
 その言葉と共に、また美沙の頬を一滴の涙がこぼれ落ちる。

「美沙…」
「姉さま…」
「ボス…」

 そんな美沙の様子を痛々しい思いで見つめる美貴達。
 なんとかしてあげたい…その気持ちは皆同じだ。
 その時…

「ランプが……消えた…」
 鷲士の言葉に、美沙達の間に緊張が走る。
 全員の目が手術室の扉に向けられ…
 そして……扉が開かれた…


「虎雄っ!」
 ストレッチャーに寝かされて運ばれてくる虎雄に、美沙が直ぐさま抱きつく。
「先生、虎雄くんは……?」
「危険な所は脱しました。後は意識が戻れば大丈夫です」
 その言葉に、張りつめていた空気がようやく和らいだ。

「……あ…りがとう……虎雄助けてくれて……ホントに…ありがとう……」
 また溢れてきた大粒の涙をポロポロと零しながら何度も礼を言う美沙に、ドクターは、
「いえ、会長の彼を助けたいという想いが彼をこちらに呼び戻したんですよ」
 そう言って微笑む。
「それにしても…」
「えっ?」
「会長も隅に置けませんねぇ、その若さでしかも年下の旦那さんとは…」
「だっ、旦那ぁ!?」
 突然の言葉に美沙は顔を一気に赤らめ、鷲士、美貴、樫緒の3人は絶句。
「違いましたか? 片桐女史からはそのように伺ってますが…」
「なっ、さ、冴葉ぁっ!!」
「大して違いはないかと」
「あ、あのねぇっ! 虎雄、まだ結婚できる年じゃないでしょ!!」
「年齢さえ問題なければ、十分にあり得る状況ですが?」

 その言葉に、鷲士も流石に顔色を変える。
「さ、冴葉さん、それって……」
「姉さま、まさか虎雄と……そ、その、こ、恋人以上の関係に…」
「だ、誰もそんな事言ってないでしょ!」
 2人に詰め寄られて、美沙の顔は真っ赤に染まった。

 なんとか誤魔化して乗り切ろうとする美沙だったが、2人の追求は更に苛烈さを増していく。
「美沙ちゃん!」
「姉さま!?」 
「う、うう、うるさーーーいっ!! ここは病院なんだから、2人とも静かに出来ないなら出てけーーーっ!!」

 美貴や冴葉が笑いを必死に堪えているのを恨めしそうに見ながら、美沙の叫びが病院に響き渡った…


 数日後…

 あれからずっと泊まり込みで看病を続ける美沙の元を、着替えやお見舞いの果物を持った美貴達が訪れた。

「美沙…虎雄くんの様子、どう?」
「あ、美貴ちゃん……それに鷲士くんも……樫緒は…やっぱ、居ないか……」
「ちょっと忙しいみたいだからね。また夕方には来るって言ってたよ」
「そう…」
「虎雄くんは?」
「かわんない…ずっと眠ったまんま……」
「早く目を覚ますと良いね」
「うん…」

 ちょっと寂しそうにそう答えた美沙は、「ちょっと水変えてくるね」と言って病室を出て行った。

「美沙ちゃん、疲れが溜まってきているみたいだね」
「虎雄くんがこんな状態だから…私だったら…この状況、耐えられないかも…」
「美貴ちゃん…」
「虎雄くん…早く目を覚ましてあげて…このままじゃ美沙、倒れちゃうよ…」
 
 そう呟く美貴の頬には、娘を思う母親の涙が溢れていた…

「じゃあ、2人ともしばらく出ていて」
 戻ってきた美沙に言われて、戸惑いを隠せない鷲士。
「え?」
「虎雄、汗かいてるみたいだから拭いてあげるの。だからほら、早く」
「え? ええ? で、でも、それはナースの仕事なんじゃ…」
「私がしたいの。わかる?」
「だ、だけど、身体を拭くって事は、服を脱がせるって事になるわけだし、それに、その…」
「はいはい、私達はお邪魔よね。それじゃあ美沙、あとは頑張ってね〜♪」
「ちょ、ちょっと、美貴ちゃん!?」
「しゅーくん……私のコト、キライ?」
「そんなわけないよ〜」
「じゃ、一緒に帰りましょ。ねっ、しゅーくん♪」
「わーーーっ、美沙ちゃん、早まったコトしちゃダメだよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
 美貴に引きずられるままに情けない声を響かせて帰っていった鷲士を、苦笑しながら見つめていた美沙だったが、やがてそっと虎雄の身体を抱き起こすと、慣れない手つきでもたつきながらも虎雄の服を脱がせていく。
 やがて下着1枚の姿になった虎雄の身体をじっと見つめる美沙。

「……あの時より…またたくましくなってる……虎雄……」
 胸の奥が暖かくなるようなその気持ちに頬を染めながら、美沙は虎雄の身体を拭っていく。
 顔から首筋、そして肩から胸元へ。
 身体のあちこちにある傷を避けながら、絞った手拭いでその全身を拭く。
「私の為に…こんなに傷だらけになって頑張ってくれたんだね…」
 そっと胸元に頬を当てて抱きつく。
 力強く刻まれる鼓動が虎雄の命の強さを表しているかのようで、美沙はその温もりに安らいだ気持ちになって目を閉じようとした。だが、その時…

「……美沙…?」
「え……っ?」

 不意にかけられた声に美沙が慌てて顔を上げると…

「……俺……どうしてたんだ……?」
 ぼんやりとこちらを見つめる瞳……
 
「と……ら…」
「美沙?」
 張りつめていたなにかが、美沙の中で砕け散った。

「ああ……ああああ……虎雄……虎雄……っ……虎雄ーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「み、美沙!?」

 いきなり抱きつかれて慌てる虎雄だったが、泣きながら縋り付いてくるその姿に苦笑すると、そっと抱きしめた。

「寂しかった……寂しかったよぉ……」
「……ごめんな…美沙……」
「虎雄…っ」
 
 しっかりと抱きしめ合って唇を交わす2人。
 この2人以外誰も入れないこの空間の外で、見つめる2つの姿…

「……姉さま…」
「ボス…なんて……なんて……『萌え』る光景なのかしら……」

 歯噛みして見つめる少年の横で、扇子で口元を隠してほくそ笑む女性。
 しかもその怪しい光景を作り出している2人が、人目を引きつけるような容姿をしているが為に、それから先も延々とこの怪しい2人の噂は病院の7不思議のひとつとして語り継がれるようになってしまうのだった…





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