DADDY FACE SS 『不死咎人(8)』
by Sin



「いやああああああああああああっ!!」
 目の前に突然現れた巨大な化け物に、美貴は思わず結城の力を使っていた。
 化け物は一瞬光ったかと思うと、一気に弾け飛ぶ。

「うぅっ、気持ち悪いよぉ・・・」
 全く触れてはいないのだが、美貴はまるで直接触れてしまったかのように何度もハンカチで手を拭き続けている。
 結城の力は、もう一本の見えない手で直接触れているようなものだから、それも仕方ないだろう。
 
「美貴ちゃん、大丈夫!?」
「ふぇ〜ん、しゅ〜くん〜」
 心配して聞いてくる鷲士に、ここぞとばかりに甘える美貴。
「わわっ、美貴ちゃん!?」
 慌てた鷲士が引き離そうとするが、美貴は完全に別の世界にトリップしていた。
「えへへ・・・しゅーくん、あったかい・・」
「んなことしてる場合かぁぁぁぁっ!!」

 すぱーん! という派手な音と共に美貴の身体が吹っ飛ぶ。

 冷や汗混じりに顔を上げた鷲士が見た物は、巨大なハリセンを肩に担いだ美沙の姿だった。

「み、美沙ちゃん、ちょっとやりすぎのような・・」
「こんな時に、あっちの世界にトリップしちゃってるような美貴ちゃんが悪いの! 虎雄があんなにボロボロになるまで頑張ってくれたっていうのに・・鷲士くんは美貴ちゃんの『ナイトさま』で『王子さま』で『ご主人さま』なんだから、もっとちゃんと躾とかないとダメじゃない」
 ハリセン−吹っ飛べくん(対・変態吸血女バージョン)−を突きつけながらそう言ってくる美沙の様子は、先程までの弱々しさはどこへやら、いつも通りに戻っていた。

「え、いや・・あはは・・・」
 引きつった笑いを浮かべるしかない鷲士。

「いったぁ・・美沙ぁ、ちょっと今日は特に手加減無いんじゃない・・?」

 少し先の木の上からひょっこりと顔を覗かせてそう言う美貴の頭には、鳥の巣が・・
 どうやらあそこまで吹っ飛ばされたらしい。

「ちょっと聞いてる・・・っ!? み、美沙ッ、虎雄くんがっ!!」
 美貴の声に慌てて振り返る美沙。
 すると、そこにはふらつきながらもなんとか立ち上がろうとする虎雄の姿があった。

「とっ、虎雄!? 動いちゃダメ!!」
 急いで駆け寄るともう一度休ませようとするが、虎雄は美沙を離れさせると焦りさえ浮かべた表情で、周りの気配を探っていた。

「・・・虎雄?」
「静かに! くっ、目の前にいたのを逃がしちまったからな・・」
「虎雄くん? さっきの奴なら、美貴ちゃんが・・」
「・・・師匠、あれは気配がないんです。それにちょっとやそっとの攻撃じゃ、すぐに再生してくる。やられたふりしてるだけです! 今だって、どこに潜んでるか・・」
 虎雄の言葉に、顔色の変わる鷲士。
 僅かな気配の変化も逃すまいと、2人が神経を張りつめていたその時だ。

「「!?」」

 突然爆発的に増えた気配に、張りつめていた神経が徒となって鷲士と虎雄は思わずその場に膝を突く。
 特に虎雄は溜まりに溜まっていたダメージが更に増えて、立っている事どころか座る事すら出来ずにその場に倒れ込んだ。

「虎雄!」
 美沙に抱き起こされ、虎雄は息を荒げながらも周りを見回す。すると、そこには無数の女性の姿が・・
 それは先程まで幾度も倒した赤いスライム状の物体ではなく、青紫色に輝く硬質の物体へとその形を変えていた。
 いや、そればかりではない。
 見回す鷲士達の周りには、巨大化した虫や動物の姿までもが大量に出現していた。
 その数、ゆうに1000を超している。
 
 そちらの方も、女性と同じように青紫色に輝く物体で形作られていた。

「どうやら、美沙ちゃんの言ってたのは正しかったみたいだね・・」
「取り込んだ相手を自分の手足として使っている訳か・・くそっ、絶対に許さない!」

 鷲士と虎雄は美貴達をかばうようにして化け物と相対する。
 だが・・・

「なっ!?」
 驚きの声を上げる鷲士。
 そのすぐ目の前を、とてつもないスピードで巨大トンボが通り過ぎる。
 軽く、時速200キロは超えていた。あまりに強烈な速さに思わず身がすくむ鷲士。
 もしもあんな物に直撃されれば、一発で全身の骨はバラバラだ。
「美貴ちゃん達は伏せてて!!」
 声をかけると、鷲士は飛んでくる虫を片っ端から弾き返した。
 力の流れを読み取り、左竜輪頸の要領で力を受け流して方向を変える。
 そうやってなんとかかわし続けてきた鷲士だったが、一瞬の疲れが技のキレを鈍らせて、美貴の側まで弾き飛ばされてしまった。

「しゅーくん!」
「鷲士くんっ!」
 慌てた2人の声。
 顔を上げると目の前に巨大なカブトムシが・・
「師匠!!」
 駆け寄ろうとする虎雄だったが、巨大アリの大群に阻まれて身動きが取れない。
 直撃を覚悟して身を固くした鷲士だったが・・

「この程度の輩に、何をやっているのですか・・」
 呆れたような傲岸不遜の声。
 それと共に、周りを取り囲んでいた化け物の半分が消え去った。
「遅れて来た割には随分と良い挨拶ね、樫緒!」
 ホッとしたような、苛立っているような不思議な表情で睨み付けてくる姉に、樫緒は肩をすくめる。
「あ、ありがとう、樫緒くん」
 礼を言う鷲士に、樫緒は益々苛立った様子で、言った。
「母さまと姉さまの危機と聞いてきましたが・・全く不甲斐ない・・貴方がいながら、何をしていたのです、父さん?」
「ごめん・・」
「・・・まったく・・」
 その時、周りを警戒して飛び回っていた巨大トンボが一気に襲いかかってくる。
 だが、それは鷲士達に届く前に、全て撃ち落とされた。

「遅くなりました、ボス!」
「冴葉!」
 姿を見せたのは、冴葉率いるFTIの直属スタッフ達だ。
 一斉に美沙達の周りを囲むと、SMG、そして冷凍銃を構えて一斉に発射。
 冷凍銃で凍り付かせた部分をSMGが次々と打ち砕いて行く。

「申し訳ありません、ボス。これと同じような化け物の妨害で、遅くなりました」
「ううん! そんな事より、怪我人はいない?」
「2人程・・足に傷を負って、今はFTI管轄の病院へ搬送しています」
 冴葉の言葉に美沙は一瞬表情を暗くするが、すぐに気持ちを落ち着けて話を進めた。
「そ、そっか・・他のみんなは大丈夫?」
「他に怪我人はありません。ですが・・かなり精神的に参っているようです」
「・・・無理ないよね・・あんなの・・私だって見たくないもん・・」
 周りで蠢く化け物達・・そしてその中で未だに泣き叫び続ける女性達の姿・・美沙はそんな光景から目を背けた。
 正視出来るような物ではない。幾度その身体を砕かれても・・再生してあの化け物の思うがままに操られる・・
 そんな彼女達の様子に、美沙は思わず涙をこぼした。
「酷いものです・・」
「なんとか・・助けられないの?」
 わかってはいる。そんな事が出来る状態ではない事くらい・・
 それでも、美沙は聞かずにはいられなかった。
「彼女達の生命活動は、あの化け物と融合する事によって維持されています。ですから・・」
「助けたが最後、死んじゃうって事ね・・」
「はい。残念ですが・・」
 目を伏せる冴葉。周囲では化け物達との戦いが続いている。
「今は・・生きてるんだよね・・あの人達・・なのに・・私にはどうする事も出来ないなんて・・」
 そう言って美沙は悲しそうに俯いた。

 その時だ。

「美沙、危ないッ!!」
 突然の声に、振り返ろうとした美沙だったが、それよりも早く誰かに抱きかかえられて、空中に舞い上がる。
「え、えっ!?」
 訳がわからず見下ろすと、先程まで美沙がいた場所からあの化け物の本体らしい巨大な赤い物体が姿を見せていた。
「あ・・ああ・・っ!」
「大丈夫だ、俺が守るから・・」
 震える美沙を救ったのは虎雄だった。
 だが、すでに身体は限界を超えている。
 動いていられるのも、あとどの程度か・・
 それでも虎雄は、その命の一滴までも絞り尽くすかのような気迫で、美沙を守り続けている。

「攻撃をっ!」
 冴葉の合図と共に、FTIスタッフの銃がうなりをあげる。
 だが・・

「ば・・化け物・・」
 そう呟いたのは誰だったのだろう。
 いや、誰の声であろうが一緒だ。その場にいる皆が同じ事を思ったのだから。

 化け物の身体から無数に延びた触手のような物が、全ての弾丸を飲み込んで吸収していた・・
 しかし惚けていられる程、目の前にいる化け物は甘い存在ではなかった。

 悲鳴・・銃声・・また悲鳴・・・

 唐突に起こった惨劇に、美沙、美貴、そして鷲士達も言葉を失う。

 全ては突然だった。
 FTIスタッフが立っていた場所。
 その3分の2が、あの化け物に埋め尽くされていた。
 そしてその中には捕らわれたスタッフの姿が。

「い、嫌ああっ!」
 目の前で生気を吸われて干からびていく同僚の姿に、スタッフの1人が悲鳴を上げる。
 だが、その時鷲士は、生気を吸われているのが男性スタッフのみである事に気付いた。
 女性の方は、藻掻き苦しんではいるものの、生気を吸われている様子はない。

「・・まさか・・」
 鷲士の脳裏を過ぎる最悪の考え。
 それは現実となって目の前に現れた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
 悲鳴。それとも絶叫?
 あまりにも悲しく、身を引き裂かれんばかりの叫びに、美沙は虎雄に縋り付き、ガタガタと震えている。
 美貴も立っている事が出来ず、倒れそうになった所を鷲士に支えられ、かろうじて意識を保っている冴葉でさえも、顔を真っ青に染めていた。

 わかっていたはずだった。被害者の女性がどうなったのかを知っていたのだから。
 だが、それを目の当たりにするのとはまた話が違う。
 今、化け物に捕らわれた女性スタッフは、狂わんばかりの叫びをあげながら、その身体を少しずつ化け物と同質の物へ変化させられていた。
 助けたい。だが、下手に手を出せば彼女は殺されてしまうかも知れない。
 どうすればいいのかわからず、美沙はあまりのショックに涙を零す。

 その瞬間、樫緒が・・切れた。

 爆発。
 青い光が周囲に広がり、化け物達の身体を弾け飛ばす。
「ちょ、ちょっと樫緒っ!? あんな真似したら、みんな・・」
「・・あのまま放って置けば、間違いなくあの化け物の仲間入りですが?」
「う・・で、でも・・」
 怯む美沙に少し不満げな様子を見せながらも、樫緒は周りに近づいてきた化け物を弾き飛ばす。
「姉さまを泣かすような真似をするなら・・ただでは済ませません・・!」

 化け物を睨み付ける樫緒の様子を頼もしく思いながら、鷲士は美貴達をかばいつつ、化け物と対峙した。







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