斬魔大聖デモンベイン SS 『魔導探偵物語』
by Sin



第3話 赤


 九郎とアルが事務所に戻ったその頃…

「どういう事なのです!? 一体何がっ!?」
 覇道邸に響く瑠璃の声。
 切羽詰まった様子から、なにか非常事態が起こっていると判る。

「落ち着いて下さい、瑠璃お嬢様」
「これが落ち着いていられる状況!? ウィンフィールド、一体何が起こっているというのです!?」
「現在、判明しているのは…アーカムシティー西地区11番街で、全住民が突如として姿を消した…ということだけです」
「それではなんの解決にもなってませんわ!」
「申し訳ございません。早急に調査しておりますので、今しばらくお待ち下さいませ」
「う〜〜〜〜〜っ!!」
 苛立つ瑠璃。普段は冷静なウィンフィールドも、微かに焦燥感を浮かべている。

 その時…

「失礼します。ウィンフィールド様」
 そう言って入ってきたのは、ソーニャ、チアキ、マコトの3人だった。
「た、た、た、大変ですぅ、血がっ、血がぁっ!!」
「落ち着きなさい、ソーニャ。一体何があったのです?」
「だから大変なんですぅぅぅ…むぐぅっ!?」
「私から説明を」
 パニック状態で喚き散らすソーニャの口を塞ぐと、落ち着いた様子で進み出るマコト。
 ソーニャはじたばたと藻掻くが、やがてがっくりと項垂れて大人しくなる。

「それで、何があったのです?」
 2人の様子を額にでっかい汗を浮かべて見ていた瑠璃だったが、気を取り直して訊いた。
「先程、11番街の映像が送られてきたのですが…」
「……? どうしました?」
 珍しく言葉に詰まったマコトに、戸惑いを覚えながらも先を促す。
 だが、その後の言葉に覇道邸は一瞬静まり返る。 

「……全滅です」

「え……?」
 瑠璃はマコトが何を言ったのか、判らなかった。
 いや、あまりにも衝撃的な言葉に、脳が受け入れを拒否したのだ。

「……全…滅?」
「どういう事です、マコト?」
「……こちらをご覧下さい」
 そう言うとマコトは手に持ったディスクを壁のスロットへセットする。
 窓を厚手のカーテンが覆い、降りてきたスクリーンに何かの映像が流れ始めた。

「現在より、20分前……11番街の様子です」
「瑠璃お嬢さまは、見ん方がええかもしれへんよ……ちょっと…酷いことになっとるから……」
 チアキのその言葉に首を傾げた瑠璃だったが、映像を見た瞬間、その言葉の意味を理解した。


「―――っ!?」

 溢れそうになった悲鳴を必死に堪える瑠璃。

 見たくない。
 目を逸らしたい。

 そう思っても、身体は言うことを聞かず、瞬きさえも忘れた瞳に涙が溢れる。
 震える唇は悲鳴以外のものを紡ぐことができない。

「なん……ですと……」

 さすがのウィンフィールドも、この映像には言葉を失った。

 そこには……

血、血、血、血、血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血

 生きているものは何一つ無く、壁に、地面に、天井に……

 まるでペンキを塗ったかのように赤黒く染まる街……

 そして……辺りに転がる塊は……

 生きていたものの……破片…
 それを理解した瞬間、瑠璃の中で何かが切れた。

「あ……あぁぁ………あぁぁぁぁぁぁっ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「お嬢様!!」

 あまりの衝撃に堪えきれなくなった瑠璃がガクリと頽れるのをウィンフィールドが抱き留める。

「ウ、ウィン………フィ……ル…ド……」
 ガタガタと震える唇。
 それでも瑠璃の瞳は目の前の映像に囚われたまま逃れることができない。

「映像を止めなさい! 早く!!」
「は、はい!」
 ウィンフィールドの言葉に直ぐさまマコトが映像を止める。
 明るくなっていく部屋に、瑠璃はゆっくりと落ち着きを取り戻した。

「大丈夫ですか、お嬢様!? ソーニャ! すぐに寝所の用意を!!」
「は、はいですぅっ!」
 そう言うとソーニャはパタパタと駆け出していく。

「だ、大丈夫…です……」
「無理したらあかんて。そないに顔真っ青にして……」
「今は、お休み下さい、瑠璃お嬢様」
「……いいえ…それより…一体どうしてこんな事に……」
 立ち上がることもできない状態…
 それ程の衝撃を受けながらも、瑠璃は覇道財閥総帥としての責務を果たそうとしていた。

「……原因は全くわかってません。ただ…」
「ただ……なんです?」
「これは…うちの気のせいかも知れまへんけど…なんや、えらい気色悪いもんがおった気がするんですわ……」
「気色の悪いもの?」
「……はっきり言うて、化けもんです。人とか動物やない…ソーニャもマコトもしらんちゅうてるけど……うちは……」

 そのマコトの言葉に、瑠璃はしばらく考えていたが、やがて……

「……これは彼の領分かも知れませんわね…ウィンフィールド、大十字さんを呼びなさい」
「はっ」


 そしてその頃……九郎達は……


「あぁぁぁあああっ!! だ、駄目っ、駄目だっ、九、九郎、もう、もう、妾は、妾はぁぁッ!!」
「アル……アル……っ!!」

 激しい行為の果て……

「…………九……郎……っ」
「……はぁ…はぁ……アル……」

 熱く火照った身体を寄り添わせて見つめ合う俺達。

「……まった…く……汝ときたら…っ…」

 そう言って頬を膨らませるアルをそっと抱きしめる。

「なんだよ……」

「……うつけ…言わずとも判るであろうに……」

「言えよ」

「……汝が自分で考えろ」

「言えって」

 そう言いながらそっとアルの首筋に手を這わせると、アルは身体をビクッと震えさせて頬を赤らめた。

「………汝…は……ずるい……どうして妾ばかりが……こんなに恥ずかしい気持ちにならねばならぬのだ…」

 呟くと微かに涙ぐむ。

「アル……」

 頬に触れた手をそっとアルの背に回して抱き寄せた……

「……へへ……可愛い奴……」
「……うつけ……っ……」

 少し潤んだ瞳がゆっくりと閉ざされ…2人の距離がゼロに……


 その瞬間!

 突然鳴り出した電話のベル。
 慌てて離れる俺達。
 アルの顔は、耳まで真っ赤だ。多分、俺も…

「な、な、なんだっ!?」
「…………う……うぅうぅぅぅぅぅっ」
「ア、アル?」
「誰かは知らぬが、九郎とのせっかくの時間を………っ!!」
「お、おい、ちょっとまてぇぇぃっ!!」
「消え去れ! 下郎がぁぁっ!!」
 止める間もなく、激昂したアルの魔術が電話を跡形もなく吹き飛ばす。

「あ、あ〜あ………」
「ふむ…これで……」
 そう言うとアルは再び俺に抱きついた。

「最早邪魔するものもない…九郎…妾は……妾は……っ」
「お、いつになく積極的だな、アル」
「……何故か……無性に汝が欲しいのだ……九郎…」
 そう言って唇を重ねてくるアルの表情はあらゆるものを超越したものだけが持つ神秘性と幼き少女の初々しさを併せ持ち、強大な魔力を秘めながら、とても儚くも感じさせる…

「九郎……妾を……妾を抱きしめてくれ……二度と離れることのない様に……」
「アル…」
 少し泣きそうな表情で縋り付いてくるアルの身体を強く抱きしめる。
 決して離れぬように…
 何があっても……そう……何があっても………


 20分後……
 ボグワッ! と派手な音を立てて事務所の戸が破られ、そこから姿を見せたのは…
「大十字さんっ!!」
「姫さん!?」
「お楽しみの所、失礼致します」
「執事さんまで!?」
「この、この、この私の電話を取ることもなく、あまつさえ電話を粉砕するとは一体どういうつもりですか、大十字さん!?」
「あ、さっきの姫さんだったのか。いやぁ、悪ィ…」
「……邪魔をするからだ…」
 ポツリと呟いたアルに一瞬にしてブチ切れる姫さん。
 だけど、今掴みかかったら……

「あ……」

 ハラリと墜ちるシーツ。

 そして……

「あ、えっと……」
「こほん……失礼……」
 気まずそうな姫さんと執事さん。
 そして……

「な……汝等……」

 慌ててシーツを拾って身体を隠したアルの周囲に激しい光が……

 ヤバイ……

「あ、アル、や、やめっ……」

「汝等ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ブチ切れたアルの魔力が一気に巻き起こる。

「この身体を見て良いのは、九郎だけだっ!! 忘れろ! 今すぐに、完全に、完璧に、欠片も残さずに忘れろ―――――――――――――――――――っ!!」

 今にも暴発しそうなアルの力。

 マジで止めないとヤバイ……

「アクセス!」
「な――っ!?」
 一瞬にして魔力の制御権を奪い取る。
 なんとかギリギリのタイミングで暴発を防いだ。
 メチャメチャ緊張した……思わず溜息が出る。

「あ、あっぶね――っ…」
「な、何故止める、九郎!! 妾が…辱められて、汝はなんとも思わぬのか!?」
「い、いや、んなわけね―けど……」
「なら、何故!?」
「止めね―と、家がぶっ壊れるだろうが!」
「妾が辱められたことと、家が潰れることと、どちらが大切だというのだ!!」
「比べられる訳ね―だろうが!!」
「比べろ! さあ、どっちだ!! 汝は妾と家のどちらが大切なのだ!?」
「……そ、そりゃ……お前に決まってるだろ……」
「ならばっ!!」
 再びそう言って魔術を立ち上げようとするアル。
「やめろって! それより、なにか用事あったんじゃねぇのか?」

 なんとかアルを押しとどめて姫さん達に訊くと、今まで唖然としていた2人の様子が豹変した。

「そ、そうですわ! こんな事をしている場合じゃありません!!」
「こんな事―――――――――――――――――――っ!? 汝ぇぇぇっ!!」
「……11番街の住人が……殺されました……全員……」

 激昂していたアルだったが、ウィンフィールドの言葉に凍り付く。

「……汝…今、なんと言った?」
「11番街の映像を見ました。生きているものは…何も………全てが赤く……血の色に染まって……辺りに……欠片が……散らばっ……う……うぅぅ…っ……」

 何か張りつめていたものが切れてしまったのか、唐突に泣き出す姫さん。
 執事さんがそっと支えていたけど、落ち着くにはしばらくかかりそうだ。

「……アル、どう思う?」
「考えたくはないが…おそらく汝が思っている通りだろうな…」

 そうだ。
 判っている。

 街1つ分の人数を誰1人逃がさずにそこまで『粉砕』するなど、普通の人にできるはずがない。
 ミサイルや何か爆発物を使えば可能かも知れないが、そんなことがあれば覇道が黙ってる訳もない。

 そうなれば…
 答えは1つだ……

「魔術師が……絡んでおるな……」

 呟くアルに頷く。

「それもそこまでの力となれば、かなり高位の術者だろう。九郎…」
「……また…始まるのか……あんな戦いが……」

 重苦しい気持ちに包まれながら、俺はアーカムの空を見つめた。
 
「何があっても……妾は決して汝を1人にはせぬ……たとえこの身がどうなっても…」
「ああ…絶対に離さねぇからな。アル」

 そう言ってアルの肩を抱き寄せる。

「絶対に……負けやしねぇ……お前が居る限り…な」
「九郎……」

 そうだ…
 負ける訳がない…

 あの時俺達は全てを乗り越えた……

 邪神の謀略を打ち破り、マスターテリオンを打ち倒した。

 そして……絶対に限りなく近い不可能を越えて俺達は今こうしてここにいる。

 その俺達が負ける訳がない…
 たとえ相手があの……アンチクロスだったとしても……いや……
 邪神が相手でも、負けはしない!

「やるぞ……アル!」
「ああ!」

 重ねる唇。
 アルの力が俺の中を駆けめぐり……マギウスの力を発現させる。

「姫さんは家の方で待っててくれ! 街の奴等の仇は……俺達が必ず取る!」

 そう声をかけると、姫さんは潤んだ瞳で俺を見つめた。

「……お願いします、大十字さん…」
「応よ!」

 姫さんの声を背に受けて、俺は窓から外に飛び出す。

「マギウス・ウィング!」

 黒翼を翻し、俺達はアーカムの空を往く。

 静かな怒りを胸に秘めて…… 
 



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