斬魔大聖デモンベイン SS 『瑠璃の休日』
by Sin



 魔術と錬金術により、急速に発展した街、アーカムシティー。
 その中心に位置する巨大な屋敷…
 それこそが、この街を絶大なる権力のもとに支配する、覇道財閥の邸宅だった。

「ふぅ……」

 その中、一際立派な部屋がある。
 今、溜息をついたのはそこの主にして、この覇道財閥の最高権力者。つまりは、アーカムシティーにおける、最高権力者の覇道瑠璃だ。

「お疲れのようですね、お嬢さま」
「ウィンフィールド……ええ、そりゃあ疲れますとも。この一ヶ月で、あの忌々しいドクター・ウエストが起こした事件が13件! ウエストと大十字さんとの戦いで出た被害が、ざっと年間予算の10倍! これでは、一体何のために大十字さんを雇っているのかわかりませんわ!」
 一気に言い切ると、瑠璃は大きな溜息をついて、椅子に座り込んだ。
 どうやら、言葉と一緒に気力まで出し切ってしまったらしい。

「…お嬢さま、少しお休みになられてはいかがでしょう?」

 いつもなら即座に否定する瑠璃だが、今回ばかりはさすがに疲れ切っていたのか、渋々ながらも頷いた。

「そう…ですね……では、ウィンフィールド…」
「承知致しております。お嬢さまが休まれている間は、万事私めにお任せを」
「頼みます。……ウインフィールド」
「はい」
「着替えるので、1人にして貰いたいのですけど……」
「……失礼しました。では」
 そう言ってウインフィールドが部屋を辞すと、瑠璃は着慣れたドレスを脱ぎ、動きやすいワンピースへと着替えた。

「あまりこういう服は着慣れませんけど、たまにはいいですわね」
 言葉とは裏腹に、楽しげな様子で鏡に向かう瑠璃。
 しばらくそうやって色んなポーズを取って楽しんでいたが、やがて小さなショルダーバッグを持って部屋を出た。

「お出かけですか、お嬢さま?」
「ええ、後の事はお願いしますね、ウィンフィールド」
「承知致しております。ご存分に休暇をお楽しみ下さいませ、お嬢さま」
「ありがとう。それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」

 見送るウィンフィールドに後を任せ、瑠璃は覇道邸を出た。

「出かけたのは良いけれど……これからどうしようかしら……」
 殆ど初めてに近い1人での外出。
 アーカムシティーに君臨する覇道財閥の総帥とは言っても、殆どを公務と邸宅内の仕事に追われるだけの毎日。この街の事など何も知らないに等しい。

「………私…この街の事、知っているつもりで何も知らなかったのね…」

 途方に暮れる瑠璃。
 とは言え、さすがにまだ出かけてきたばかりの覇道邸に引き返す気にもなれず、しばらく悩んでいたが、やがて……

「そうですわ。こんな時こそ……」
 そう言って足を向けた場所は……
 アーカムシティーの中でも、かなり荒れ果てた地域。
 人気も殆ど無く、薄暗い雰囲気がなんとも不気味な感じだ。

「相変わらず…凄い所ですわね……」
 今にも崩れそうな様子の建物の中に足を踏み入れる。
 そしてその先には…

『大十字九郎 探偵事務所』

 と、書かれた看板が薄汚れた扉に掛けられていた。

「……たまには大十字さんと話すのもいいでしょうし……」
 誰に言い訳をするでもなくそう呟いて、扉を開けようとしたその時……

『ん………ぁぁん………』
「ん? 何かしら、今の声……?」
 なんとなく気になって、瑠璃は扉を開けるのをやめると、そっと耳をそばだてた。
 そして、聞こえてきたのは……
『……ん……あ……ぁぁんっ……九郎…九郎……ッ…』
「――っ!?」
 慌てて扉から離れる瑠璃。
 その顔は真っ赤に染まり、涙目で目の前の扉を睨み付ける。

「な、な、なっ、何をやっているのですか、あの2人は!?」

 瑠璃の頭を過ぎる2人の情景。
 絡み合う身体、弾ける汗……
 そして……結ばれた……

「はわわわっ!? わ、わたくし、何を考えているの!?」

 大慌てで、頭の中に浮かんだ情景を振り払う瑠璃。

「と、とにかく……大十字さんにはしっかり文句を言っておかないと! 仕事を放り出したままで、真っ昼間からなんて事を……」

 再び誰に言うでもなく呟く。

「大十字さん! 開けますわよ!!」

 そう言いつつ一気に事務所の扉を開く。
 
 そして……瑠璃の視界に飛び込んできたのは……

 まさに想像通り。
 シーツに包まれながら、寄り添い合うアル・アジフと大十字九郎の姿。
 見ることはできないが、おそらくあの中は……

「な、な、なっ、何をやっているのですっ!! こんな真っ昼間から破廉恥なっ!!」
「姫さん!?」
「小娘!? ほほう、覗きとは……」
「だ、誰が覗きですかっ!」
 シーツで胸元までを隠しながら、挑発するように言ってくるアルに、真っ赤になって瑠璃は答えた。

「そ、そんな事より、何か着なさい! お客が来ているというのに、この探偵事務所では応対すらしないのですか!?」
「今日は自主休業だ。妾と九郎の時間を邪魔するな。無粋な奴め」
「なにが自主休業ですか! 今は私の依頼を受けているのですよ! それを忘れたのですか!?」
「そんな事、妾の知った事ではない」
「なんですってぇぇっ!! って、ちょっとそこ!! なにをしているのですか!!」
「いや、とりあえず続きを……」
「なにを続けるというのです、なにを!!」
「え、なにって………ナニ?」
「……………大十字さん」
「は、はいっ!」
「私は、今、あなたが何をすべきなのかを訊いているのですよ? それとも……この私を…覇道瑠璃を馬鹿にしているのですか?」
「い、いいえっ、と、とんでもないっ!!」
「あんっ、く、九郎っ! 急に動くな!!」
「わ、悪ィ……」
 2人の様子に、今の状況がわかったのか、瑠璃の顔が耳まで真っ赤になった。
 蹌踉けるように、2、3歩、後退る。

「あ、あ、あ、貴方達は……っ!!」
「汝がいきなり入ってくるのが悪い! 妾達の時間に勝手に入り込んできた汝の責任だ」
「う……っ…」
 きつい言葉のアルだったが、その頬は真っ赤に染まって、照れ隠しであることを隠しきれていない。だが、それでも今の瑠璃には効果十分だったようで、返す言葉を失う。

「悪ィ、姫さん。今回ばかりは俺もアルの言葉を否定しきれん」
「く……ぅっ…」
 更に九郎にまで言われて、瑠璃はすっかり涙目だ。

「それより……悪いんだけどさ……」
「な、なんです?」
「しばらく出ててくれないか? ここままじゃ俺達もどうする事もできないし、さすがに俺もアルも姫さんの目の前でやるってわけにも……な」
「―――――っ!?」
 言われた言葉の意味に衝撃を受けて、壁にもたれかかるようにして頽れる瑠璃。

「姫さんもここで待ってられないだろ? ここからもう少し北に行った所に、教会がある。そこで待っててくれないか? なにか用事があるならそこで話聞くから」
「………わかり…ました…」
 九郎の言葉に、瑠璃は衝撃の連続で涙目になったまま、返事を返した。

 なかなか目の前の2人から外れない視線を無理矢理に引き剥がして、ヨロヨロと蹌踉けながら事務所を出る。
 そして扉を閉めた直後……

『んぁっ! く、九郎、まだ、まだ駄目だ! まだ小娘が近くに――っ!!』
『悪ィ……もう、待てねぇ……』
『だ、駄目………ん、んぁぁっ!』

 聞こえてくる2人の声、吐息……
 今見てきた2人の様子から、先程以上にリアルな情景を思い描いてしまい、瑠璃は今にも煙を噴きそうな程に真っ赤になって、その場を逃げ出した。


 あれからしばらくの後…

 瑠璃は何処をどう走ったのかいまいち覚えていなかったが、なんとか目的の教会へと辿り着く事ができていた。

「ここ……ですわね…」

 始めてくる場所。
 両親の葬儀の時以来、瑠璃はできるだけ教会などには近づかないようにしていた。
 あの日の…哀しみを思い出してしまうから……

「どなたか……いらっしゃいますか……?」

 恐る恐る扉を開きながら呼びかける。

 だが、聖堂の中はがらんとしていて、人の気配はない。

「誰も……いないのかしら……?」

 そう呟いて中に入って行こうとしたその時……

「あらあらあら〜? こんな辺鄙な所にある教会にお客様なんて、珍しい〜。それもほんとに可愛らしいお嬢さんなんて」

 突然話しかけられてびっくりして振り返ると、そこには眩いばかりの笑顔を浮かべた1人のシスターの姿があった。

「私はここのシスター、ライカです。貴方は?」
「初めまして、ライカさん。私は覇道瑠璃と申します」
「覇道……覇道って……あの?」
「はい、おそらくライカさんが思っておられる通りの」
「じゃあ……九郎ちゃんを雇っているって言うのは…」
「大十字さんをご存じなんですか?」
「知ってるもなにも…つい最近まで、私が九郎ちゃんを食べさせていたんだから」
「ええっ!?」
「ほんと九郎ちゃんって甲斐性なしでねぇ…しょっちゅうここに食事をたかりに来ていたの。ああ、何日もろくに食事できなくて、ここで行き倒れたのも何度あったかしら……ふふっ、数え切れないわね」
 そう言って笑うライカに、瑠璃は乾いた笑いを漏らした。

「そう言えば、今日はどのようなご用件でここへ?」
「大十字さんの所に行ったのですけど、ちょっと込み入ってて…こちらで待っていて欲しいと言われたものですから…」
「込み入って…た? ひょっとして……噂の……」
「噂?」
「九郎ちゃんが、アルちゃんに毎晩毎晩………」
「も、もうそれ以上言わなくて良いですわ…」
「あら、残念」
 にっこり笑ってそう言ったライカに、瑠璃の額にはでっかい汗が。
 と、その時、瑠璃はライカの背後から様子を窺う少女の姿に気が付いた。

「あら? 貴方は……?」
「(おろおろ……)」
「アリスンちゃん、どうしたの?」
「(びくっ……)」
「こんにちは」
「あ、あの………こんにちは……」
 そう言うと、アリスンは真っ赤になってライカの背後に隠れる。

「ふふ、恥ずかしがり屋さんなのね」
 微笑む瑠璃に、更に頬を赤く染めるアリスン。
 そんな2人の様子を、ライカは微笑ましく見つめていた。


 数時間後……

 すっかりうち解けたアリスンや、あの後帰ってきたジョージ、コリンと一緒に遊んでいた瑠璃だったが、暮れかけてきた日差しに九郎達の事を思い出した。

「そう言えば、大十字さん……遅いですわね…」
「九郎なら、帰ってくる途中で見かけたよ」
 ふと漏らした呟きに、ジョージが答える。
「ええっ!? それで、何処へ?」
「これも仕事だって言ってた。景気よく、ぶっ壊してくるって」
 コリンの返事に首を傾げた瑠璃だったが、やがて思い当たったのか慌ててなにかを探し始めた。

「どうしたの? 瑠璃お姉ちゃん」
「ええと、電話はないかしら、アリスンちゃん?」
「ライカお姉ちゃんのお部屋にあると思うけど…」
「ライカさんのお部屋は……どこかしら?」
「そっちの扉から入って、一番奥の部屋…」
「ありがとう、アリスンちゃん。それじゃ、ちょっとライカさんの所に行ってきますね」
「うん……」
 寂しそうなアリスンの頭を優しく撫でてやると、瑠璃はジョージとコリンに声をかける。

「ジョージくん、コリンくん、アリスンちゃんの事お願いしますね」
「うん、わかった」
「任せとけって。アリスン、俺達と遊ぼうぜ」
「うんっ♪」
 そんな子供達の様子を微笑ましく見つめていた瑠璃は、やがてキッと表情を引き締めるとライカの部屋に急いだ。


「あら、瑠璃ちゃん。どうしたの?」
「あっ、ちょうど良かった。ライカさん、電話を貸して頂けませんか?」
「構わないけど……どうしたの?」
「ちょっと気になる事があって……」
「気になる事?」
「とりあえず確認したいので、電話を…」
「ええ、こっちよ」

 そう言って案内されたライカの部屋で、瑠璃はウィンフィールドに連絡を取った。

『はい、覇道邸執務室です』
「ウィンフィールド? 私です」
『お嬢さま、どうかなさいましたか?』
「なにかしらの騒ぎがあったと聞きました。現状報告を」
『承知致しました。現在、大十字様によりすでに収束していますが、数時間前、ドクター・ウエストの破壊ロボによる騒ぎが。しかし、死傷者はなく、建造物の被害は最小限に抑えられていますのでご安心下さい』
「そうですか…それで大十字さんは?」
『事態収束後、アル様と共にどちらかへ行かれた様子です』
「……わかりました。ありがとう」
『いえ、では失礼致します』

 受話器を置いた瑠璃は、大きな溜息をついた。

「まったく……なにをしているのかしら、大十字さんは……」
「九郎ちゃんなら、そこにいるけど?」
「ええっ!?」
 ライカの言葉に瑠璃が慌てて部屋の隅を覗くと、そこには寄り添い合って眠る九郎とアルの姿が。

「な、な、なっ……」
「やけに疲れ切った様子でここまで来て、2人揃って寝ちゃったから、とりあえずここで寝かせてるんだけど……あ、そう言えば、瑠璃ちゃんの用事って……」
「……疲れているのも当然ですわね…そのまま寝かせておきましょう」
「いいの?」
「無理に起こすのも、悪いですし。それに大十字さんはちゃんと仕事をしてくれていたようなので」
「優しいのね、瑠璃ちゃん」
 そう言われて、瑠璃は頬を赤らめる。
 
「日も暮れますね…そろそろ、私帰りますわ」
「そう? それじゃあ、またいつでも来てね。ここは、『来る者拒まず、去る者追いまくり』だから」
 冗談めかして言ったライカの言葉に、笑いながら頷く瑠璃。

「それでは、失礼しますね」
「ええ、またね、瑠璃ちゃん」

 ライカに別れを告げ、軽く一礼すると瑠璃は帰路についた。


「お帰りなさいませ、お嬢さま」
「ただいま、ウィンフィールド」
「休暇は、いかがでしたか?」
「たまにはいいものですね。また、機会があれば行ってみたいです」
「はい」
「それじゃ、仕事に戻りましょう。ウィンフィールド、休暇中に溜まった分はあります?」
「どうしてもお嬢さまの認可が必要な書類が少々。他の物に関しては私の方で処理しておきました。」
「そう。さすがはウィンフィールドね。じゃあ、まずその書類を回して。片づけてしまいましょう」
「はい、お嬢さま」
 答えるウィンフィールドが数十枚程の書類の束を持ってくるのを見ながら、瑠璃はいつもの自分の席に深々と腰掛けた。

「ほんとに…たまにはいいものですわ……」

 ゆっくりと楽しかった今日の出来事を思い起こして微笑むと、軽く気合いを入れ直して書類へと向かう瑠璃だった……




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