斬魔大聖デモンベイン SS
『力の意味』
by Sin


第12話(最終話)
 隼人が目を覚まして数日が過ぎ……
 あれから数度の検査を行ったが、身体には全く異常が見つからず一週間後に退院できる事になった。

「来週には退院できるな、隼人」
「お陰さまで……ね。貴方達には随分迷惑をかけてしまったな……大十字九郎、アル・アジフ…」
「んな事気にするなって」
「うむ、しっかり反省しろ」
「こら、アル」
「なんだ? 事実であろう?」
「だからって少しはオブラートに包めっての」
 そんなやり取りを繰り返す俺達に苦笑する隼人。
 
「いや……アル・アジフの言う通り……痛感したよ。俺はずっと力に溺れてただけなんだって……」
「隼人……」
「汝……」
「どんなに強い力を手にしても、その力に呑まれる事無く制御しきれなければ何の意味も無い……俺がその事に気付けたのも貴方達が居たからなんだ……」
 少し恥ずかしそうにそう言って頬を掻く。
 そんな姿に苦笑する俺達。

「力の意味……まだ完全に判ったって訳じゃないけど、ようやく少し判ってきたよ、大十字九郎」
「へぇ……」
「それで? 汝が思う力の意味とは何だ?」
「……上手く言えないけど、力って『責任』なんじゃないかなって」
「責任……か」
「力って色々あるだろ? 魔術や剣術の力、権力、生命力……でも、その力を得ているって言う事は、それに対する責任を果たさなくちゃいけないんじゃないかって。強い生命力があるなら、他の生き物よりもより強く、長く生き続けて命を絶やさないようにする責任があるし、大きな権力を持っているなら、権力を持たない人達を護り支え、導いていく責任がある。魔術や剣術の力だってそう。自分よりも弱い存在や力を持たない存在を護る責任があるから、より大きな力を得ているんだって……」

「だから、責任……ね。確かに間違っちゃいないが、責任があるから力を得るんじゃなくて、力を得た瞬間に責任が生じるんだ。力の意味…って言うよりも、力を持つ意味だな。それにしても……」
「うむ、その年でよくその事に気付いたものだ。大人と呼ばれる者達の内、一体どれ程の者がその事を理解し実践しておるであろうか。昨今の政治家連中なんぞ、力を得たらそれを使って利益を得る事しか頭に無い者が殆どだと言うのにな」
「ごく一部の奴等が責任を果たそうとすると、自分たちの利益にならないからって妨害するような連中の集まりになっちまってるからな、政治家なんて奴は」
 ぼやくように言った俺達の言葉に冷や汗を流しながら苦笑する隼人。

「……何か、政治家に個人的な恨みでも?」
「恨みっつーか……」
「覇道の小娘がらみで仕事を請けておるとな、どこぞの国で権力を持った政治家が自らの権力欲と保身の為に呼び出したり生み出したりした怪異の相手を結構頻繁にせねばならぬのだ。お陰で何度九郎との時間を邪魔された事か……」
「思いっきり私怨だな……」
「うるせ。それと、もう1つ忘れちゃいけない事がある」
「忘れちゃいけない事?」
「どんな力を振るうとしても……だ。お前自身が生きて帰ってこなけりゃ何の意味も無い。特にお前が誰かを護ろうとして力を振るうなら尚更だ」
 俺がそう言うと、隼人は思う所があったらしく拳を握り締めた。
「誰かを護ってお前が命を落としたら、護られた誰かは一生その痛みを抱えて生きていかなきゃならなくなる。下手すりゃそれが罪の意識に繋がって、自らの命を絶つ事になっちまう時だってあるんだ。だから……」
「必ず帰って来なくちゃいけない……」
「そう言う事だ」
 呟く隼人に頷く俺達。
 区切りがついて、病室の中に広がる静寂。

 風がカーテンを揺らす音だけが響く中、隼人は妙にすっきりとした表情でベッドに寝転がった。

「ほんとに貴方達には教えられてばかりだ……2人を見ていると、自分がどれだけ小さい存在だったのか改めて思い知らされる」
「隼人……」
「ふふん、ようやく自覚しおったか」
 済ました顔でふんぞり返って言うアルを軽く小突くと、プッと噴き出して笑い出す。
 それに釣られるように、俺達もいつしか笑っていた。

「……ところで、1つ聞いておきたいのだが……」
「ん?」
「汝、リルの事はどう思っておるのだ?」
 突然のアルの言葉に目を丸くする隼人。
 俺もいきなりの言葉に驚いたが、とりあえずそのままアルの様子を伺う。

「我が娘は幼いながらに汝の事を好いておる。だからと言って汝にどうしろと言うつもりもないが、どう思っておるのかだけ聞かせてはくれぬか?」
 真剣な眼差し。
 それは、娘を思う母の姿。
 ただ一途に、リルの幸せを願う優しき強さ。
 そんな気持ちがアルの眼差しに溢れ、それを感じたのか隼人はしばらく考えた後にゆっくりと口を開いた。

「正直に気持ちを言うと可愛い妹のような感じ……って言うのが、今の俺の気持ちだと思う。ただ……」
「ただ……なんだ?」
「……まだあんな小さい女の子にどうこうって気持ちを抱けるはずも無いんだけど……俺は、彼女を護ってあげたいと思っている。それが妹としてなのか、それとも1人の女の子としてなのかは…まだ俺にも判らないけど……」
「……そうか…」
 呟くように言ったアル。
 だが、その口元は僅かに笑みを浮かべている。
 隼人の答えが、一番…ではないにせよ、欲しかった物と一致したんだろう。

 と、その時。
 扉の開く音に振り返ると、そこには苦笑する姫さんと……

「ふふっ、真逆こんな話をしてるなんて思いもしませんでしたわね、リルちゃん?」
「なんだ、聞いておったのか、リル?」

真っ赤になったリルが居た。


 それからしばらくの時が過ぎ……

 ようやくの事で落ち着いたリルだったが、まだ恥ずかしいのか隼人のすぐ側に座りながらも頬が赤い。
 そんなリルと隼人を話題の中心に談笑していると、執事さんと稲田さんがなにやら大きな荷物を持って病室に入ってきた。

「失礼致します。お嬢様、例の物が」
「完成したのですか!?」
「はい、なかなかに見事なものですよ」
「そうですか…退院までに間に合って良かった」
 安堵した様子で微笑む姫さんだったが、俺達には何のことやらさっぱり。
 
「姫さん、それは?」
「……龍崎さん、これを受け取ってください。ウィンフィールド」
「はい……龍崎様、我等、覇道財閥から貴方へ感謝の印です。どうぞお受け取りください」
 そう言って隼人に荷物を手渡す執事さん。
 長さは1メートル弱といった所だろうか。
 布に包まれたそれが一体何なのか、全く想像がつかない。

「……僅かではあるが、かなり澄んだ魔力を感じる……小娘、これは一体何なのだ?」
「開けてみてのお楽しみ、ですわ」
 アルの言葉にそう言って微笑む姫さんに促されて包みを開く隼人。
 その中から現れたのは……
「これは……刀?」
 驚きに目を見開きながらも隼人は恐る恐る鞘から抜いた瞬間……病室に、恐ろしくも澄んだ魔力が溢れる。

「へぇ……こいつは……」
「ほほぅ、これはなかなか……」
「わぁ……綺麗……」

 俺達が三者三様の感想を言う中、隼人はじっとその刀身を見つめ……いや、見入っていた。
 刃渡り80cmはあるだろうか。
 今までに見た事の無い緋色の輝きを放つその刀身は、見る者の視線を惹き付け、離さない。

「刀身と鞘には、覇道財閥が持つ最高峰の技術を投入した特殊合金『ヒヒイロカネ』を使用しています。決して折れる事も曲がる事も欠ける事もありません。刀匠は稲田の刀を鍛え上げた刀匠…は亡くなられているので、その直弟子である方にお願いしました」
「ふむ、これ程に見事な刀を打つとは、余程名の知られた刀匠なのだろうな」
「いいえ、その方も先代も世に名を残す事を望んではいませんから。今回の事をお願いした時にも、名を絶対に明かさない事を条件に引き受けて頂きました」
「ほぅ……」
「自らの人生を賭して、ただ一振りの刀を打つ事だけを志し、これ程の刀を打ち上げても未だに満足してはいない様子で……」
「そいつは凄いな……」
 姫さんの説明に感心する俺達。
 そんな中、隼人はしばらくその刀をじっと見つめていたが、やがてゆっくりと鞘に収めると、
「いくら礼とは言え、こんなに凄い刀を貰う事なんて俺にはできない……これは、返すよ」
 そう言って姫さんに渡そうとするが、姫さんは受け取ろうとはしなかった。

「覇道のお姫様、受け取っ「いいえ、受け取れませんわ」…って……」
「龍崎様、この刀にはお嬢様を始め、覇道財閥に仕える者全ての感謝の気持ち…そして、クトゥグァ様とイタクァ様の思いも込められております。その想い、受け取っては頂けないでしょうか?」
「……だけど…」
「ちょっと待て。クトゥグァ達の思いってどういう事だ?」
「この刀身にはデモンベインの装甲を参考にした魔術式が量子単位の精密さで刻まれております。その魔術式を構成し、刀身に刻む作業にお二人の力をお借りしたのです」
「クトゥグァ達が……か?」
 驚く俺達に背後からかけられる声。
「我々なりの礼のつもりだ、父上」
 その声に振り向くと、そこにはいつものように殆ど表情の変わらないイタクァと、微かに口元を緩めているクトゥグァの姿があった。

「あ、お姉ちゃん達だ〜♪」
 そう言ってクトゥグァに駆け寄るとその足に抱きついたリル。
「汝に会うのは久しぶりだな、リル。元気にしていたか?」
「うんっ!」
 優しく頭を撫でられ、リルは嬉しそうに微笑んだ。

「久しいな、龍崎隼人」
「イタクァ……さん…だっけ?」
「ああ」
 微かに微笑を浮かべて答えるイタクァ。

「それで、お前たちなりの礼って言うのはどういう意味だ?」
「……我等が今こうしていられるのも、あの時、龍崎が我等の無謀を止め、自らの命を危険に晒してまで護ってくれたからだ」
「礼には礼をもって……父上が己の身をもって教えてくれた事だからな」
 そう言って微笑む2人に俺も苦笑するしかない。

「龍崎隼人。この刀は汝にしか使えない。汝が使わぬと言うのであれば、生涯誰にも使われることなく眠りに尽く他無いであろうな。言わば、生まれてきた意味を失うという事だ」
「え……っ?」
「先程覇道瑠璃が言っていたであろう? その刀身に刻んだ術式は汝の力にのみ正しく作用し、汝を助ける。だが、他の者が使おうとしたならば、刻まれた術式がそれを察知し、死よりも辛い苦しみを与えるのだ」
「んな危険な……」
 つまりは完全な隼人専用。
 他の誰にも使う事ができないって訳だ。無論、俺にも。

「龍崎さん、貴方がその刀を本当に素晴らしい物だと思って下さるのでしたら、むしろその刀が朽ち果てるその時まで、存分に使ってあげて下さいな」
「お姫様……」
 姫さんの言葉に隼人はしばらく迷っていたようだが、やがて刀をしっかりと胸に抱き、頷いた。
「解った、これだけの思いを無駄にする事はできない。ありがたく受け取らせて貰うよ」
 
 その瞬間、刀から今までに無い程の魔力が、ほんの僅かな間だけ巻き起こったが、姫さんたちはもとより、隼人も気づいた様子はない。

「まるで、喜んでるみたいだな……」
「ふふ、そのようだ」

 俺とアルだけがその事に気付き、視線を交わすと同時に苦笑した。
 
 それからしばらくの間、談笑していた俺達だったが……

「そう言や、聞くのを忘れていたんだけど、この刀、名は?」
「名は、まだございません」
「え? 無いの?」
「この刀を打った刀匠は、いつも自身の生み出した刀に名を与えることをしないのです。名を与えるのは、人生最後の一振りにだけと決めておられますので」
「へぇ……一度会ってみたいな、その人に。人生すべてを懸けてただ一振りの為に…か……誇り高い人なんだな……」
 そう言って刀を見つめる隼人に、姫さんがそっと声をかけた。

「これから先、この刀は貴方にしか使えない、貴方の為だけに存在するのです。貴方が名付けるのが最も相応しいと思いますわ」
「そうだな……それじゃあ……」
 ガラスの鈴が鳴るような透き通った音と共に鞘から抜き放ち、その刀身をじっと見つめながら名を考える隼人。
 やがて……

「この刀を打ってくれた刀匠の誇り高さ……俺もそんな風に自分を誇れるようになりたい……一緒に戦ってくれ、お前の名前は……『姫百合』だ!」
 隼人が宣言した瞬間だった。
 一層輝きを増した刀身から溢れ出したのは、美しい光の粒子。
 まるで光の精霊が乱舞しているかのようで、皆揃って筆舌に尽くせない光景に見とれていた。
「ををぅ……これは……」
「すごぉい……綺麗……」
 アルとリルが思わず溜息を零しながら感嘆の声を上げる。
「まるで……星が舞っているみたいですわ……」
「『姫百合』……『Star Lily』ですか……正に相応しい名前ですね」
「『姫百合』の花言葉は『誇り』ですね。自らを誇れるようになろうとする竜崎様には一番相応しい名前だと思います」
 うっとりとその光景を見つめる姫さんに頷き、執事さん達もそう言って微笑んだ。

「……大十字九郎…」
「ん? なんだ?」
「俺は、絶対に『姫百合』の主に相応しい男になりたい……だから……」
 じっと見つめてくる隼人。そしてゆっくりと姫百合を鞘に納めると、はっきりと言い放った。
「貴方の背中、追わせてもらう。今の俺にはとんでもなく遠い背中だけど……いつか、肩を並べられるように……」

「ああ、何ぼでも追って来い! だけど、そう簡単には追いつかせやしないけどな!」
 隼人の言葉に俺はそう返しながら手を差し出す。
 驚いたのか目を丸くしていた隼人だったが、やがてしっかりと俺の手を握りしめた。
「これからもよろしくな、隼人」
「ああ……いや…はい、よろしくお願いします……師匠!」
 いきなりの師匠宣言に思わず噴き出す俺達。
 
「師匠なんてガラじゃねえけど……ま、よろしくな」
「妾が三千世界で唯一人愛する男の背中、生半な遠さと大きさではないぞ。心して挑んでくるのだな」
「はい!!」

 こうして、俺は初めて弟子なんてもんを育てる事になっちまった。
 今の俺を見たら、シュリュズベリィ先生やアーミティッジの爺さん辺りがなんて言うだろうな……

 それに……

 病室の喧噪に苦笑しながら廊下に出た俺とアル。
 二人だけで抜けてきたのは、少し考えたい事があったからだ。

「謎が……残ったままだな、九郎……」
「ああ、再び現れたアンチクロス、奴等の目的、クラウディウスが言った『神父』、そして……」
「あの時、妾たちを救った魔術……あれは確かに……」
「……エンネア……なんだろうな……だとしたら、何で俺達の前に出てこないんだ? くそっ、解らない事だらけだ……」

 苛立った気持ちを周りにぶつける訳にもいかず、自分の手に拳を打ちつける。
「焦るな、九郎。汝が焦れば、敵の思うつぼだ」
「解ってる……解ってるさ……だけど、心配なんだ。またお前やリルが危険な目に遭ったら……って……」
「ふふ、優しいな、汝は」
 そう言うとアルはそっと俺の腕に身を絡めてきた。
「案ずるな、九郎……」
「アル……」
「たとえどんな苦難が待ち受けていようとも、汝と共に在るのならば、乗り越えられぬ事など有り得ぬ。ましてや我等にはリルやクトゥグァ達。覇道の小娘達や教会のライカ達。そして汝の弟子となった隼人。こんなにも大勢支えてくれる者達が居るのだ。どんな敵が来ようとも、負ける道理が無いではないか」
「……ああ、そうだな……」
 アルの言葉にはいつも助けられる。
 俺の心が傷ついている時、折れそうな時、砕け散りそうな時、いつもアルの言葉が俺を支えてくれた。
 まるで包み込んでくれるみたいに……

「これも……一つの『力』って奴なんだろうな」
「ん?」
「戦う力なら俺の方がずっと強いだろうけど……お前の…『愛情』って力には何ぼやっても勝てる気がしない」
 そう言って笑う俺にアルは少しだけ頬を赤らめながら、それでいて自信たっぷりに言い放つ。

「当然であろう? 妾の汝への愛は…『年季』が違う。幾億もの歳月、汝を愛し続けて孤独な世界を生き抜いた妾の愛に敵うものなど有る訳がなかろうて」
「そりゃそうだよな……なぁ、アル」
 廊下を二人並んで歩いている内に、ふと目に入ったポスター。
 それを見た瞬間、俺は思わずアルに呼び掛けていた。

「何だ、九郎?」
「………今回のこの騒動、全部乗り越えたら……さ……」
「ん?」
「もう一人、頑張ってみようか?」
 俺の言ってる意味が理解できなかったのか、目を丸くしているアル。
 だが、やがて理解が追いつくと……

「な、なななななな、なぁぁぁぁっ!?」
「こ、こらっ、大声出すな!!」
「なっ、なな、汝が、いきなりそんな事を言い出すからではないかぁっ!! だ、大体、何でいきなりそんなことを考えたのだ!?」
「……なんとなく…さ、あれを見た時に、リルにはあんな時が無かったなぁって思って」
 そう言って俺が指さしたのは、産婦人科の受付近くに張られている赤ん坊のポスターだった。

「赤子……か……」
「リルは生まれた時から今と殆ど変わらない位に成長していたからさ……あの子が生まれてくれたのは本当に嬉しいけど、できれば今度は、ちゃんと赤ん坊の状態で産んで……そこから一緒に育てたい……って思って……」
「……一人生まれただけでも奇跡だというのに……汝は欲張りだな……」
「お前との幸せに、貪欲なだけだよ」
 俺の言葉に苦笑するアル。
 そのまましばらく一緒に歩きまわっていたが、やがて……静かにアルが口を開いた。

「……二度目の奇跡は無いかもしれぬが……」
「奇跡ってのは起きるもんじゃない。自分で起こすもんだ」
「ふふ、そうだな……そうまで言うのならば……期待……させてもらうぞ……九郎……」
 ちょっと照れくさそうに微笑むと、アルは俺に寄り添うようにして、そう…ささやいた。

 温かく優しい時間……

 だが、この時間の裏側で、新たな邪悪が蠢きだしている事を……

 姫さん達はもとより、俺達もまだ……気づいては……いなかった…




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