斬魔大聖デモンベイン SS
『力の意味』
by Sin


第7話
 姫さん達の方が片付いた頃、俺達の方はと言えば……

「隼人、避けろっ!!」
「――っ!?」
 俺の声に慌てて避ける隼人の腕をかすめて飛んでいく無数のベーゴマ。
「クッ、ベーゴマなんかで……」
「うつけ! 後ろだ!!」
 思わず叫ぶアル。
 だが、間に合わない。
「が……はっ!?」
 身をかわそうとした隼人の背中にUターンしてきたベーゴマがめり込む。
 その威力に血を吐いて倒れる隼人。
 おそらく骨を数本やられただろう。
 内臓までいかれてなければ良いんだが……

「ばぁか、逃げられるわけねえだろ、クソザコのくせにウゼェんだよ」
 もんどりうって倒れた隼人に投げかけられる侮蔑の声。
「てめえもここの奴等と一緒の所に送ってやるよ! ヒャハハハハハッ!!」
 その声と共に再び放たれる無数のベーゴマ。
 それらはまるで意思を持っているかのようにそれぞれが複雑な動きをしながら隼人に襲いかかり、貫いた――

「へっ、あっけねえの。ボク退屈しちゃいますよ――……何?」

 かに思えた瞬間、まるでガラスが砕け散るかのような音とともにその光景が砕け散る。
「なっ――!?」
「貫け、ニトクリスの鏡!!」
 砕けた鏡の破片が俺の言葉に従ってクラウディウスの身体に突き刺さる。
「ぐがぁあああああああああああああっ!!」
 身体を貫かれる痛みに声を上げたが、あんなもんじゃあいつは倒せない。
 多少の足止めにはなったが。

「……アル、隼人の手当てを! あのクソ餓鬼は俺が止める!」
「九郎!? くぅ、やむを得ぬな……歩けるか、隼人?」
「う……あ、ああ……」
 隼人に肩を貸して壁際へと連れて行くのを横目に、俺は両手に魔力を集中。
 クラウディウスの早い動きを止めるには、これだ!
「フングルイ・ムグルゥナフ・イタクァ・ヤァ・ウェンディゴ・イグカズゥ・フグルムゥ………」
「遅ぇよ!」
 一気に間合いを詰めて襲い掛かってくるクラウディウス。だが……
「イァ・イタクァ!!」
「―――――っ!?」
 溢れる幾百、幾千の閃光。
 その全てが異なった軌跡を描きながらクラウディウスへと襲いかかる。
 しとめたか……と思ったんだが……

「イア・イア・ハスタァァァァァァッ!!」
 巻き起こされる突風に吹き飛ばされるイタクァの閃光。
 魔銃を使わずに放つから数は多いが威力は小さい……
 奴の強烈な風に全て吹き消されてしまった。

「クソッ、クソッ、クソクソクソクソォォォッ! ふざけやがってェェェェッ!!」
「流動式断鎖術式ヘルモクラテス開放!」
 いきり立って襲い掛かろうとするクラウディウス。
 だが、その場所に既に俺の姿は無い。
 断鎖術式の爆発力で俺の身体はクラウディウスの頭上へ。
 そして両手には無詠唱でクトゥグァとイタクァを召還。
「なんだと!?」
 目を見張るその眼前に2つの銃口を突きつける。
「散華しな」
 連続で響く爆音。
 クトゥグァとイタクァから放たれた合計12発の弾丸は、確実にクラウディウスを捕らえた。
 その威力は屋敷の壁をブチ破り、クラウディウスの身体を中庭へと吹き飛ばす。
 しかし……

「クトゥグァとイタクァの全弾直撃だぞ? 完全に消滅していてもおかしくないんだが……障壁でも張ったのか?」
「気をつけろ、九郎。彼奴め、何処で何をしたのかは知らぬが以前とは比べ物にならぬほどに強いぞ」
「ああ、判ってる」

 俺がそう言った瞬間だった。

「イあ…イあ…はすタァぁぁぁぁァッ! アイ! アイ! ハスとぅぅるぅぅ! ロードビヤーキーィィィィ!!」
 中庭に落ちたクラウディウスの周囲に瘴気を孕んだ突風が巻き起こる。
 それは瞬く間に台風へと姿を変え、周囲の建物を破壊していく。

 そして……その中心にそれは顕現した。

「な……なんだ……あれは……」
 言葉を無くす隼人。
 無理もない。いくら怪異と戦ってきたとは言っても、それはあくまで邪神の眷属レベルのもの。
 あれは、そんなレベルの存在じゃない。

「覚えておくがよい、隼人。あれこそは機械仕掛けの神、鬼械神(デウスマキナ)だ!」
「鬼械神……神…だと言うのか……あれが……?」
「そうだ、正しくは神の模造品だがな」
「………どうやって……戦えって言うんだ、あんなのと……」

 震える声で、それでも必死に立ち向かおうとする意思を瞳に宿して呟く隼人。
 
「怖いか?」
「――――っ!?」
 俺の言葉に一瞬迷った様子を見せた隼人だったが、やがて静かに頷いた。
「怖いよ……」
「逃げても構わないんだぞ? あんなのは人が戦うような奴じゃない」
「………逃げたい……そうは思うけれど……」
「けど?」
「逃げたらもっと酷い事になるのが判っていて、それで本当に逃げて、その通りになってしまう方が……俺は、怖い」
 震えながら、それでもはっきりと言い切ったその言葉に俺は苦笑を抑えられなかった。

『どうして九郎ちゃんは戦うの……?』
『どうして九郎は戦うの?』

 かつてライカさんに、そしてエンネアに聞かれたあの言葉……
 俺はあの時、今の隼人と同じ言葉を返していた。

「隼人、この言葉を覚えときな」
「えっ……?」
「お前の今の気持ちを表す一番の言葉、戦う理由…それは――後味悪ぃ――それで十分だ」

「後味……悪い…から……そう、だな。ああ、確かにそうだ。俺が、俺が怖くても戦う理由……逃げ出して…見捨てて……そうしたら戦うよりももっと酷い事になるって判っているのにそうして……本当にそうなってしまったら……後味……悪すぎる……だから……自分が後味悪い思いをしたくないから……」
「誰かの為に戦うんじゃないから、感謝なんて求めないし求める必要もない。そうだろ、隼人?」
 大きく頷く隼人。
 その頭に手をやって髪をくしゃくしゃと撫で付けると、俺はブチ破った壁の穴から空のロードビヤーキーを睨みつける。

「これから起こる事をしっかりと見とけ。お前が追いかける背中って奴を……見せてやる」
「戦う……って言うのか? あんな奴と?」
 戸惑う隼人に苦笑して振り返るアル。
「戦ってきたのだ。これまでも……そしてこれからもな」

 そう応えつつ、俺達は中庭へと飛び出した。

「アル!!」
「ああ、やるぞ九郎!! リルも頑張っておるのだ! 妾達もリルが居らねば駄目などと泣き言を抜かしてはおれぬぞ!」
「当然だ!」
 アルの言葉に頷きを返して、俺は召還剣デモンベインを顕現させる。
「機神召還!!」
 俺の意思に答えるように、高密度の魔術式がエメラルドの如き輝きとなって刀身を駆け巡り、溢れる魔力が位相空間への道標となって周囲を異界へと変じていく。

 呆然とその様子を見つめる隼人の目の前で、紡ぐ聖句が辺りに響き渡る。
「憎悪の空より来たりて!」
「正しき怒りを胸に!」
 聖句と共に舞い踊るその剣線は五芒星形の紋章を描き出す。
「「我等は魔を断つ剣を執る!! 汝、無垢なる刃、デモンベイン!!」」

 翳した召還剣デモンベインを中心に溢れ出す眩い光が天を貫き、次の瞬間、天より舞い降りる巨大なる鋼鉄の神。
 唸る様な音と共にゆっくりと立ち上がる姿を見つめて隼人は震える唇で呟いた。

「これが……これが大十字九郎の……マスター・オブ・ネクロノミコンの…剣……」

 そんな隼人の声を聞きながら、術式展開されていた俺の身体がデモンベインのコクピットに顕現する。
 展開した魔導書のページが周囲の機器を形成し、俺の腕と繋がった。

「デモンベインの実空間への顕現を確認した。やるぞ、九郎!」
「応よ!!」
 ナビシートに座るアルの声に応えると同時に、俺は術式を編み上げる。
「ロイガー! ツァール!!」

 顕現した二刀を構え、ロードビヤーキーと対峙する俺達。
 その俺達に向けて、クラウディウスの声が響いた。
「デモンベイン……それが、ウェスパシアヌスのジジイや変態ティベリウスの野郎を殺った鬼械神の出来損ないか…」
「――――っ!?」
「テメェ…やっぱりあいつらと繋がってやがったのか!?」

 蘇る記憶。
 平和に暮らしていた俺達を再び狂気の戦いへと引きずり戻したあの事件。
 もう、存在するはずの無いアンチクロスが再び俺達の前に現れたあの日から、いつかこんな日が来るとは思っていた。

「繋がってる……ねぇ。ボクは誰にも縛られちゃいねェよ。ボクはボクの好きなように殺る。それが神父との契約だからな!」

 そう言い放つと同時に襲い来るロードビヤーキー。
「オラオラオラオラァァッ!!」
 降り注いでくる弾丸の雨。
 デモンベインの魔術結界はそれを全て遮断しているが、この衝撃ではいつまでもつか判らない。
「く……っ、やはり強化されている……っ!」
「一筋縄じゃいかねぇって事かよ!」
「防ぐばっかりで攻撃してこねぇのか、九郎ちゃんヨォ! んじゃあ、とっととバラしてやるよ、ガラクタ鬼械神ごと粉々になァ!! スクリーミングバァァァドォォォォォッ!!」
 疾風と共に猛烈な速度でロードビヤーキーが突っ込んでくる。
「ちぃっ!! 断鎖術式開放! ティマイオス! クリティアス!!」
 目の前まで迫ったその瞬間、デモンベインはシールドの魔力を炸裂させて空中へと逃れた。
 だが……
「甘いんだよ!!」
 唐突に背後から喰らった衝撃に地面へと叩きつけられるデモンベイン。
 その衝撃に一瞬意識が飛びかけるが、唇を噛んで意識を保つと再びシールドの爆発力で空中へ。
 更に……
「シャンタク!!」
 デモンベインの背後に溢れる魔力が翼を形成。
 青白いフレアを放ちながらその身体を天高く舞い上がらせた。

「飛びやがった……だとぉ! ふざけんじゃねぇよ!! 空はボクの……」
「空がテメエだけのテリトリーだなんて思ってんじゃねえぞ、クラウディウス!!」
「さっきはようもやってくれたものよな! 兆倍にして返してやるわ!!」
 俺達の声に応えるように咆哮を放つデモンベイン。
 全身の魔力回路が脈動し、溢れた魔力が輝きを放つ。

「このクソヤロォォォッ!! もう一度吹き飛びやがれ! スクリーミングバァァドォォォォォォォッ!!」
「二度も同じ手を食うか、うつけが! 九郎っ!!」
「応よ!! アトランティス・ストライィィィク!!」
「――――っ!?」
 向かってくるロードビヤーキーに繰り出す近接粉砕呪法。
 断鎖術式の破壊力が直撃するかに見えたその瞬間、ロードビヤーキーが急上昇。
「何っ!?」
「避けただと!?」
 思わず目を見張った。
 だが、僅かにかすめていたのか、ロードビヤーキーの破片が宙に舞う。
「よくも……よくもやりやがったなぁぁっ! テメェェェェッ!!」

 余程、攻撃を受けたのが腹に据えかねたんだろう。
 ブチ切れて叫ぶクラウディウス。
 だが、その時だ。

 突如として爆発するような勢いで噴き出す魔力……いや、神気。
「な、なんだっ!?」
「あれは……真逆、魔力発生源からか!?」
 それは天を突く勢いで吹き上げる神気の奔流。
 俺達が破壊しようとしていた魔力発生源の内、最大の物から噴き出していた。

「ククク……ヒャハハハハハハ!! 残念だったなぁ、九郎ちゃんよぉ。ボクの目的は最初からこれだったんデス〜。時間稼ぎに付き合ってくれてドーモアリガトウゴザイマシタ〜」
「くっ、おのれ………っ!!」
「罠……だったのか……っ!?」
 哄笑を上げるクラウディウスに歯噛みする俺達。
「ボクを楽しませろよ、大十字九郎、アル・アジフ! さあ、現れろ、そして好きなだけ喰らい尽くせ! ガタノトーア!!」
 クラウディウスの声と共に、爆発するかのように膨れ上がる神気。
 そして次の瞬間、新規の柱から巨大な触手が一斉に溢れ出した。

「な、なんだと!?」
「真逆……あれは……クトゥルー……なのか!?」

 次々と目の前に顕現する触手。
 それは正にあの時、夢幻心母に受肉したクトゥルーの物に酷似している。
 しかし、何かが違う。
 確かにあの時のクトゥルーが放っていた神気と遜色ないどころかそれ以上のものではあるのだが……

「クラウディウスはガタノトーアと言っておったな……」
「ユゴス星の生物が信仰していたと言う邪神……だったよな。考えてみりゃ、確かに伝えられている造形はクトゥルーそっくりだ」
「だが、いずれにせよ、今の我等ならばクトゥルーと同等の邪神であっても、勝てぬ道理は無い!」

 アルの言葉に力強く頷く俺。
 その時だった。

「ああああああああああああああああがぁぁぁああああああああああぎあああがああああああああああっ!!」

 突然響く絶叫。
「な………隼人!?」
「ちぃっ! 結界を!!」
 アルがそう言った瞬間に隼人の周囲へと張り巡らされる旧神の紋章。
 神気の侵食から解き放たれて、隼人はその場に倒れこんだ。
「拙い! 我等ならばこの程度の神気、耐えられぬ事はないが隼人や他の者達は!!」
「――っ!? 姫さん達はっ!?」

 慌てて姫さん達の様子を見る俺達。
 そして……目を疑った。

 呆然と空を見上げている姫さん達は全くガタノトーアの神気に影響を受けている様子が無い。
 その周囲を取り巻くように輝く三つの紋章。
 1つは紅蓮に燃え上がる炎の紋章。
 1つは全てを凍てつかせる風の紋章。
 そしてもう1つは、全ての邪悪を払う、五芒星形の紋章。
 誰がやったかなんて、考えるまでも無い。

「リル! クトゥグァ! イタクァ!!」
「……だ、だいじょぶ……だよ……パパ……瑠璃お姉ちゃん達は、リルが護るんだもん…!」
 弱々しい声でそう言ってくるリルの姿に俺達は思わず歯噛みした。
 今すぐにでも飛び出してその身体を抱きしめてやりたい、休ませてやりたい…と思わずにはいられない。
 だが……暴れまわるガタノトーアをこのまま放っておく事など、絶対に出来はしない。

「心配するな、父上、母上」
「皆は、我等が必ず守りぬく。父上、母上、存分に戦え!」
「汝等……」
「……判った…クトゥグァ、イタクァ、みんなを頼むぞ!」
「我等は、あの邪神を滅ぼす!」
 俺達の声に応えるように裂帛の咆哮を上げるデモンベイン。
 そして……

「リル……頑張るのだぞ!」
「後で思いっきり遊んでやるからな!」
「パパ……ママ………うんっ♪ リル、頑張るっ!」
 かなり疲れ切っている筈なのに、そう言ってVサインを返してくる健気なその姿に微笑んで、俺達はガタノトーアと対峙する。

「我等の娘達があれ程にまで頑張っておるのだ。我等も負けてはおれぬぞ、九郎!」
「当たり前だ!! やるぞ、アル!!」
「ああ!!」

 高まる意思に呼応するかのように、無限に魔力が高まっていく。
 そしてその魔力はデモンベインの全身を駆け巡り、溢れた魔力が青白いフレアとなって辺りに広がっている。

「なんだよ、まだ諦めねぇのか? ウザイんだよ、テメエら! さっさとくたばりやがれ!」
「覚悟するのはテメェの方だ! クラウディウス!!」
「我等が力、侮るのも大概にするのだな! 滅びるは汝の方ぞ!!」
「ナマ言いやがってぇぇっ!! さっさと奴等をブチ殺せ! ガタノトーア!!」

 クラウディウスが叫んだその時だった。
「な……っ!?」
「なんだと!?」
 突如として振りぬかれたガタノトーアの触手は、ロードビヤーキーの中心部。
 クラウディウスの居たはずの場所を、完全に貫いていた。

「な……なんで……だよ……畜生……神父のヤロウ、騙しやがったな……!」
「クラウディウス!」
「テメェらはそいつと遊んでやがれ! 畜生…ボクを利用しやがって……畜生―――――ッ!!」
 その叫びと共に、ロードビヤーキーの姿が掻き消える。
「逃げたか……だが、どうやら後始末は我等がやらねばならぬようだ……」
「ったく、とんでもないもん残して行きやがって……」

 溜息をつく俺達の目の前で、今、正に、ガタノトーアはその全貌を現そうとしていた……




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