斬魔大聖デモンベイン SS
『力の意味』
by Sin
第4話
覇道財閥の魔導研究所。
姫さんの祖父である覇道鋼造が高い魔術理論を持っていた事もあって、ここで研究されていた魔術は世界屈指とも言われるほど、高いレベルのものばかりだった。
だが、あの魔導事故がその全てを奪ってしまう。
多くの研究員、関係していた人々、そして膨大な魔術研究の記録。
その亡くなった人達の中には姫さんの両親も含まれていた。
どれほど辛かっただろう。
大好きな祖父が側に居たとはいっても、幼くして両親を亡くした姫さんの悲しみ……。
ある程度大きくなってからでも、俺は両親を失った時、本当に辛かった。
亡くした当時、姫さんはまだ年端も行かない頃だったはずだ。
それがどれほどの思いだったか……。
その姫さんの辛くとも思い出深い場所が、誰かの悪意で再び穢されようとしている。
絶対に、許すわけには行かない。
デュアル・マギウスとなって研究所跡地に足を踏み入れる俺達。
魔導汚染が止まった所為か、以前とは違って周囲が怪異そのものと化しているような感じはしないが……。
「やはり、何か良くないものが居るようだな、九郎」
「ああ」
アルも気づいたようだ。
ここに足を踏み入れる少し前から感じる悪意に満ちた視線。
リルも俺の肩にしがみついて辺りを不安げに見渡している。
「クトゥグァ達の方はどうなっているか判らないけど、どうやらこっちは…当たりらしい」
そう呟きながら、手の中に力を顕現。
現れた存在をしっかりと握り締め、思いっきり振り抜く。
「パパ、上っ!!」
リルが叫んだ瞬間、上から襲い掛かってきた怪異は抜き放ったバルザイの偃月刀によって両断された。
「あ……」
驚いた様子で俺を見つめてくるリルに苦笑すると頭を撫でてやる。
「大丈夫。お前達が一緒に居る限り、俺は絶対無敵だ」
「あは……うんっ♪」
満面の笑みで微笑むその姿に俺達の顔にも自然と笑みが。
だが……そうのんびりもしていられないようだ。
「九郎、どうやら団体が到着したようだぞ」
「ケッ、何ぼでも来いってんだ! 他人の悲しみを踏みにじる奴等を、俺は絶対に赦さない。一匹残らず消滅させてやるから……まとめてかかって来やがれ!!」
そう言いながらバルザイの偃月刀を投擲。
その後を追うように両手に顕現させた轟炎と氷嵐を一気に解き放つ。
正面から迫ってきた怪異は一瞬で消滅する。それでも、まだ襲ってくる気配は途切れる事がない。
「右、来るぞ! 数は20!!」
「応よ!」
戻ってきた偃月刀を再び投擲。
同時に今度はロイガーとツァールを顕現し、組み合わせてこちらも投擲する。ただし、全く真逆の左方向に。
「九郎!?」
「パパ、そっちには何も……」
戸惑う様子の二人。
だが、俺は何かを感じていた。
そして……。
「ぐ……ぎ……ぁ……ば、かな……」
呻くような声と共に、数十体の怪異がロイガーとツアールに切り裂かれて塵と化す。
その様子に周囲からざわめきが。
おそらく、こいつらが切り札で奴等はその為の足止め役だったんだろう。
徐々に怪異どもの統制が取れなくなってきているのがその証拠だ。
「な、何故判った? 妾には何も感じられなんだぞ?」
「リルにもわかんなかった……」
「ん? なんとなく…だな」
「なんとなく…だと? あ……そう言えばかつてネロの奴が言っておったな。こと戦いにおける汝の直感は、桁が違う…と。妾も時に思うぞ、汝は僅かながら未来を見知る事が出来るのではないかとさえな」
「んな、大げさな……単なる勘だよ、勘」
「勘などで片付けられるような位階ではないと思うのだがな……」
そう言えば、あの時エンネアの奴、そんな事言ってたな……。
まあ、それはともかく……だ。
「さてと、お前らの切り札はこれで無くなった訳だが……どうする?」
ざわめく怪異。と、その時。
「奥義、雪月花!」
俺達の背後に近づこうとしてた怪異が突然白く凍りつき、一気に爆砕した。
「やっぱり来たか……」
呟いて振り返ると、そこには予想した通り隼人の姿が。
「ふむ……」
「わぁ、お兄ちゃんだ〜」
俺の両肩で溜息をつくアルと喜ぶリル。
実に対照的だ。
「よぉ、しばらくだな。少しは自分の道が見えたか?」
声をかける俺の横を素通りして更に怪異へと斬りつける隼人。
「って、無視かよ!」
「汝に言っておるのだ、少しは答えんか!」
俺やアルの言葉にも全く答えずに怪異を斬り続ける。
そして周囲の怪異があらかた片付いたその時だった。
「大十字……九郎……」
ようやくの事で口を開く隼人。だが、怪異を斬り捨て振り返ったその瞳は不安に揺れているようで…
「ん?」
「……俺は、あんたを超えようと必死にやってみた……人々を脅かす怪異を滅ぼし、悲しむ人が少しでも減るように戦った! だけど……何故だ! 何故俺はあんたの背中にすら追いつけない!? この前見たあんたの背中は、途方もなく大きくて、どれだけ離れているかも判らない位に遠くて……」
「隼人、お前……」
涙は流していない。
瞳も潤んではいない。
だけど……
あいつの心が泣いていた。
追いつこうとして、追いすがろうとして、足掻いて、足掻いて、足掻きまくって……
「なのになんでなんだ!! あんたに追いつこうと自分を高めれば高めるほどに、あんたはどんどん遠くなっていく!! とても追いつけない…足元に及ぶ事すらできないことばかり思い知らされるんだ!!」
そして自分が大きくなった分だけ、更に相手の大きさを思い知る事になってしまって…打ちのめされた。
「俺に才能が無いからなのか? だとしたら、俺は……」
歯を食いしばるようにして搾り出される言葉。
それに答えようとしたその時……そっと囁かれる言葉が。
「いや、才能だけならば、汝は九郎に匹敵する。いや、九郎以上かも知れぬ」
アルの言葉に、隼人の身体が震える。
「正直、妾も驚いた。確かに未だ未熟な面は多々あるが、魔術というものにおける才能では、この妾の主となっていてもおかしくは無いほど優れておる。その年齢を考えるのならば、九郎以上の資質を持っておると言っても過言ではなかろう」
そう言ったアルの視線が俺と重なり、苦笑する。
「なら、何故だ!! 俺は幼い頃から死ぬほどの訓練を続けてきた! 何度も死にそうになりながら、この力を身に付けたんだ。なのに、何で俺はあんたに追いつけない…なんで俺はあんたより弱いんだ!?」
必死な叫び。
以前に見せた凍りついたような心は全く無く、むしろテリオンに打ち勝つ力を得ようと足掻いていた頃の俺のようだ。
アルにもそれが判るんだろう。
微かに口元が緩んでいる。
「確かに、魔術の資質について言うならば、汝は九郎に勝るとも劣らぬ。だが、汝は気づいておらぬのだ…九郎の本質に」
「本質……?」
「我が主、大十字九郎……妾が愛し、そして誰よりも妾を愛してくれるこの男にあって、汝に欠けているもの……それこそが、この男を大十字九郎たらしめている唯一絶対な物だ」
「俺に……欠けているもの?」
「焦る事は無い。汝が魔導の本質を見失わず、正しく九郎の背を追って来る事が出来たならば、いずれ辿り着けよう。それは妾が保障してやる」
「死霊秘法……」
アルの言葉が隼人の迷いを僅かに振り切ったのか、彷徨っていた瞳がしっかりと俺を捉える。
そんな奴に俺は口元に笑いを浮かべてはっきりと言い放った。
「ったく、当たり前だろうが」
「なっ……」
「死にそうになりながらって……俺がこの力を得るまでに、何度死にかけたと思ってるんだ。アルなんて一度死んで生き返ってきたくらいだぞ? しかも戦ってきたのは魔人や神。そこまでの事をしてきて、普通に人の域で死に掛ける程度の訓練をつんできた奴に簡単に抜かれたら、俺の方が自分の才を疑うわ!」
「え……えっと……」
「大体、お前はエンゲル係数が限りなく0に近い暮らしをした事があるか!? 餓えて腹と背中がくっつきそうになった経験があるのか!? 日々を普通に生きる事にすら赦されない暮らしをした事があるのか!?」
魂の叫びだった。
虐げられた俺の魂から搾り出される熱き魂の叫び。
その前に隼人は呆然と立ち尽くすばかり……ふっ、勝ったな。
「汝、自虐もそこまで行くと哀愁を誘うぞ……」
言うな、判ってるんだから。
そんな事を思いながら、隼人の頭を軽く小突く。
「…てっ!?」
「だから、いちいち俺と比較して悲観することなんてないって事だよ」
「だけど……」
「お前はお前。これまでにつんできた経験も、これから歩んでいく道も、全てはお前自身のものだ。だから……道を間違えないでしっかり歩いていけば、いつか、俺が辿り着いた場所にお前も辿り着けるかもしれない。なにしろ、アルに認められたくらいだからな」
ポンっと頭に置かれた手に戸惑う様子を見せていた隼人だったが、やがて……。
「じゃあ、いつか俺も……」
「それはお前次第。頑張るのはいいけど、魔導の道は外道を歩く事に変わりは無い。道を見失うなよ」
そう言って、もう一度ポンっと隼人の頭に手をやると、俺は怪異どもに向き直った。
「誇れよ、隼人。お前は、アルと俺…最強の魔導書と最強の魔術師に認められてるんだからな」
「え……っ?」
「道、間違えんなよ。目標が無きゃ無理だってんなら、とりあえずは俺がやっといてやるからよ!」
言いながら、俺はバルザイの偃月刀を振りかざして再び集まってきた怪異を切り裂く。
今度は巨大な奴も結構居るみたいだ。
だけど、あんな奴等俺達の相手じゃない。
「大十字……九郎……」
呟く隼人の瞳に微かだが、確かな光が宿る。
闇の中にあって闇より深く、光の中にあって光よりも激しいその光は、純然たる正義。
魔を断つ剣を…この俺を正しく超えていこうとする迷い無き正義の光。
そうさ、魔を断つ剣が1つしかないなんて誰が決めた?
正しく俺達と同じ道を歩いていこうとするならば、そいつだって立派な魔を断つ剣だ!
光に生きる人々、闇に生きる人々、そんなの関係ない!
己の欲望のためにあらゆる犠牲を強いる者達……それが邪悪。
そんな奴等を断つ為に、俺達は存在する。
人であろうが、獣であろうが、そして…神であろうが……それが滅ぼすべき邪悪ならばその全てを断つ!!
「九郎、リル、隼人! 我等の力、存分にこやつ等に知らしめてやろうぞ!!」
「応よ!!」
「うんっ!」
「え……っ」
戸惑う隼人の頭を小突く。
「てっ!?」
「呆けてる暇なんてないぞ、気合を入れろ」
「だ、大十字……九郎……」
「やるぞ、こいつら一気にぶちのめして、アーカムシティーに蔓延る邪悪を断つ!!」
俺の言葉が引き金になったのか、隼人の瞳に力が宿る。
そして……強く頷いて剣を振りかざした。
「見せてみな…お前の持つ本当の力って奴をな!!」
「ああ、やってやるっ!!」
「行くぜ…散っ!!」
その言葉を合図に、俺達は一斉に怪異へと攻撃を仕掛ける。
「待ってろよ、姫さん……あんたの思い出、これ以上汚させやしねぇからな! 断鎖術式ヘルモクラテス開放っ!! アトランティスゥゥゥッ、ストラァァァイク!!」
「喰らえ…奥義、鳳仙花!!」
時空を歪めたその衝撃と隼人の奥義が1つとなって、怪異を一気に吹き飛ばす。
「フングルイ・ムグルゥナフ・イタクァ・ヤァ・ウェンディゴ・イグカ・ズゥ・フグルムゥ……」
俺の左手に集まる極低音の風の刃。
その全てが解き放たれる時を待つかのように踊り狂う。
そして……
「イァ・イタクァ!!」
解き放たれた全ての刃が怪異を貫き消滅させていく。
その数、数百、いや、数千か。
「はぁぁぁぁっ、せぃやああああああっ!!」
中でも巨大な怪異を隼人の剣が真っ二つに切り裂いた。
それによって、背後の連中への道が一気に開ける。
「大十字九郎、今だ!」
「応よ! アル、神獣弾だ!!」
「なっ……いくらなんでもそれは……」
「大丈夫だ! 俺を信じろ!!」
「〜〜〜っ、無茶ばかりしおって!! 死んだら殺してやるぞっ!!」
「怖〜っ。へへ、やるぜ、クトゥグァ! イタクァ!」
振りかざす両手の中に現れる二挺の拳銃。
自動式拳銃クトゥグァと回転式拳銃イタクァ。
その中へとアルが呼び出した神獣弾が吸い込まれるように装填される。
「大サービスだ。釣りはいらねぇぜ、三途の川の渡し賃にとっときな!!」
2つの引き金を引く。
その瞬間、音は無かった。
いや、音と認識する事ができなかった。
あまりに大きなその衝撃。だが、デュアル・マギウスとなった俺の身体はその衝撃さえも受け止める。
紅蓮の爆炎と白銀の閃光が辺りを埋め尽くし、そして……
集まっていた怪異はその全てが消滅していた。
「な…あ…ああ……」
「う…ぁ…予想以上の破壊力だな、こいつは……」
「……その衝撃に生身で耐える汝の方が余程予想以上だ! 全く、心配ばかりかけおって……」
「へへ、悪ィ」
「……その話は後だ。とにかく今は今回の首謀者を捕らえねばならぬ。どうする、もうしばらくここを探すか。それともクトゥグァ達と合流するか?」
アルの言葉にしばらく辺りを伺っていた俺だったが、どうやらここには本当にもう何も居ないらしい。
相手も俺の事を知っていたみたいだし、これは俺をここにおびき寄せるための罠だったかな……。
って事は、おそらくクトゥグァ達の所も、そして誰も向かっていないもう一箇所も囮。
俺達をおびき出す事で奴等が得をする方法……
そして、俺達が誘い出された場所の中間と言えば……
俺の頭の中で、地図から伸びた線が一点で交わる。其処は……
覇道財閥の中心にして、その総帥の存在する最重要拠点……覇道邸だ!
「ちぃっ、奴等の狙いは、最初から姫さんかよっ!!」
「なっ!?」
「急ぐぞ、アル、リル、隼人! 奴等の狙いは、アーカムシティーの中枢、覇道財閥だ!!」
驚くアル達を胸に抱き、隼人の手を掴むと俺は一気に二対のマギウスウィングを開いた。
「アル、リル、しっかり捕まってな」
「う、うむ……」
「落っことさないでね……パパ……」
しっかりと俺の胸にしがみつく不安げな2人に苦笑しながら俺は隼人に告げる。
「耐えろよ、隼人! 最大速度で行くぞ!!」
「なっ、って、まっ、まっ……て……って……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」」
隼人とアル達の悲鳴が聞こえたような気がしたが、今はそれどころじゃない。
「これ以上の悲しみを生み出してたまるか! 姫さん、執事さん、みんな、無事でいろよ!!」
一気に0番区を飛び出した俺は、アル達を連れ、覇道邸に向かって大空を翔けた……。
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