斬魔大聖デモンベイン SS
『キャンパスライフは大騒動』
by Sin
第1話
ミスカトニック大学、院秘学科。
魔術師を育てる為のこの学科で、俺とアルは講師をしている。
これまではなんの問題もなかったのだが、リルが産まれた事によって1つだけ問題が生じていた。
それは……
「明日、俺とアルは仕事だから、リルはライカさんの所で良い子にしていてくれるかな?」
俺がそう言うたびに、リルは凄く寂しそうな顔をする。
そして、翌日俺達がライカさんの所に迎えに行くまでは、元気が無くなってしまうんだ。
だからできるだけ俺達は仕事の回数を減らし、リルの側にいるようにはしていたんだけど……
そんなある日…
「のぅ、九郎……」
「ん?」
「リルを…連れて行ってやるわけにはいかぬのか……?」
あまりに寂しそうなリルの様子を見るに見かねて、アルが相談を持ちかけてきた。
そりゃあ、俺だって心配だ。
リルはまだ小さいし、俺達の側にいさせてやりたい。
だけど……
「連れて行ってやりたいけど…多分、大騒ぎになるぞ?」
俺の言葉に表情を曇らせるアル。
僅かに彷徨った視線がダンセイニをベッドにスヤスヤと寝息を立てているリルへと向けられた。
「むぅ……妾が娘を産んだ事、知らぬ者が殆ど…当然、騒ぎも比例して大きくなるであろうな……」
「ああ、多分アルがミスカトニックに始めてきた時とは比べ物にならないくらいの騒ぎになると思うからさ…俺も迷ってたんだ」
「ふむ…確かに……リルを連れて行くには、幾分危険かも知れぬ……だが……」
「…分かるよ。あんな寂しそうなリルを見ているのは、俺だって辛いしな」
「ああ……」
呟いて目を伏せるアルの肩を、そっと抱き寄せる。
「とりあえず…一度連れて行ってみるか?」
「――っ!? く、九郎?」
「一度連れて行って…それで本当に拙そうなら、もう今後は連れて行かない。だけど、なんとかなるようなら、これからも連れて行ってやりたいからな」
「汝………」
俺をじっと見つめてくるアルの表情に、ゆっくりと微笑みが浮かぶ。
「九郎…やはり汝は最高の夫ぞ……妾は汝の妻である事を…何よりも誇りに思う」
「そう照れる事言うなよ。俺はただ…夫として妻の事を、父として娘の事を考えただけなんだからさ」
「ふふ…っ、九郎……」
「ん?」
「愛しているぞ……」
そっと重ねられた唇。
ほのかなアルの温もりを感じながら、俺達はベッドへと身を沈めていった……
そして……翌日の朝……
「ほら、リル。早く準備しないと……」
「………うん…」
俺達が大学に行く日は、いつもこの調子だ。
寂しそうに俯いて、いつもの元気など欠片も感じられない。
「また……パパとママ、行っちゃうの……?」
不意に呟くリルの言葉に、俺達は思わず振り返った。
「リル……」
「ぐすっ……パパぁ……」
涙を浮かべて俺の足に縋り付いてくるリル。
その頭をそっと撫でてやると、リルは涙を浮かべた瞳で俺を見つめてきた。
「心配しなくていいよ、リル。今日は、一緒に行くんだからさ」
「ひっく……ぐすっ………ふぇ?」
何を言われたのか分かっていないのか、リルは首を傾げている。
「今日は俺達と一緒に、リルも大学に行くんだよ」
俺の言葉にしばらくの間目を瞬かせていたが、やがて……
「ほ、ほんとっ!?」
「ああ、ほんとさ」
「置いてなど行かぬ。今日は妾達とずっと一緒だぞ、リル」
「パパ……ママ……」
嬉しさに感極まったのか、リルは大粒の涙を零しながらアルにしっかりと抱きついた。
「リル……ほら、もう泣くでない。折角の妾譲りの可愛い顔が台無しになるではないか」
「ぐす…っ……えへへ……うん♪」
「異論は無いが……」
「なんだ、九郎?」
「自分で言うな」
「むぅ、良いではないか……」
そう言って膨れて見せるアルの頬を突いてやると、ぷっ、と吹き出し俺と一緒になって笑う。
「じゃあ、行くとするか。なぁに、トラブルの1つや2つ俺達なら軽く乗り越えてやるさ。なぁ、アル」
「うむ! リルの喜ぶ顔を見る為ならば、その程度の労苦など惜しくはないわ」
そう言って笑い合う俺達を見つめながらリルは本当に嬉しそうに微笑んで事務所を駆け出して行く。
「パパ! ママ! 早く早く〜♪」
「そんじゃ……行こうか、アル」
「ふふっ、ああ。リル、そう焦らずとも大学は逃げはせぬぞ」
「だってだって〜すっごく楽しみなんだもん!!」
「仕方のない子だ……ふふっ」
顔を見合わせて苦笑すると、俺達はリルと共に大学へと向かった。
いつものように、俺達に挨拶の声をかけていこうとする学生達。
だけど……
「大十字君、おは……!?」
「よぉっ、大十…っ!?」
みんなの声が途切れる。
そして、次の瞬間……
「だ、だ、だ、大十字っ!? そ、その子は、ま、まさかっ!?」
「大十字君……まさか……貴方の子供なのっ!?」
その声を皮切りに、辺りから巻き起こる驚きの叫び。
あまりの騒がしさに、リルはすっかり怯えてアルにしっかりと抱きついていた。
「マ、ママぁ……」
涙を浮かべてすがり付いてくるリルをそっと抱きしめるアル。
「大丈夫、心配は要らぬぞ、リル。彼奴らは我等の友人だ」
「……パパとママの…お友達?」
「うむ。妾達に汝のような可愛らしい娘が居ると知って、驚いておるだけだ」
アルがそう言って頭を撫でてやると、リルはくすぐったそうに笑う。
「や、やっぱり、大十字君の……」
「ああ、後でみんなに紹介するけど、とりあえず……俺とアルの娘、リル・アジフだ。ほら、リル、みんなに挨拶」
「う、うんっ、え、えっとぉ……リル・アジフですっ! おはようございます?」
「ふふっ、間違ってはおらぬが…この場合は、はじめましてが正しいであろうな」
「あ、えへへ……」
苦笑しながらアルに言われて、リルは照れくさそうに笑う。
その様子に周囲から歓声が上がった。
「可愛い〜〜っ!!」
一斉に集まってくる女学生達に取り囲まれて、リルは不安げに俺を見つめてくる。
「悪ィ、みんな。リルが怖がるからあんまり騒がないでやってくれ」
「あ、う、うん、ごめん……」
「お姉さん達、怖がらせちゃった? ごめんね〜リルちゃん」
そう言って周囲が少し開いたときだった。
「朝っぱらから、ずいぶんとにぎやかですわね。何かありましたの?」
聞き覚えのあるその声に、俺達が思わず振り返るとそこには……
「あらっ、九郎さん!?」
「姫さん!?」
「小娘!? なぜ汝が此処に……!?」
「わぁ、瑠璃お姉ちゃんだ〜」
「リルちゃんまで……九郎さん、これは一体……?」
驚いたことに、そこにいたのは姫さんだった。
「俺達はここで講師の仕事があるから……姫さんの方こそ、何でミスカトニックに……」
「あらっ、知りませんでした? 私もここの学生ですわ」
「なっ……!?」
「全く知らなんだ……」
「今日はたまたま、アーミティッジ先生に用事があったものですから、陰秘……」
「わわっ、姫さんっ!!」
「あ…っと、考古学科の方に参りましたの」
危なく陰秘学科の名前を出されるところだった。
ミスカトニックで陰秘学科は表向きは考古学科ということになっているからな……
「お、おい、大十字、その人は……? 姫さんって……」
「ああ、知らない奴も多いよな。えっと……」
「九郎さんのご学友ですわね? 私は覇道瑠璃。お見知りおきくださいな」
姫さんのその言葉に、一斉に周囲がざわめいた。
「は、覇道? 覇道って……真逆……」
「おそらく、皆さんが思われている通りの覇道ですわ」
「覇道のお姫様――――っ!?」
その瞬間、俺達を取り巻いていた人の波が一斉に広がる。
「だ、だだだだ、大十字!? な、何でお前が、その、覇道のお姫様とこんなに親しくなってるんだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
「それに……九郎さん……って……」
「あ、あ〜〜〜っと、それは……」
言って良いものかどうか迷っている間に、姫さんが口を開いてしまう。
「私が、九郎さんをお慕いしているからですわ」
一斉に凍結する周囲の空気。
みんなの視線が……痛い……
「だ、大十字、お前……アルさんと子供まで居る身でありながら……」
「ふ、不潔……」
「浮気……?」
「だぁぁぁぁぁぁっ、違うっ!! ややこしい勘違いするなっ!!」
「私が九郎さんをお慕いしているのは本当ですわよ?」
「姫さんっ、話をややこしくしないでくれよ!!」
「本気ですのに……」
「と、ともかく、俺はアル一筋だ!! 誰に思われていても、それは絶対に変わらないっ!!」
その俺の言葉に注がれる周囲からの疑いの眼差し。
だが……
「くすくす……少し意地悪が過ぎましたね……」
「姫さん…」
「皆さん、九郎さんの言っておられるのは本当ですわ。ただ、私が九郎さんをお慕いしてしまっただけです。妻も子もある身であると知りながら……」
「それは……判る気がするわ……」
突然、背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこに居たのは…
「汝……確か……」
「柘植……」
「九郎さん、この方は?」
「俺のクラスメイトで……」
「柘植真利奈です、覇道さん」
「それよりも、柘植……」
「……大十字君を好きになる気持ちは……私にも判るから……」
「では……貴方も?」
「振られちゃいましたけどね」
そう言って寂しそうに笑う柘植に、俺はいたたまれなくて頬を掻いた。
「アルちゃん、こんなにライバルが居て……不安にならない?」
「まあ、多少はな。だが、九郎は最高の男だ。女であるならば好きにならぬ道理はない」
周囲からの質問に対するアルの答えに歓声が上がる。
「それに……」
「それに?」
アルの言葉に周囲の視線が集中する。
一斉に見つめられて少し恥ずかしそうにしていたアルだったが、やがて……
「九郎は……誰よりも妾を愛してくれるから……」
その言葉に周囲からは今まで以上の歓声が上がり、姫さんと柘植も顔を見合わせて苦笑していた。
だが、その時……
「あっ…やばい、遅刻だっ!!」
誰かの声で我に返ったみんなもまた、一斉に悲鳴をあげて走り出す。
「アル、リル、俺達も急ぐぞ!」
「うむ!」
「うんっ!!」
慌てて走り出した俺達に続いて、姫さんと柘植も一緒に走り出した。
「だけど、まさか覇道のお姫様が遅刻しそうになって走ってるなんて、誰も思いもしなかったよね〜」
そう言って笑う柘植に、俺達も思わず吹き出す。
「ほんとにそうですわね……でも……九郎さんやみんなとこうして一緒に…こういうのも悪くありませんわ…」
呟くように言って笑う姫さんに、俺達は顔を見合わせて笑った……
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