僕にお月様を見せないで SS 『月夜の出会い』 第1話
by Sin



「ふぅ、やっとついたぁ…」
そう言って空を見上げる女性。そばかすの似合う彼女の名は、七味唐子。
今、彼女はスーツケース一つを持って、サンパウロ空港に降り立った。
「それにしても、あっつーい。銀之介君、こんな所で平気なのかな?」
そう呟くと、唐子はあの優しい目をしたオオカミを思い出していた。

−約束するよ、絶対に−

最後の日、そう言ってくれた彼のあの言葉…
ずっと待ち続けていたけど、我慢できなくなって…
先週届いたばかりのハガキを持って、一人、ブラジルへとやってきた。

「こっちにくる事知らせなかったけど…銀之介君、また引っ越してないよね…」
ふと不安になった唐子は近くの電話ボックスに駈け込むと、ハガキに書いてある番号をプッシュした。

呼出音が鳴ること数回。
不安に胸がつぶれそうになりながらも待っていた唐子の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『はい、駒犬です』
「…おばさん!?」
『その声…ひょっとして唐子ちゃん!?』
「はいっ!」
『うわぁ、懐かしい。元気にしてた?』
「はいっ! あ、あの、その…ぎ、銀之介…君…は?」
『銀之介なら、もう帰ってくる頃だけど…あ、ちょっと待ってね』
その時、電話の向こうに一番聞きたかった声が聞こえてきた。
『ただいまー。うー…暑いー』
『銀之介ー、早く早く!』
『何だよー母さん。暑くてバテバテなんだから、休ませてよー』
『いいのかなぁ? で・ん・わ。かかってるんだけど?』
『電話ー?』
『唐子ちゃんから』
その瞬間、何かが猛烈な勢いで走ってくる音が聞こえた。
『と、唐子!?』
いきなり響いてきた大声に唐子は思わず首をすくめたが、やがてクスクス笑うと返事を返した。
「銀之介君?」
『え、えっと、ひ、久しぶり…』
「うん…」
『元気…だった?』
「うん…」
『専門学校、卒業したんだって?』
「うん…」
『飯波市のみんな、元気?』
「うん……みんな元気だよ……小夏ちゃんも、倉地先生も、健さんとマサさんも、漆野刑事さんも
みんな…」
『そっか…みんな元気なんだな…良かった…』
「………銀之介君……」
『ん?』
「会いたい……」
『えっ……』
「銀之介君に……会いたい……」
『で、でも、いくら僕でも、海は越えられないし……』
「………海は……越えてきたよ……」
『え?』
「今……サンパウロ空港にいるの……」
『!!!!!!!!!!!』
真っ赤になっているのが電話越しにも丸わかりな銀之介の様子に唐子はうっすらと目に涙を浮かべ
ながらも微笑んで答えた。
「会いたくて……来ちゃった……」
『え、えっと、き、来ちゃったって……こっちに?』
「うん……」
『わ、分かった、すぐそっちに行く!』
「え? 別に今から銀之介君の家に行くから……」
『今すぐ行くから!』
「えっ、あ、切れちゃった……もう…どこで待ってろって言うのよ…」
仕方なく唐子は空港内に引き返すと、展望ルームで辺りを眺めていた。
それからどれくらい経っただろう。
丁度、飛行機が飛び立った後で、展望ルームは唐子だけを残してガランとしていた。
ふと、唐子は誰かの気配を感じて振り返った。
さっきまでそこには誰もいなかったはずだ。そして展望ルームへ続く扉は開かれていない。
そんな事のできる人を、唐子は知っていたが……
そこには、銀色の毛皮に包まれた一人のオオカミがいた。いや、二本足で立っているから、狼男か。
彼の名は、駒犬銀之介。普通とは違うオオカミ体質の持ち主だ。
「遅いよ……銀之介君……」
そう言って唐子は銀之介の胸に顔をうずめた。
フサフサの毛が唐子の頬をくすぐる。
「唐子……」
「会いたかった……銀之介君……」
「僕だって……」
静かに寄り添う二人だったが、不意に人の気配を感じた銀之介が辺りをキョロキョロし始めた。
「どうしたの?」
「人が来る! どうしよう、こんな格好見られたら、また引っ越さなくちゃ…」
慌てて隠れる場所を探そうとする銀之介の様子に、唐子は初めは呆気にとられていたが、やがて
クスクス笑い出すと、銀之介の手を引き寄せた。
「と、とにかくどこかに隠れて元にもどら…」
銀之介は最後まで言葉を言うことができなかった。
唐子が自分の唇で銀之介の口を塞いだからだ。

「2回目…」
やがて唇を離した唐子は元に戻った銀之介にそう言って照れくさそうに微笑んだ。






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